賭博場2
「勝者ァァァァァ!! アステルッ!!」
地下闘技場を揺るがす司会者の絶叫と同時に、会場全体が割れんばかりの割れんばかりの狂乱と歓声に包まれた。
俺は静かに、刃についた魔力光を払いながら剣を鞘へ収める。
足元では、先ほどまで「新人の骨など砕いてやる」と息巻いていた大男の戦士が、泡を吹いて白目を剥き、崩れ去るように倒れていた。
医療班が青ざめた顔で慌てて駆け寄り、慣れた手つきで担架へ乗せて運んでいく。
「ま、また一撃だ……。」
「何なんだあの新人は。化け物か……!?」
「おい、今ので五連勝だぞ……! 全部即死級の一撃で終わらせてやがる!」
観客席がざわざわと大きく騒めく。
最初は「命知らずのド素人が紛れ込んできた」と鼻で笑い、嘲笑を浴びせていた観客たちも、今や俺が入場するだけで怒号のような大歓声を上げるようになっていた。
「アステルー!!」
「次も一瞬で沈めてくれー!!」
「おい! もっと俺たちに凄まじい技を見せろー!!」
気付けば大声援を送られ、すっかり人気選手扱いである。
一方で、俺の負けに大金を注ぎ込んでいたギャンブラーたちは、頭を抱えて頭髪をむしり取っていた。
「くそっ! また外した! なんであの大男が数秒で沈むんだよ!」
「最初は絶対負けると思ったのに! 俺の金貨五十枚がァァァ!!」
「次だ! 次の対戦相手こそ本物だ! 今度こそ相手に全額賭ける!!」
会場の至る所で絶望と欲望の声が飛び交っている。
だが、哀しいかな。彼らの「今度こそ」という淡い期待は、この後も何度も、何度も打ち砕かれることになるのだ。なぜなら、俺の背後には《神拳聖魔将》という規格外の力と、守銭奴としての絶対的な勝利への執念、そして——フィーナの狂ったような幸運が存在するのだから。
連勝を重ねる俺の試合が一段落し、次の対戦カードが組まれるまで少しの待ち時間が生じた。
俺が控室で汗を拭き、無料の冷水を胃袋へ流し込んでいると、フィーナは「ちょっと探検してくるね!」とだけ言い残し、小走りで観客席や受付の方へ向かっていった。
十分ほどして戻ってきた彼女は、腰の革袋をジャラジャラと重たげに揺らし、満面の笑みを浮かべていた。
「アステルさん、見て見てー!」
フィーナが革袋の口をガバッと開くと、中にはぎっしりと詰まった金貨や銀貨が、照明の光を受けて眩しくギラついていた。
「……おいフィーナ。その袋、さっきより明らかに太くなってないか?」
「ふふん! 増えたよ!」
あっけらかんと言い切るフィーナ。
「いや、俺はさっきから控室で水を飲んでいただけだぞ? 俺の試合の配当金はまだ受け取っていないはずだ。何で増えてるんだ?」
「うん! 試してみたの!」
「……試した?」
「私の固有スキル《超運》と、この帽子の共鳴マジックアイテム《導天の羽》の力を!」
フィーナはどこか得意げに胸を張り、オレンジ色のニット帽の正面に埋め込まれた、七色に輝く紙へ細い指先を添えた。
「最初はね、アステルさんの試合だけにしか賭けてなかったでしょ?」
「ああ。俺の勝利は絶対確実だし、オッズも美味しかったからな。」
「でもね、それだと『この共鳴マジックアイテムが、どこまで私の運を増幅してくれているのか』の限界が分からなかったの。だからね……」
なるほど。ただ勝てる相手に賭けるだけでは、能力の正確な検証にはならない。
直感で動いているように見えて、こういうところで抜け目がないのがフィーナという少女だ。
「だから、他の冒険者さんたちの試合を見ながら、直感で少しずつ賭けてみたの。全部、銀貨数枚から金貨数枚くらいの少額だけどね。」
「ほう……で、結果はどうだったんだ?」
俺が尋ねると、フィーナはニヤリと悪魔的な笑みを浮かべた。
「全勝。全部当たったよ。」
「……は?」
思わず耳を疑った。
「ぜ、全部……? ほかの見知らぬ選手同士の試合で、一回も外さずに全的中させたのか!?」
「うん! 全部的中!」
俺は絶句した。
闘技場という場所は、選手の体調や相性、果ては裏での心理戦や八百長すら絡む、極めて不確定要素の多い場所だ。プロのギャンブラーですら勝率は五割を切るのが普通の世界で、「全部当てる」などということがあってたまるか。偶然の一言で済まされる領域を遥かに超えている。
「最初は私も半信半疑だったんだけどね。」
フィーナは受付で発行された賭け証明の控え紙をパラパラとめくって見せた。
「一試合目はね、観客のみんなが大剣使いの強そうな男の人に賭けてたの。でも、私は何となく槍使いの細い人を選んだの。そうしたら、槍使いの人が一瞬の隙を突いて勝っちゃった。」
紙を一枚めくる。
「二試合目は、倍率が一番高かった魔術師の人。三試合目は、相手の巨体に比べて不利って言われてた双剣使いの人。四試合目は、怪我をしてるって噂されてた格闘家の人。……全部、私が賭けた方が勝ったの。」
「えぇ……(困惑)。」
俺は思わず、フィーナが被っている帽子をまじまじと見つめた。
「その共鳴マジックアイテムって……そんな、未来予知みたいな力まで発揮するのか……?」
「すごいでしょー!」
フィーナは嬉しそうに笑った。
「共鳴工房の店員さんは『放った矢が最適な軌道を選ぶ』って言ってたでしょ? でもね、矢だけじゃなかったみたい。この帽子を被っていると、運命そのものが私にとって一番良い『当たり』に向かって、ひゅーっと流れていく感じがするの!」
なるほど……! 共鳴工房の技師は戦闘での活用法として「矢の軌道」を例に挙げたが、本質はそこではなかったのだ。《超運》という固有スキルそのものを根本から底上げ・増幅した結果、彼女の日常や選択すべてにおいて「最も幸運な結果」が自動的に引き寄せられるようになっている。
危険の回避。
希少な素材や宝との遭遇。
そして――博打における「絶対的な勝負勘」!
(くっ……恐ろしい能力だ……! これさえあれば、世界中のあらゆる賭博場や宝くじを駆逐して、無限に金を手に入れられるんじゃないか……!?)
俺の魂が、あまりの収益性にガタガタと震えを深めていた。しかし、フィーナはふっと少しだけ真面目な顔になり、人差し指を口元に当てた。
「でもね、アステルさん。何となく分かったこともあるの。」
「ん? 何だ?」
「別に、誰が勝つかという明確な映像が頭に浮かぶわけじゃないの。未来が見えるわけでもない。」
「ふむ……じゃあ、どうやって選んでいるんだ?」
「ただね……。」
フィーナは一度言葉を切り、胸元に手を当てた。
「『あ、この人に賭けよう』って思った時だけ、胸の奥がぽかぽかと温かくなるの。逆に、負ける人に賭けようとすると、胸がチクッとするの。その『ぽかぽか』を信じてお金を置くと、全部当たるの。」
理屈ではない。感覚だ。
だが、それこそが世界に一握りしか存在しない固有スキル(ユニークスキル)の神髄なのだろう。
概念的な「幸運」を、肉体の感覚として感知する領域にまで高めているのだ。
「だからね! これからはアステルさんの試合だけじゃなくて、空いた時間に少しずつ賭けていけば、もっともっとお金を稼げるかなって!」
フィーナは照れくさそうに笑う。
「あ、でもね? 大金を一度に賭けて大儲けしようとは思ってないよ? 『運が良くても、調子に乗って欲を張ると絶対に足をすくわれるぞ』って、昔お父さんに口酸っぱく教わったから。」
その言葉を聞いて、俺は深く、深く深く頷いた。
(素晴らしい……! 完璧だ、フィーナ……! 欲望に狂って自滅する愚か者どもとは違い、勝率百%の環境であえて『堅実な小勝ち』を積み重ねるリスク管理……! これこそが真の守銭奴、真の勝利者の姿だ!!)
どれほど強力な能力を持っていても、慢心して全財産を一度に突っ込めば、どこかで思わぬ罠や不可抗力(八百長やトラブル)に巻き込まれて足元をすくわれる。フィーナはそのリスクを直感的に理解しているのだ。
だからこそ、彼女の《超運》は破滅をもたらす悪魔の力ではなく、着実に富を生み出す最高の資産として機能している。
「よし、フィーナ! その方針でいこう! 無理のない範囲で、着実に配当金をむしり取るんだ!」
「うんっ! お金儲け、がんばるぞー!」
『第六試合ッ!! 挑戦者アステルに対するは、流星の連撃を放つ槍使い――《疾風のフギュー》だぁぁぁ!!』
審判の合図とともに、銀色のしなやかな長槍を持った男が、凄まじい踏み込みで間合いを詰めてきた。
シュシュシュシュッ!! と空気をごっそり削り取るような連続突進。一秒の間に十数回もの刺突が繰り出される、まさに流星のような連撃。
しかし。
(槍の穂先が届くより早く……懐へ潜り込めば、長柄の武器などただの棒切れだ!)
俺は《神拳聖魔将》の身体強化を足裏に集中させ、爆発的な気力で石畳を蹴った。
槍の隙間をすり抜け、一瞬で男の目の前へ肉薄する。
「なっ……速っ!?」
「甘い。」
気力と魔力を練り上げた左拳を一閃。
ドゴォッ!! と重厚な打撃音が響き、衝撃波が男の腹部を叩きつける。
「がはぁッ!?」
槍使いの男は、一瞬で目 converted を白黒させ、そのまま弾丸のように場外の壁まで吹き飛んでいった。
『しょ、勝者ァァァ!! アステルぅぅぅ!!』
六連勝。勝利報酬と配当金、確実に追加獲得。
『第七試合!! 今度の刺客は、三属性を統括する上級魔術師――《灼熱のアルフレッド》!!』
「ハハハハ! 接近戦が得意なようだが、近づけなければ意味はない! 焼き尽くせ、極大炎壁——『フレイムウォール』!!」
魔術師が杖を掲げると、舞台全体を覆い尽くすほどの巨大な濁流のような炎の壁が巻き起こった。
一千度を超える熱風が観客席まで吹き荒れ、逃げ場などどこにも存在しない絶望的な火の海。
しかし。
(ただの魔力による炎か。神力を薄く皮膚に纏わせれば……ノーダメージだな。)
俺は迷わず、ごうごうと吹き荒れる炎の渦の中へと足を踏み入れた。
火粉を散らしながら、何事もなかったかのように炎を押し分けて一直線に歩いていく。
「な、なぁぁぁッ!? 炎の中を歩いて……人間じゃないのかお前は!!」
目玉が飛び出んばかりに見開いて怯える魔術師。俺はその目の前まで辿り着くと、剣を鞘に収めたまま、柄の先端で相手の小鳩をコンと軽く突いた。
「え?」
崩れ落ちる魔術師。意識遮断。
『勝者……アステル!!』
七連勝。配当金、さらに倍増。
『第八試合!! 疾風怒濤の素早さを誇る二刀流――《影縫いのサイゾウ》!!』
シュババババッ!! と残像すら置き去りにする超スピードで、二本の短剣が俺の死角から次々と繰り出される。
素早さだけなら、今日戦った相手の中で間違いなく一番だ。
しかし。
(見え見えなんだよ。攻撃の軌道も、筋肉の弛緩も、視線の動きも……すべて《神拳聖魔将》の処理能力の前には遅すぎる。)
一歩。半歩。頭をわずかに傾けるだけ。
紙一重の最小限の動きで、すべての斬撃を完璧にかわし続ける。
「な、なんで当たらねぇ!? どこを狙ってもかわされるだと!?」
相手の動きに焦りと乱れが生じた、まさにその一瞬。
俺はそっと手を伸ばし、相手の額に向かって指をセットした。
パチンッ。
静かなデコピンの音が響く。
だが、そこには気功術による衝撃波と火魔法が凝縮されていた。
「へ?」
二刀流の男は、まるで巨大なハンマーで叩かれたかのように後ろへひっくり返り、そのまま白目を剥いて気絶した。
「う、嘘だろ……!?」
「おい見ろ! デコピン一発でC級冒険者クラスが沈んだぞ!?」
観客席は大爆笑と大歓声、そして困惑の渦に包まれた。
気付けば。
九連勝。
十連勝。
十一連勝……!!
対戦相手がどんな猛者であろうと、どのような奇策を使ってこようと関係ない。俺は最小限の労力で相手を倒し、一銭のポーション代も消耗品代も使わずに勝利を積み重ねていった。
会場のボルテージは最高潮に達していた。
最初は「大穴の新人」扱いだった俺は、今や完全にこの闘技場の主役、敗北を知らない絶対王者として君臨していたのだ。
そして、控室のフィーナはというと——。
「やったぁぁぁ! また勝ったー! アステルすごーい!」
誰よりも、世界中の誰よりも楽しそうであった。
試合が終わって配当金が支払われるたびに、小さな身体をぴょんぴょんと跳ねさせて歓喜している。
「アステルさん! また金貨袋が増えたよ! 見て見て、この重さ!」
「ほう……! どれどれ……ぐはっ、重い! 素晴らしい重みだ!」
「これで私への借金どころか、ノクス教団の何ヶ月分かの運営費になっちゃうね!」
両手いっぱいにパンパンに膨らんだ金貨袋を抱え、満面の笑みを浮かべるフィーナ。
「そんなに嬉しいか、フィーナ?」
「嬉しいよー! だって私、今日一回も賭けを外してないもん!」
《超運》と共鳴マジックアイテムの組み合わせ。
その恐るべき力は、裏闘技場という欲望の坩堝において、完璧な「打出の小槌」として機能していた。
フィーナが賭ければ、どれほど不人気な選手であっても勝つ。
フィーナが選んだ選択肢が、そのまま絶対の真実となる。
その異様な光景は、やがて観客席のギャンブラーたちの間でも噂として広まり始めていた。
「おい……知ってるか? あの受付の近くにいる、オレンジ色の髪のかわいい女の子……」
「ああ、あの子が賭けた方の選手が、100%勝ってるんだよ……!」
「マジかよ!? さっきから大穴ばかり当てまくってるぞ!」
噂は一瞬で伝播した。
そして、次の第十二試合の受付前には、いつの間にか異様な人だかりが出来上がっていた。
「む、娘さんっ!!」
「頼む! 次の試合、誰に賭けたのか教えてくれぇぇッ!」
「俺も同じ方に全財産を賭ける! 頼むからヒントをくれ!」
「神様、仏様、超運の娘様ぁぁぁ!!」
強面の大男たちや大商人たちが、泣きそうな顔でフィーナに取りすがる。
フィーナは困ったように眉を下げ、えへへ……と苦笑いした。
「えぇ!? そんなこと言われても困っちゃいます! 私、ただ直感で選んでるだけだし……!」
完全に、闘技場内の「勝利の女神」として崇め奉られる状態になっていた。
まさに、その時だった。
大混雑する受付の奥にある、重厚な装飾が施されたVIP用の扉が、ス……と静かに開いた。
そこから姿を現したのは、一人の壮年の男だった。
仕立ての良い黒い燕尾服を隙なく着こなし、知性あふれる銀縁の眼鏡をかけている。白髪交じりの髪を綺麗にオールバックへ流し、その静かな立ち振る舞いからは、この裏施設を長年取り仕切ってきた者特有の圧倒的な風格と威厳が漂っていた。
周囲のガヤガヤとした騒がしさが、一瞬でシヨン……と静まり返る。
「せ、責任者だ……。」
「地下闘技場の最高支配人、グレゴリー様が出てきたぞ……!?」
「おい、ヤバいんじゃないか? 連勝しすぎて目をつけられたか……!?」
客たちがゴクリと生唾を飲み込む中、最高支配人と呼ばれた男は、真っ直ぐに俺とフィーナの前まで歩いてきた。
そして――周囲の予想に反して、腰を深く折り曲げ、丁寧極まりない姿勢で深々と頭を下げたのだ。
「アステル様。そして、フィーナ様。」
「……少々、お時間を頂戴してもよろしいでしょうか。」
予想外の丁寧な対応に、俺とフィーナは顔を見合わせた。
「支配人自ら何の用だ? 俺たちはルールに則って正当に戦い、正当に賭けを行っているだけだが。」
俺が牽制するように言うと、支配人の男——グレゴリーは苦笑いを浮かべ、眼鏡のふちを指でそっと上げた。
「おっしゃる通りでございます。アステル様の圧倒的な試合内容、そしてフィーナ様の類稀なるお力……誠に素晴らしく、お客様方も大変満足されており、場内は過去最高の盛り上がりを見せております。」
「なら、問題ないだろう?」
「ええ、問題は……大いにございます。」
そこでグレゴリー支配人は、ハンカチを取り出すと、額に浮き出た大量の冷や汗を拭った。
「非常に申し上げにくいのですが……どうか、本日のご出場および賭けは、この辺りでご勘弁いただけませんでしょうか。」
「……はい?」
俺とフィーナの声がハッキリと重なった。
支配人は苦痛に満ちた顔で、声を落として懇願するように言った。
「実は……アステル様の圧倒的連勝と、フィーナ様による配当金の完璧な的中によりまして……当闘技場が用意していた本日分の準備金およびプール金が、すでに底をつきかけております。」
「なに……?」
「正直に申し上げますと、このままあと二、三試合続けられますと……本日の利益がすべて吹っ飛ぶどころか、当館が創業以来最大の赤字を叩き出し、破産寸前まで追い込まれます。」
静まり返っていた観客席から、ドッと爆発的な大爆笑が巻き起こった!
「ギャハハハハハ! そりゃそうだろ!!」
「全勝するアステルと、全的中させる娘が揃ってんだぞ! 胴元が勝てるわけねぇ!!」
「あの巨大闘技場が『もう勘弁してください』って頭下げてるぞ!! 傑作だ!!」
支配人は赤面しながらも、なりふり構わず頭を下げ続けた。
「もちろん、当館の規定上、お客様の出場や賭けを拒否する権利は我々にはございません。ですが……本当に、本当にお願い申し上げます。本日は……本日だけは、どうかこの辺りでお引き取りいただけますと、我々経営陣一同、命が救われます……!」
俺は思わずフィーナを見た。
フィーナも目をパチパチと丸くさせた後、こらえきれずに「ぷっ……!」と小さく吹き出した。
「ぷっ……くすくす! 賭博場の支配人さんに『降参』されちゃったね、アステルさん!」
俺も苦笑するしかなかった。
まさか、守銭奴として金を稼ぎまくった結果、胴元である裏組織の支配人を破産寸前まで追い詰め、頭を下げさせるところまで行くとは想定外だった。
(フッ……まあいい。ここで無理に絞り尽くして店舗を潰してしまっては、将来的にここから稼ぐ手段を失うことになる。胴元を生かさず殺さず、定期的に集金するシステムを維持する方が、長期的には遥かに利益が大きい……!)
長期的リスクマネジメントが働いた俺は、頷いた。
「どうする、フィーナ? 相手もこう言っていることだし。」
フィーナは両手で抱えたパンパンの金貨袋を見つめ、大満足の笑顔を浮かべた。
「うん! 今日はこれくらいで許してあげよう! お金もいっぱい増えたしね!」
その瞬間、支配人の顔がパァッと明るくなり、まるで救世主を見るかのような目で俺たちを見つめた。
「あ、ありがとうございます!! 心より感謝申し上げます!!」
支配人は涙目になりながら、特別ボーナス(口止め料および感謝料)として追加の金貨袋を差し出してきた。もちろん、俺は一瞬でそれを懐へと回収した。
観客席からは、闘技場始まって以来の伝説の誕生に対し、惜しみない万雷の拍手と歓声が送られた。
こうして俺たちは、裏闘技場の歴史において――『あまりの強さと勝率の高さに、経営難を恐れた支配人から「もう来ないでください」と頭を下げられた伝説の二人組』として、末永く語り継がれることになったのである。
闘技場を後にし、夕暮れ時の街を歩く俺たちの足取りは、羽のように軽かった。
「ふはははは! 見たかフィーナ! 勝利報酬、配当金、そして支配人からの特別ボーナス! すべて合わせて、本日の稼ぎ――金貨一万枚オーバーだ!!」
俺は懐の重みを噛み締めながら、高らかに笑い声を上げた。
「すごーい! 一日でそんなに稼げちゃうなんて、夢みたいだね!」
「ああ! フィーナへの借金二千枚は今ここで全額完済! さらに残りの八千枚以上は、ノクス教団の金庫へダイレクトインだ! これで教団の財政基盤は岩盤のごとく盤石となった!!」
「えへへ、よかったね、アステルさん!」
フィーナは嬉しそうに帽子を抑えながら、俺の隣でぴょんぴょんと跳ねるように歩く。
《神拳聖魔将》への進化、そして《超運》の共鳴。
俺たちの手にした力は、戦闘においても、そして金儲けにおいても、もはや誰にも止められない領域へと達していた。




