酔甲将軍【下】
ギルドを出発した俺とフィーナは、アクセル街の東部に位置する危険地帯――『酒爛の渓谷』へと足を踏み入れていた。
「うっ……アステルさん、ここ、すごいです……何ですかこの匂い……!」
フィーナが顔をしかめ、袖口で鼻と口を覆う。
街道を外れて渓谷の入り口に足を踏み入れた瞬間から、空気の質がガラリと変わっていた。鼻腔を突くのは、重く湿った甘酸っぱい発酵臭。まるで巨大な酒造タンクの底に直接放り込まれたかのような、強烈なアルコールの気が周囲の空気に充満しているのだ。
「ああ……これが噂に聞く『酒豪草』か……」
俺は足元に生い茂る、赤紫色の不気味な葉を持つ植物を見下ろした。
酒豪草。この世界における極上酒の原料となる貴重な薬草だが、その葉や茎からは常に高濃度のアルコール成分を含んだ蒸気が噴き出している。これだけ群生していれば、谷全体の空気が酒そのものに変化してしまうのも無理はない。
視線を上げると、地形は息を呑むほど険しい「V字谷」となっていた。
左右から切り立った岩肌の急斜面が迫り出し、足場は湿った酒豪草と苔で極めて滑りやすい。逃げ場のない一直線の谷底を、濃密な酒気がどんよりと漂っている。
「気をつけて歩けよ、フィーナ。ここは噂によると、踏み込んで三十分も経てば並の人間や冒険者は空気中の酒気だけで重度の酩酊状態に陥り、まともに戦闘すらできなくなるそうだ」
「さ、三十分ですか!? それってかなり危険じゃないですか……! 私たち、もう入ってから十分くらい経ってますよね!?」
「ああ。時間との勝負になる」
俺は眉をひそめながらフィーナの様子を伺った。
フィーナはこの世界では十八歳。この世界の基準では成人を迎えている年齢だ。本人曰く「お酒は一応飲めます!」と前に主張していたが、実生活で彼女が酒を煽っている姿など見たことがない。あの小柄な体でこの濃厚な酒気にどこまで耐えられるか、本当のところは未知数だった。
(……まあ、人の心配をしている場合じゃないんだがな)
俺は心の中で血の涙を流していた。
何を隠そう、俺――アステルは、前世の記憶において「極度のドケチ」ゆえにお酒という嗜好品に一銅貨すら払うのを惜しんだ結果、酒に対する耐性が皆無なのだ。いわゆる下戸。バカみたいに酒に弱い。
(まずい……すでに頭が少しポカポカしてきた気がする……! だが、金貨六百枚のためだ! 酔い潰れる前にサクッと叩き潰して帰るぞ!)
俺は己の頬を両手で強く叩き、気合を入れ直した。
そのまま滑りやすい急斜面を慎重に下り、谷の深部へと進むこと約五分。
「……アステルさん、前方に巨大な魔力反応です!」
フィーナが素早く弓を構え、低く澄んだ声で警戒を促す。
谷の歪んだ岩の影から、ズズズ……と地鳴りのような重低音を響かせて「それ」は姿を現した。
「おいおい……マジかよ……」
俺は思わず引きつった声を漏らした。
依頼書には詳細なサイズまで記されていなかったが、目の前に現れた『酔甲将軍』の巨躯は、俺の想像を遥かに超えていた。
前世の記憶にある、重度の糖尿病を患って体重のギネス記録を達成した海外の人物――あの超巨大な人間のサイズ感をさらに二回りほど巨大化させたような、圧倒的な肉塊。
見た目は、巨大な亀と気味の悪い河童を足して二で割ったような異形だ。
背中には漆黒の重厚な甲冑外殻を背負い、その中央からは巨大な酒瓢箪が伸びている。そして何より目を引くのは、前方にド迫力で突き出た、今にも破裂しそうな「巨大な酒腹」だった。タプンタプンと揺れるその腹は不気味極まりなく、毛穴や鼻からは常に発酵した酒気がプシューッと音を立てて噴出している。
足が短く肉厚なため、一見すると敏捷性は低そうに見える。だが、あの巨躯から発せられる圧迫感と、体内に溜め込まれた果てしない気力は本物だ。
「フィーナ、陣形を展開するぞ! 俺が前衛で視線と攻撃を引きつける! お前は後衛から弱点を狙え!」
「はいっ! アステルさん、絶対に無理はしないでくださいね!」
「言われなくても無理はしない! 金貨六百枚を無傷で回収するのが俺の主義だ!」
俺は一瞬で間合いを詰め、腰の拳闘具を構えて前衛へ躍り出た。
フィーナは滑る急斜面を軽やかに駆け上がり、岩の上の射撃ポジションへと身を躍らせる。
ノクスの加護により「二倍」へと跳ね上がった加護の力が、俺たちの肉体を力強く脈動させていた。
「ブモォォォォォハァァァァッ……!!」
酔甲将軍が巨大な酒腹をタプンと揺らし、ブタとカメを混ぜ合わせたような咆哮を上げた。不気味な瞳が赤く濁り、俺たちを「侵入者」として明確にロックオンする。
酒気漂うV字谷の底で、金貨六百枚を賭けた死闘の火ぶたが、今まさに切って落とされた。
「シッ――ハッ!」
俺は地の利の悪さをものともせず、足裏に魔力を集中させて濡れた酒豪草を蹴った。
加護が二倍になったことで、俺の足威は以前の比ではない。空気を置き去りにするほどの踏み込みで、一瞬にして酔甲将軍の懐へと潜り込む。
まずは挨拶代わりの一撃。
右拳に純粋な魔力を集約させ、不気味に突き出た奴の巨大な酒腹へと叩き込んだ。
ゴォァァァンッ!!
まるで巨大な鐘を打ち鳴らしたかのような重厚な打撃音が谷間に響き渡る。
だが――手応えがおかしい。
(なっ……手に伝わる衝撃が波散していく……!?)
俺の放った強力な衝撃は、奴のタプタプとした分厚い脂肪と、その奥にある無数の発酵酒の層によって見ごとに分散・吸収されてしまった。それどころか、攻撃を受けた酒腹がボヨンと大きく跳ね返り、俺の右腕を弾き返す。
「ブモォッ!」
酔甲将軍が巨体を揺らし、丸太のような太い腕を横一文字に振るってきた。
風を切る重低音。敏捷性は低いと踏んでいたが、攻撃のリーチと破壊力は破格だ。
「くっ……!」
俺は間一髪で体を反らし、空を切った拳の風圧だけで数メートル後ろへ吹き飛ばされる。着地した足元から酒豪草の葉が散り散りに舞った。
「アステルさん! 追撃行きます!」
上空の岩場から、フィーナの涼やかな声が響く。
シュバババババッ!
瞬時に放たれた三本の光の矢が、空を切り裂いて酔甲将軍の顔面――無防備な目元と口元へと正確無比に突き刺さった。二倍の加護を受けた彼女の射撃は、岩石をも容易に穿つ威力を誇る。
ギャリィィィンッ!
しかし、直撃の瞬間に酔甲将軍が首を引っ込めると、背中の漆黒の甲冑外殻が前方に滑り出し、完璧な防御壁となって矢をことごとく弾き返した。光の矢は火花を散らして弾け飛ぶ。
「矢が通らない……!? 物理耐性だけじゃなくて、甲冑自体の硬度が異常です!」
「チッ、さすがは武物か! 一筋縄じゃいかないな!」
俺は体勢を立て直しながら、額に嫌な汗が伝うのを感じていた。
汗のせいだけではない。喉の奥がカーッと熱く焼けつくような感覚がある。
(くそっ……谷に入って十五分。戦闘運動で呼吸が激しくなったせいで、空気中の酒気がどんどん体内に取り込まれている……!)
視界がわずかに揺らぎ始めている。前世の下戸体質が、この悪環境下で最悪の牙を剥きつつあった。
「ブモォ……ブモォ……」
酔甲将軍は俺たちの攻撃を完封すると、背中の巨大瓢箪から伸びる管を口にくわえ、ゴクゴクと音を立てて体内の発酵酒を煽り始めた。
ジュウゥゥゥゥッ……!
奴の全身の毛穴から、赤黒い高熱の蒸気が吹き出出す。
肌の表面が血のように赤く染まり、濁っていた瞳が凶暴な黄金色へと発光を始めた。
依頼書にあった特殊能力――『酒気狂乱』の発動だ。
「アステルさん、気をつけて! 相手の魔力数値が急上昇しています!」
「言われなくてもわかる! 来るぞ!」
ドォォォォンッ!!
巨大な巨体からは想像もつかない爆発的な踏み込み。
酒で身体能力を極限までブーストさせた酔甲将軍が、弾丸のような速度で俺に向かって突進してきた。
「ははっ……速ぇよバカ!!」
俺は足元に魔力を暴発させ、斜め前方へと転がるように身を投げた。
直後、俺がいた場所を酔甲将軍の巨大な突進が駆け抜け、V字谷の岩壁へと正面から激突する。
ズガガガガガガァァァンッ!!
凄まじい衝撃音とともに、巨大な岩盤が崩れ落ち、大量の土砂と酒豪草が舞い散った。一間違えれば肉片すら残らない破壊力だ。
「ハァ……ハァ……!」
土砂煙の中から立ち上がった俺は、激しい目まいに襲われて膝をつきかけた。
(まずい……視界が二重に見える……! これが『酔い』ってやつか……!? 体に力が入らないわけじゃないが、距離感が狂う……!)
「アステルさん! 大丈夫ですか!?」
岩の上からフィーナが心配そうに叫ぶ。彼女の顔も少し赤くなっているように見えるが、俺ほど重篤な影響は受けていないようだ。やはり若い体にこの世界の適能があるのか、それとも本当に酒に強い体質なのか。
「大丈夫だ……! ただの『初期投資の苦しみ』みたいなもんだ!」
「わけのわからない例えをしてないで、一回下がってください!」
「断る! 下がったら時間がかかって、余計に酒気が回る!」
俺はフラつく足取りを強引に踏みしめ、腰を低く落とした。
酔甲将軍が岩くずを払いのけ、再びこちらを振り返る。酒気狂乱状態の奴は、まるで酔っ払いが千鳥足を踏むような不規則で読みにくい動きで、巨体を揺らしながら迫ってくる。
タプン、タプン、と不気味に揺れる酒腹。
右へ傾くと見せかけて左からの薙ぎ払い。左へ倒れると見せかけて全体重をかけた押し潰し。
「くっ……! 動きが見切りづらい……!」
ガキィィンッ!
俺は両腕の甲冑で奴の太い腕を受け止めたが、二倍の加護をもってしても数メートル後ろへズザザと押し下げられた。靴底と石畳が擦れ、激しい火花が散る。
「アステルさんを離しなさいっ!」
上空からフィーナの放った「精霊の貫通矢」が、酔甲将軍の右足の関節へと突き刺さった。
ドスッ!
「ブモガッ!?」
いくら甲冑で覆われていても、駆動部である関節の隙間までは完全に防げない。二倍補正を受けたフィーナの矢は、分厚い皮膚を穿ち、奴の巨体を大きく揺らめかせた。
「ナイスだフィーナ!」
「アステルさん、あのカメみたいな甲冑の隙間……首の根元と、足の付け根です! そこなら矢も拳も通ります!」
「了解だ! だが、あいつの酒腹が邪魔で正面からは狙いにくいな……!」
俺は大きく息を吐き出した。吐く息すら酒臭い。
脳の奥が痺れ、グラグラと世界が回転している。だが、意識の底にある「絶対的な計算能力」だけは、激しい怒りと共に冴え渡っていた。
(考えてみろ……金貨六百枚だぞ? ここで俺が酔い潰れて撤退したら、ここまでの移動時間、消耗した魔力、治療費、何よりギルドでの信用……すべてが赤字になる! 損失額は数算で金貨一千枚を超えるぞ!!)
「赤字になるくらいなら……死んでも勝つ!!」
俺の全身から、ドクンと音がして濃密な神力が噴き出した。
加護の威力を倍増させる神威転化を弱めたバージョンだ。
「フィーナ! 奴の動きを三秒止めろ! 全力の一撃を叩き込む!」
「はいっ! ノクス様、私に力を……!」
フィーナが長弓を限界まで引き絞る。
彼女の背後に、ノクス様の純白の翼の残像がうっすらと浮かび上がった。加護の同調率が跳ね上がる。
『聖導精霊矢』!!
放たれた一本の太い光矢が、螺旋を描きながら空中を疾走し、酔甲将軍の巨大な酒瓢箪の根元へと直撃した。
ズドォォォォンッ!!
「ブモォォォォ!?」
瓢箪が半壊し、内部から大量の超高濃度発酵酒がドババババと溢れ出す。
不意を突かれた酔甲将軍は、体内の酒気バランスを崩し、大きく前かがみに体勢を崩した。首の根元――柔らかい皮膚が露出する絶対の隙が生じる!
「三秒……いや、一秒で十分だ!!」
俺は地の底を蹴った。
酔いに蝕まれた視界の中で、奴の首の根元だけが鮮明なゴールドのターゲットマークとして浮かび上がって見える。
「おおおぁぁぁぁぁぁッ!!」
右拳に、ありったけの魔力と「神の加護」の光を収束させる。
聖なる純白の光と、俺自身の魔導の黒銀の光が交差し、拳の周囲で小さな竜巻となって渦を巻く。
職業『神拳聖魔将』の真骨頂。
魔力と身体能力を極限まで融合させた一撃必殺の拳――。
『極限破拳・満額回収!!』
「ブモ……ッ!?」
酔甲将軍が恐怖に目を剥く。
ズゴォォォォォォォォォンッ!!!!
俺の右拳が、奴の首の根元の柔らかい肉層へと完璧にめり込んだ。
直後、一瞬の静寂。
次の瞬間、奴の巨大な体内に叩き込まれた二倍加護の膨大なエネルギーが、内側から爆発的に弾け飛んだ。
バリバリバリバリッ!!
漆黒の甲冑外殻に網目のように亀裂が走り、タプタプだった巨大な酒腹が風船のようにパンパンに膨れ上がる。
「ブモガァァァァァァァァッ……!!!」
凄惨な絶叫とともに、酔甲将軍の巨躯が内側から崩壊を始めた。
甲冑が粉々に砕け散り、溜め込まれていた酒気と魔力が激しい衝撃波となってV字谷全体へと吹き荒れる。
「アステルさんっ! 伏せてっ!」
フィーナの叫び声と同時に、俺は吹き荒れる衝撃波の中を後ろへと跳躍し、滑りやすい斜面に突き刺した腕で強引に体勢を固定した。
ドォォォォォォン……!!
谷を揺るがす大爆発が収まった時、そこに立っていたのは、粉々に砕けた甲冑の破片と、消滅していく武物の光の粒子だけだった。
谷の奥に、ぽつんと転がる巨大な『武核』と、討伐の証明となる酔甲将軍の角。
「はぁ……はぁ……やった……か……?」
俺はフラフラと立ち上がろうとしたが、足に力が入らない。
戦いが終わった瞬間、緊張の糸が途切れたことで、体内に溜まりに溜まった『酒豪草の濃密な酒気』が一気に脳へと回ってきたのだ。
世界が激しく回転する。地面が上に来て、空が下に来るような感覚。
「うっ……頭が……グルグルする……」
「アステルさんっ!」
岩場から駆け下りてきたフィーナが、間一髪で倒れそうになった俺の体を抱き留めてくれた。
彼女の体からは、ほのかに甘い薬草の香りがする。
「大丈夫ですか!? アステルさん、顔が真っ赤ですよ!?」
「フィーナ……勝ったぞ……金貨……六百枚……」
「もうっ! こんな状態になってもまだお金のこと言ってるんですか!?」
フィーナは呆れながらも、俺の腕を自分の肩に回し、しっかりと体全体で支えてくれた。彼女自身も酒気の影響で少し頬を桃色に染めているが、俺に比べれば遥かにしっかりしている。
「……フィーナ、お前……酒……強いんだな……」
「私、言ったじゃないですか。『一応飲める』って! アステルさんが勝手に疑ってただけです!」
くそっ……前世でケチらずに……居酒屋の飲み放題とか行っておくべきだった……
「何言ってるんですか、もう! ほら、討伐証明の角と魔核を回収して、早くこの谷を出ますよ! 放置したらまた気分が悪くなります!」
「ああ……頼む……回収漏れは……一銅貨たりとも……許さん……」
「はいはい、わかってますから!」
フィーナは俺を肩で支えながら、テキパキと巨大な魔核と角を鞄へと放り込み、滑りやすいV字谷の急斜面を慎重に登り始めた。
背中に伝わる彼女の温もりと、しっかりとした足取り。
世界はまだグラグラと回っていたが、俺の心の中には、確かな勝利の達成感と、仲間に対する誇らしさが満ちていた。
夕刻。
アクセルの街の冒険者ギルド本部は、昼間以上の大騒みに包まれていた。
カウンターの上にドスンと置かれたのは、巨大な『酔甲将軍』の角と、青く輝く超大型の魔核。
「ほ、本当に……本当にたった二人で討伐してくるとは……!」
受付嬢が手紙を落としそうになりながら、目を見開いて叫んでいる。
周囲の冒険者たちも、言葉を失って俺たちを凝視していた。
「おいおい……マジかよ……あのBランク殺しの酔甲将軍だぞ……?」
「しかも怪我一つねぇじゃねぇか……!」
「ノクス教団の幹部って、こんなバケモノ揃いなのかよ……!?」
そんな称賛と驚愕の嵐の中――。
「う……うぐぐ……」
俺はギルドの長椅子の上に横たわり、頭に冷やしタオルを乗せた状態で、うめき声を上げていた。
重度の二日酔い。
魔物を倒した達成感など、今の俺には一微塵もない。頭が割れるように痛く、吐き気が波のように押し寄せてくる。
「ほら、アステルさん。冷たいお水ですよ。ゆっくり飲んでください」
フィーナが甲斐甲斐しく水をコップに汲んで、俺の口元へと運んでくれる。
「うぅ……感謝する……フィーナ……お前が天使に見える……」
「ふふっ、ノクス様の信者ですからね。でも、無茶をするからですよ。レベルが格下でも、環境の罠には勝てないんですから」
「黙れ……勝ったんだからいいんだ……」
そこへ、受付嬢が震える手で重厚な革袋を運んできた。
「アステル様、フィーナ様。討伐の確認が取れました。こちらが報酬の『金貨六百枚』になります……!」
ジャラリ……ッ!
重厚な金属音が響いた瞬間。
ピクッ! と俺の身体が反応した。
さっきまでの激しい頭痛と吐き気が、奇跡のようなスピードで引いていく。俺はガバッと長椅子から飛び起き、冷やしタオルを脱ぎ捨てて革袋をひっ掴んだ。
「あ、アステルさん!? 体は大丈夫なんですか!?」
「金貨の音を聞いたら、細胞が活性化した!!」
「どんな体質ですかそれ!!」
俺は革袋の口を開け、眩い黄金の輝きを放つ金貨の山を覗き込んだ。
一枚、二枚、三枚……完璧な重量感。紛れもない、純度最高の金貨六百枚だ。
「フフフ……ハハハハハ! 勝ち取ったぞ! これで本部の屋根の修繕も、新兵六百人の今週分の食費も、ノクス様の特選牛肉も、すべて計算通りに賄える!」
俺が大爆笑していると、ギルドの入り口の扉が開き、レオンとゴルドが呆れ顔で入ってきた。
「やれやれ……ギルドで騒ぎになっていると聞いて来てみれば、案の定お前か、アステル」
レオンが溜め息をつく。
「ガハハハ! おいおいアステル! 激戦の翌日に二人だけでBランク級の魔物を狩ってきたって? 相変わらず金のことになると手が付けられねぇ奴だな!」
ゴルドが豪快に俺の背中を叩く。激痛で一瞬二日酔いがぶり返しそうになったが、俺は金貨の袋をギシッと抱きしめて渡さなかった。
「笑うなガイル! 俺がこうして体を張って外貨を稼いでくるからこそ、ノクス教団の財政は盤石になるんだ!」
「はいはい。でもアステルさん、次はちゃんとお酒の対策をしてから行きましょうね」
フィーナが隣でくすくすとおかしそうに笑う。
その周囲には、俺たちを尊敬の目で見つめる冒険者たちと、呆れつつも信頼を寄せてくれる教団の仲間たちの姿があった。
前世でケチり続け、孤独に一銅銭を数えていた俺が、今や一千人の仲間と、強くなった四枚翼の神様、そして信頼できる相棒とともに、こうして笑い合っている。
二日酔いの頭痛はまだ少し残っていたが、胸の奥には、どんな大金でも買えない温かな充足感が広がっていた。
「さあ、帰るぞ! 本部で待っているノクス様に、最高の報告と美味いメシを届けるためにな!」
「「「オーッ!!」」」
夕暮れに染まるアクセルの街に、覚醒したノクス教団の力強い歓声が、どこまでも高く響き渡っていった。




