闘技賭博場の再建
夜の帳が降りたアクセルの街。
熱気冷めやらぬ闘技賭博場の管理室からは、夜遅くまで算盤の弾く軽快な音と、二人の楽しげな会話が絶え間なく響き続けていた。俺は一瞬で真剣な仕事モードの顔になった。
「今すぐ内部の収益構造と帳簿を確認しないと、ガストから奪った財産がこの巨大な金食い虫に食いつぶされる……!」
俺としての危機感と本能が強烈に刺激された俺は、迷わず正面の重厚な扉を押して中へと足を踏み入れた。
内部は外観以上に広大だった。
豪華な吹き抜けの受付ロビー、階上に広がる観客席へのアプローチ、酒類や肉料理を出す飲食店や酒場、そして異様な熱気を放つ賭け票の受付所。その最奥には、大叫喚が漏れ聞こえてくる巨大な円形闘技場が存在している。
平日の昼間だというのに、館内にはすでに多くの客が行き交っていた。
「……思ったより客が入っているな」
受付窓口を見れば、賭け票を買い求める男たちが群がり、熱気で空気が白く煙っているほどだ。俺は思わず足を止め、受付の動きを凝視した。
「一回の試合で、一体どれくらいの金が動いているんだ……?」
その瞬間だった。
「気になる?」
「うおっ!?」
背後からスッと忍び寄るような低めの声が聞こえ、俺は跳び上がるように振り返った。
「……ミ、ミア!?」
そこに立っていたのは、まさに噂の呪術師・ミアだった。
黒を基調としたフリル付きの服、ゆらりと揺れる黒髪のツインテール、少し眠たげで焦点の定まらない瞳。彼女はパチパチと小さく瞬きをしながら、俺の顔をじっと見つめていた。
「久しぶり」
「あ、ああ……久しぶりだな、ミア」
「前にノクス様から紹介されたとき以来?」
「そう……だな。あの時以来か」
「……一度も話してない」
「……そうだな」
「同じ幹部なのに」
「……ぐっ」
開口一番、痛いところをズサリと突かれた。俺が返答に詰まっていると、ミアは首を少し傾げ、じーっと俺の瞳の奥を観察するように覗き込んできた。
「避けてた?」
「いや、避けてたわけじゃない!」
「じゃあ、私のこと嫌い?」
ミアが一瞬悲しそうな顔をした。
俺は慌てて否定をする。
「それも違う! 嫌う理由なんてないだろ!」
「じゃあ何?」
「……話しにくいんだよね」
俺が観念して正直に告白すると、ミアは「ふーん」と小さく声を漏らした。
「私、そんなに怖い?」
「怖いというより……なんていうか、雰囲気が独特なんだよ。お前」
「独特?」
「うん」
「それ、褒めてる?」
ミアが不機嫌そうな顔をしている。
取り直さなければ。
「……まあ、個性的で凄いって意味では褒めてる……たぶん」
「ならいい」
ミアはあっさりと納得したように頷き、それ以上俺を追及してこなかった。意外なほどの拍子抜けに、俺はホッと肩の力を抜いた。
「実は今日、この施設の運営状況と収益について話を聞きたくて来たんだ」
「経営のこと?」
「ああ」
「やっぱり、お金?」
「当然だ。教団の命脈がかかっている」
「アステルらしい」
「俺のこと、何か聞いてるのか?」
「ノクス様から聞いた」
「ノクス様が……? 何て言ってたんだ?」
「お金が大好きな、とっても頼りになる人って」
「……前半部分は余計だろノクス様……」
俺がガックリと額を押さえると、ミアの薄い唇が微かに押し上げられ、くすりと小さく笑った。
「でも、本当でしょ?」
「否定はしない。金は裏切らないからな」
「ふふ。じゃあ、案内する」
ミアはツインテールを揺らしながら反転し、闘技賭博場の奥へと歩き出した。俺はその後を慌てて追いかけた。
「ここが、賭け票の受付」
ミアに案内されたのは、熱気に満ちた一階の中央ホールだった。
長机が並べられた受付には、強面のリスクヘッジ要員と、手際よく紙切れ(賭け票)を発行する事務員が並んでいる。
受付の真上には、大量の魔石を組み込んだ魔導式の大型掲示板が設置されており、本日出場する闘士や魔物の名前、そしてリアルタイムで変動する『オッズ(倍率)』が青い光の文字で表示されていた。
「現在、一番人気は?」
俺が尋ねると、ミアは華奢な指先で掲示板の上段を指した。
「この人。『赤鉄のグラン』。剣闘士で、勝率は八割くらい」
「勝率八割……」
俺は数値を凝視する。倍率は1.2倍。非常に低い。
「人気が高くて堅いから、勝っても客が得られる利益は少ないわけか。いわゆる本命だな」
「そう。逆に人気のない選手は、こっち」
ミアが指し示した下段の選手は、倍率が15.0倍を超えていた。
「大穴だな。勝てば一獲千金だが、滅多に勝たない。……なるほど」
俺は腕を組み、脳内で目まぐるしく計算を開始した。
この施設の収益は、単に「客が賭けに負けた分の没収金」だけにとどまらないはずだ。
入場料、飲食代、特別観覧席の利用料、スポンサー企業からの協賛金、選手(闘士)からの参加登録料、そして何より――すべての賭け金から一定割合を差し引く『控除率』。これらを適切に組み合わせれば、理論上は施設側が絶対に損をしないシステムが構築できる。
「ミア」
「なに?」
「この闘技賭博場、現在の『月の総売上』はどれくらいだ?」
「売上? うーん……金貨、だいたい二万枚くらい」
「…………」
俺の思考がピタリと止まった。
「に、二万枚……!?」
「うん」
「つき……月間で、二万枚か!?」
「そう」
「じゃ、じゃあ、経費を差し引いた『純利益』は!?」
「一万二千枚くらい」
「…………!!」
俺の脳内で、金貨の打撃音がカシャーン!! と激しく弾けた。
一万二千枚。
毎月、何もしなくても一万二千枚の純利益がこの建物一つから湧き出てくる。
一年間で十四万四千枚。十年なら百四十万枚超え――。
「……」
俺は信じられない思いで、目の前のツインテール少女をじっくりと見つめ直した。
「どうしたの? 顔が怖い」
「ミア……お前、この凄まじい金額を前にして、なんでそんなに落ち着いていられるんだ!?」
「え? だって、ガストの時からこれくらいだったから」
「甘い! 甘すぎるぞガストの奴らめ!!」
俺は叫びそうになるのを必死で抑え、ミアの肩を掴みそうになった(セクハラなので踏みとどまった)。
「ミア、よく聞け。この施設、ガスト時代の不透明な経営とどんぶり勘定のせいで、本来稼げるはずの利益の半分も出せていない! 運営方法を徹底的に改善すれば、もっと……もっと恐ろしい金額を叩き出せるぞ!!」
ミアはパチパチと瞬きをし、「やっぱり?」と呟いた。
「やっぱり……だと?」
「うん。私も、なんか無駄が多いなって思ってた」
「ならなぜ、ノクス様やレオンに言わなかったんだ!?」
「だって、アステルが来るの待ってたから」
「なんで俺を待つんだよ!?」
「お金のこと、一番詳しそうだから」
俺はハァーッと深い溜め息をつき、頭を抱えた。だが、胸の奥から湧き上がる守銭奴としての熱い歓喜を隠すことはできなかった。
これは、奇跡の金山だ。
ノクス教団が一千人の大所帯となり、莫大な維持費を必要としているこのタイミングで、この闘技賭博場は教団の財政を永久に支え続ける「絶対的な金の卵」となり得る!
「よし決めろミア!」
俺は鼻息荒く宣言した。
「今日から俺とお前で、この闘技賭博場の経営を根本から見直す! 隠された利益をすべて掘り起こすぞ!」
「分かった」
「まず第一に――試合のスケジュールを見直し、回転率を上げて試合数を増やす!」
「うん」
「第二に――一般客席を増設し、立ち見エリアを整理して収容人数を1.5倍にする!」
「うん」
「第三に――安っぽい酒と冷えた肉しか出していない飲食店のメニューを刷新し、高利益率のオリジナルフードを投入する!」
「うん」
「そして第四に――」
俺は不敵な笑みを浮かべ、二階の豪華なバルコニー席を指差した。
「金持ちの貴族や豪商どもから徹底的に絞り取る『富裕層向けVIP特別観覧席』を設置する!」
ミアの眠たげだった瞳が、微かにキラリと輝いた。
「……お金持ちから、いっぱい取る?」
「ああ。あいつらはプライドと優越感のためなら、通常の十倍の席料だって喜んで払う!」
「好き」
「俺も金持ちの虚栄心は大好きだ!」
「気が合うね」
「……だな」
ふと気づけば、あれほど苦手意識を感じていたミアとの会話が、流れるようなテンポで噛み合っていた。俺は驚きつつも、口元を緩めた。
「ミア」
「なに?」
「俺たち、案外経営の相性がいいのかもしれないな」
「そうかも」
ミアはツインテールをパタパタと揺らし、少しだけ表情を柔らかくした。
「アステル」
「なんだ?」
「私、今日からあなたのこと、もっと話しやすい人だと思うことにする」
「……そうか。そいつは光栄だな」
胸の奥が少し温かくなった。
見た目や噂だけで敬遠していたが、実際に膝を突き合わせてみれば、彼女は誰よりも理知的で、そして何より――俺と同じ「成果(金)」に対する素直な美徳を持っていたのだ。
「それにしても、ミアも結構お金が好きなんだな」
「うん。お金があれば、美味しい呪具の素材がたくさん買えるから」
「なるほど、目的が明確で素晴らしい」
「アステルほどじゃないけど」
「そこは否定してくれよ!」
ふたりで小さく笑い合っていると、アリーナの奥から「オオオオオッ!!」という腹に響くような歓声が轟いた。
「あ、次の試合が始まるみたい」
「見ていくか。まずは現場の熱量と客の動線をこの目で確かめないと算算は弾けないからな」
こうして、かつてガスト教団の負の遺産だった闘技賭博場を舞台に、アステルとミアによる、奇妙で過激な経営改革の第一歩が踏み出されたのだった。
闘技賭博場の経営改革が本格的に始まってから、怒涛の三週間が経過した。
この三週間、俺とミアは文字通り寝食を忘れて管理室のデスクに向かい続けた。
机の上には山となす帳簿、仕入れの領収書、観客動員数の推移グラフ、試合ごとのオッズ調整表、そして飲食店からの売上報告書が所狭しと並んでいる。
「……」
俺は目の前の一枚の集計用紙を、穴が開くほどの眼光で凝視していた。
隣ではミアが、温かいハーブティーを飲みながら静かにこちらを覗き込んでいる。
「アステル」
「……」
「どう?」
「……素晴らしい」
俺の声が、感動のあまり震えていた。
「素晴らしい……素晴らしいぞ、ミア……!!」
「そんなに?」
「ああ! 見ろ、これだ!」
俺は両手で震える帳簿を高く掲げた。
「今月の純利益――金貨三万枚!!」
「…………」
「…………」
管理室の中に、しばしの静寂が訪れた。
そして、俺とミアは自然と顔を見合わせた。
「やったね」
「やったな!!」
ミアが小さな拳をぎゅっと握り締め、俺も力強くガッツポーズを作った。
「月間三万枚だぞ!? 以前は一万二千枚程度で燻っていたものが、たった三週間で2.5倍に跳ね上がったんだ!」
「すごいね」
「すごいなんてもんじゃない! 年間に換算すれば三十六万枚! この施設だけで、三年も運用すれば百万円……いや、百二十万枚以上の純利益を教団にもたらす!!」
「アステル」
「なんだ!?」
「また目が金貨の形になってる」
「当然だ! 金は増えれば増えるほど美しい! これぞ守銭奴の至高の喜びだ!」
俺が熱弁を振るうと、ミアは「ふふ」と可愛らしく笑った。
最初の頃に見せていた近寄りがたい雰囲気は完全に霧散し、今ではお互いの考えが言葉に出さずとも伝わるほどの信頼関係が築かれていた。
「今回の改革で、特に当たったのは『賭け参加手数料の導入』と『チケット制の細分化』だな」
俺は壁に貼られた大判の収益構造図を指差した。
以前のガスト教団時代の賭博場は、賭けに参加するための「入場」や「予想紙の購入」が極めて適当で、大金を賭けるハイローラーだけに依存する歪な経営を行っていた。そのため、一般客がいくら集まっても、彼らが小額しか賭けない場合は施設の維持費ばかりが嵩む状態に陥っていたのだ。
そこで俺とミアが導入したのが、『低価格・広範囲回収システム』である。
「賭け票を購入する際、一律でわずか一銅貨の手数料(システム利用料)を設定する」
「最初は、ちょっと反対されたよね」
ミアが思い出すように言った。
「『なんで賭ける前に金を取るんだ!』って、ガラのアカン客が暴れかけた」
「ああ。だが、一銅貨という絶妙な安さが効いた。誰にとっても痛くない金額だから、一度賭けてしまえば誰も文句を言わなくなる。そして毎日数千人の客が数十回賭けを行えば、その一銅貨の山が一日で金貨数十枚の純利益に化けるんだ!」
チリも積もれば山となる。まさに俺の基本理念だ。
さらに俺たちは、観客席のランク分けを導入した。
最前列の臨場感あふれる席には高いプレミアム料金を設定し、後方の見えにくい席は格安にして大量の一般客を呼び込む。そして二階のVIP席には、フカフカのソファと専属の給仕、高級ワインをセットにして、富裕層から一晩で金貨数百枚を吸い上げる仕組みを完成させた。
「飲食部門の改善も大きかったな」
「うん。アステルが考案した『冷めても美味しい香辛料揚げ鶏』、すごい売れてる」
「フフフ……安価な鶏肉に強いスパイスを効かせて揚げることで、原価を抑えつつ客の喉を渇かせる作戦だ。揚げ鶏が売れれば売れるほど、隣の酒場から高利益率の麦酒が飛ぶように売れる!」
「悪魔の発想」
「褒め言葉として受け取っておく!」
俺たちは顔を見合わせてニヤリと笑った。
単に金を奪うのではなく、客に「満足感」と「娯楽」を提供しながら、自然な形で財布の紐を緩めさせる。これぞ健全(?)な商業改革だ。
「でも、アステル」
ミアが帳簿の端を指で叩いた。
「これで満足?」
「ハッ! 冗談を言うな!」
俺は真顔で言い切った。
「月三万枚なんて、まだまだ通過点だ。来月は四万枚、再来月は五万枚を目指す!」
「いける?」
「いける! なぜなら、アクセルの街にはまだこの賭博場の『新しい魅力』を知らない潜在顧客が山ほど眠っているからだ!」
「宣伝?」
「そうだ! 昔のガスト教団の不潔で暴力的なイメージを完全に拭い去り、ノクス教団の誇る『健全で刺激的な大衆娯楽殿堂』として街中にチラシを撒く!」
俺は新しい羊皮紙を広げ、アイデアを猛烈な勢いで書き殴り始めた。
「初心者限定の体験賭けチケットの発行! 女性や家族連れでも安心して観戦できる専用ファミリーエリアの設置! 過去の名勝負を再現する特別興行の開催! やれることは無限にあるぞ!」
ミアは俺のペン先を目で追いながら、ぽつりと呟いた。
「アステルと仕事するの、すごく楽しい」
俺はペンを止め、ミアを見た。
「そうか? 俺の強欲さに付き合わされて、苦じゃないか?」
「全然。私、数字が増えていくのを見るの好き。それに……アステル、私の意見もちゃんと聞いてくれるから」
ミアは少し照れたようにツインテールをいじりながら、微かに頬を染めた。
「そりゃそうだ。お前はこの施設の最高の管理者であり、俺のパートナーだからな」
「パートナー……」
ミアがその言葉を噛み締めるように反芻した、まさにその時だった。
バンッ!!
管理室の扉が勢いよく開かれ、息を切らした人物が飛び込んできた。
「アステルさーん! ミアさーん! 大変です……じゃなくて、ノクス様がお呼びです!」
「フィーナ?」
飛び込んできたのは、教団の幹部であり俺の兄妹でもあるフィーナだった。
「ふぅ……ふぅ……本部から走ってきたので息が……」
肩を上下させるフィーナに、ミアが素早くハーブティーのカップを差し出した。
「飲んで」
「あ、ありがとうございますミアさん! 優しい……!」
フィーナは一息に茶を飲み干すと、机の上に山積みされた帳簿と、壁一面の収益グラフを見て目を丸くした。
「わぁぁ……すごい資料の数……! アステルさん、本当に毎日ここで缶詰めになってたんですね」
「当然だ。教団の一千人の胃袋と設備を維持するための前線基地だからな。それで、ノクス様が何か?」
「はい! 今回の闘技賭博場の改革で、街の評判がすごく良くなっているって、ノクス様がすっごく喜んでおられて! 『アステルとミアに感謝のパーティーを開きたい』っておっしゃってるんです!」
「パーティー……?嬉しいが、 無駄な経費がかかるようなことは……」
俺が即座に難色を示すと、フィーナが苦笑しながら手を振った。
「大丈夫です! 費用はノクス様が手作りのお菓子を用意するだけですから、教団の金庫からは一銅貨も出ません!」
「なら許可しよう」
「相変わらず現金ですねアステルさんは……」
フィーナは呆れつつも、嬉しそうに俺とミアの顔を見比べた。
「でも、すごいです! ミアさんとアステルさん、最初はお互いに全然話してなかったのに、今ではすっかり息ぴったりの名コンビですね!」
「名コンビ……か」
俺が呟くと、ミアは小さく首を傾げた。
「そうかな?」
「うん! 前はミアさん、アステルさんが来ても『……ふーん』って感じで全然関心なさそうだったのに、今はすっごく表情が柔らかくなってますもん!」
「……私は、最初からアステルのこと嫌いじゃなかった」
ミアは少し唇を尖らせて、そっぽを向いた。
「ただ、話すきっかけがなかっただけ。アステルがお金の話をしてくれたから、いっぱい話せるようになった」
「ふふ、アステルさんのお金好きが、まさかこんなところで人の絆を繋ぐなんて思いませんでしたよ」
フィーナの言葉に、俺は少し照れくさくなって咳払いを漏らした。
「コホン! 別に俺は絆を深めるために金儲けをしてるわけじゃない! すべては合理的な教団経営のためだ!」
「はいはい、そういうことにしておきますね」
フィーナが楽しそうに笑う。
確かに、最初は不気味で話しにくいと思っていた呪術師の少女。だが、同じ目標(収益最大化)に向かって知恵を絞り、夜遅くまで数字と格闘する中で、俺たちは間違いなく固い信頼関係を築き上げていた。
人間、第一印象だけで判断してはいけない。大切なのは、共に何を作り上げ、どう向き合うかだ。
「よし、フィーナ」
俺はデスクの上の帳簿をパタンと閉じた。
「ノクス様のお誘いには喜んで応じよう。だが、その前に明日の特別興行のオッズ調整と、新規VIP顧客への招待状の発送を終わらせる」
「えぇ!? まだお仕事するんですか!?」
「当たり前だ!」
俺は不敵な笑みを浮かべ、二万枚から三万枚へと増えた収益グラフを指差し、さらにその上空――空白の領域へとペンを突きつけた。
「月三万枚はただの通過点! 次の目標は月間『五万枚』、そして最終的にはこの闘技賭博場単体で『月間十万枚』の純利益を叩き出す!!」
「じ、十万枚……!? 一か月で……!?」
フィーナが絶句する横で、ミアが瞳を細め、静かに、だが熱い笑みを浮かべた。
「……十万枚。面白そう」
「だろ? お前ならこの領域の面白さが分かってくれると思ったぜ、ミア」
「うん。アステルの野望、私も手伝う」
ツインテールを揺らし、ミアが力強く頷く。
負の遺産だった暴力の館は今や、ノクス教団の未来を照らす最大の資金源へと生まれ変わりつつあった。そしてその裏側には、強欲な守銭奴と、寡黙な呪術師の絆が存在している。
「さあミア、計算の続きだ! 明日の利益を1%でも引き上げるぞ!」
「了解。まずは仕入れ値のカットから」
「素晴らしい! 最高のパートナーだ!」
夜の帳が降りたアクセルの街。
熱気冷めやらぬ闘技賭博場の管理室からは、夜遅くまで算盤の弾く軽快な音と、二人の楽しげな会話が絶え間なく響き続けていた。




