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80.戦いの後に



「ヨンカ! 改めて好きダ! オレの番いにナッテクレ!」

「イヤ」

「ガハァ……!」


『聖戦』を終え、ノーラントの城を拠点に俺たちが本格的な国作りに取り組むこと早三ヶ月が経過した。


 本当に……本当にやることが多過ぎて、ヨンカに告白する予定も随分と後ろに伸びてしまった。しかし仕事もようやくひと段落し、こうしてヨンカを山の中腹に呼び出し想いを告げた矢先のことであった。


「ド、ド、ドウして 俺たち生きて帰っタ」

「エエ」

「ヨンカも 今はフィリス様 異性トして好きジャないって言っタ」

「言ったワね」

「じゃあ俺にナニが足りないカ 教えてクレ 悪いトコロあるなら頑張って直ス ダカラ……」

「貴方が悪イわけジャないわ ロクス」


 そう告げるヨンカの声色は、平静を装っているものの心なし哀しげなものであった。


「じゃあナニが」

「ワタシ モウ子供を産めなイの」

「えっ」

「ドルガノに『呪痕』ヲ使った時 ワタシは呪詛返しヲ受けタ 普通に生活デキるほどニハ 回復したけド 体に後遺症ガ残ってしまったミタい 貴方の左手ト同じよ」


 ……そんなの、知らなかった。

 俺も聖戦で左手を剣で貫かれ、傷は塞がったものの若干の麻痺が残った。戦いが終わった後もなお癒えない傷跡。まさかヨンカの身にも同じ事が起きていたなんて。


「前にも言ったケド、他の良いコを見つけて子を成しなさイ 私はロクスのことがスキだから 貴方の子供ハ コノ世界に残っテいてホシイ」

「ヨンカ ……俺の番ニならない理由 ソレだけか」

「エエ」

「じゃあナニも問題ナイな 俺はヨンカとの子供しか欲しくナイ だから居ないナラ居ないで良イ 俺はタダ ヨンカとズット一緒にいたいんダ」


 こちらの言葉に、ヨンカは大きく目を見開いた後、微かに震える声色で俺に問うた。


「ロクス……アナタ、番の意味を分かってナイの? 子供ヲ作らないノニ 雄ト雌が番う理由はナイでしょ?」

「知性がナイ頃の俺タチ そうだったカモしれない でも今の俺たちには『心』ガある」

「……」

「俺は初めてあった時カラ ヨンカの事好きダった 俺は持って生まれたコノ命と 神様から貰った知性ト心で 色々なモノを感じて、見聞きしたものをヨンカと共有したい 俺たちが築いていく新たな世界デ生きる喜びを 共に噛み締めたイんだ」


 それは、紛う事ない本心からくる言葉だった。ヨンカは暫くの沈黙の後、大きく息を吐いて、呆れたような笑みをその口元に浮かべた。


「負けタ」

「負ケ……と、トいうことは……?」

「貴方の諦めノ悪さには参ったものネ ……良いわ、私たち番ニなりましょう ロクス」

「ッ……!! ヤ、ヤ」


「「ヤッターーー!!」」


 自身が上げるより先に、後方から上がった歓声の合唱に、思わずつんのめる。今のはニクスとロッカか。後ろを振り返ると、案の定抱き合って喜ぶ二人と、後方から見守るイチロとゴロス、そしてナフィアの姿があった。


「おめでとう御座います! ロクスさん……!」

「イヤァ 良かっタ良かった 今日の宴はロクスを慰める会デなく、お祝いの会だナ ……イチロ、賭けはお前ノ勝ちダ 黄色の林檎、特盛デ用意スル トホホ」

「ゴロス……他人の不幸に賭けたバチが当たったナ ロクス ヨンカ 二人ともおめでとウ」


 俺たちを祝福するよう、皆がこちらに向け温かい言葉を贈ってくれる。ふと左手に触れた温かい感触に、隣を見るとヨンカがはにかむような笑みを見せ、こちらを見つめていた。ああ、やはり彼女は初めて見た時からずっと美しい。本当に夢みたいだ。


「ヨンカ」

「ロクス これカラは仲間としてダケでなく 番としてモよろしくネ」

「……アァ!」


 俺は感極まった心地のまま、彼女の手をぎこちなく左手で握り返す。


 俺達の間に、例え子供という繋がりを授かれないとしても、確かな絆と想いがここにある。俺にとっては、ただそれだけで充分過ぎる程なのだ。それに……。


「ヨンカ 子供を授かれないコトで、どうか自分を卑下しないデ欲しい」

「ロクス……」

「何故なら 俺タチはコレから『子を成さない番の形』ヲ積極的に皆に推奨していく必要がアルからだ 会議デも話したダロ」

「……」


 俺の言葉に、ヨンカだけでなく皆の顔付きが神妙になり、空気が静まり返った。あれ、俺。何か間違ったこと言ったか?


「……今、その話ハ」

「イヤ 大事な話だろウ? 俺たちコボルトやハーピーが 以前と同じペースで子を増やしたラ 水や食料が不足スル そうなれバ 間違いなく争いは避けられなくなるダロう 俺たちハ二度とアノ『聖戦』の過ちを繰り返してハいけナイ だから異性に限らず同性同士の番や 子の出来ない異種族同士で番うことヲ 積極的に勧めるベキだ 俺とヨンカの番の形も その一つトして皆の手本となるだろウ」

「……ロクス、あのネェ」

「? どうしたヨンカ?」

「貴方の言うことハ正しいし 私もその考えに賛同スル ただソウネ……貴方ハもう少し フィリス様の口説きの腕前ヲ 見習っタ方が良いワ」

「エ、なんでソコでフィリス様の名前が……ヨンカ? 一体何処に行くんダ ヨ、ヨンカーーーッ!」


「……ロクス、お前は仕事のし過ぎデ 情緒というモノを何処カに置き忘れてきたミタいだな」

「その結果ヨンカに呆れらレ 置いてかれテルと なあイチロ 今からデモやっぱ 賭けは俺の勝ちニ……」

「縁起でモないこと言うなゴロス!! ヨンカ、俺が悪カッタ! 今のは嘘……イヤ嘘ではナイけども アアア、モウ! どうして俺はイツモこうなんダ!!」


  

 そんな、コボルト達の心温まるやりとりから約数時間後。


 日の落ちたノーラントの城内にて、私もまた一週間ぶりにフィオナ姫にとっ捕まり尋問……いや、彼女との心温まる歓談に興じていた。


「貴方は神の使者なのでしょうウォルフ。そろそろアストゥラル神が、私の願いを聞き届けてくださる気になったか教えて欲しいの」

「あー……それは、その」

「フィリス兄様のよう貴方が神に『祈る』のは、出来ない相談なのでしょう?」

「ああ、うん……そうだね。もしそれで本当にフィリスと人間達が復活しようものなら、今度こそ私は彼の手により四肢と目玉を切り刻まれ、ハーピー達のおやつにされてしまうだろう。何せ人間達の知性を奪うのは、彼の本望だったのだからね。君もそんな猟奇的な光景を、わざわざ好き好んで目にしたくはないだろう?」

「それは貴方の協力次第になるわ」


 おお怖い。

 小柄な体躯の彼女に見上げられている筈が、気分はさながら大鬼オーガに見下ろされているかのようだ。


 夜鬼王フィオナ。兄であるフィリスの手により、知性ある『王』の種族に生まれ変わった元人間の少女だ。

 夜鬼の特性として、夜間しか活動出来ない彼女はナフィアや一定の配下を引き連れ、夜のノーラント城を支配する『六人長』の一人となった。


 ……ロクス達コボルトらは、国を作るにあたり一人の『王』は戴かず、現状六人の長による合議制の政治を行っている。その中でもサブロの代わりに長へと据えられた彼女は、人間の王族としての知識と経験を生かし、コボルト達の国作りに大きく寄与し成果を上げた。


『我が兄フィリスは、決して許されることのない裏切りを働き、仲間殺しの罪を犯しました……それでも兄様を見捨てず、知性を戻そうと尽力してくれる優しい貴方達の為に、私も身を粉にしてこの国に尽くします』


 その言葉の通り、フィオナは朝な夕な……とまではいかずとも、国政に注力している。今私に問い詰めてる『人間』関連の事柄も、彼女の管轄だ。


「人間を『魔物』化する計画を進めてるんだろう? 良いじゃないか、皆フワフワのコボルトにしてしまえば。なあメレノア、見てないで助けてくれ? 君の知性が戻り、フィオナ姫と感動の再会を果たせたのは私が彼女に『やり方』を教えたおかげだ」

「……その件についてハ感謝してるガ、それはソレとしてお前は怪しい。まだ姫様に隠してルことが山ほどあるのだろう。吐け」


 くそう、なんて薄情な……。


 フィオナの腹違いの姉メレノアは、あの後「人間魔物化計画」の第一被験者として『戴冠の儀』を受け、人間から『犬人王』へと変化し知性を取り戻した。


 戴冠の儀とは、多くの魔物達の血を一滴ずつ集めて一人に注ぎ『王』を作る、古にあった魔術の一つだ。ロクスが以前一命を取り留めた儀と近いものがあるが、こちらは力を得るというより、魔物達が認めた主君を王の種族に変え、盟約を交わすものである。


 私はかつて知を司る神として、魔物達の知性を奪った。その中で『王』の名を冠する種族は例外にあったが、結局彼らの殆どは死に絶え、長命種の中でもごく一部が次代に繋ぐなり本人が生き延びるなりして細々と続いている状況……。


「ウォルフ、聞いてるカ?」

「ハイ」

「戴冠の儀とやらハ、おいそれと使えない。オドを持った人間ニしか使えないし、王となった者は血を捧げた魔物ニ対し一定の強制力を持つようニなる。だから善良デ、己を律する事の出来る正しい人間にシカこの儀は使えないんダ」

「君みたいにかい?」

「殺すゾ」


 こっちもおっかないな。まあ『犬人王』の名らしく見た目がフワフワしてるからか、毛を逆立てられてもフィオナよりも恐ろしさは無い。


「魔力のない人間に対するやり方は、今バルバラに試そうとしてるものもあるだろう?」

「あれは時間と手間がかかり過ぎル。一応ナフィアの伝手でユニコーンと妖精王の協力ヲ得られたが……半人半馬への転化、以前の彼女は気丈な娘だったと、イチロとニクスが口にしていたトいえ、年頃の娘には少々酷だろう」


 半人半馬。魔物ケンタウロスとは別種に、処女受胎しユニコーンを産む後天的な『聖獣』として、かつて人間や魔物達の間に語り継がれていた存在だ。


 ……現状の人間達の選択肢、モフモフになるかユニコーンを産むかの二択か。それは神に祈りたくもなるわな。


「勿論、私が『夜鬼王』となった時のやり方を含め、他の方法も模索はしてるわ。でも手間を鑑みても……そうして彼ら自身の為にも、やはり人間の姿のまま知性を戻す方法が一番だと思うの」

「魔物化はいわば、次善の策ということだね」

「そうよ。それに、フィリス兄様を戻すのに、魔物の『王』とするやり方は選べない。少なくとも今はまだ」


 そう言ってフィオナは美しい顔に陰鬱な色を浮かべ、青い瞳を白い瞼の下に閉ざした後、静かに口を開いた。


 

「……私は、私を助けてくれたフィリス兄様でなく、彼が守ろうとした魔物達に尽くすと決めた。だから私は彼らを守る立場として、兄を彼らの上に立つ『王』とは認められない。私がもっと力を付けてフィリス兄様に対抗出来るように……彼が道を誤った時に止められる存在となる、その時まで」

 


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