72.確信
ウォルフの話を聞いた後、俺は竜へと変身した彼の背に乗って空を飛び、オルフィス様の元へと向かう。
……しばらくして、眼下に馬で移動する数人の領主達の集団を発見する。ウォルフはこちらの指示に応え、彼らの進路に立ち塞がるよう地面へと降り立った。
「な、なんだ!? あの時のドラゴンがなぜ此処に……」
「オルフィス様!」
「どうしたのだイチロ。それにドラゴン殿も」
「至急 オルフィス様とパウロル様に お伝えしタイことガ 離れた場所デ 話ヲさせて下サイ」
「……そんな、馬鹿な事が」
俺がウォルフから聞いた話をかいつまみ伝えた後、パウロル様は強く拳を握り俯いた。
オルフィス様はしばらく無言を貫いた後、静かに口を開く。
「今の話に、嘘偽りはないか? ドラゴン……いや、ウォルフ殿」
「アア このまま王都に向かえバ、君達は全員フィリスに殺されル。そうしてその後は」
「……そうか。だがそうであろうと、私だけは彼の元に赴かねばならんだろう」
「オルフィス様……!」
「全ては、甥御たるフィリスに信を置いた私に責がある。老いた身一つでどうにかなるとは思えぬが、何とか説得を試みよう」
「いけません! 彼を信じた責任は俺たちノースフィールの領主全員にある。だから、せめて私一人だけでもお供させて下さい」
「ならん。お主はここに残り、他の領主達をこの地に留めるのだ……いざという事もある、どうか彼らに自身の家族と共に過ごすよう伝えてくれ」
そう告げるオルフィス様に、パウロルはぐっと息を詰まらせた後、片手で顔を覆う。
「……俺は、父を亡くしてからずっと天涯孤独の身だ。だから貴方を父同然に慕い、そうして今はあのノーラントの城の、俺が教えてきた魔物達を家族の様に思ってる。ああ、これはあんまりな仕打ちじゃないか……フィリス王子……」
パウロル様の悲痛な声色に、俺の胸もまたひどく締め付けられた。
「俺は今からウォルフに乗って フィリス様止めに行ク どうか待ってテ欲しい。オルフィス様モ パウロル様モ 俺たちの仲間で家族ダ ダカラ絶対止めてみせル」
「まあ私ハ、君達人間と家族トカ まっぴらゴメンだケドね」
「静かにしてロ ウォルフ」
「ハイハイ 今のハ私が悪かったヨ」
「……パウロル。先程も言ったが、お主はこの地に残れ。私はイチロ達と共に行く。ウォルフ殿、どうか私を貴方の背に乗せては頂けないでしょうか」
「エぇ〜〜」
「オルフィス様! それなら俺も……」
「ア、パウロルくん 少なくとも君ヲ、私の背に乗せる気はないカラ 行くなら一人デ行きたまエ」
その言葉を受け、パウロル様の表情に一瞬怒りの色が滲むが、辛うじて言葉を飲み込んだ後に口を開く。
「分かりました……オルフィス様、イチロ。どうか気を付けて」
「オイオイ、こっちハまだ了承してナイのに オルフィスを乗せる前提デ 話をするンじゃない」
「ウォルフ殿、必要とあらば貴方が望む内容で『誓約』の儀を交わしましょう。貴方が我らを信用していない事は承知の上。せめて命を担保にした誓約をもって、こちらの誠意を示させて頂きたい」
そう言ってオルフィス様は懐から短剣を取り出し、自らの手のひらを傷付ける。
『誓約』の魔術は、正式な手順を踏む事で魔術的な拘束力を持つようになる。その中でも最上位の誓約として、対象の命を賭けるものがあるのだと、かつてペトロス様から聞いたことがあった。
「……ウォルフ」
「何だい イチロ」
「今まで散々邪険ニしておいて 都合が良すぎるト 自分でも分かってル だが、どうか頼ム オルフィス様ヲ 俺と一緒に王都ニ連れて行って欲しイ」
「……君がそこまで言うナラ良いカ 乗りなよ、オルフィス ただもし妙な真似ヲしたら、スグ空から放り出ス そのつもりデいてくれヨ」
ドラゴンによる飛行は、身軽なハーピーと変わらぬ移動速度を誇る。俺とオルフィス様はノースフィールを越え、幾度か地上で休憩を挟みつつ、陸路より遥かに短い日数で王都付近へと辿り着いた。
「一旦、この近くデ降りる 後は陸路で向かってクレ 私がこの姿デ王都に近づいたラ フィリスに討伐されテしまうかモしれないカラね 姿を変えテ、外で待っているトしよう」
そう茶化した様に言って、ウォルフは森の付近で俺たちを降ろした後、人間に似た姿へと戻る。
銀髪に黒い肌を持つウォルフの姿を目の当たりに、オルフィス様は驚愕に大きく目を見開き、震える声で言葉を紡いだ。
「その姿と魔力量、もしや女神エーティエルと……」
「はぁ……だから君たち魔術師と関わるのは嫌だったんだ。再三言うが、妙な気は起こすなよ。私は神でなく、あくまで神の使者に過ぎない。私の肉を食らった所でなんのご利益もないから、そのつもりでいるように」
そう言いながら、ウォルフは長身の肉体を心なし縮こめ、俺の後ろに隠れた。
……何だか分からないが、先程の俺はそうとうな無茶をウォルフに言ってしまったのかもしれない。やや彼に対し申し訳ない気持ちを抱きつつ、俺はオルフィス様に向けて語りかける。
「オルフィス様 俺は以前 フィリス様がウェスティンで盗んだ『姿惑わしの首飾り』ヲ持ってる 透明ニハなれないガ 何かに使えるカモ」
「……それは、お主が持って使うと良いだろう。だがもし私とフィリスの交渉が決裂した場合、実力行使も視野に入る。その際は首飾りの変装を解いてくれ」
「何故ですカ」
「お主達コボルト相手であれば、フィリスも手加減を加えるやもしれん……イチロ、空から見た王都の外の景色を、お主も目の当たりにしただろう」
「……」
「うず高く積まれた死体の山。屍肉を食らうハーピー達の大群。フィリス王子はいまや復讐の鬼に堕ちた。これから先、例え何が起きようと、どうか気を強く持ってくれ」
「……ハイ」
分かっている。あの時、ウォルフの口からフィリス様の真意を聞いた時、まさしく背筋が凍るかのような感覚を俺はおぼえた。それと同時に、確かに思ってしまったのだ。
俺がフィリス様と全く同じ立場なら、きっと同じ選択をする。だからウォルフの話す内容を俺は信じたのだ。しかし共に彼の話を聞いていたニクスは違った。
『フィリス様ガ そんな酷いコトする筈ない……オルフィス様モ パウロル様も大事な仲間ナノに ソレに……ああ、何でそんな惨い嘘ヲ吐くんダ? ウォルフ……?』
あの時のニクスの、絶望に打ちひしがれた表情と声色が未だ脳裏に焼き付いて離れない。
ニクスにはあの後「真相を確かめる」と言い残し、俺はウォルフと二人で行動を共にし今に至る。
……ああ、上空にいた時でさえ尚立ち昇るような、フィリス様と皆の歩んだ道のりに漂うおびただしい死臭。俺はとうに胸の内で、ウォルフから聞いた話の真偽をもはや疑念から確信へと塗り変えていた。
フィリス様は男神アストゥラルに働きかけ、自身を含めた全ての『人間』の『知性』を奪おうとしている。
それは俺たち魔物が『聖戦』にて、人間達との間に残した拭いきれぬ悔恨を洗い流すため。そうしてそれ故に、オルフィス様らの命を狙うのだろう。俺たちが万が一にも、彼ら人間に『知性』を戻すような試みをする事が無いよう。悍ましい憎しみと復讐の連鎖を、二度と繰り返すことがない様にと……。




