第5話:初対面、だらしない旦那様
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私は馬車を降りた後、蒼月家の使用人に玄関広間へと案内された。
実家である篝家のトゲトゲした空気とは違い、そこにはどこか心が落ち着くような、高級なお香の香りがふわりと漂っていた。
私は荷物を足元に置き、おどおどとした様子でうつむきながら床を見つめ、「地味で無能な令嬢」を完璧に維持していた。
(……よし、ここまでは計画通りね! あとは当主のチャラ男オジサンに、地味でつまらない無能な女だと認識されるだけよ!)
その時、奥の廊下から緊張感の一切ない、大きなあくびと共に一人の男がゆっくりと現れた。
「ふぁ~あ……。あれ? もう着いちゃったの? おじさん、起きるの遅かったかなぁ?」
その男は、高級な着物をだらしなく着崩し、懐に手を突っ込んだ気だるげな姿をしていた。
しかし、その無防備さが逆に整った容姿を引き立てており、どこか底の知れない大人の色香すら際立たせている。
この男こそが、現蒼月家当主――蒼月煉十郎だった。
(……うわぁ~、噂通りのダメ男っていう感じね。でも、顔は無駄に整ってるわね! ……これは絶対、今まで数多くの女を泣かせてきたタイプだわ……)
私は、その男の整った顔立ちと天然で撒き散らされている強烈な色気に、思わず遠い目をした。
私がそんな分析を繰り広げていると、煉十郎がふにゃりとだらしない、けれど妙に惹きつけられる笑顔を浮かべて近づいてきた。
「いやぁ、僕みたいなオジサンのところに、こんな可愛いお嬢さんが嫁いで来てくれるなんてねぇ。歓迎するよ、紗夜ちゃん」
いきなり初対面で「ちゃん」呼びという、あまりにも距離感の近い甘い言葉。私はビクッと大袈裟に肩を震わせた。
(……な、何なのこの人! 初対面でいきなりちゃん呼びとか、どれだけ女性の扱いに手慣れてるのよ!?)
私は荒れ狂う脳内を何とか落ち着かせ、さらに深く頭を下げると、消え入りそうな小さい声を絞り出す。
「は、初めまして、旦那様……。不肖の身ですが、よろしくお願いいたします……っ」
煉十郎は、私のおどおどとした態度を見ても嫌悪する様子など一切なく、むしろ私の頭をぽんぽんと優しく撫でるように叩いた。
「まぁまぁ、そんなに緊張しないでよ。適当にのんびりしようよ、お互いにさ」
急に触れられた拍子に、大人の男性特有の高い体温が伝わってきて、私は一瞬だけ本当に固まってしまった。
(……いけないいけない、しっかりしなさい、私! 調子を狂わされちゃダメよ! この男はただの女好きのチャラ男。私は一般人になるために、絶対に『地味で大人しい無能な女』のフリを通しきるのよ!)
私は自身の脳内で自分に強く活を入れて、目立たず空気のように過ごすことを改めて固く誓った。
「じゃあ、案内は僕の側近の律に任せるからね。よろしくね~」
煉十郎はそう言うと、早くもめんどくさそうにひらひらと手を振りながら奥へと引っ込んでいった。
私はその後ろ姿を、表面上は不安げで心細そうな表情で見送りながら、心の中では力強くガッツポーズを決めていた。
(……よし! 第一印象は『地味でつまらない無能な女』としてバッチリのはず! このままお互い空気のような表面上の付き合いを維持して、隠居資金をたっぷりと毟り取ってやるんだから!)
私はこれからの新生活に向けた仄暗い野心を燃やし、髪の隙間で、わずかに不敵な笑みを浮かべるのだった。
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