第3話:30代のチャラ男への嫁入り命令
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私は、織斗が去った後もしばらく大広間に一人跪いていた。
(……よし、そろそろ良いかしら。誰も見ていないうちに、早く部屋に戻って家を出る準備をしないと!)
心の中でガッツポーズを決め、顔を上げて立ち上がろうとした、その時だった。
コツン、コツンと、冷ややかな足音が静まり返った大広間に響き渡る。現れたのは、実家のさらなる絶対権力者――私の父親だった。
私は内心で飛び上がりつつも、瞬時に「婚約破棄されてお先真っ暗な悲劇のヒロイン」の姿勢へと戻り、深くうつむいて肩を小刻みに震わせた。
(……ちょっと、びっくりしたわね~! 織斗のやつ、明日出て行けって言ったくせに、なんでここで父親まで登場するのよ! 次から次へと本当に面倒くさいわね。私は荷造りで忙しいのよ!!)
早く物置小屋に戻りたいという焦りから、私は心の中で盛大に溜め息を吐いた。
父親は、先ほどまで織斗がふんぞり返っていた上座の椅子に腰掛け、床に伏せる私を冷たく見下ろした。
「お前に新しい行き先を用意してやった。お前は明日から、蒼月家に嫁げ」
(……は?)
父親が傲然と言い放った言葉に、私は本日二度目のフリーズを余儀なくされた。
(……いやいやいや、ちょっと待ってどういうことよ! 私は明日から晴れて自由の身になれるんじゃなかったの!?)
私が内心で大混乱に陥っていることなど一瞥もくれず、父親は蒼月家当主・煉十郎のひどい悪評を、淡々と語り始めた。
「蒼月家の当主・煉十郎は、30代だというのに仕事もしないサボり魔との噂だ。また、何を考えているのか分からない変人で、挙句の果てに底なしの女好きと聞く」
「お前には、本家の姉の身代わりとして嫁いでもらう。嫌なら、ほとぼりが冷めた頃に離縁してもらうんだな。くれぐれも我が一族に迷惑をかけるなよ」
(……はぁ!? 30代でサボり魔のチャラ男!? しかも女好きとか、控えめに言っても救いようのないクズじゃない!! なんで私がそんな男のところに嫁がなきゃいけないのよ!!)
私の脳内は、急浮上した最悪な未来に激しく荒れ狂っていた。
「無能なお前には、そんな行き遅れの変人がお似合いだろう。今まで育ててやった恩を、その身を挺して返せ」
父親は私への厄介払いという名の、最大級の嫌がらせを言い渡し、満足そうに嘲り笑っている。
その言葉を聞きながら、私はわざと絶望に打ちひしがれたフリをして、両手で顔を覆った。
「そんな……あんまりです……っ」
悲痛な声を絞り出す。しかし、顔を覆った手の隙間で、私の脳細胞は全く別の計算を叩き出していた。
(……待って。これ、むしろ最高に好都合じゃない? 相手がサボり魔の変人で女好きなら、私みたいな地味で無能な身代わりに興味なんて持つはずがないわ。向こうでお互いに空気として完全放置してもらえれば、誰の目も気にせずスローライフの準備ができるじゃない!?)
私がそんなちゃっかりした企みを巡らせているとは露知らず、父親は懐から一枚の書類を取り出し、さらにこう言い放った。
「お前が身代わりとしての役目を全うすれば、結納金の一部をお前の手当として分配してやる」
父親が机の上に置いたのは、蒼月家から篝家へと支払われる結納金の契約書だった。
一部、とは言え、さすがは歴史ある名家同士の取引。提示された金額は、一般人として田舎で一生遊んで暮らすには十分すぎるほどの、莫大な軍資金だった。
(……ちょっと待って、お金まで貰えるの!? 嘘でしょ、嫌がらせどころか超優良のボーナス案件じゃない!!)
私の脳内で、チャリーン!! と激しく小銭の飛び交う景気の良い音が鳴り響いた。
「……分かりました。お受けいたします」
私は涙を拭うフリをして、健気で諦めきった表情を作りながら、いかにも「実家のために涙を呑んで犠牲になります」という風を装って承諾した。
「フン、どこまでも惨めな奴だな。衣食住を与えられるだけでも、ありがたいと思え」
吐き捨てるようにそう言い残し、父親は鼻で笑って広間を去っていった。
大広間に一人取り残された瞬間、私は不敵な笑みを浮かべ、両手を天高く突き上げて飛び跳ねた。
(ありがとう、クソ実家! まさか軍資金付きで自由をくれるなんてね! 待ってろよ30代のチャラ男、絶対に干渉し合わずに、スローライフを送る権利をこれでもかと毟り取ってあげるんだから!)
私は胸の内にフツフツと野心を燃やしながら、翌日の出発に向けて、最高に晴れやかな気持ちで期待を膨らませるのだった。
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