賭博場4
「第三試合——開始!」
審判のその高らかな宣言と同時に、広大な遊技館を包み込んでいた熱気あふれる喧騒が一瞬で霧散した。
先ほどまで大声での笑い声や歓声が飛び交っていた観客席も、まるで水を打ったように静まり返り、何百人もの熱い視線がただ中央の対戦卓——その漆黒の盤面だけへと集中している。
それほどまでに、この対戦相手である青年の実力は、この街のカードゲーマーたちに知れ渡っていたのだ。
「レオンハルト様だ……」
「まさか新人が、あの絶対王者と当たるなんてな」
「これであいつの快進撃も終わりだな」
「流石に無理だ。レオンハルト様は次元が違う」
観客席のあちこちから、諦めと感嘆の混ざり合った囁き声が漏れ聞こえてくる。
しかし、当の本人である青年——レオンハルトは、周囲の雑音など微塵も意に留めていない様子で、細く美しい指先で静かに自身のカードを整えていた。その立ち振る舞い、カードを一枚扱う動作のすべてに一切の無駄がなく、長年この盤上で勝ち続けてきた者だけが纏う絶対的な経験と自信が、洗練されたオーラとなって自然と滲み出ている。
「先攻は譲ろう」
レオンハルトは優雅で余裕に満ちた笑みを浮かべながら言った。
「新人相手に先攻まで取ってしまっては、本当の実力差が分からなくなってしまうからな」
「……随分と余裕なんですね」
「当然だ」
彼は一切の迷いもなく即答した。
「カードゲームというものは、運で勝つこともある。初心者が気まぐれな幸運に恵まれることもな。だが、本当に強い者というのは、その運すらも己の実力へと昇華させる。お前がこれまで見せてきた奇妙な連鎖も、俺の完璧な采配の前には無力だと知るがいい」
その言葉には、不思議と嫌味がなかった。
単なる傲慢ではなく、彼が積み上げてきた『百九十八連勝』という圧倒的な事実が、その言葉に揺るぎない説得力を与えているのだ。
(ふむ……なるほどな。確かに本物の勝負師だ)
俺は心の中で感心しながら、静かに自身の配られた手札——初手を確認する。
(……悪くない。いや、むしろ理想に近い)
俺の手札には、すでに基本となるパーツが揃っていた。あと一枚、山札からキーカードを引き当てることができれば、あの凶悪な『永久連鎖』が完成する。
「俺のターンだ」
俺は冷静に最初の行動を起こす。まずは低コストの小型ユニットを召喚。続いて支援用の魔法カードを配置し、山札から手札を一枚補充する。
盤面だけを見れば、至極あっさりとした、ごく普通の立ち上がりだった。
「堅実だな」
レオンハルトは静かに美しく笑う。
「だが、そのような温い立ち上がりでは、俺の構築した絶対の陣形を崩すことなど到底不可能だ」
彼のターン。
レオンハルトの指先が滑るように動くたび、盤面へ次々と高コストの強力なカードが展開されていく。
前衛には強固な盾を持つ聖騎士。
後衛には広範囲を攻撃する大魔導士。
さらに全体を強化する戦旗と、相手の妨害を無効化する幾何学模様の魔法陣。
たった一ターンにして、一切の隙が存在しない完璧なる攻守兼備の布陣が築き上げられた。
「す、すげぇ……!」
「たった一ターンでアレを組むか……!」
「これが絶対王者レオンハルト……!」
観客たちから一斉に感嘆とため息の声が漏れる。
俺も思わずゴクリと息を呑んだ。さっきまで戦ってきた『漆黒のルシフェル』や『物忘れの老人』とは、明らかにデッキの精度もプレイングの格も違う。
しかし——俺の胸の中に、焦りは微塵もなかった。
俺には、この借り物デッキに秘められた『確実な勝ち筋』がハッキリと見えているのだから。
「俺のターン——ドロー」
山札の一番上のカードを指先で滑らせ、手札に引き入れた瞬間。
俺の口元は、抑えきれずに自然と大きく緩んでいた。
(……来た)
必要だった最後の一枚。《循環の精霊》。
これで、勝利のためのすべてのピースが揃った。
「……何がおかしい?」
レオンハルトが微かに眉をひそめ、俺の表情の変化を見逃さずに問う。
「いや」
俺はカードを指で摘まみながら、静かに答えた。
「勝負が決まったな、と思って」
「……何?」
レオンハルトが不快そうに瞳を細めた瞬間、俺は一枚目のカードを卓上へ置いた。
「《循環の精霊》を召喚」
続いて二枚目。
「永続アイテム《連撃の短剣》を配置」
そして三枚目。
「魔法カード《帰還の術式》を発動——対象は自身」
その瞬間、卓上に並べられた三枚のカードが同時に激しい共鳴を起こし、淡い青白い光を放ち始めた!
「共鳴効果発動」
光が広がると同時に、盤面全体に巨大な魔法陣の幻影が重なる。
「手札を一枚回収。さらに《循環の精霊》の効果により、追加行動を獲得。そしてドロー」
レオンハルトの冷徹だった表情から、初めて『余裕』という二文字が完全に消え去った。
「……追加行動だと……!? なぜ魔法カードを自分回収しただけで行動権が増える……!?」
俺は彼の言葉に答えることなく、手札に戻ったカードを間髪入れずに叩きつける。
「手札に戻った《帰還の術式》を再発動。対象は自身。共鳴効果、再発動」
カツン、と涼やかな音が響き、レオンハルトのライフが1点削られる。
「再び手札を回収。再び追加行動を獲得。1点ダメージ。《連撃の短剣》による連撃連鎖——」
攻撃。回収。再召喚。攻撃。
連鎖は止まらない。
「ま、待て!!」
レオンハルトが思わず身を乗り出し、動揺した大声を上げる!
「そのカードの効果は一度のターンに一度しか使えないはずだ! なぜ何度も発動する!?」
「普通ならそうです」
俺はカードを滑らかに動かし続けながら、淡々と説明する。
「ただし、この三枚は互いを起点にして相互に共鳴する。一度手札に戻ることで『場に出た』『手札に戻った』という状態がリセットされ、回収するたびに発動条件を満たし直すんです」
「そんな……そんな馬鹿なルール上の穴が存在するだと……!?」
観客席が一気に騒然となる!
「ま、また始まったぞ!」
「絶対王者のあの完璧な陣形が、何もできずに放置されてる!」
「速い! さっきの試合より連鎖の回転が速いぞ!」
俺は一切の手の止め場もなく、淡々と、そして正確にカードを動かし続けた。
一手一手に迷いはなく、前世で何百回、何千回とカードゲームの大会でループコンボを叩き込んできたかのような、洗練された滑らかな指先で盤面を完全に支配していく。
カツン、カツン、カツン、カツン……!
レオンハルトの築いた堅牢極まりない布陣は、攻撃の機会すら与えられないまま放置され、彼のライフポイントだけが音を立てて削り取られていく。
そして——最後の一撃。
俺は静かに、最後となるカードを卓上へ置いた。
「これで……終わりです」
青白い光の刃が盤面を鋭く貫き、レオンハルトのライフ表示が【00】へと変わった。
沈黙。
遊技館全体が、一瞬だけ完全に水を打ったように静まり返る。
そして次の瞬間——。
割れんばかりの怒号のような歓声と拍手が、館内全体を激しく揺らした!
「うおおおおおおおおっ!!」
「勝った! 新人が勝ったぞ!!」
「あのレオンハルト様が……絶対王者が負けたぁぁぁぁ!!」
誰もが自分の目を疑うような表情で、俺のことを見つめている。
百九十八連勝。
それはこの王都最高の遊技館『グランド・アルカナ』において、長年誰も破ることができなかった金字塔であり、数多の挑戦者たちが跳ね返されてきた絶対の壁だった。
その巨大な壁が今、名もなき新人の手によって音を立てて崩れ去ったのだ。
敗れたレオンハルト本人も、しばらくの間、微動だにしなかった。
卓の上へと視線を落とし、自分が誇りを持って組み上げたカードたちを静かに見つめている。
そして、ゆっくりと長く重い息を吐き出すと、その口元に小さく、しかし潔い笑みを浮かべた。
「……完敗だ」
そのたった一言に、会場は再び大きな盛大な拍手に包まれた。
負けを不機嫌にならず素直に認める潔さ。それもまた、彼が一流の勝負師であることの証だった。
俺は席から立ち上がり、右手を差し出した。
「ありがとうございました。素晴らしい陣形でした」
「……フッ、ハハハ」
レオンハルトも静かに立ち上がり、その手を強く握り返してくる。
「正直に言おう。途中までは完全にこちらの勝ちだと思っていた。盤面も、手札の質も、すべてこちらが優位だったからな。だが……お前のあの『連鎖』だけは、俺の経験のすべてをもってしても読めなかった」
俺は苦笑いを浮かべる。
「俺も、この貸し出しデッキの中身を見て、偶然見つけた組み合わせですよ」
「偶然、か」
レオンハルトは静かに首を横に振った。
「違うな。偶然カードの穴を見つける者はいても、それを土壇場で完璧な勝ち筋へと昇華させられる者は極めて少ない。お前は……その数少ない側の人間だ。見事だったよ、アステル」
そう言い残すと、彼は負けた者特有の哀愁を感じさせつつも、背筋をピンと伸ばした美しい佇まいのまま、観客席の人ごみの中へと姿を消していった。
その背中を見送りながら、俺は改めてこの異世界のカードゲームの底知れぬ奥深さと、ゲーマーとしての勝利の快感を噛み締めていた。
しかし。
熱狂の盛り上がりは、これで終わりではなかった。
「次だ! 次は俺が挑戦するぞ!」
「退け! 俺の方が先に並んでいたんだ!」
「絶対王者を倒した男と戦わせろ!」
絶対王者の敗北という衝撃的な光景を目撃したにもかかわらず、観客たちの闘志には火がつき、挑戦者は減るどころか爆発的に増えていったのだ。
今度は地方の大会で優勝経験のある猛者。
高額な賞金を荒稼ぎしているプロの常連客。
裏社会のカード賭博で慣らした怪しい男たち。
彼らが次々と俺の対戦卓の前に長蛇の列を作り始めた。
店員はウハウハの笑顔で受付の声を張り上げている。
「挑戦者受付はこちらでーす! 次の方、どうぞお並びください!」
もはやただのトーナメントを超え、俺という『巨大なボス』に挑む一大イベントと化していた。
まさに、俺が次の挑戦者と対峙しようとした、その時だった。
「何事だ!? 一体館内で何が起きているというのだ!?」
遊技館の奥にある豪華な扉がドカンと開き、一人の男が額に汗をかきながら慌ただしい様子で走ってきた。
仕立ての良い高級な燕尾服を身にまとい、胸元には輝く金色の支配人章。
どう見ても、この豪華な遊技館を仕切る最高責任者だった。
観客たちがサッと道を譲る。
「支配人だ!」
「噂を聞いて、やっと奥から出てきたぞ!」
支配人は息を切らしながら俺の対戦卓へと近付き、卓上に広げられたカードと、積み上がり始めた賞金の小箱を注視した。
そして。
「……は?」
支配人の動きが、ピタリと停止した。
彼の表情が、まるで氷漬けにされたかのように固まる。
「ま、まさか……」
俺も、その男の顔を間近で見て、思わず目を丸くした。
「あれ……? どこかで見たような……」
男も、震える指先で俺を指差したまま固まっている。
「き、君は……」
「まさか……」
「昼間の……!!」
数秒間の、奇妙で重苦しい沈黙。
そして次の瞬間、俺と支配人の声が完全にハモった。
「「あぁぁぁぁぁぁっっ!!??」」
周囲の観客や店員たちは、何が起きたのか分からずきょとんとしている。
支配人は顔面を蒼白にさせ、額から滝のような大量の汗を噴き出しながら、ガタガタと後ずさった。
「う、嘘だろ……! な、なんで君がこんなところにいるんだぁぁぁ!!」
俺もようやくすべての記憶が繋がった。
「あーっ! さっきの闘技賭博場の支配人!!」
そう。目の前に立っている燕尾服の男は、つい数時間前に地下闘技場で「もう利益が吹き飛びます、勘弁してください!」と何度も頭を下げ、俺たちを泣く泣く送り出した、あの闘技賭博場の支配人その人だったのだ!
「いやいやおかしいでしょ! あなた、こっちの遊技館でも働いてるんですか!?」
「兼任なんだよぉぉぉ!!」
支配人は絶叫した。
「昼は地下闘技賭博場! 夜はこちらの高級遊技館! 運営している母体の組織が同じなんだよ!!」
「へー、そうだったんですか。手広くやってますね」
納得して大きく頷いた、まさにその瞬間だった。
支配人の顔色が、青から白、そして土色へと目まぐるしく変わっていった。
彼の視線が、俺の卓上と、その横に積み上げられた勝利報酬の小箱、そして長蛇の列を作る挑戦者たちとの間を何度も激しく往復する。
「ま、まさか……君、ここでもまた勝ち続けているのか……?」
近くにいた店員が、おそるおそる答える。
「は、はい……現在、全勝無敗です……。先ほど絶対王者のレオンハルト様も破られまして……賞金と売上がえらい勢いで彼の方へ流れております……」
支配人は両手で頭を抱え、その場に膝から崩れ落ちそうになった。
「お、終わった……! まただ……! また今日のこの店の利益がすべて吹き飛ぶぅぅぅ!!」
ぶつぶつと絶望の呪文を呟いていた支配人は、突然バッと跳ね起きると、遊技館の天井に向けて裂けんばかりの大声で叫んだ!
「店員全員、店内の警備員も全員聞けぇぇぇぇぇ!!」
その怒号のような叫びに、館内の全人間が固まる。
「本日の営業は……たった今をもって全面終了だぁぁぁぁ!!」
一瞬、誰もその言葉の意味を理解できなかった。
「……え?」
受付の店員たちも目を丸くする。
「へ、閉店ですか? まだ夕方の六時を回ったばかりですが……」
「そうだ! 今すぐ閉店だ!! 全照明を半分落とせ! 入口の重鉄門を閉めろ! 挑戦の受付も今すぐすべて中止にしろ!!」
店内は一気に大混乱に陥った!
「えぇぇぇぇぇ!? なんでだよ!?」
「まだ夕方だぞ!? 俺は今から大金を賭けて遊ぶ予定だったんだが!?」
「急すぎるだろ!」
客たちから一斉に怒号と不満の声が飛ぶ。
しかし、支配人は涙目になりながら、客たちに向かって幾度も深々と頭を下げ続けた。
「申し訳ありません! 申し訳ありません! 本日は急遽、魔法設備の重大な点検作業を行うことになりました! お客様方、本日はどうかお引き取りをぉぉぉ!!」
そう叫んで頭を下げながらも、支配人の血走った視線だけは、俺から一度たりとも離れることはなかった。
——この少年を、これ以上この店で遊ばせてはいけない。絶対に破産する。
そんな痛いほどの切実な心の叫びが、俺の肌にビンビンと伝わってきた。
「……やれやれ。結局、ここも営業終了か」
遊技館の裏口から追い出されるように外へ出された俺は、苦笑いを浮かべながら頭をポリポリと掻いた。
昼の地下闘技賭博場に続き、今度は夜の高級遊技館まで強制営業終了。
いくら守銭奴の俺とはいえ、さすがに二軒連続で胴元を破産寸前に追い込んで店を閉めさせるとなると、ほんの少しだけ申し訳ない気持ちになってくる。
(まあ、借り出しデッキで優勝賞金と勝利手当の金貨二十数枚をしっかり回収できたから、文句はないんだがな)
俺は懐の革袋の重みを確認し、満足の笑みを浮かべる。
「そういえば……」
俺はふと立ち止まり、周囲の風景を見回した。
「フィーナ?」
さっきまで遊技館の中で、俺の勝利に「やったぁー!」と大はしゃぎし、大笑いしていたはずのフィーナの姿が、どこにも見当たらなかった。
「どこへ行ったんだあいつ……?」
少し胸騒ぎがし、俺は夕暮れ時の大通りを歩きながら彼女を探し始めた。
夕日が街並みを赤銅色に染め上げ、石畳には建物や街灯の影が長く伸びている。
賑やかな中央市場の露店を覗いてみても、彼女の姿はない。
冒険者御用達の武器屋や防具屋の店内を探してみても、見当たらない。
(まさか、こんな人通りの多い王都の大通りで迷子になったわけじゃないよな……? いや、あいつの固有スキル《超運》があれば、悪人に拐われるようなトラブルには絶対に巻き込まれないはずだが……)
そんな思考を巡らせながら歩いていると、メインストリートから一本脇に入った、格式高い商店街の路地から、聞き覚えのある鈴を転がすような笑い声が聞こえてきた。
「えへへっ♪」
聞き間違えようもない、フィーナの声だ。
声のする方向へ静かに近づいていくと、温かみのあるオレンジ色の魔導ランプに照らされた、一軒の大きな高級雑貨・衣料店が目に入った。
店内を窓越しに覗き込むと——そこには、見覚えのある鮮やかなオレンジ色の髪の少女が、自分の背丈ほどもある大量の紙袋と箱を両手いっぱいに抱え、店員と満面の笑みで楽しそうに会話していた。
「これもください! あと、その棚の上のやつも!」
「はい! ありがとうございます、お嬢様!」
「それとー、その可愛らしいクッキーの詰め合わせも追加で!」
「かしこまりました! すぐにお包みいたしますね!」
俺は店の入り口で立ち尽くし、開いた口が塞がらなかった。
「……お前、一体何をやっているんだ?」
俺の声に気づいたフィーナは、くるりと振り返ると、ぱぁぁっと花が咲いたような眩しい笑顔を向けた。
「あっ、アステルさん! おかえりー!」
「おかえり、じゃない。その大量の荷物はなんだ?」
「えへへ、見て見てー!」
フィーナは両手に抱えていた無数の紙袋やリボン付きの箱を、カウンターや近くのテーブルの上にドカンと並べ始めた。
紙袋からは、可愛らしいフリルのついた新しい帽子。
深みのある青を基調とした、上質な布地のワンピース。
革の香りが漂う新品のブーツ。
キラキラと輝く髪飾り。
モコモコとした可愛らしい魔物のぬいぐるみ。
そして大量の焼き菓子、高級チョコレート、色とりどりの飴玉、干し果物の袋、蜂蜜がたっぷり入ったクッキー缶。
さらには、木箱に入った高価そうな紅茶の茶葉まで買い込まれている。
「……お前、これ全部買ったのか?」
「うん!」
フィーナは胸を張って、満面の笑みで大きく頷いた。
「今日、アステルさんと一緒にお金をいっぱい稼いだからね! から、前から欲しかった服とお菓子、全部買っちゃった!」
カウンターの奥にいた女性店員も、苦笑いを浮かべながら口を開く。
「こちらの可愛らしいお嬢様、当店の開店以来、一番元気でお買い物上手なお客様ですよ。最初はお菓子を少しだけお買い求めになる予定だったのですが……」
「可愛い服をご覧になった途端にね、『これも!』『あ、これも可愛い!』ってなっちゃって、止まらなくなっちゃったの!」
フィーナは少し照れくさそうに、えへへ……と頬を掻いた。
「だって、すっごく可愛かったんだもん! それにね!」
フィーナは新しく買った、小さなリボンのついた可愛らしい帽子を頭に乗せると、新調したワンピースの裾を軽く持ち上げ、その場でクルリと一回転してみせた。
「どうかな……? 似合ってる……?」
上目遣いで、少し不安そうにこちらの反応を窺ってくるフィーナ。
いつもの動きやすい冒険者用の衣装とはガラリと印象が変わり、まるで良家のお嬢様か、街で一番愛されている少女のような、可憐で華やかな装いになっていた。
俺は少し気恥ずかしさを感じつつも、率直な感想を口にした。
「……ああ。すごく似合ってるよ、フィーナ」
「ほんと!?」
そのたった一言で、フィーナの表情が弾けた。彼女は跳ね上がるように大喜びした。
「やったぁぁぁ! アステルさんに褒められたー!」
その無邪気で可愛らしい姿を見ていた店員や、周囲にいた他のお客たちも、思わず温かい笑みをこぼす。
「本当に仲が良いんですねぇ。素敵なご兄妹ですね」
「あ、いや……俺たちはそういう関係じゃなくて——」
俺が慌てて訂正しようと手を振ると、フィーナは否定することもなく、嬉しそうに新しい服の箱をぎゅっと抱きしめてクスクスと笑っていた。
(やれやれ……まあいいか。今日一日で稼いだ膨大な金に比べれば、このくらいの買い物など可愛いものだ)
どうやら、遊技館で手に入れた賞金の大部分は、彼女のこの買い物で一瞬にして消えてしまったらしい。
だが、誇らしげに新しい服を抱え、心底嬉しそうに笑うフィーナの表情を見ていると、守銭奴の俺ですら「無駄遣いだ」と叱る気には到底なれなかった。
「さぁて!」
フィーナは大きく伸びをすると、大量の紙袋と箱を手際よく両手に抱え直し、俺の隣へと並んだ。
「いっぱい戦って、いっぱい遊んで、いっぱい買い物もできた! 大満足の一日だったね、アステルさん!」
「そうだな。色々と騒がしい一日だった」
「そろそろ、教団のみんなのところへ帰ろう! お土産のお菓子もいっぱいあるし!」
「ああ、そうだな。みんな待っているだろう」
夕焼けの赤から、深い紺色へと移り変わっていく石畳の街路。
街灯の温かな光が灯る中、俺たちは大量の買い出し袋を抱えたフィーナと一緒に、自分たちの帰るべき場所——ノクス教団のホームへの帰路についたのだった。




