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79.黎明



 あの後、王都からハーピーらとコボルト達、そうしてフィリス様らを連れて、俺たちはノースフィールの地へと帰還していた。


 ハーピー達は、フィリス様を殺した後に与えられるはずだった報酬が嘘だったと知り、さんざ怒り狂った後。俺たちとの交渉を経てあっさりとこちら側に付いた。


「まぁ裏切られたとはいえ、フィリス様には今までヨクして貰ってたからね。食い殺すのは勘弁してあげるわ」

「で、次の雇い主はアンタ達ってワケ。美味しい食事さえ保障してくれれば、アタシ達はちゃんと働く。だからしっかりなさいよ、犬っコロ共! ギャハハ!」

 

「ツイでにコイツらの知性も 取り上げてくれれば良かったのに 神様はイジワルだ」

「まあまあロクス……ッオイ、見ろ あれっテ」

「煙信号……ウォルフ、あの場所まで飛んでクレ!」

「リョーカイ しっかり捕まっテなよ」

 

 地上の輸送部隊とハーピー達を残し、俺たちはウォルフと共に煙の立つ方へと移動する。


 色付きの煙がたなびく地上、そこには馬に乗る小柄なコボルトの姿があった。


「オイ!」

「……! ウォルフ! あ、アァ」


 地上に降り立ち、ウォルフの背から地面に下りると同時、ニクスが全力でこちらへと走り寄ってきた。


 つい身構える俺に対し、イチロが無言で手を広げたのに合わせニクスが勢い良く狙いを定め飛びつく。彼の体重が比較的軽いとはいえ、イチロはビクともすることなく鋭い矢のごとく飛び込む彼を受け止めた。す、スゴイ……。


「無事デ良かっタ!!」

「アア、心配かけて済まなかっタ ニクス 俺タチを迎えに来てクレたのか?」

「それもアルけど ……イチロとロクスに 大事な話ヲしたくテ」


 ニクスはイチロにしがみついたまま、そうぽつりと言葉をこぼす。俺たちは顔を見合わせ、ニクスに問う。


「その話ハ後でも良いカ? 今俺たちはコボルトとハーピーと、フィリス様も伴って帰還してる 一旦そちらに合流しよウ」


 フィリス様というその言葉に、ニクスの肩が大きく跳ねた。その後彼はかすかに体を震わせながら、俺たちへと問うた。


「フィリス様は オ、オルフィス様は、生きてるノカ?」

「……オルフィス様は死んダ フィリス様は生きたママ連れて帰ってきたガ」


 その言葉に、ニクスは未だ幼い顔をぐしゃりと歪め、今にも泣きそうな顔をした。

 ……イチロから聞いている。彼はウォルフから、同じくフィリス様の計画のことを聞かされていたらしい。故に気付いてしまったのだろう。フィリス様の計画は不完全ながらも成され、そうしてその過程で、俺たちに様々な事を教えてくれた優しい人間達の血が流れてしまった事実を。




 俺たちと合流し、互いに情報共有をした後、ニクスはぽつぽつと呟いた。


「俺、諜報担当してたから分かル 俺たち知性アル生き物ハ 情報の積み重ねデ思考する 情報の良し悪しハ重要ダ 内容次第デ 未来の行動ヤ方針が大きく変わるから」

「……」

「俺が、ココに一人で来たノハ 都合ノ悪い情報を『隠蔽』する為 イチロ、ロクス……オルフィス様を殺したノハ フィリス様なんダロ?」

「……アア」

「ナラ、その事を知ってル全員ト 口裏を合わせよう フィリス様は俺タチのため 人間の知性奪うよウ神様に頼んだ ……全部、俺タチの為ナンダ そうしてオルフィス様も俺タチの為にずっと戦ってクレてた」

「……ニクス」

「例え事実ダトしても こんな間違っタ 悲しいことヲ 城の皆に……とても伝えられナイ お、俺タチは、サブロが願い フィリス様が約束した幸福な未来ノ為ニ 『正しい』選択をしていくべきダ そうデなければ、俺タチが多くの命を犠牲ニ 知性を得た意味ガ無くなル」


 そう語るニクスの声色は、悲壮なまでに痛々しいものであった。


 ああ、そうだ……いくら卑劣なやり方だったとしても、その根底には紛れもないフィリス様の善性と俺たちへの愛が込められていた。その想いに報いて、少しでも良い道を模索したいと願うニクスの気持ちは痛い程に分かる。しかし、だからこそ。



「ニクス、俺とイチロは城に戻っタラ フィリス様のしてきたコトを包み隠さず皆に打ち明けル 俺たちノして来たコトも同様にダ」

「……! ロ、ロクス どうして」

「皆ガ間違いから目を逸らさズ 向き合うコトこそが 幸福な未来ヲ築くための『正しい』選択ダと 信じてルからだ」


 俺の言葉に、ニクスはわなないて唇を震わせた。


「……フィリス様は まだ生きてルんだろう? なのに酷いことシタって 言いふらしたら可哀想ダ それにオルフィス様も! 彼は正しい事ヲしたのに 裏切られテ殺されタなんて……そんな惨いコトを、ウ、ウぅ」

「お前ハ強くて優しイ とても仲間想イだ そうしてコボルトの皆もまたソウだと 俺は信じてル……ニクス、一人で背負うナ 神は我らニ平等な知性を与えタ だから正直ニ話せば 皆も俺たちの話す言葉ヲ ちゃんと自分ノ頭デ考えタ上で 正しく受け止めてクレるさ」


 俺の言葉を、ニクスは鼻をずびずびと鳴らしながらも真摯に聞いている。そうして不意に鼻元に差し出された布で鼻を噛んだ後、それがイチロの首元に巻いた布だと知りひどく慌てていた。


「ゴ、ゴメン! イチロ!」

「……他人の服で鼻をかむのハ悪いコトだ 今お前ハ、これが俺の服ダト気付けたカラ 反省『出来た』んだロ? これで、次からはキット気をつけラレる筈だ」

「……!」

「マア、万が一コボルトの皆ガフィリス様の所業に怒り狂っテ 彼を害そうとスルなら その時ハ俺たちがフィリス様の身を守れば良イ ニクス、ロクス 俺ハお前タチの判断に従い付いてイク……皆ガ力を合わせれバ そのサブロとフィリス様が言ってタ 幸福ナ未来とやらにもキット近付けるさ」


 俺とイチロの言葉に、ニクスはやがて自身の目をごしごしと服の袖でぬぐい、口を開いた。


「分かっタ 俺も皆のコト信じる 嘘吐かなイ ……どんなニ辛くて悲しくテモ これが俺タチの積み上げてキタものナンだ どんなコトになってモ 目を逸らさズ 受け止める」





 懐かしいノースフィールの城に着いた後。まだ空も暗い中、俺達はすぐさま城の皆を呼び集め、そうして今回のことを包み隠さず説明した。


 国王ジニアスを最後に聖痕所持者は皆死に、俺たちの知性を勝ち取る為の『聖戦』が終わったこと。その過程でフィリス様に命じられ、俺達が騎士らに非道な仕打ちをしたこと。そうしてその罪を帳消しにすべく、フィリス様は自身ごと人間の知性を奪うよう神に祈り……ノースフィールの領主らを虐殺したことを。


 オルフィス様、そうしてニクスの指示により発見されたパウロル様らの遺体は、現在サブロの遺体と同じ場所に安置している。彼らの死という事実にすら、取り乱し涙を零していたコボルト達は、その死の真相にひどく衝撃を受けた。


「ウ、嘘だ フィリス様が ドウシてそんなコトを……」

「多分、俺達が人間に知性戻すよウ 神様に祈るのヲ防ぐ為ダ 俺達は騎士達殺しテ 人間の恨み買っタ 中にはマダ生き残ってる騎士達も居る 彼らとの争いガ再び起きるコトのないよう フィリス様ハ 俺たちガ人間元に戻そうとスル『理由』ヲ潰シタんだ」

「ソ、ソンナの いくら何でモ 人間が可哀想ダ」

「……俺達モそう思う ダカラ、フィリス様が奪ってしまっタ人間達の知性を 少しずつ元に戻す方法 皆で一緒ニ探そウ! フィオナ姫のようニ 魔物になれバ知性が消えない事例もアル 今いる人間ヲ 可能な範囲デ保護スルんだ 俺たちもメレノアと一人の娘 そうしてフィリス様 連れて帰ってきタ」


 俺の提案に、皆は困惑を示しつつも、徐々に賛同の声が方々から上がる。


「ソウダ 人間ニ知性を戻しテやろう」

「フィリス様は悪いコトした デモ俺たちだって悪いコトしたンだ だから今、人間達の為ニ出来るコトするべきダ」

「フィリス様元に戻ス! そしたら皆でフィリス様怒っテ その後仲直りスルんだ!」


 大切な者達の死に打ちひしがれてたコボルト達にも、徐々に活気が戻ってきた。

 俺は思わずほっと息を吐き、隣にいるイチロとニクスも安堵の表情を浮かべる。

 

 皆話せば分かってくれると、そう信じて良かった。

 

 俺たちは『聖戦』を通じて悪意と憎悪、そうして己達の愚かさを知り、同時に世界がその善悪で二分出来るほど単純なものではないことを知った。それは、知性を持つ俺たちがこれから向き合っていかなければならない世界だ。


 だから善きものも悪しきものも、全てを取り零すことなく掬い上げ、最善の道を模索する。人間全ての知性を戻すというのは難しくても、少しずつ歩み寄り、自分達の犯した過ちを正していくことは出来るはずだ。


「いやぁ〜〜君たちコボルトは本当に真っ直ぐで、心根が美しい。見ていて気持ちが良いよ。私も応援のしがいがあるというものだ」

「ウォルフ 俺たちモウ仲間ダ 他人事みたいナ言い方 スルのよく無い」

「おや、それは光栄だねニクス。私は神の使いだが、それ以前に君たちの良き友人、仲間だ。共に協力し合い、明るく平和な未来を築いていこうではないか。うん……ちなみにコボルト達の後ろに立って、鬼の形相でこちらを睨み据えてる女性。あれはフィオナ姫だね? まあ人間達が知性を失っている中、いかにも人間の姿をした私だけピンピンしてたらそりゃ疑うなという方が無理な話だよな〜〜ハハハ……君達、もし私が姫君に捕まりそうになったら助けてくれ。我らは一連托生の仲間だ。頼むよ本当に」


 

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