教団戦3
闘技場は、まるで時が止まったかのような深い静寂に包まれていた。
白翼教団の教団長グランツが、白銀の聖炎に呑まれ、消滅したというあまりにも圧倒的な光景。目の前で起きた現実を、観客席の誰もが、白翼教団の誰もが信じられずにただ呆然と見つめ続けている。あまりの衝撃に、数万人の観客は息をすることすら忘れ、広大な会場には風の音すら響かない異様な沈黙が支配していた。
その重苦しい沈黙を、最初に破ったのは白翼教団の神――オパールだった。
「なっ……!」
「そんな……! グランツが……負けた……!?」
オパールは自身の特別席から弾かれたように立ち上がると、その背に生えた神聖な純白の翼を激しく大きく広げ、感情を爆発させながら審判席へ向かって凄まじい勢いで詰め寄った。
「反則よ! 審判、こんなのは絶対に認められないわ!」
「今のは明らかな故意の殺害じゃない!」
「教団戦における規約では、相手に対する過度な殺傷や故意の殺害は厳しく禁止されているでしょう! こんな惨劇を放置するなんてどうかしているわ!」
オパールの金切声のような叫びが響き渡り、静まり返っていた会場がざわざわと大きく揺れ動き始める。白翼教団側の応援席からも、オパールの主張に賛同するような戸惑いと怒りの声が漏れ聞こえ始めた。
しかし、中央の審判は一切の揺らぎも見せず、冷徹なまでに冷静な動作で静かに首を横へ振った。
「異議は認められません。」
その一言に、オパールは目を吊り上げて激昂する。
「なぜ!? なぜ認められないのよ!? グランツは消滅したのよ!?」
「教団戦規約第三十二条。」
審判はオパールの怒声にも全く動じず、淡々と規約の文章を口にした。
「『試合中における致死級の威力を持つ攻撃であっても、相手選手が戦闘行動において回避、防御、または迎撃が可能であると判断された場合、該当攻撃を放った者を故意の殺害とはみなさない』。」
審判は表情一つ変えずに、理由を明確に提示しながら淡々と説明を続ける。
「グランツ選手はアステル選手の《ホーリーフレイム》に対し、自らの意思で最後まで大剣と神力による迎撃・防御行動を選択しました。アステル選手側もまた、相手が防御体勢に入ったことを確認した上での攻撃行動であり、不意打ちや身動きの取れない状態での一方的な殺傷ではありません。よって、本事象は反則行為には該当いたしません。」
さらに審判は、白翼教団側の控え席へ一瞬視線を向けながら言葉を付け足した。
「なお、試合終了の合図と同時に、会場上空におられる創造神様の手によって、グランツ選手の蘇生処置が完了していることもすでに確認されております。心身ともに後遺症なく復元されておられます。……以上です。」
「くっ……! そんな判定……! そんな無茶苦茶な理屈が通り通るわけがないでしょう……!?」
オパールは屈辱と悔しさでその美しい唇を強く噛み締め、真っ白な拳をぎゅっと握り締めた。しかし、審判の提示した規約と論理はあまりにも完璧であり、それ以上反論の言葉を見つけることができなかった。
すると、そのやり取りを見ていた広大な観客席の至る所から、次々と怒号や賛同の声が上がり始めた。
「審判の言う通りだ!」
「そうだぞ! グランツだって逃げずに最後まで自分の意思で立ち向かってただろうが!」
「見苦しく悪あがきするな! 負けを素直に認めろ!」
「公式な教団戦の場で神が直々に出てきて文句言うんじゃねぇ!」
「どう見ても実力負けだ! ノクス教団の凄まじさを認めやがれ!」
観客たちの声は圧倒的だった。先ほどのグランツの暴走に近い力、そしてそれを真っ正面から圧倒的な神力と制御力でねじ伏せたアステルの雄姿。そのすべてを目撃した観客たちの心と会場の空気は、今や完全にノクス教団へと傾いていた。
オパールは周囲からの圧倒的なアウェイの空気と怒号を浴び、全身を悔しさと屈辱で激しく震わせるしかなかった。打つ手を失った彼女は、憤怒の表情を浮かべたまま自身の席へと引き下がらざるを得なかった。
観客たちの騒ぎが一定の落ち着きを見せ始めたタイミングを見計らい、中央の審判が高らかに右手を掲げて宣言した。
「第二試合――ノクス教団の勝利!!」
ドカンッ、と爆発するような巨大な大歓声が会場全体を包み込んだ。ノクス教団の躍進とアステルの圧倒的な力に、観客たちは興奮を抑えきれずに地鳴りのような拍手を送り続ける。
だが、その熱気溢れる歓声が完全に落ち着く間もなく、審判は掲げた右手をさらに高く突き上げ、仕切り直すように声を張った。
「これより、続いて第三試合を開始いたします! 両教団、選手は準備に入ってください!」
審判の力強い宣告が響き渡る中、白翼教団側の控え席には、まるで底なしの沼のような暗く重苦しい空気が淀むように流れていた。
先ほどまで白翼教団の絶対的な象徴であり、教団全体の精神的支柱でもあった最高戦力――教団長グランツが完璧に敗北し、戦線を離脱したという事実は、残された団員たちの士気を根底から激しく揺さぶっていた。
「くそっ……こんなはずじゃなかったのに……。」
「幹部全員がやられ……その上、あの教団長が負けるなんて……。」
「あり得ない……あり得ないだろ……ノクス教団なんて、ついこの前まで誰も名前すら知らなかった弱小教団だぞ……!?」
残された幹部や団員たちは、苛立ちと恐怖で固く拳を握り締める。しかし、どれほど悔しがろうとも目の前の凄惨な現実は変わらない。教団最強の男であり、圧倒的な牙城であったグランツは、すでに敗北しこの試練の舞台から姿を消しているのだ。
残された白翼教団の数少ない幹部たちは、互いに青ざめた顔を見合わせ、不安を隠せない様子で囁き合った。
「次は……次は誰が出るんだ……?」
「レベル四十の教団長ですら勝てなかったんだぞ……。」
「俺たちの中に、あの化け物みたいな奴らに対抗できる主戦力なんて、もう残っていないぞ……。」
誰もが前へ出ることを躊躇し、重苦しい沈黙がその場を支配する。その弱気な雰囲気を切り裂くように、控え席の奥から一人の大男がドシリと重い音を立ててゆっくりと立ち上がった。
「……俺が行く。」
声を上げたのは、白翼教団第三幹部――ビスマスであった。
彼の身長は百九十センチを大きく超えており、その巨体は無骨で頑丈な黒鉄の重鎧で隙間なく覆われている。教団長グランツほどの圧倒的な神力やレベルはない。しかし、彼は教団内で長年にわたり数多の困難な任務や戦場を潜り抜けてきた人物であり、この場に残された幹部たちの中では最も戦闘経験が豊富で、精神的にもタフな男であった。
ビスマスは足元に置かれていた巨大な戦斧を軽々と持ち上げると、それを自身の太い肩へ担ぎ、静かに、そして確かな足取りで前へ歩き出した。
「教団長の仇は……この俺が討つ。白翼教団の意地を見せてやる。」
その覚悟を秘めた背中に対し、誰も止める声をかける者は整わなかった。いや、止められなかったのだ。教団長が倒れ、他の高位幹部も敗れた今、この絶対絶命の状況で前に出られる男は、もう彼しか残っていなかった。
オパールは悔しさに唇を噛み締めながら、立ち去ろうとするビスマスの背中を見つめ、祈るように小さく頷いた。
「……頼むわよ、ビスマス。」
「白翼教団の威信にかけて……絶対に負けないで。」
「……任せておけ。」
ビスマスは視線を向けたまま短くそう答えると、重厚な甲冑の音を響かせながら、決意を秘めた足取りで闘技場の広場へと向かって歩みを進めていった。その大きく頑丈な背中には、崩壊寸前である白翼教団の最後の希望と意地が重重と託されていた。
一方、勝利の余韻が残るノクス教団側の控え席から、一人の少女が静かに、そして優雅に立ち上がった。
「次は……私の番ですね。」
彼女の名は、ノクス教団第三幹部――セリス。
腰元までしなやかに伸びた綺麗な淡い銀髪を後ろで一つに束ね、澄み渡る深い青い瞳をした少女であった。普段の彼女は物静かで落ち着きがあり、仲間たちを温かく気遣う心優しい性格をしているが、ひとたび戦闘状態に入ると、驚くほど冷静沈着で一切の無駄がない戦士へと変貌を遂げる。
彼女の手に握られている武器は、一頭の長さを誇る細身の槍であった。大男たちが好むような重厚で巨大な武器ではない。しかし、その槍の穂先から柄に至るまで、神力を極めて高い効率で伝達する特注の白銀鉱によって精緻に造り上げられた、彼女専用の至高の逸品であった。
歩み出そうとする彼女に対し、俺――アステルは優しく声を掛けた。
「セリス。」
「相手も必死だ。決して無理はしないでくれよ。」
セリスは立ち止まり、こちらを振り向いて可憐に小さく笑った。
「はい、アステル様。ですが……皆様が繋いでくださったこの素晴らしい流れを絶やすつもりはありません。負けるつもりは一切ありませんので、見ていてください。」
隣にいたレオンも、まだ負傷の痛みが残る身体をさすりながら豪快に笑い飛ばした。
「ははっ! 言ったなセリス! 相手がどれだけデカかろうが、お前のキレッキレの槍でサクッとやっちまえ!」
「ふふ、ありがとうございます、レオンさん。」
セリスは深く一礼すると、一切の迷いがない静かな足取りで闘技場の中央へと歩み出していった。
対する白翼教団側から現れたのは、先ほど名乗りを上げた幹部――ビスマスだ。
彼は前哨戦において、ノクス教団のフィーナをその圧倒的なパワーと防御力で押し切り、倒した実績を持つ難敵であった。身長百九十センチを超えるその巨体は、光を吸い込むような漆黒の重鎧で固められており、肩に担いだ巨大な戦斧は一振りのもとに岩石すら粉砕する破壊力を秘めている。闘技場の中央に立つ彼の姿は、まさに立ちふさがる難攻不落の鉄壁の要塞そのものであった。
「ほぉ……。」
中央で対峙したビスマスは、目の前に立つ華奢な銀髪の少女・セリスを一瞥するなり、鼻で小さくあざ笑うような声を漏らした。
「おいおい、ノクス教団もいよいよ出せる奴がいなくなったか? そんな小さなガキを引っ張り出してくるとはな。」
「俺のような男を相手に、こんな可憐な女を出してくるとはな。ノクス教団もどうやら本格的に人材不足と見える。」
ビスマスの侮蔑を含んだ言葉が響き、観客席の一部からも「さすがにあの巨漢相手にあの細身の少女じゃ厳しくないか?」といった小声での失笑や心配の声が漏れ聞こえた。
しかし、セリスの表情は一切崩れない。ビスマスの挑発的な言葉など耳に入っていないかのように、ただ静かに、深く吸い込んだ息とともに白銀の槍をすっと滑らかに構えた。その青い瞳には、静寂な湖面のような透き通った集中だけが宿っている。
両者が中央で構えを終えたのを確認し、審判が鋭く旗を高く掲げた。
「両者、構えて……!」
「始め!!」
ゴォッ!!
審判の合図が響いたまさにその瞬間、ビスマスの巨体が爆発的な踏み込みとともに前傾姿勢で突進を開始した。彼の一歩が地面を踏みしめるたびに、激しい衝撃波とともに重厚な石畳がバキバキと音を立てて砕け散る。
「ガキごと微塵切りになれ! 潰れろ!!」
ビスマスは咆哮しながら、肩に担いでいた巨大な戦斧を全筋力を乗せて上空から一気に振り下ろした。
ズドォォォン!!
地響きとともに爆発のような大音響が巻き起こり、闘技場の頑丈な床パネルが広範囲にわたって粉々に砕け飛ぶ。激しい衝撃によって大量の砂煙と瓦礫が巻き上がり、セリスの立っていた場所を完全に覆い尽くした。
「ハハハッ! 終わりだ!」
手応えを感じて勝ち誇ったように叫んだビスマスであったが――。
「……動きが、遅すぎます。」
砂煙の全く異なる方向――ビスマスの真後ろから、涼やかで静かな少女の声が響いた。
「なっ……!?」
ビスマスは驚愕して目を剥き、振り返ろうとする。セリスはビスマスが踏み込んだその一瞬の隙を見逃さず、極限まで練り上げた神力を全身の筋繊維へと均等に循環させ、瞬発力を飛躍的に向上させていたのだ。彼女は視界を遮る砂煙を利用し、一瞬のうちにビスマスの完全な死角である背後へと滑り込むように移動していた。
「はっ!」
セリスの短い気合とともに、白銀の槍から鋭い一突きが放たれる。
ガキィン!!
硬質で甲高い金属音が響き、槍の穂先がビスマスの背中を覆う黒鉄の鎧へ完璧に命中した。しかし、白翼教団の幹部が身につけている防具だけあって、その重鎧は幾重もの防御魔法が施された一級品であった。セリスの鋭い一突きをもってしても、分厚い鉄の装甲を完全に貫くには至らない。
「ハッ、甘いな! その程度のヒョロい攻撃で、この俺の鉄壁の鎧が破れるかよ!」
ビスマスはすぐさま体勢を反転させ、その太い丸太のような肘を豪快に振り回してセリスの顔面へ向けて打撃を放った。
セリスは深追いすることなく、すぐさま足の裏で空気を蹴るように後方へと軽やかに飛び退いた。空中で綺麗に一回転して衝撃を殺し、まるで舞踏のステップのように華麗に着地してみせる。
「速ぇ……!」
「おいおい見ただろ今の!? あの至近距離からの返し技を完璧に避けたぞ!」
「あんな巨漢の突進をあんな鮮やかにかわすなんて……!」
観客席から驚きと興奮のどよめきが湧き上がる。
目の前の少女がただの華奢な飾りでないことを察したビスマスも、ヘラヘラとした余裕の表情を消し、険しい顔つきで表情を引き締め直した。
「なるほどな……。ただの弱卒ではないらしい。」
「いいだろう、少しは楽しめそうだ!」
ビスマスは全身の脈動を高め、体内に眠る神力を力任せに筋肉へと流し込んだ。黒鉄の重鎧の下で彼の筋肉が一回りも二回りも膨れ上がり、装甲の隙間から凄まじい威圧感が溢れ出す。
「喰らいやがれぇぇ!!」
ビスマスは全身の力を込めて巨大な戦斧を横一文字に振るった。空気を激しく圧縮しながら放たれたその一撃は、鋭い刃だけでなく、目に見えるほどの巨大な衝撃波を生み出してセリスへと襲い掛かる。
逃げ場を塞ぐような広範囲の衝撃波に対し、セリスは冷静に白銀の槍を地面へと深く突き立てた。
「《神壁》!」
彼女の言葉に応じるように、突き立てた槍を中心に高密度の神力が展開され、透き通るような薄い光の障壁が前面に形成される。
しかし――。
バキッ!!
ビスマスの放ったあまりにも重厚な物理的破壊力を前に、展開された神力の障壁は耐え切れず、一瞬でガラスのように粉々に砕け散った。
「きゃっ!」
殺し切れなかった衝撃波の余波を受け、セリスの華奢な身体が後方へと大きく吹き飛ばされる。彼女は硬い石畳の床を何度も転がりながらも、長年の訓練で叩き込まれた受身を取り、即座に片膝をついて体勢を立て直した。
だが、衝撃を完全に殺し切ることはできず、彼女の可憐な白磁の口元からは、一筋の赤い血がツーと垂れて落ちた。
「セリス!!」
控え席で見守っていたフィーナが、自分のことのように悲痛な叫び声を上げる。
しかし、攻撃を受けた当事者であるセリスは、口元の血を細い指先で静かに拭うと、苦しい表情を見せるどころか、どこか楽しそうにふっと微笑んで見せた。
「……大丈夫です、フィーナさん。」
「私なら……まだ何も終わっていません。」
セリスはゆっくりと立ち上がると、愛用の白銀の槍を再び静かに構え直した。
深く、深く息を吐き出し、精神を極限の領域まで研ぎ澄ませていく。彼女の深い青い瞳は、もはや相手の巨体や戦斧の刃先すら見ていない。見つめているのはただ一つ――ビスマスの重い身体を支えている、足元の微妙な重心の移動と、関節の動きだけだ。
「……そこ。」
次の瞬間だった。
ドンッ!!
セリスの足元で石畳が跳ね上がるような踏み込みの音が響く。
彼女の身体が一瞬にして視界から掻き消えた。一直線に描かれたその軌跡は、まるで夜空を切り裂く一筋の白銀の流星のようであった。
「なっ……速っ!?」
ビスマスは驚愕のあまり目を見開いた。
先ほどまでの動きとは完全に一線を画す、次元の違う加速。セリスは自身の持つ神力のすべてを筋力の瞬発力と速度への変換だけに集中させていたのだ。
セリスが狙ったのは、強固な装甲で守られた胸や頭部ではない。
肩の継ぎ目。
肘の内側。
太腿の隙間。
膝の裏側。
黒鉄の重鎧が構造上、どうしても完全にはカバーしきれない、可動部である「関節」だけを寸分の狂いもなく正確に突いていく。
ガガガガガガッ!!
高密度の神力を纏った白銀の槍先が、超高速の連撃となってビスマスの全身の関節部へと叩き込まれていく。
「ぐぁっ!?」
「くそっ! うっとうしいハエがぁ!!」
ビスマスは激痛と苛立ちに任せて巨大な戦斧を乱暴に振り回すが、どれほど力任せに振るおうとも、セリスの影を踏むことすらできない。
左へ、右へ。
背後へ、そして前方へ。
セリスはビスマスの巨体の周りを、まるで可憐な蝶が舞うかのような軽やかなステップで自在に跳ね回り、一方的に鋭い突きを叩き込み続ける。
「目でおえねぇ……!」
「なんだあのスピードは!? 速すぎるだろ!!」
「あの巨漢の攻撃がかすりもしないぞ!?」
観客席全体から、セリスの圧倒的な速度と精度の高さに対する驚嘆の声が次々と上がる。
「第三区画……解放!」
激しく交錯する戦いの中、セリスの澄んだ声が響き渡った。
彼女は相手の懐深くへと滑り込み、愛槍の穂先に体内の神力を極限まで収束・凝縮させていく。白銀の槍が眩いばかりの輝きを放ち始めた。
「《神槍連閃》!」
刹那の間に、視認不可能なレベルの無数の突きが、ビスマスの全身の関節部へ向けて同時に解き放たれた。
ガガガガガガガガッ!!
幾重にも重なる激しい打撃音が会場に響き渡り、ビスマスの黒鉄の鎧の各所から激しい火花が飛び散る。
「ぐぅぅっ……!?」
ビスマスは苦悶の声を上げ、ついに耐え切れずにドスンと大きな音を立てて片膝を床についた。
彼の誇る黒鉄の重鎧自体は破られていない。しかし、装甲の隙間である関節部を過剰なまでの超高速連撃で正確に攻撃され続けたことにより、その衝撃は内部の肉体と神経へダイレクトに伝わり、彼の巨大な身体は完全に悲鳴を上げ、麻痺していたのだ。
「……これで、終わりです。」
無数の連撃を終えたセリスは、乱れた息を整えながら静かに、そして確実に槍を突き出した。
ピタリ。
鋭利な白銀の槍先は、ビスマスの露出した無防備な喉元のわずか手前で完璧に停止していた。
あと一センチ。セリスがほんのわずかでも手首を押し進めれば、白銀の刃はビスマスの喉を貫き、勝負は完全に決することになる。
ビスマスは悔しさから太い拳を激しく握り締め、全身の力を振り絞って立ち上がろうとした。しかし、膝と足首の関節を破壊された彼の身体はピクリとも動かず、立ち上がることを拒絶した。
「……くっ……俺の……負けだ。参った。」
ビスマスは深いため息とともに力を抜き、静かに頭を下げた。
「勝負あり!!」
状況を完璧に見極めていた審判の旗が、勢いよく大きく振り下ろされた。
「第三試合、ノクス教団・第三幹部セリス選手の勝利!!」
試合終了の合図とともに、闘技場を揺るがすような割れんばかりの大歓声が爆発した。
「おおおおおおお!!」
「勝った! またノクス教団が勝ったぞ!」
「あの大男をスピードと圧倒的な技量で完封しちまった!」
「ノクス教団強すぎるだろ! 幹部の一人ひとりが化け物じみた実力じゃないか!」
審判の宣言を聞くと、セリスは静かに槍を引いて下ろし、敗者となったビスマスに対して深く、優雅に一礼した。
「ありがとうございました。素晴らしいお覚悟でした。」
そう言うと、セリスはまだ膝をついたまま動けないビスマスへ向けて、華奢な手を優しく差し伸べた。
ビスマスは一瞬驚いたように目を見張ったが、己の敗北を潔く受け入れるように苦笑いを浮かべると、その大きな手でセリスの手をしっかりと掴み、彼女のサポートを受けながらゆっくりと立ち上がった。
「……強かったよ、お嬢ちゃん。脱帽だ。」
「……ありがとうございます。」
敗者を敬い、勝者を称えるその気高き姿に対し、観客席からは先ほど以上の惜しみない盛大な拍手と歓声が送られた。控え席で見守っていたノクス教団の団員たちも、全員が総立ちとなって弾けたような歓声を上げ、仲間であるセリスの劇的な勝利を心から祝福していた。
これで教団戦は、ノクス教団の二勝一敗。
かつて弱小と蔑まれたノクス教団の勢いと流れは、もはや誰にも止められないほど確実に、そして圧倒的にこの教団戦全体を支配し始めていた。




