第11話:突撃、旦那様の部屋訪問
この作品は毎週月曜日の20時10分に投稿しています!
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穏やかな風が庭に咲く花々を揺らす、暖かな昼下がり。
私は部屋の真ん中に大きな座布団を敷き、その上で琥珀にブラッシングをしたり、おやつをあげたりしてのんびりと過ごしていた。
「……きゅ~~」
ブラッシングが余程気持ちいいのか琥珀は手足や尻尾をだら~んとさせて、完全にリラックスモードに入っている。
「……ふふ、押し入れの安全性もバッチリだし、最近は律さんも旦那様も忙しそうだから、しばらくは部屋の中なら自由にしていても大丈夫そうね!」
私はすっかり頬を緩ませ、もふもふな琥珀との至福のひとときを満喫していた。
――そして、そんな風に油断をしていた私は、この部屋へに近づいてくる「人の気配」に全く気づいていなかった。
「紗夜ちゃん~! 今何してるの~?」
静かな廊下から、突如として緊張感のない旦那様の声が響き渡った。
声が聞こえた瞬間には、旦那様はすでに部屋の襖の手前まで到達していることに気づき、私の心臓は跳ね上がった。
(……嘘でしょ!? 全然足音が聞こえなかったんだけど! このオジサン、普段あんなにだらしないくせになんでこんなに気配がしないのよ!!)
パニックになりながらも、まずは琥珀をどうにかしなければならない。けれど、押し入れまで走って戻す時間は一秒たりとも残されていない。
――ならば、一か八かこれしかないわ!
襖が開く直前、私は目の前にあった座布団をひょいと持ち上げ、その下へ琥珀を滑り込ませた。
そしてその上へと即座に飛び乗り、自分の全体重をかけるようにして正座した。
(……ごめん、琥珀! 今だけは必死に耐えてちょうだい!!)
姿勢を整えた直後、すーっと滑らかに襖が開き、着物をだらしなく着崩した旦那様がヘラヘラとした笑みを浮かべて入ってきた。
私は一瞬にして「大人しい令嬢」の仮面を顔に貼り付け、深く頭を下げる。
「……だ、旦那様……っ、いきなりどうされたのですか……?」
驚き震えている(ように演技をしている)私に向かって、旦那様はふらふらと足を進め、目の前でひざを折ってしゃがみ込んだ。
その瞬間、彼のいつもは穏やかな瞳が、今は妙に鋭く私を観察しているような気がして、背中に冷や汗がどっと噴き出す。
(……ちょっと、あのいつもの締まりのないヘラヘラ笑いはどこへ行ったのよ!? 笑っているようで、瞳の奥が全然笑っていない気がするんだけど!?)
そんな私の内なる焦燥感をよそに、旦那様は再びふにゃりと締まりのない笑みを浮かべ、私の顔を覗き込んできた。
「いやぁ、なんだかさ、紗夜ちゃんの部屋のあたりから、『可愛らしい気配』が漂ってきたからさ~。……ねえ、紗夜ちゃん。おじさんに内緒で、何か隠してるでしょ~?」
「……か、可愛らしい気配、ですか? ……この部屋には私しかいないはずですが……っ」
私がなんとか気弱な令嬢を装って言い訳を口にした、その時だった。
私が座っている座布団の下が、「モゾッ……」と不自然に大きく盛り上がった。
(……ちょっと嘘でしょ!? お願いだから今は動いちゃダメよ、琥珀ーーー!!)
脳内で絶叫しつつも、私は座布団の下の琥珀を潰してしまわないよう、絶妙な加減を維持しながら、ググッとお尻へ力を込め、不自然な揺れを抑え込んだ。
必死に平然を装っているものの、どうしても顔が引きつってしまっている私の様子を見て、旦那様は仕方ないなといった風に、私の頭をぽんぽんと優しく撫でた。
「あはは、冗談だよ。ちょっと君をからかってみたかっただけさ」
旦那様は少しニヤニヤとした意地の悪い笑みを浮かべながらも、それ以上追及することなく、あっさりと部屋を出て行った。
旦那様の気配が完全に去り、廊下から足音が聞こえなくなった瞬間、私は畳の上へと崩れ落ち、盛大に脱力した。
私が座布団から飛びのいたことで、ようやく下から脱出できた琥珀は、「きゅー!!!」と抗議の声を上げながら、私の顔をぽかぽかと小さな前足で叩き始めた。
「……痛たたた! ご、ごめん、琥珀! でもあの時はこうするしかなかったのよ~!!」
怒り心頭の琥珀を宥めながら、私は旦那様に対する警戒心を一段と強めていた。
(……あ~、心臓が止まるかと思ったわ!! あのチャラ男、油断も隙もないんだから!! ……それに、去り際のあのニヤニヤした顔は何よ。まだバレてはいないと思うけれど……大丈夫よね?)
私はまだ大丈夫だと自分に言い聞かせて必死に心を落ち着かせつつも、あの底の知れない旦那様を絶対に侮ってはいけないと、深く心に刻み直すのだった。
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