スキル『超運』
「組み合わせは無限――」
路地裏の魔術書屋を出たあとも、老婆が口にしたその言葉は俺の脳裏から離れることはなかった。
教本だけでも強くなれる。日々の修練と経験の積み重ねによって、新しい術式を魂に刻み込めば確実に戦力は底上げされる。
マジックアイテムだけでも強くなれる。ダンジョンの深層でドロップするような希少な武具を身に纏うだけで、常人を超越したステータスや特殊能力が手に入る。
しかし、その二つの概念を体内で物理的・霊的に”共鳴”させることで、既存の常識を覆すまったく新しい極大技が誕生する。
魔法、聖法、気功術――異なる三つの領域を修得している俺にとって、それは血が沸き立つほど魅力的な話だった。
「なあ、婆ちゃん。」
俺は去り際、思わず足を止めてカウンターの老婆に尋ねていた。
「その『共鳴』ってやつは、ここではできないのか? 錬成書だけ買って、ここで手持ちのアイテムと合わせられたら手っ取り早いんだが。」
老婆は皺だらけの顔を横に振った。
「残念じゃが、わしは教本と古書を扱うのが専門でな。共鳴術式を組み立てる設備も無ければ、武具と術式を仲介する触媒炉も持っておらん。共鳴は専門外じゃ。」
「じゃあ、この街で誰ができるんだ?」
老婆は少し考えると、古い木製の棚の引き出しから一枚のカードを取り出した。重厚な厚紙で作られたそれは、角が少し丸まっており、銀色の綺麗な歯車の紋章と重厚な文字が刻まれていた。
『共鳴工房』
「このアクセルの街で、まっとうな共鳴を成功させられるのはここだけじゃ。共鳴専門の『錬成技師』がおってな。持ち込まれたマジックアイテムと教本の術式構造を魔力解析し、その特性を安全に融合させてくれる。」
「失敗率はどれくらいなんだ? 貴重なアイテムが消滅したりしたら目も当てられないぞ。」
「事故の確率はほぼゼロじゃ。技師の腕は王国一と言っても過言ではない。」
「なら決まりだな。……ちなみに、加工賃はどれくらいだ? まあ、高くても一回につき金貨百枚か、せいぜい二百枚ってところだろ?」
俺が半ば冗談めかして口にすると、老婆は静かに、そしてゆっくりと首を横へ振った。
「そんな安くない。」
「……え?」
「普通の単一属性マジックアイテムと初級教本の共鳴ですら、最低でも金貨数百枚スタートじゃ。」
「数……百……?」
「さらに、坊やのように魔法、聖法、気功術と複数の属性を持ち、さらには神術という規格外の領域まで扱う者の術式となれば話は別じゃ。」
老婆は意地の悪い笑みを浮かべ、言葉を区切った。
「基本基本の解析費と触媒代、共鳴作業費込みで……金貨数千枚じゃ。」
「…………。」
「…………え?」
俺の思考が完全にフリーズした。一瞬、自分の耳がおかしくなったのかと思った。
「い、いま……何枚って言った?」
「聞こえんかったか? 金貨数千枚じゃ。」
「に、数千っ!??!?」
俺は椅子の脚をガタガタと鳴らして跳び上がった。守銭奴の俺の血圧が、一瞬で危険領域まで跳ね上がる。
「数千枚って!! 家が建つぞ!! 豪邸が数棟建つレベルだぞ!? ノクス教団の本部をまるごと改修したってそんなに掛からなかったぞ!? たった一回の装備調整にそんな金がかかるわけあるか!! ぼったくりだ!! 詐欺だ!!」
あまりの狼狽ぶりに、老婆は腹を抱えてケラケラと笑う。
「だから言ったじゃろ。本当の力というのは、決して安く手に入るものではないんじゃよ。技術の極致には、それに見合うだけの膨大な対価が必要になる。」
「そんな狂った金額、一体誰が払えるんだよ……! 一般の冒険者が一生かかって稼ぐ金だぞ!?」
「まあ、顧客はSランク冒険者や王族、大商人、あるいは大教団の上層部などじゃな。彼らはたった一度の共鳴で自らの人生や戦局が決定的に変わることを知っておる。だからこそ、どれほど巨額であろうと金を惜しまん。」
俺は痛む頭を押さえた。貴族やSランク冒険者たちの金銭感覚は根本から狂っているらしい。いや、確かに「自分だけの唯一無二の極大技」が手に入るなら安上がりなのかもしれない。だが、一銭の無駄遣いすら吐き気がする俺にとって、金貨数千枚という数字はあまりにも絶望的だった。
「ちなみに……参考までに聞くが、婆ちゃん。」
俺は未練がましく、喉を鳴らしながら尋ねた。
「俺がもし……もし万が一、その金を準備できたとしたら、どんな組み合わせが向いてると思う?」
老婆は俺の顔をじっと見つめた。その瞳には、長年数多の冒険者を見続けてきた洞察の光が宿っている。
「……坊やなら、一つだけ最高に面白い、そして最悪に恐ろしい組み合わせがある。」
「本当か?」
「ただし、それを扱える人間は現世にほぼおらん。理論だけで誰も試したことがない領域じゃ。」
老婆は本棚の奥から、埃を被った一冊の古い羊皮紙の資料を取り出した。慎重にページをめくり、一つの共鳴理論が書かれた項目を指し示す。
「神術《神威転化》。……坊や、お前さんが白翼教団戦で使った、あの固有神術じゃな。」
「っ……。」
俺は息を呑んだ。俺自身の魂に刻まれた、俺だけが扱える極限の神術。
「あれと絶望的なまでに相性が良いマジックアイテムが、かつてダンジョン深層で発掘されたことがある。その名も――《狂戦士の心核》じゃ。」
「狂戦士の心核……。」
「このアイテムはな、流入してきた神力や魔力を、そのままダイレクトに自らの『肉体スペック』へと変換・増幅させるイカれた性質を持っておる。もし、これと神術《神威転化》を共鳴させたなら……。」
老婆はゆっくりと、教を解くように言葉を重ねる。
「まず、神威転化を発動した際、自らの神力の半分が《狂戦士の心核》へと吸い込まれ、全身の骨格、筋肉、細胞を極限まで強化する。腕力、脚力、耐久力、反応速度……その全てが爆発的に跳ね上がる。それこそ、ドラゴンを素手で殴り殺せるほどの筋力とな。」
それだけでも、前衛として頭がおかしいレベルの強化だ。だが、老婆の口から語られた真の恐ろしさはその先だった。
「そして……残ったもう半分の神力は、共鳴した神術そのものへ流れ込み……自律意思を獲得するのじゃ。」
「自律意思……!?」
「そう。本来ならお前さんが意識して操作しなければならない神聖なエネルギーが、意思を持った意思体のように勝手に暴れ回り、周囲の敵を自動で感知して無差別に殲滅・制圧し始める。つまり……自分自身は超人的な肉体強化状態で前線を蹂躙し、それと同時に、もう一人の自分である神術が勝手に周囲を全自動で攻撃し続ける。一人で二人分の極大戦力になるというわけじゃ。」
俺の背筋に、ブワッと鳥肌が立った。
神威転化の弱点――それは全神経を術の操作に集中させねばならない点と、発動中の無防備さだった。それが解消されるどころか、全自動の極大火力と超強化された肉体の二重攻撃に変化する。
「そんな……そんなデタラメな共鳴が……。」
「理論上は百パーセント可能じゃ。じゃが、歴史上、神威転化という希少すぎる神術を修得した者が存在しなかったため、誰も試すことができなかった。……お前さんだけじゃよ、それを現実のものにできるのは。」
俺は静かに、自らの拳を固く握り締めた。
もし……もし本当にそれが完成すれば。
俺だけの、誰にも読めない完全なる超絶切り札になる。どんな格上の敵が相手だろうと、一瞬で叩き潰せる絶対的な暴力。
「……欲しい。」
絞り出すような本音が、口から漏れた。
老婆はニヤリと笑う。
「だから言ったじゃろ。金貨数千枚をかける価値は、十二分にあるとな。」
「はぁぁぁぁぁぁ……っ!!」
俺は店内に響き渡るような、深く、重く、悲痛な溜息を吐き出さざるを得なかった。
価値があるのは分かった。喉から手が出るほど欲しい。だが、金銭的現実が俺の頭を金槌で殴りつけてくる。
「……まずは、死ぬ気で金を稼ぐしかないか……。」
店を出ると、表通りには昼の眩しい日差しが降り注いでいた。
俺は腰のヘソクリ袋を愛おしそうに撫で、固く決意を固める。
「よし……こうしちゃいられない。依頼を受けよう。それも、一攫千金が狙える超高難度のやつをな!」
教団の金庫に眠る金は、ノクスや団員たちのためにある予備費だ。俺個人の強さのための『共鳴資金・金貨数千枚』は、俺自身が泥をすすり、汗と血を流して稼ぎ出すしかない。
俺は足早に街道を抜け、アクセル街の冒険者ギルド本部へと向かった。
ギルドの巨大な扉を押して中へ入ると、室内は相変わらず大勢の冒険者たちの熱気と怒号、そして酒の匂いで満ち満ちていた。
受付の前には依頼の受注や報告に並ぶ長蛇の列。
巨大な討伐成果を持ち持ち込んで報酬金を受領するパーティー。
昼間から酒をあおり、昨日の自慢話に花を咲かせるならず者たち。
俺は脇目もふらず、壁一面に設置された高難度依頼の掲示板の前へと歩み寄った。
「うーん……金貨五十枚、金貨八十枚か……足りん! まったく足りん! こんな細々とした金額じゃ、金貨数千枚に到達する頃には俺がおじいちゃんになってしまう!」
俺は血眼になって、高額報酬が記載された依頼書を一枚一枚吟味していく。
「金貨二千枚……いや、これはドラゴン討伐か。流石にソロでドラゴンは準備なしじゃ厳しいな……。しばらくは金貨数百枚クラスの大型討伐を、睡眠時間を削って連戦するしかないか……。」
俺が真剣な顔で計算機を頭の中で叩いていた、その時だった。
「あっ!」
「アステルさん!!」
背後から、人混みの喧噪を突き抜けるような、透き通った明るい声が響いた。
振り返ると、大柄な冒険者たちの人波をすいすいと縫いながら、ショートヘアを元気に揺らしてこちらへ駆け寄ってくる少女の姿があった。
ノクス教団・第三幹部――フィーナだった。
「アステルさんっ!」
フィーナは小柄な体をぴょんと弾ませ、俺のすぐ目の前で立ち止まると、いつものように満開のひまわりのような笑みを咲かせた。オレンジ色のショートヘアが、動きに合わせてかわいらしく揺れる。
「ふふっ、やっぱりアステルさんだ! ギルドに入ってくるのが見えたんですよ! 今日は依頼受注ですか?」
「ああ、フィーナか。まあな、ちょっと理由があって、本気で金を稼がなきゃいけなくなってな。」
「え? お金ですか?」
フィーナは不思議そうに首を傾げた。
「ノクス様のお給料なら、今月分はすごく高かったはずですけど……何か困ったことでもあったんですか?」
俺は苦笑いを浮かべながら、かいつまんで事情を説明した。
「さっき魔術書屋で聞いたんだがな。俺の技とマジックアイテムを『共鳴』させて、新しい極大技を作る技術があるらしいんだ。ただ……その加工費用が、安く見積もっても金貨数千枚も掛かるらしくてな。」
「数千枚!?」
フィーナは目を丸くした。
「だから今は、とにかく一銭でも多く稼がないと、俺の計画が始まらないんだよ。」
事情を把握したフィーナは、一瞬だけパチパチと瞬きをした。そして次の瞬間――何かを閃いたように、パッと顔を輝かせた。
「じゃあ、貸します!」
「……え?」
「私のお金、貸します!」
「……はい?」
フィーナは自分の腰に下げた革袋(ノクス教団の幹部手当と、これまでの依頼で貯め込んだ貯金が入っている)をポンポンと叩きながら、満面の笑みで胸を張った。
「私、こう見えて結構溜め込んでるんですよ! 自慢じゃないですけど、無駄遣いもしないですし! 金貨数千枚は無理かもしれませんけど、貯金の全額、アステルさんに貸します! なんならあげます!」
あまりにも迷いのない、無邪気で好意100%の申し出に、俺は思わず引きつった笑いを漏らした。
「いやいやいや! 待て待て! 仲間から金貨数千枚クラスの大金を借りるなんて、聞いたことがないぞ! 借りを作ったら、後でどんな恐ろしい利息が発生するか分かったもんじゃない!」
「利息なんて取りませんよー! だって、アステルさんには白翼教団の時も、それ前からも、いっぱい助けてもらいましたから! これは日頃の恩返しです!」
フィーナは両手をぎゅっと握り締め、グッと身を乗り出してくる。まるで「お金を貸したくてたまらない」とでも言いたげなキラキラした瞳だ。
「気持ちはめちゃくちゃ嬉しいよ。……だがな、俺は根っからの守銭奴なんだ。他人の金で強くなっても、自分の心が納得しない。自分で稼いで、自分で払う。そうしないと夜も眠れないんだよ。」
「うぅ……。」
フィーナは残念そうに肩を落とし、犬のようにシュンとした。だが、すぐに表情をパッと明るく切り替えた。
「じゃあ! 一緒に大型依頼へ行きましょう!」
「大型依頼?」
「はい! 二人でパーティを組んで、高難度依頼を片っ端からクリアしていけば、一人でやるより何倍も早く稼げます! 私も手伝います!」
「む……。」
俺は顎に手を当てて考えた。確かに、腕の立つフィーナと組めば、ソロではリスクが高すぎる高額案件も安全かつ迅速に回せる。人件費(パーティー分配)は発生するが、クリア速度が上がれば時間あたりの純利益は跳ね上がる。
「よし……乗った。フィーナ、手伝ってくれ!」
「はいっ! お任せください!」
俺たちはそのまま意気揚々と掲示板へ向かった。無数の紙の中から、俺が守銭奴の鋭い目利きで選んだのは――
『Lv35 暴走オーガ討伐(指定地域:黒森の街道)』
報酬:金貨百二十枚。
備考:討伐部位および回収素材は別途高価買い取り。
「これだ! レベル35相当なら俺たちの連携なら短時間で狩れる! 報酬金貨百二十枚に加え、オーガの角や皮膚の買い取りを合わせれば、一回で金貨百五十枚近くの純利益になる!」
「すごいです! これにしましょう!」
俺たちは素早く受付で受領手続きを済ませると、一刻も早く稼ぐため、アクセルの街の外へと飛び出した。
街を出て街道を進むと、爽やかな初夏の風が吹き抜け、木々の葉がさらさらと心地よい音を立てて揺れていた。
歩調を合わせて進む中、フィーナがどこか誇らしげに、自慢げな表情で話しかけてきた。
「そういえば、アステルさん。」
「ん? なんだ?」
「私の『固有スキル』のことって、話したことありましたっけ?」
「固有スキル? いや、聞いてないな。フィーナは優秀な弓手だってことは知ってるが。」
フィーナは待ってましたとばかりに胸を張り、小さな鼻を鳴らした。
「ふふん! 実は私、《超運》っていう、すごーく珍しい固有スキルを持ってるんです!」
「超運……? なんだその、雑な名前のスキルは。」
「雑じゃないですよー! これ、本当にすごいんです! 魔物を倒したり、ダンジョンを探索した時に、レア素材や珍しいマジックアイテムがドロップする確率が、普通の人より何十倍も高くなるんです!」
「な……なんだと!?」
俺の耳が、ピクリと大きく跳ね上がった。
「レア素材のドロップ率上昇……!? それって、実質的に討伐あたりの期待値(金)が跳ね上がるってことか!?」
「はい! だから私、昔からパーティーを組むと『運だけは神がかってるね』ってよく言われてたんです! 討伐した雑魚モンスターから、なぜか宝箱が出たりするんですよ!」
「な、なんて素晴らしいスキルだ……!!」
俺はフィーナの手をがっつり握り締めそうになった。素晴らしい。利益率を自動的に引き上げる歩く金持ち招き猫ではないか!
「えへへ、照れますね。戦うのも好きですけど、私、宝探しとかガチャガチャした収穫を見るのが大好きなんです!」
「よしフィーナ、今日からお前は我が教団の最高幸運女神だ! 頼むぞ、その超運でオーガから激レア素材をドロップさせてくれ!」
「任せてください!」
そんな微笑ましいやり取りをしていた、その時だった。
ガサッ……。
街道脇の茂みが、不自然に大きく揺れた。
「ん? 警戒しろ、魔物か?」
俺が瞬時に気功を高め、交戦態勢に入ろうとした、その時。
茂みを押し分けて飛び出してきたのは、見たこともない奇妙な存在だった。
それは――一冊の「本」だった。
いや、ただの本ではない。表紙からページの一枚一枚に至るまで、眩いばかりの純金色に輝いている本だ。背表紙からは小さな天使のような光の翼が生えており、パタパタとページを羽ばたかせながら、空中をフワフワと飛び回っている。
「あっ! 黄金ブックだ!!」
フィーナが思わず叫んだ。
「知ってるのか、フィーナ!?」
「レアモンスターです! めったに遭遇できない、幻のボーナスモンスターですよ! でも、すぐ逃げちゃいます!」
フィーナの言葉通り、黄金ブックは俺たちの存在に気づくと、キーッと甲高い羽音を立て、一瞬で森の奥へと超高速で逃走を図ろうとした。その速度は並の飛竜を凌駕する。
「逃がしませんっ!!」
だが、フィーナの反応はそれ上だった。
叫ぶと同時に、背中の弓を流れるような動作で構える。
弦を引き絞る。
視線を一点に集中させ、呼吸を完全に止める。
そして――
「そこですっ!!」
ヒュンッ!!!
放たれた一本の矢は、空を切り裂く極光の筋となり、超高速で逃げる黄金ブックの真芯を見事に射抜いた。
ドシュッ!!
「ギニャー!?」という奇妙な悲鳴を残し、黄金ブックは空中であっけなく光の粒となって弾け飛んだ。
そして、その討伐地点から、一枚の輝く紙片がひらひらと舞い落ちてきた。
「やったぁ!」
フィーナが嬉しそうに駆け寄り、舞い落ちてきた紙をキャッチする。俺も急いでそこへ駆け寄った。
フィーナの手の上にあるのは、普通の紙ではなかった。
まるで純金と最上級の魔導金属を錬成して作られたかのように重厚で、それでいてシルクのようにしなやか。表面には神秘的な幾何学紋様が刻まれ、濃密な魔力を放っていた。
「これは……一体なんだ?」
俺が尋ねると、フィーナは満面の笑みを浮かべて紙を差し出してきた。
「マジックアイテム、《黄金の羊皮紙》です!」
「黄金の羊皮紙……? マジックアイテムなのか、それが?」
「はい! 高級な教本と共鳴させる時の触媒としても使えますし、王都の高級コレクターや錬金術師たちが喉から手が出るほど欲しがる超激レアアイテムです!」
俺の守銭奴センサーが、ビンビンに警報を鳴らし始める。
「……ね、値段は? 街で売ったら、いくらになるんだ……?」
フィーナは、かわいらしく右手の指を五本、パッと立てて見せた。
「市場価格で、金貨五百枚くらいですね!」
「…………。」
「…………は?」
俺の思考が、再び完全に停止した。
「ご……五百……枚……?」
「はい! 今ので金貨五百枚ゲットです!」
俺は、フィーナの手の上にある一枚の紙と、フィーナの笑顔を、交互に二度見、三度見した。
たった一体の、手のひらサイズのレアモンスター。
遭遇から撃破までの戦闘時間、わずか三秒。
そこで手に入った薄い紙切れ一枚が……金貨五百枚。
俺がこれから受けようとしていた命がけのオーガ討伐の、実に四倍以上の金額が、一瞬で手に入ったのだ。
「……め、目玉が飛び出そうだ……っ!!」
俺は膝から崩れ落ちそうになるのを必死で耐えた。金貨五百枚……! 俺のヘソクリが一瞬で何倍にも膨れ上がる計算だ!
「えへへ~! だから言ったじゃないですか、《超運》ってすごいんですよ!」
フィーナは悪戯っぽく笑いながら、えっへん! と胸を張った。
俺は、目の前の小さな少女を戦慄の眼差しで見つめ直した。
戦闘力だけじゃない。この圧倒的なまでの「幸運」……これこそが、ノクス教団における最大の歩く宝箱(財産)だったのだ!
その後、俺たちは目的である暴走オーガの討伐現場へと到着した。
結果から言えば――討伐自体は、拍子抜けするほどあっ気なく終了した。
フィーナの超絶な弓の技術によって、オーガの両目を正確に射抜いて視界を奪い、足を射抜いて動きを完全に封じる。あとは俺が神術と気功術を組み合わせた極大の一撃を叩き込み、一瞬で首を切り落とすだけ。
「ふぅ……楽勝でしたね、アステルさん!」
「いや……普通はこんなに楽勝じゃないんだがな。お前のサポートが的確すぎるんだよ。」
無事にオーガの討伐証明部位(角)を回収し、俺たちはホクホク顔でアクセルの街への帰り道を歩いていた。オーガの報酬で金貨百二十枚。さらにさっきの黄金の紙で金貨五百枚。合計金貨六百二十枚の純利益。
(くくく……この調子でいけば、金貨数千枚の共鳴資金も、思ったより早く貯まるかもしれないぞ……!)
俺が皮算用でニヤニヤしていた、その時だった。
ガサガサガサガサッ!!!!
街道脇の森の奥から、先ほどとは比べ物にならないほど激しい茂みの揺れる音が響いた。
「ん!? また何か来たか!?」
俺が身構えるより早く、フィーナの瞳がギラリと怪しく輝いた。
「来ましたっ! 黄金ブックです!」
「またかよ!??!?」
森の中から飛び出してきたのは、先ほどと同じ黄金色の輝く本だった。
……だが、一体ではなかった。
パタパタパタパタパタッ!
二体、三体、四体……五体!!
なんと、5冊の黄金ブックが、群れをなして空中へと飛び出してきたのだ!
「ご、五体もいるぞ!? なんだこのフィーバー状態は!?」
「五体同時に出現なんて、私も初めて見ました! 逃がしませんよーっ!」
五体の黄金ブックは、俺たちの殺気を感じ取ると、四方八方へと一斉に散開し、超高速で森の木々の隙間へと逃走を図る。
普通なら、弓手一人で異なる方向に逃げる5つの超高速ターゲットを仕留めるなど、絶対に不可能な芸当だ。
だが――覚醒したフィーナの《超運》と弓技は、常識の枠を超えていた。
「全・員・射・殺・ですっ!!」
ヒュヒュヒュヒュヒュンッ!!!!
フィーナの手元が残像を描いた。
一瞬の間に、五本の矢が同時に放たれたかのような神速の連続射撃。
放たれた矢は、まるで誘導弾のように空中で不自然に軌道を曲げ、木々の間を縫って逃げる黄金ブックたちへと正確無比に吸い込まれていく!
ドシュッ! ドシュッ! ドシュッ! ドシュッ! ドシュッ!
五つの重なった着弾音。
空中で、五体の黄金ブックが同時にまばゆい光の粒となって弾け飛んだ。
そして――
ひらり、ひらり、ひらり、ひらり、ひらり。
光の舞う空中から、先ほどと同じ黄金の羊皮紙が、五枚同時にひらひらと舞い落ちてきた。
「…………。」
「…………。」
俺は静寂に包まれた森の中で、無言のまま落ちてきた五枚の羊皮紙を一枚ずつ拾い集めた。
一枚、市場価格で金貨五百枚。
それが、五枚。
「……ご、合計……金貨二千五百枚……。」
「やりましたーーーーっ!!」
フィーナは両手を高く突き上げ、満面の笑みで飛び跳ねてガッツポーズを決めた。
「すごいですアステルさん! 大豊作ですよ! 一気に二千五百枚です!」
「いや……やったのは……やったのはめちゃくちゃ凄いんだが……。」
俺は額を押さえ、強烈な目まいに襲われた。あまりの金額の跳ね上がり方に、守銭奴の俺の脳が処理落ちを起こしている。
「これ……本来の依頼報酬(金貨120枚)の、20倍以上を一瞬で稼ぎ出してるぞ……? おかしいだろ! 経済バランスが崩壊するぞ!?」
「ふふっ! だから言ったじゃないですか、私と組めば楽勝だって!」
「いや、普通はこんな狂った現象起きないんだよ!!」
俺は深く、深いため息をついた。金貨二千五百枚。これで老婆が言っていた『共鳴資金』の大部分が一瞬で集まってしまったことになる。
狂喜乱舞すべき事態だ。守銭奴としてはダンスを踊り出してもおかしくない大勝利だ。
……だが、俺はゆっくりと、冷や汗を流しながらフィーナの方を振り返った。
「……なあ、フィーナ。」
「はい? なんてすか、アステルさん?」
「……今回ので、俺の『貸し』……いくつになった……?」
フィーナは可愛らしく首を傾げると、自分の小さな指を折り曲げながら数え始めた。
「えっとですね~……最初の黄金ブックを倒して金貨500枚分稼いだので、まず一つ目の貸し。」
「う、うん……。」
「そのあとの二体目を倒して、二つ目の貸し。」
「三体目で、三つ目の貸し。」
「四体目で、四つ目の貸し。」
「最後の五体目で、五つ目の貸しですね!」
フィーナはパッと手を広げ、満開の笑顔で告げた。
「合計で、アステルさんに『貸し・五つ』です!」
「…………。」
「…………は?」
俺の身体が、氷のように固まった。
「か……貸し、五つ……!?」
「はいっ!」
フィーナはニッコニコの笑顔で俺に詰め寄ってくる。
「アステルさん、今日一日で私にすごーく助けられましたよね? 金貨二千五百枚分も稼げちゃいましたし! だから、アステルさんにいっぱい貸しを作っておきました!」
「いやいやいや!! 貸しってそういうカウント方式じゃないだろ!? そもそも俺が頼んだわけじゃなくて、お前のスキルで勝手にドロップしたんだぞ!?」
「えっ? 違うんですか?」
「違う!! 圧倒的に違う!!」
即座に突っ込んだが、フィーナはまったく堪えた様子もなく、楽しそうにクスクスと笑っている。
「ふふっ、どっちでもいいですよ! これでアステルさんは私に頭が上がりませんね! これからが、とっても楽しみです!」
「た、楽しみって……一体何がだよ……!?」
俺の背筋に、冷たい汗が流れた。
金貨二千五百枚という、一瞬で手に入った夢のような大金。
しかしそれ以上に、俺は守銭奴として、そして一人の男として、あまりにも重すぎる『負債』を抱え込んでしまった気がした。
――フィーナへの「貸し」五つ。
一体、あとで何を要求されるのか。金貨500枚×5回分の、とてつもない価値の返済。
(……くそっ、金貨数千枚は手に入ったが、俺の平穏な日常は一体どうなるんだ……!?)
だが、恐怖と同時に、胸の奥でフツフツと湧き上がる熱い高揚感だけは消えなかった。
これで資金は揃った。
これから向かう『共鳴工房』で、この二千五百枚を叩きつけ、俺の手持ちの神術と技、そして最高峰のマジックアイテムを共鳴させるのだ。
未知なる最強の力を手に入れるための準備は、すべて整った。
「……行くぞ、フィーナ。共鳴工房へ!」
「はいっ、アステルさん!」
俺の胸の中で、抑えきれないほどの激しい鼓動――『ワクワク』が、今度こそ本格的に爆発しようとしていた。




