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第9話 最強の女公爵と、初めての城下町デート(ただし重度の独占欲付き)

 「ト、トア……本当に、これで大丈夫だろうか。その……おかしなところはないか……?」


ヴァルハイト公爵邸の姿見の前で、あのアルテリゼが珍しく、そわそわと落ち着かない様子で自分の服装を気にしていた。


今日の彼女は、いつもの凛々しく隙のない軍服姿ではない。

トアとの初めての「城下町デート」のために、執事長ハンスを筆頭にメイド長リサ率いるメイド隊が「閣下のウブな可愛さを限界まで引き出すのです!」と総力を挙げて選び抜いた私服だった。


清楚な純白のフリルブラウスに、上品なネイビーのロングスカート。

プラチナブロンドの美しい髪はハーフアップに結われ、いつもよりぐっと柔らかく、可憐な雰囲気を醸し出している。


(いつもの軍服もいいけど可愛らしい服も素敵だな。)


トアの瞳に映るそれは完全な、恋する「一人の女の子」の姿だった。


「すごく可愛いですよ、リゼさん。お世辞抜きで、世界一の美少女です!」


「び、美少女……っ!?」


トアがいつも通りのおっとりした笑顔で真っ直ぐに褒めちぎると、リゼの顔は一瞬で耳の裏まで真っ赤に染まった。


隠蔽魔法をかけているはずの『竜の耳』がピコピコと激しく 動き、驚きのあまり隠しきれなくなった『竜の尻尾』が、スカートの裾をポコポコと不器用に押し上げている。


「き、君にそう言ってもらえるなら……うむ、勇気が出る! よし……行こう、トア!」

 

リゼは嬉しさを堪えきれないといった様子で、トアの左腕にぎゅっとしがみついた。


男であるトアの体格も決して小さくはないのだが、帝国最強の女公爵にここまで全力で密着されると、柔らかい感触と良い香りがダイレクトに伝わってきて流石にドキドキしてしまう。


二人はそのまま、活気あふれる王都の城下町へと繰り出した。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 平民の街並みは、古文書館に通っていたトアにとっては慣れ親しんだ場所だが、深窓の令嬢であり軍人でもあるリゼにとっては新鮮そのものの世界だ。



「ほう、これが噂の庶民の串焼きか! 炭火の香ばしい匂いがたまらんな!」


「トア、この木彫りの細工物、君の優しい雰囲気にとても似合いそうだ。店主、ここにあるものを端から全て貰おう!」


目をきらきらと輝かせ、少女のようにデートを楽しむリゼ。


普段の彼女の冷徹な戦いぶりを知る軍の幹部が見たら、衝撃のあまりその場で卒倒しそうなほど、今の彼女はどこからどう見ても恋する乙女そのものだった。

 

しかし、事件(?)は賑やかな大通りに店を構える露店の前で、トアが買い出しをしている最中に起きた。

 


「ねえねえお兄さん、もしかして一人? よかったら、これから私達とどこか遊びに行かない?」


リゼがほんの少し、トアの好物だというお菓子に目を奪われて席を外した、その一瞬の隙。

トアの圧倒的な「優しそうで無害なオーラ(かつ、ハンスたちが仕立てた上質な服による隠しきれない気品)」に惹かれた、派手な身なりの街の女性二人組が、トアを包み込むようにして声をかけてきたのだ。



「えっ、あ、いえ、あの……俺は連れがいますので――」


トアが困惑して苦笑いしながら一歩引いた、その瞬間。



――ヒュッ。

 


大通りの気温が、体感で一気に五度ほど急降下した。


楽しげだった周囲の喧騒が、まるで物理的に遮断されたかのようにピタリと止まる。

声をかけてきた女性たちの背後に、いつの間にか、陽炎のようにリゼが立っていた。


その美しい琥珀色の瞳からは完全にハイライトが消え失せ、かつて数万の敵軍を絶望に叩き落とした「戦場での古代竜」そのものの冷徹な眼光に変わっている。



「――私のトアに、何か用か?」

 


地を這うような、地獄の底から響くかの一言。

彼女の全身から無意識に漏れ出た、手加減なしの「龍圧(オーラ)」のせいで、周囲の通行人たちが「ヒッ……!?」と悲鳴を上げて足を止め、ガタガタと震え出した。


(あぁやばい!止めないと!)


女性二人組にいたっては、目の前に最強の捕食者が現れたカエルのように完全に硬直しており、恐怖のあまり声すら出せない。



「リ、リゼさん、落ち着いてください! 道を聞かれていただけですから……!」

 

トアは慌ててリゼの前に回り込むと、彼女の白い手を自分の両手でそっと包み込み、優しく握りしめた。

人間の温かい体温がダイレクトに伝わった瞬間、街を包んでいた絶対零度の龍圧が、嘘のようにピタッと止まった。


「……み、道、か? 私の勘違いだったのだろうか。……ナンパという、不埒な行為ではなく?」


「違いますよ。ほら、そんなに怖い顔をしたら、ハンスさんたちが頑張ってくれたリゼさんの可愛いお顔が台無しです。」

 

トアがクスッと悪戯っぽく笑い、リゼの少し冷たくなった頬を愛おしそうに優しく撫でる。

すると、さっきまで世界を滅ぼしかねないオーラを放っていたリゼの氷の表情は、一瞬にしてジュッと音がしそうなほど蕩けて赤くなった。


「う、うぅ……トアの意地悪……」


羞恥心のあまり限界を迎えたリゼは、顔を真っ赤にしたまま「うぅ……」と小さく唸り、トアの胸の中へと勢いよく顔を埋めてしまった。


命拾いをした女性二人組は、その恐ろしくも圧倒的な熱いイチャイチャ空間から、腰を抜かしそうになりながら脱兎のごとく逃げ出していった。



「すまない、トア……。君が他の者に、私の手の届かない場所へ奪われるかと思ったら……胸の奥の竜が、どうしても暴れてしまって……」 

 

胸元に顔を埋めたまま、耳をピコピコと切なげに動かして告白するリゼ。


「俺はリゼさんの伴侶なんですから、どこにも行きませんよ。世界で一番、リゼさんのことが大好きですから。……ほら、あそこに美味しそうなクレープ屋さんがありますよ。一緒に食べましょう?」


「クレープ……! うん! 君と一緒なら、私は何を食べても世界一美味しい!」

 

さっきまで街を一瞬で氷河期にしようとしていたとは思えない満面の笑顔で、リゼは再びトアの右腕をギュッと、今度は絶対に離さないと言わんばかりに抱きしめる。

 

 トアは、自分の婚約者のあまりに重く、そして最高に愛らしい独占欲に苦笑しつつも、心からの愛しさを噛み締めながら、二人で仲良く手を繋いでクレープの列へと並ぶのだった。

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