第25話:律からの忠告
第一部の作成が終わりましたので、投稿を毎週月曜日・金曜日・土曜日の週3回に変更いたします!
30話まではこの頻度で投稿していきますので、是非読んでいただけると嬉しいです!!
この間の旦那様の言葉や、それに対する自分の本当の気持ちについてどうしても整理がつかず、私はどこか上の空のまま屋敷の廊下を歩いていた。
すると、曲がり角の向こうから律さんが歩いてくるのが見えた。
(……あれ、律さん? どうしたのかしら、なんだかいつにも増して凄まじい圧を感じるような……。まさか、この間の「旦那様はいません」っていう私の嘘がバレて、怒ってるんじゃ……っ!)
私は内心でビクビクとしつつも、今さら逃げ出すわけにもいかないので、おどおどと小さく声をかけた。
「……あ、あの、律さん? 私に何かご用でしょうか……?」
私が恐る恐る尋ねると、律さんはいつもと違ってどこか哀愁を帯びた顔つきで私を見つめ、小さく一礼した。
「……紗夜様、少しお時間をよろしいでしょうか」
低く静かな声でそう切り出され、頷いた私は、中庭の見える縁側でお茶を挟んで律さんと向かい合っていた。
律さんは静かにお茶を口に運んだ後、私の方へ真っ直ぐに視線を向けて話し始めた。
「……旦那様は、最近よく紗夜様の部屋へ行かれていらっしゃるのですよね」
(……やっぱりバレてたのね!? まぁ、毎日のように旦那様が私の部屋に入り浸っていたら、そりゃ気づくわよね~……)
私は内心で激しく頭を抱えつつも、これ以上は誤魔化せないと腹を括り、正直に謝ろうとした。
「……あ、あの、ごめんなさい、私……っ」
しかし、私が頭を下げようとすると、律さんは小さく首を横に振り、真剣な眼差しで静かに言葉を紡いだ。
「……責めているわけではないのです。むしろ、あの方が自ら誰かの元へこれほど熱心に通う姿を見て、私は少し安心いたしました。……紗夜様。当主様は普段あのようなヘラヘラとした態度ですが、本当は誰よりもこの国の歪みを背負っておられます」
そうして、私は律さんの口から、旦那様の壮絶な過去を初めて聞かされることになった。
旦那様は生まれた時から、水の精霊たちに深く愛されていたのだという。
しかし水というものは生命の源であると同時に、周囲の穢れや悪意、陰の気を最も吸い上げやすく、濁りやすい性質を持つ属性でもあった。
そのため、実の家族さえも「都合の良い器(毒消し)」として扱われ、幼い頃から数々の悪霊や怪異を倒し、この国の血や穢れをその清らかな水で一身に受け止め、独りで洗い流し続けてきたのだそうだ。
「……あの方は、自分がどんなに穢れに侵され、身も心も傷ついても、決して誰も頼ろうとはなさいません。周囲を油断させ、余計な敵を作らないために……そしていつからかあのようにヘラヘラと笑うことで、自分の内面に誰も踏み込ませないように分厚い壁を作り始められました。……本当に、孤独な方なのです」
私は律さんの話を聞きながら、激しい衝撃を受けていた。
私と同じだったのだ。旦那様もまた、チャラ男という仮面を被ることで、この残酷な世界から自分自身を守り、必死に生き抜いてきたのだと気づき、目頭が熱くなって涙が溢れそうだった。
脳裏に不意に浮かぶのは、私の頭を大きな手で優しく撫でながら、甘く微笑んでいた旦那様のあの真っ直ぐな瞳。
泥水を自ら進んで飲み干すような孤独な日々の中で、誰よりも「ありのままの自分」を見てほしかったのは、他でもない旦那様自身だったのかもしれない。
そう気づいた瞬間、私は震える己の手を必死にぎゅっと握りしめていた。
律さんはそんな私の動揺を察し、何かを感じ取ったのか、少しだけホッとしたように微笑みながら、今度は深く一礼した。
「……長話を失礼いたしました。紗夜様がこの屋敷に嫁いでこられてから、あの方の笑顔は、少しずつ本当の優しさを帯びるようになったと私は思っています。……これからも、どうかあの方を支えてあげてください」
そう言い残して律さんが去った後、私は足早に自室へと戻った。
すると、私の異変を瞬時に察知したのだろう、押し入れから琥珀が心配そうにトコトコと駆け寄ってきた。
「きゅぃ、きゅ~……っ?」
私は膝元に来てくれた琥珀をきつくぎゅっと抱きしめながらも、今まで感じたことのないほど重く鋭い罪悪感で胸を締め付けられていた。
(……私と同じように仮面を被って、濁った世界でずっと孤独に生きてきた人を……。あんなに私のことを真っ直ぐに、一人の人間として見てくれる人を置いていって、私は本当に後悔しないかしら……?)
旦那様の隠された本質を知ってしまったことで、私の心はさらに激しく揺れ動いていた。
私は整理のつかない心を必死に落ち着かせるように、琥珀の温もりを感じながら深く深呼吸をするのだった。
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