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ケチなおっさん、転生して異世界を最弱教団で制覇しに行く。  作者: むちゃうまご飯


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青髪装備

白翼教団との激闘から数週間が経過した。

あの歴史的な教団戦を制したノクス教団は、かつてアクセルの街の片隅で誰からも相手にされず、泥水をすするようにもがいていた弱小教団とは完全に別の組織へと変貌を遂げていた。街の住民や冒険者たちが向ける視線は一変し、ノクス教団の勢いは止まることを知らなかった。

白翼教団から吸収した三百名の団員に加え、噂を聞きつけて連日のように押し寄せる入信希望者たち。現在、教団の総数は六百名を優に超えていた。

これだけの人数を抱えながらも、教団の運営は驚くほど円滑に行われていた。団員たちは練度や職種に応じた部隊に組み分けられ、朝早くから夕方遅くまで、街のギルドや領主から持ち込まれる莫大な数の依頼をこなしていく。下級モンスターの討伐から、貴族の護衛任務、危険地帯での希少素材の採集、さらには未踏のダンジョン探索に至るまで、彼らが打ち立てる実績は日ごとに積み上がっていった。

夕刻、日の光が茜色に染まる頃になると、教団の広大な敷地内には仕事を終えた部隊が次々と帰還してくる。

「第一部隊、ただいま帰還しました!」

「本日のワイバーン討伐報酬、金貨二十八枚受領!」

「第五部隊、深層ダンジョンにて希少鉱石の回収に成功しました!」

「第七部隊、受け持った護衛依頼、全件無事に達成です!」

熱気あふれる報告の声が広場に響き渡るたび、本部前に置かれた特設の会計カウンターでは、汗を拭う会計担当の団員たちが手際よく金貨や素材を検品していく。ジャラジャラと重々しい音を立てて金貨が数えられ、そのまま厳重に管理された教団の地下金庫へと次々に運び込まれていく。

「おいおい、今日も昨日より金貨三枚分多く稼げたぞ!」

「あはは、前の白翼教団にいた頃より何倍も手応えがあるな!」

団員たちは互いの健闘をたたえ合い、誇らしげに汗を拭った。かつては銅貨数枚のやりくりに頭を悩ませていた教団の金庫は、今や金貨の山が築かれているのが当たり前という、信じられないようなバブルに沸いていたのだ。

だが――そんな熱狂的な光景を、教団本部の執務室の窓からじっと見下ろしている一人の少年がいた。

ノクス教団の幹部であり、実質的な財政管理と戦力運用を担う俺である。

「……はぁ。」

俺は分厚い羊皮紙の帳簿と、そこに並ぶ恐ろしい桁の数字を見つめながら、重い溜息を吐き出した。

目の前で無邪気に喜んでいる神様――ノクスは、豪華な革張りの椅子に深々と腰掛け、果汁100%の高級ジュースをストローでちゅーちゅーと吸い上げている。

「ねえねえ、ノクス教団のアステル~? なんでそんな難しい顔してるの? 今日も金貨がいっぱい入ってきたんでしょ? ほら、外のみんなもあんなに楽しそうだよ!」

ノクスが背中の純白の二枚の翼をパタパタと揺らしながら、能天気に声をかけてくる。

俺は額に青筋を浮かべながら、帳簿をノクスの目の前に突きつけた。

「いいか、ノクス。確かに収入は増えた。だがな、支出もその分爆発的に増えてるんだよ! 六百人だぞ、六百人! 毎日あいつらが食う飯の量、使ったポーションの補充費、破損した武器や防具の修繕費、さらには遠征先での宿泊費……! 金貨の山ができてるとは言っても、出ていく金も滝のように流れてるんだ! 少しでも気を緩めたら一瞬で破産するぞ!」

そう、俺は極度のケチだった。

幼い頃から一文無しの極貧生活を舐め尽くし、一日パンの耳一切れでしのいだ経験のある俺にとって、手元の資金が減ることは自らの命が削られるのと同義だった。金貨の一枚、銅貨の一枚に至るまで、無駄な支出は絶対に許さない。それが俺の確固たるポリシーなのだ。

「え~、でもでも! 金庫にはまだまだいっぱい金貨があるじゃない!」

「あれは予備費だ! 万が一、凶悪な魔物が襲来して街が封鎖された時の備蓄、あるいは怪我をした団員への補償金! むやみに使っていい金なんて一枚もない!」

俺が必死に金銭管理の重要性を説いていると、ノクスはストローを咥えたまま、急に何かをひらめいたように目を丸くさせた。

「あっ!」

「……なんだよ、人の話聞いてたか?」

ノクスは突然、勢いよく椅子から立ち上がった。背中の白翼が大きく広がり、風を起こす。

「決めたぁぁぁ!!」

「おい、何を勝手に決めてるんだ」

「この集まったお金を全て使って、みんなにどーんとプレゼントをしよう!」

「……は?」

俺の思考が一瞬フリーズした。プレゼント? いま、この神様は何と言った?

部屋の隅で書類を整理していたレオンやリリィ、フィーナといった他の幹部たちも、驚いて首を傾げた。

「プレゼント……ですか、ノクス様?」

フィーナが尋ねると、ノクスは両手を広げ、弾んだ声で満面の笑みを浮かべた。

「そう! だって、みんな毎日泥だらけになって頑張ってくれてるもん! 新しく入ってくれたみんなも、もうすっかりうちの家族だし! だから、神様である私から、日頃の感謝を込めて最高のお礼をしてあげたいの!」

「待て待て待て!! 待てと言っている!!」

俺は怒髪天を衝く勢いでノクスと幹部たちの間に割り込んだ。

「プレゼントだと!? 正気かノクス! お前、感謝の気持ちなら『いつもありがとう』の一言で十分だろ! なんでわざわざ金をかける必要があるんだ!? 金は使ったら消えるんだぞ! 減るんだぞ! 資産というものは手元に置いて愛でるためにあるんだ!!」

俺が血走りそうな目で主張すると、レオンが豪快に笑いながら俺の肩を叩いた。

「ガハハハ! まあ落ち着けって。ノクス様がそう言っておられるんだ、団員たちの士気が上がるなら悪くない話じゃないか。」

「良くない!! 全然良くない! レオン、お前は金のありがたみを分かってない! 一銅貨を笑う者は一銅貨に泣くんだぞ! そもそも何をプレゼントするつもりなんだ!?」

ノクスは胸を張り、ニヤリと鼻を鳴らした。

「ふふん、それは明日のお楽しみ!」

「待て! 予算上限を決めさせろ! 金貨三枚……いや、銀貨五十枚以内に収めろぉぉぉ!!」

俺の悲痛な叫びは、虚しくもノクスの無邪気な笑顔にかき消されたのだった。


翌日。

俺の胃痛は最悪の形で現実となった。

ノクスは朝一番で、アクセルの街でも一番の腕前を誇る老練な鍛冶師、一級の防具職人、そして王都からも指名が入るほどの高級仕立て職人たちを、なんと何十人も教団の敷地内へ招き入れたのだ。

彼らを雇うための手付金だけで、俺の目の前で金貨が次々と飛んでいく。

「あああ……俺の金貨が……教団の血肉が……!」

頭を抱えて蹲る俺を無視して、ノクスは広い会議室に職人たちを集め、自ら描いた巨大な設計図をテーブルいっぱいに広げて熱弁を振るっていた。

「いい? デザインはね、絶対に青色をベースにしてほしいの! ノクス教団のイメージカラーだからね!」

「ふむ……青ですか。高級な青染料と、魔導塗料を使わねば発色が持ちませんな」

職人の一人が顎髭を捏ねながら呟くと、俺はすかさず割り込んだ。

「安物でいいです! ペンキで塗ってください! なんなら青い布を巻き付けるだけでも十分です!」

「ダメ!!」

ノクスは俺をポイと押し退けると、職人たちに指示を続けた。

「胸の部分には、大きく教団の紋章を銀糸で刺繍して! 誰が見ても『あ、ノクス教団の人だ!』って分かるように格好良く! でもね、ごつごつしすぎるのはダメ。動きやすくて、軽くて、絶対に壊れないくらい丈夫なのが絶対条件!」

「おいノクス、軽くて丈夫で見た目がいい防具なんて、最高級の素材を使わなきゃ無理に決まってるだろ! 破産する! 我々はいずれ路頭に迷うことになるぞ!」

俺の必死の制止も虚しく、職人たちは神自らが装備のデザインを細部まで考案しているという前代未聞の状況に目を見張り、職人魂に火をつけられていた。

「……なるほど。神自らの見立てか。これは腕が鳴るな。よし、金属部分は軽さと強度を両立させるため、魔力伝導率の高い特殊合金を使いましょう。胸当ての意匠には、ノクス様の背中にある美しい白翼を模した浮き彫りを施すのはどうです?」

「それ最高! 採用!」

「採用するなーーーっ!!」

さらにノクスは、武器の注文にまで踏み込んだ。

「防具だけじゃなくて、みんなに同じ質のすごい剣もあげたいの! 切れ味が良くて、絶対に折れなくて、魔法も込めやすいやつ!」

鍛冶師の棟梁が腕を組み、深く頷いた。

「ふむ……そこまでの注文となると、素材は一択ですな。《ミスリル》をベースに錬成するしかありません。」

「ミスリル!?」

俺はその単価を頭の中で高速計算し、卒倒しそうになった。ミスリルといえば、一本精錬するだけでも一般の冒険者が数年がかりで稼ぐ金額が一瞬で吹き飛ぶ幻の金属だ。それを……六百人分……!?

「やめろ! やめてくれノクス! 団員には手頃な鉄の剣で十分だ! 鉄だって研げば切れる! なんなら木刀でもいい! 愛着さえあれば木刀でもワイバーンは倒せる!!」

「木刀でワイバーンは倒せませんよ、アステル。」

「うるさいリリィ! お前も止めろ!」

ノクスはニッコリと微笑み、鍛冶師の手に自ら金貨の詰まった袋を押し付けた。

「ミスリルでお願いします! 六百人分、大至急でつくってください!」

「承知いたしました、ノクス様! 最高の仕事をお見せしましょう!」

「あ……あぁ……」

俺は白目を剥き、その場に崩れ落ちた。金庫から溢れんばかりあった金貨の山が、一瞬にして消えていく幻覚が見えた。俺の愛するお金たちが、ドナドナのように引きドナされていく……。


それから数週間後。

ついに、注文していた装備一式が完成する運命の日が訪れた。

教団の広大な中庭には、木製の長い机が何十列にもわたってずらりと並べられていた。その光景はまさに圧巻の一言だった。

机の上には、青を基調とした美しく洗練された鎧が、幾重にも整然と並べられている。

胸当てには、銀糸で緻密に刺繍されたノクス教団の紋章が誇らしげに刻まれ、肩当ての部分にはノクスの背中にあるものを彷彿とさせる、白い翼を模した意匠が繊細に施されていた。関節部分や主要な防護部位には、魔力伝導率を極限まで高めた特殊金属が織り込まれており、単なる装飾品ではなく、一流の防具としての実用性を極限まで追求していることが一目で分かった。

そして、その鎧の隣には、一振り一振り丹念に磨き上げられた六百本の剣が鎮座していた。

鞘から覗く刀身は、太陽の光を浴びて淡く銀青色に神秘的な輝きを放っている。

素材は、間違いなくあのミスリル。

圧倒的な軽さと絶対的な強度、そして術者の魔力をダイレクトに刃へと伝える優れた魔力伝導率。すべての冒険者が一度は手にしてみたいと夢見る憧れの高級武器。

それが、六百振り。

すべて新品。

すべて一切の狂いがない最高級の同一品質。

集まった六百名を超える団員たちは、目の前に広がる光景に息を呑み、誰もが言葉を失っていた。

「ま、まさか……」

「これ全部……」

「俺たちの……装備なのか……!?」

ざわめきが波のように広がる中、ノクスは両手を腰に当て、ドヤ顔で胸を張った。背中の白翼を誇らしげにパタパタと揺らす。

「そうだよ! これは全部、ノクス教団のみんなへの、私からのプレゼント!」

その瞬間、広大な中庭は水を打ったように静まり返った。

あまりのスケールの大きさに、誰も声が出ないのだ。

ミスリル製の武器と、特注の魔導鎧。一式揃えるだけでも、並の冒険者が一生かかって稼ぐ金額に匹敵する。それを、新入りも含めた六百人全員に無償で分配するなど、創世記の神話の中でも聞いたことがない。

「ノ、ノクス様……」

前列にいた新人の元白翼教団員が、声を震わせながら尋ねた。

「本当に……私たちがいただいてよろしいのですか……? 敵だった私たちに、これほどの品を……」

ノクスは静かに首を振り、心からの優しい笑みを浮かべた。

「もちろん! だってこれはね、みんなが毎日汗を流して、頑張って稼いできてくれたお金で作ったものだもん。私個人の貯金じゃないよ。みんなが作ってくれた、みんなのお金。だからね、正しくみんなに返すの! お揃いの格好で、もっと安全に、もっと強くなってほしいから!」

その言葉が、団員たちの胸に深く突き刺さった。

「こんな……こんな神様……」

一人のベテラン団員が、ボロボロと大粒の涙を流し始めた。

「前の教団じゃ、吸い上げられるばかりだった……。手柄は上層部に奪われ、装備は自腹……。なのにノクス様は……俺たちの稼いだ金を、俺たちのために全部使ってくれた……!」

「ノクス様ーーーっ!!」

「ノクス教団に万歳!!」

一人が叫ぶと、波があふれ出るように一人、また一人と感極まって装備を受け取り始めた。

防具を身に着けた瞬間、青と銀の装飾が陽の光を爽やかに反射し、眩い輝きを放つ。

「軽い! なんだこの軽さは! 着ていないみたいだ!」

「これ、本当にあのミスリルなのか!? 身体に吸い付くように馴染むぞ!」

「剣のバランスも最高だ! 魔力を流すと、刃が勝手に振れるみたいに軽い!」

広場は割れんばかりの歓声と叫び声に包まれた。

六百人もの猛者たちが、同じ青と銀の鎧を纏い、胸に同じ紋章を刻み、同じミスリルの剣を腰に差して並び立つ姿。それはもはや一教団の私兵の域を超え、精鋭騎士団をも凌駕する圧倒的な威容を誇っていた。

その光景を、ノクスは嬉しそうに目を細めて見つめていた。

「えへへ。やっぱり、みんなでお揃いっていいねぇ。みんな、すっごく格好いいよ!」

フィーナも自分用に仕立てられた新しい防具の胸当てを愛おしそうに撫でながら、瞳を輝かせていた。

「ノクス様! 私、この防具……一生の宝物にして、大切に飾っておきます!」

するとノクスは慌てて両手を振って首を振った。

「ダメだよー! ちゃんと戦う時に使って壊してね! 使わないと意味ないんだから!」

そのやり取りに、緊張の解けた団員たちからどっと温かな爆爆笑が巻き起こった。

(後に、この伝説的な一斉支給によって誕生した青と銀の統一装備は、王国中で『青髪装備』あるいは『青銀の神装』と称され、ノクス教団の圧倒的財力と結束力の象徴として畏怖されることとなるのだが、それはまた先の話である。)


一方――。

そんな熱狂と感動の渦から少し離れた日陰で、俺は青ざめた顔で自分の懐を改め、涙目になりながら溜息をついていた。

「……ハァ。確かに団員たちの戦力と忠誠心は跳ね上がった。それは認めよう。……だが! 支出額が酷すぎる! 破産だ! 我が教団の金庫は実質大打撃だぞ! ああ、金貨たちが……俺の愛しい金貨たちが飛んでいってしまった……!」

俺は胸を締め付けられるような痛みに耐えながら、腰に下げた小さな革袋をぎゅっと握りしめた。これは、今回の騒動のドサクサに紛れて、俺が自分の個人的な報酬から死守した、わずかな手元資金ヘソクリである。

「くそっ……教団の金が減った分は、俺自身が強くなって、より高難度の依頼をソロでこなして回収するしかない……!」

俺は騒ぎ続ける中庭に背を向け、静かに教団の門をくぐり抜けた。

「さて……暇だし、あそこへ行くか。」

向かう先は決まっていた。

アクセルの街の繁華街から遠く離れた、薄暗い路地裏の奥深くにひっそりと佇む、あの不思議な店だ。

俺は腰の報酬袋の重み(といっても、守銭奴の俺にとってはコイン一枚でも引き剥がされるのが惜しいほど貴重な金だ)を確かめながら、石畳の道を歩き出した。


表通りの賑やかな喧騒が嘘のように遠のき、周囲は古い石造りの建物が押し黙るように並ぶ路地裏へと入っていく。このあたりは人通りもまばらで、まるで刻まれた時間が緩やかに停滞しているかのような独特の静寂が支配していた。

目的地は、街で唯一、俺が心から信用し、そして一目置いている怪しげな教本屋だ。

ギィィ……。

年季の入った古びた木の扉を押すと、乾いた小さな鐘の音が澄んだ音色で店内に響いた。

扉をくぐると、店内には天井近くまで届く木製の棚が整然と何列も並び、そこには無数の羊皮紙の教本、怪しく光る魔石、一風変わった武具やアクセサリーが所狭しと並べられている。独特な薬草の香りと、古い紙とインクの匂いが混ざり合った空間は、来訪者の心を落ち着かせる雰囲気を醸し出していた。

「ほっほっほ。また来たのかい、坊や。」

店の奥、積み上げられた古書の陰から、小さく腰の曲がった白髪の老婆がゆっくりと姿を現した。

「こんにちは、婆ちゃん。今日は新しい教本を見に来たんだ。」

「ほほう……最近は随分と名が売れておるようじゃのう。新聞の第一面にもでっかく載っておったぞ。『最下位から躍進したノクス教団の若き怪物幹部』とな。」

老婆は意地の悪い、だが温かみのある笑みを浮かべながら俺を見つめた。俺は思わず苦笑いを浮かべ、後頭部を掻いた。

「まあ、あれは周囲の仲間と運が良かっただけだよ。」

「ふん、運だけであの白翼教団を叩き潰せるはずがなかろう。謙遜も過ぎれば嫌味になろうて。」

老婆は軽く鼻を鳴らし、カウンターの丸椅子へと腰掛けた。

「さて。今日は一体何を探しに来たんじゃ? うちの品は安くはないぞ?」

『安くはない』という言葉に、俺の守銭奴センサーがピクリと反応した。

「……婆ちゃん、分かってると思うけど、俺は無駄金は一銅貨だって払わないからな。ちゃんと値段に見合う価値のあるものしか買わないぞ。」

「ほっほ、相変わらずケチな坊やじゃな。金は使ってこそ価値が出るというのに。」

「冗談じゃない! 金は手元に置いて減らさないことこそが最大の価値だ!」

俺は店内を警戒するように見回した。棚には、以前来た時にはなかった貴重な教本が何冊も追加されていた。値札を盗み見た瞬間、俺の顔が引きつる。

(ぐぬぬぬ……金貨二十枚……!? こっちは金貨三十五枚!? 高い! 高すぎる! 婆ちゃん、完全に俺が教団幹部になって懐が温かくなったと思って足元を見てやがるな……!)

俺は懐の革袋を固く握りしめた。教本も気になるが、流石にこの値段の紙切れ(教本)を何冊も買うのは、俺の美学が吐き気を催す。

「教本も悪くないが……この値段じゃなぁ。流石に手が伸びないぞ。」

「ほっほ。教本がダメなら、そっちの棚はどうじゃ?」

老婆が指さしたのは、棚の最奥に置かれた小さな黒い木箱だった。中には、指輪、腕輪、首飾り、ブーツなど、金属や宝石で出来た装飾品が整然と並べられている。それらはどれも、教本とは異なる、小さくも濃密な怪しくも美しい光を放っていた。

「……婆ちゃん、これは?」

「ふむ……それに目を付けるとはな。それは《マジックアイテム》じゃ。」

「マジックアイテム? 街の鍛冶屋や魔具店で売ってる『魔法道具』とは違うのか?」

老婆はゆっくりと首を横に振った。

「違う。街で売られておる魔法道具というのは、職人が魔石を組み込み、意図的に魔力を込めて動かすように作った『工業製品』じゃ。……だが、そこに並んでおるマジックアイテムは根底から異なる。ダンジョンの深層におる強力な魔物を倒した際、ごく極低確率で現世にドロップする、世界の法則が歪んで生まれた特殊な装備なんじゃよ。」

老婆は皺だらけの手を伸ばし、箱の中から一つのかわいらしい赤い指輪を丁寧に持ち上げた。

「例えばこれじゃ。《炎狼の指輪》。これを指に装着するだけで、装着者が放つ火属性魔法の威力が自動的に『一五%』上昇する。」

次に、深い青色の宝石が嵌め込まれた首飾りを持ち上げる。

「これは《聖水晶の首飾り》。装着している間、神力を用いる術の消費量が『一割』軽減される。」

さらに、漆黒の革で仕立てられた細身のブーツ。

「これは《疾風の靴》。履くだけで装着者の身体能力……特に敏捷性が跳ね上がり、移動速度が劇的に増す。」

俺は思わず感心して吐息を漏らした。

「へえ……装備するだけで勝手に効果が出るのか。鍛錬もいらないし、手軽で便利だな。」

「ふむ。じゃが、手軽な分だけ値段も跳ね上がるぞ? その指輪一つで金貨五十枚じゃ。」

「ご、五十枚!?」

俺は悲鳴を上げて一歩後退した。指輪一つに金貨五十枚!? 冗談じゃない、指一本に小屋でも建てる気か!

「高すぎる! そんなの富豪の道楽だろ! 性能は魅力的だが、費用対効果コスパが悪すぎる! 俺なら絶対に買わないね!」

俺がフンと鼻を鳴らすと、老婆はニヤリと意味深な笑みを浮かべた。

「ほっほ……相変わらず銭ゲバな坊やじゃな。じゃがな、本当に強い冒険者や術者というのは、マジックアイテムをただの能力底上げ(ステータスアップ)目的だけでは使わんのじゃよ。」

「……え?」

俺は眉をひそめた。

「どういうことだ? 威力が一五%上がるとか、消費が減る以外に使い道があるのか?」

老婆はカウンターの向こうから俺をじっと見つめた。

「坊やは今まで、わしの店で無数の教本を買っていったのう?」

「ああ。魔法、聖法、気術……覚えられる基礎技は片っ端から買って、血の滲むような思いで修得してきたよ。おかげで財布は常に極寒だったがな。」

「そうじゃ。基礎を全て叩き込んだお前さんだからこそ、教えてやる。」

老婆はカウンターの下の引き出しから、分厚く重々しい一冊の古びた羊皮紙の書物を取り出した。表紙には見たこともない複雑な古代文字が刻まれている。

「これは、失われた古代の錬成技術と術式理論について書かれた秘伝書じゃ。」

「錬成技術……?」

「そうじゃ。教本というのは、人間の魂に『技(術式)』を刻み込むものじゃ。そしてマジックアイテムというのは、物質に世界法則の『性質(属性)』を固定化させたものじゃ。」

老婆は言葉を区切り、俺の目を真っ直ぐに見据えた。

「普通は別々に使う。……じゃがな、この二つの波長を自らの体内で意図的に《共鳴》させることができたなら……一体どうなると思う?」

「共鳴……?」

老婆は棚から、一冊の《火炎魔法》の教本と、赤い《炎狼の腕輪》を並べて置いた。

「例えば、この《火炎魔法》の教本。普通に修得して放てば、ただの火球が出現するだけじゃ。……じゃが、すでに修得した技を《炎狼の腕輪》の波長と《共鳴》させて放つと、どうなる?」

「……威力が跳ね上がるのか?」

「それだけではない。」

老婆は不敵にニヤリと笑った。

「火球という無機質な炎の塊に、炎狼という魔物の『追尾し、獲物に噛みつく』という生物的性質が直接宿るのじゃ。」

「っ!?」

俺は思わず息を呑んだ。

「ただの火球が……自立誘導して敵を噛み裂く炎の狼に変化するってことか!?」

「そうじゃ。単なる威力の強化ではない。術そのものの『概念』と『軌道』が変質するのじゃよ。」

老婆はさらに畳みかけるように例を挙げた。

「すでに覚えている《光壁聖法》と《反射の鏡盾》を共鳴させれば……ただ攻撃を防ぐだけの光の結界が、敵の攻撃をそのまま跳ね返す『完全反射結界』へと昇華する。」

「《雷魔法》と《雷鳥の羽飾》なら……一発放った雷撃が、着弾した敵から周囲の敵へと幾重にも連鎖して飛び移る『伝播雷撃』になる。」

「《治癒聖法》と《生命樹の芽びき》なら……本来なら単体しか回復できない初級治癒魔法が、広範囲の味方全員をじわじわと持続回復させる『聖なる領域』へと化ける。」

次々と語られる、常識を覆す組み合わせの数々。

俺の脳内で、これまで修得してきた無数の教本の基礎知識と、いま目の前にあるマジックアイテムの性質が、目まぐるしい速度で結びつき、火花を散らした。

これまで俺にとって、マジックアイテムは「高すぎて手が出ない金持ち用の装飾品」でしかなかった。

だが……違ったのだ。

これはただの装備品ではない。すでに身につけた技と掛け合わせることで、まったく新しい、この世に存在しないオリジナルの神術や魔法を爆発的に生み出すための『触媒』だったのだ!

「じゃあ……」

俺は震える声で言葉を紡いだ。

「すでに覚えた技があるなら……わざわざ高い教本を何冊も買い直さなくても、マジックアイテム一つで全く別の極大技に化けさせることができるってことか……!?」

「その通りじゃ。」

老婆は深く頷いた。

「教本を新しく買い足す必要はない。自分に合うマジックアイテムを探し、すでに持っておる技と融合させて『唯一無二の初見殺し』を作り上げるのじゃ。」

俺はギュッと拳を握り締めた。

(教本を新しく買う必要がない……! ということは、余計な教本代は全額浮く! マジックアイテム自体はバカ高いが、手持ちの技と組み合わせることで何十冊分もの教本以上の価値を生み出せるなら、費用対効果コスパはむしろ最強じゃないか……!!)

「坊や。」

老婆は穏やかな、だが力強い眼差しで俺を見つめた。

「お前さんは、魔法、聖法、そして気功術……三つの異なる体系の技をすべて修得しておる。そんな者だからこそ、この『共鳴』の技術は、誰よりも恐ろしい牙となる。……組み合わせは無限じゃ。自分だけの『最強』を組み上げてみせよ。」

静まり返る店内。

俺は目の前に並ぶ品々を見つめながら、頭の中で恐ろしいほどの高速計算を始めていた。

(ここで焦って適当なマジックアイテムを買うのは愚の骨頂だ。せっかく仕組みを理解したんだ。俺が求めるべきは、俺が持つ『魔法』『聖法』『武法』という三つの技すべてと共鳴し、極上のシナジーを生み出す本物の逸品……!)

俺はふっと不敵な笑みを浮かべた。

どうやら俺はまた強くなれるかもしれない。

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