第20話:サボり魔、紗夜の部屋に定住する
この作品を読んでいただき、ありがとうございます!
第一部の作成が終わりましたので、投稿を毎週月曜日・金曜日・土曜日の週3回に変更いたします!
30話まではこの頻度で投稿していきますので、是非読んでいただけると嬉しいです!!
あの鈴の一件から数日が経ったけれど、最近の私はある非常に厄介な問題に頭を悩ませていた。それは――。
「紗夜ちゃん~! また来ちゃった!」
私の部屋の襖が開き、中に響き渡る旦那様のヘラヘラとした能天気な声。その声を聞くたびに、私の心の平穏は乱されていた。
(……あ~、もう! 私がのんびりしようとする度に押し掛けやがって、このサボり当主! 仕事しなさいよ、仕事!!)
旦那様が来る度におどおどした令嬢のフリをしなければいけないため、私の精神的疲労は徐々に溜まってきていた。
最初はたまにだった訪問が、今や毎日のように部屋に転がり込んでくるのだからたまらない。私の神聖なプライベートスペースは、完全に旦那様のサボり場所(避難所)と化してしまっていた。
「……だ、旦那様。あの、毎日のように来ていただけるのはとっても嬉しいのですが……その、お仕事は大丈夫なのですか? ……たまに律さんが、血相を変えて探されておられるようですが……」
私は身を縮めて怯える令嬢を演じつつ、遠回しに「さっさと仕事に戻れ」と全力のメッセージを送る。けれど、旦那様はへらりと笑って一向に聞く耳を持たなかった。
「大丈夫、大丈夫! 書類仕事は律の得意分野だからね~。僕がいなくてもなーんの問題もないさ!」
(問題大ありよ! 私がのんびりする時間が減るし、何よりこんな現場を律さんに見つかったら、私の信頼度まで一緒にガタ落ちじゃないの!!)
内心で強烈なツッコミを入れつつも、表面上は「そ、そうですか~……」と引きつりそうな笑みを浮かべていた。
一方その頃、押し入れの奥では――。
状況を察して避難した琥珀が、「ふわぁ~」と優雅にあくびをしながら、ふかふかの座布団の上で気持ちよさそうに眠りこけていた。
そんな私の苦労も知らず、旦那様はまるで自分の部屋であるかのように我が物顔で畳に寝転がり、私に甘え始めた。
「ねぇ紗夜ちゃん、ちょっと肩揉んでくれないかなぁ?書類仕事で肩がすっごく凝っちゃってさ~」
先日の、あのゾッとするような強者のオーラは一体どこへ行ってしまったのか。完全に駄目な大人と化した旦那様の姿に、私は頭を抱えた。
(……なにちゃっかり嘘ついてるのよ!毎日書類仕事をサボって私の部屋に入り浸っているくせに、肩が凝るわけないでしょ!)
しかし旦那様のお願いを断る訳にもいかず、私は渋々その広い肩を揉み始めた。
「……ち、力加減は、これくらいで良いでしょうか……っ」
私はマッサージが下手なふりをするため(ついでに日頃の憂さ晴らしも兼ねて)、あえてツボから思いきり外れた、全然関係のない場所を強めにグリグリと揉んでやった。
しかし、旦那様は私の小さな反抗をすべて見抜いているかのように、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていた。
「ん~、紗夜ちゃん上手だよ~。次から肩が凝ったら、毎回紗夜ちゃんのところに来るね~!」
(……絶対に、来んなーー!!)
私は必死でおどおどした手つきを維持しながらも、内心では盛大に拒絶の悲鳴を上げていた。
ようやく肩揉みが終わり、心の中でやっと解放されたわ~!と胸を撫で下ろした、その瞬間。
旦那様が不意に体を起こし、その大きな手で、私の頭を愛おしそうに優しく撫でてきた。
「……肩揉んでくれてありがとうね、紗夜ちゃん」
突然の出来事に、私は固まってしまった。
おまけに、旦那様の手のひらから伝わってくる温かさと、視線が交わった瞬間のあの底知れないほど甘く優しい微笑み。
私は顔がカッと熱くなり、耳まで真っ赤になっていくのが自分でもはっきりと分かった。
(……な、何でそんな、優しくて甘い顔で見るのよ……っ!普段はチャラ男のくせに、こういう時だけ大人の男の顔をするのは心臓に悪すぎるから本当に止めてほしいんだけど……っ!?)
私が演技ではなく本気で心臓をバクバクと激しく脈打たせていると、突然、廊下の向こうから怒気に満ちた律さんの足音が近づいてくるのが分かった。
旦那様はハッと起き上がると、私の唇に人差し指を優しく、けれど強く押し当てた。
「……紗夜ちゃん。僕がここにいることは、律には内緒ね?」
そう言うと旦那様は私のすぐ隣の座布団の上で、完璧に気配を消し去った。目の前で見ている私ですら、そこに人がいるとは思えないほど気配がしない。
その直後、律さんの鋭い声が廊下から響いた。
「……紗夜様、こちらに旦那様はいらっしゃいますか?」
私は「ここにいます! 今すぐ引っ捕らえて連れて行ってください!」と大声で叫びたかった。
叫びたかったけれど――すぐ真横から突き刺さる、旦那様の無言のプレッシャーに、ついに取り返しのつかない嘘を口にしてしまった。
「……だ、旦那様ですか……? こ、こちらには……来ておりませんよ……?」
「そうですか……お騒がせいたしました。ありがとうございます」
律さんは疑うような声色ではあったものの、そのまま足早に去っていった。
律さんの気配が遠ざかったのを確認した途端、旦那様はフゥ、と安堵の息を漏らし喜んだ。
「……ありがとう~、紗夜ちゃん!危うく律から一時間は超えるお説教を受けるところだったよ!!」
その後、旦那様がようやく自分の部屋へと帰っていくと、私はその場にへなへなと崩れ落ちた。
(……最悪だわ!あのチャラ男のせいで、律さんに嘘をつく羽目になっちゃったじゃないの!! ……それに、心の準備もなしにあんな甘やかしオーラを浴びせるのは、反則よ……っ!!)
私は、律さんに対する罪悪感と、旦那様が仕掛けてくる甘く狡猾な誘惑(ボロ出し攻撃)に、危機感を募らせるのだった。
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