75.ロクスの算段
「フィリス様、貴方ガ『聖戦』ヲ起こしたのハ 妹のフィオナ姫ヲ 五体満足で甦らせルため そうして人間カラ知性奪うのモ 妹が幸せニ過ごせる世界ヲ作る為だ 貴方ハ俺たちガ その世界ノ担い手となるカラこそ これまで俺たち魔物ニ心を尽くして接してキタ」
ロクスの言葉に驚くと同時、俺は頭の片隅でその事実をすんなりと受け止め、納得した。点と点が、線となり繋がっていく。
フィリス様はずっと、城の広間に『姫様』を匿っていた。とても大切な人なのだと俺達に言いふくめ、ナフィアに世話をさせ……俺はつい最近、幾度も広間を訪れたから知っている。
手足のない人間の女の体。彼女の下にびっしりと描かれた魔術の陣。そうして生きながらに蒼白く変容した肌。
ナフィアにそれとなく聞いた際、彼女は『夜鬼王』の名を口にしていた。夜鬼グールの王には知性があり、その長い寿命から後天的に夜鬼王となる魔術師も、過去には居たのだそうだ。
フィリス様は、妹の身を夜鬼王に変じさせようとしている。自らが知性を奪おうとしている『人間』達と、別の生き物に変える為に。
「貴方ハ今までずっと ソしてこれからも俺達ヲ利用するつもりダ デモ俺は、もうソレでも良いと思ってル だってフィリス様ハ俺たちのコトが大好きダ それでモ妹の為二 俺たちを利用シテ 人間達ト戦わせた ……その冷たさモ優しさモ本物だかラこそ フィリス様はずっと、悩み苦しんでいたハズ だからもう良いんダ」
「何ガ良いと言うんダ? ロクス フィリス様の妹救うタメ 戦ったのハまだ良い 俺たちはフィリス様に恩がアル 与えらえた恩は返すべきだからダ でも……罪の無いオルフィス様やパウロル様を殺してマデ 人間の知性奪うノハ違う」
俺の言葉に、ロクスはしばし沈黙した後、言葉を紡ぐ。
「……フィリス様 一つだけ教えてクダサイ オルフィス様達は モウ今この世ニは居ないのデスね」
「ああ。予めお前に話した通り、パウロル達は先ほどノースフィールに赴き始末した。オルフィスもイチロと共に此処に来たのを……俺がたった先ほど、首を刎ねて殺した。今ここに骸も転がっている」
フィリス様の淡々とした言葉に、残酷な現実が再び俺の頭と背にのしかかってくる。
ロクスは一つ大きく息を吐いた後、俺へと告げた。
「イチロはさっき 罪の無い人間ヲ殺してマデと、そう言っタ ……ナア、イチロ 俺たちはもっと早クそのコトに気付くべきダッたんだ 『聖戦』に参加シタ俺達ハ 罪も何も関係無ク 『騎士』というダケで 多くの人間ヲ情け容赦なく殺しタ」
「……ソレ、は」
「神ハ俺たちへの試練とシテ『聖戦』命じタ ダカラ人間殺す前ニ 本当はモットよく考えるべきだっんダ フィリス様ヲ盲信するのデなく 自分たちの頭でちゃんト考えて……俺たちは最初カラ道を間違えタ これカラ先 この間違いのせいでズット罪の無い命ヲ巻き込んで 人間達ト殺し合ウことになるダロウ ソウなっても仕方ないコトを 決して拭えない罪を俺たちは犯しタ」
俺は薄々と、ロクスの言いたいことを察し始めてきた。
だがそれは……いくら何でも。そんなのはあんまりじゃないか。
「フィリス様の妹ト 俺たちコボルトの為ニ フィリス様ごと人間を切り捨てろというつもりカ」
「少なくともソレがフィリス様とメレノアの望みダ そうして俺たちの……家族ヤ仲間、フィオナ姫が 幸せニ暮らせる国作る為ニ 一番にするべきコトだ イチロだって本当ハ分かっているんだろウ?」
ああロクス……どうしてそんな事を言うんだ。確かに俺がフィリス様だったなら、きっと同じ選択をする。だって俺の命と尊厳にさしたる価値は無いからだ。
例え自身が死のうと、罪の無いオルフィス様達を手にかける事になろうとも、それで多くの守るべき者達の絶対的安全が保障されるなら、俺は一人でに罪を背負うことを選ぶだろう。でも、だからこそ。
「ダメだ フィリス様ハ絶対ニ、連れて帰ル 一緒ニあのノーラントの城に帰るンダ」
彼を今ここで切り捨てる選択肢を、俺は選びたくないと思った。
こんなどうしようもない俺を立ち上がらせ、今まで支えてくれたかけがえのない仲間達……そうして、フィリス様の為に。
「……フィリス様 俺がイチロを説得しまス 俺は貴方から必要なコトを一通り聞いタし 貴方の計画に賛同すル もう、フィリス様はやるべきコトを終えた筈だ ダカラここは俺に任せて 全てを終わらせてくださイ」
ロクスの言葉に、フィリス様は「そうだな」と一言呟いて踵を返す。
「……もう結界を張り直す余力もない。メレノア」
「っ、は、はい」
「ロクスもこう言っている以上、お前を無理に殺す理由はなくなった。こちらの邪魔さえしなければ、後は好きにすると良い」
そう言って、フィリス様は血塗れの姿のまま場を後にした。
……その姿が見えなくなると同時、俺の両手から力が抜け、剣が床の血溜まりへと落ちる。
「ウ、ああ」
顔を手で覆って呻いた。どうして、早く止めなければ城で待ってるニクスが悲しむ。ナフィアも、ヨンカやゴロス達も。フィリス様が帰ってくると信じて待っている皆が。
「……俺の鎖 外して欲しイ」
「っああ、分かった」
「ロクス……どうシテ。どうして、こんな事に……俺ハ……オ、オルフィス様ガ」
「イチロ お前は酷く疲れてイル 今ハ何も考えるナ」
鎖が外れた後、ロクスは部屋から出てオルフィス様の亡骸を目の当たりににする。小さく息を飲んだ後、彼は微かに震える声で言葉を紡いだ。
「メレノア 済まないガ手伝って欲しい 全てが終わったラ、オルフィス様もノースフィールに連れて帰らなケレバ 防腐布に包んで棺ニ……」
「ロクス、どうしてお前ハ そんなニ冷静でいられるんダ」
「俺ノ取り柄は この位しかナイからな」
そうロクスは自嘲の笑みを浮かべながら、言葉を紡ぐ。
「とにかく今は休んデくれ 落ち着いたら改めテ話を」
「今更、何ノ話を」
つい投げやりに口から出た言葉に、ロクスはふとこちらに顔を寄せた後、俺の耳元で密やかに囁いた。
「……フィリス様を ノースフィールに連れて帰ル算段の話ダ フィオナ姫の例ガある 知性ガ無くなっタ後も 生きた状態デ連れ帰りさえスレバ 必ずフィリス様ヲ戻す方法はアル筈 だから、どうか俺に力を貸しテくれ」




