第17話:旦那様が見つめる背中
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第一部の作成が終わりましたので、投稿を毎週月曜日・金曜日・土曜日の週3回に変更いたします!
30話まではこの頻度で投稿していきますので、是非読んでいただけると嬉しいです!!
時は少し遡り、紗夜がピクシーを森へと逃がした前夜のこと。
深夜の蒼月家。普段のだらしない様子は完全に影を潜め、静謐で圧倒的な強者のオーラを纏った煉十郎は、自室の前にある廊下で静かに月を見上げながら佇んでいた。
(……さて、どうしようかねぇ。律は明日の朝にお祓いをするって息巻いていたけれど、あのいたずらの主は、おそらく悪霊じゃなくてただの無邪気な精霊なんだよね。……律の術は容赦がないからなぁ~。まともに喰らったら一発で消滅しちゃうことは間違いない)
「その前に、僕がこっそり森へ逃がしてあげようかな」
煉十郎は誰もいない廊下でそう小さく呟くと、夜の闇に溶け込むようにして、屋敷に漂うわずかな精霊の気配を追い始めた。
――しかし、静かに足を進めた彼が辿り着いた先は、予想外にも紗夜の部屋の前だった。
(……おや? ここは紗夜ちゃんの部屋だね。……少し離れて様子を見ていようかな)
煉十郎は一瞬だけ意外そうに眉を上げたが、すぐに完璧に気配を殺し、紗夜の部屋の窓が見える庭へと音もなく移動した。
窓はまだきっちりと閉まっている。
だが、障子の隙間からかすかな明かりが漏れており、中からは「チャリン、チャリン」という、どこか歪で奇妙な鈴の音が響いていた。
(……なんだい、今の音は?普通の鈴にしては、どうにも響きが重たいというか、歪なような……?)
首を傾げたその時、閉ざされた窓の向こうから、紗夜がピクシーと楽しげに何かを交渉している声が微かに聞こえてきた。
その瞬間、煉十郎は闇の中で驚いたように目を見開いていた。
(……おや?あのいつも怯えて身を縮めているお嬢さんが、精霊と何か話しているねぇ~。篝家からは精霊を扱えないって聞いてたんだけど……)
煉十郎が思考を巡らせた刹那、突然紗夜の部屋の窓がすっと静かに開いた。
煉十郎は咄嗟に身を翻して庭木の深い影へと潜み、完全に気配を殺して窓辺を見守る。
開いた窓の傍に現れた彼女の横では、あのいたずらっ子のピクシーが、何やら「妙に巨大なおもちゃ」を大切そうに両手で抱え、嬉しそうに宙を飛び回っていた。
(……なるほどね。あのピクシーは、ただキラキラしたおもちゃが欲しくて退屈していただけだったんだね。それを紗夜ちゃんは、僕たちよりも先に見抜いていたわけか)
煉十郎の瞳の奥に、怪しげな光が灯る。
武力(お祓い)に頼ることもなく、精霊の本質を見抜き、代わりのおもちゃを自作して平和的に解決してみせた彼女の見事な手腕。
それに対する、深い感心と底知れない強い興味がジワジワと胸を焦がしていく。
紗夜がピクシーを逃がし、優しい笑顔で見送るその姿を、煉十郎はただ静かに闇の中から見つめ続けていた。
しかし窓を閉める直前、紗夜がふと、煉十郎の潜む闇の奥へ向けて視線を真っ直ぐに投げかけてきたのだ。
煉十郎は気配を完全に遮断していたが、彼女の恐るべき勘の鋭さに、内心で激しく目を見張っていた。
(……危ない危ない。気配を完璧に隠匿していなければ、危うく気づかれるところだったね。……それにしても、精霊力が使えないにしては、少しばかり勘が良すぎるねぇ……?)
実家では精霊力を持たない無能と虐げられ、追放同然で嫁いできたはずの少女。そんな彼女が、実は誰も知らない圧倒的な機転と有能さを隠し持っている。
すべてを確信した煉十郎は、闇の中でニヤリと、どこか楽しげにほくそ笑んだ。
――そして翌朝。
お祓いに向かう律の後についていくと、案の定、そこには紗夜が夜のうちに戻したであろうキセルや万年筆が、紛失前と全く同じ位置に何食わぬ顔で置かれていた。
驚いたように目を見開き、不思議そうに首を傾げる律の横で、煉十郎は「気のせいでよかったねぇ」と、とぼけた声を上げる。
しかしその意識は、廊下の影から微かに伝わってくる「ある気配」へと集中していた。
(……あはは! 紗夜ちゃん、廊下の影で「してやったり」って最高にドヤ顔をしているねぇ。……うん、これからここの暮らしは、ますます面白くなりそうだ)
そうして紛失騒ぎが完全に収まった後。
煉十郎はいつも通りのチャラチャラとした足取りで、彼女の自室へと向かって廊下を歩いていた。
「……さて、それじゃあお礼参りと行こうかねぇ~」
愛しいお嫁さんが被っている、あの完璧で頑丈な「大人しい無能令嬢」の皮を、今日は少しだけ意地悪く剥がしてやろう。
煉十郎は、大人の男としての鋭く妖しい笑みをその唇に湛えながら、彼女の部屋の前に立つのだった。
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