71.誠実
やあどうも、皆大好きアストゥラル神だよ。
私は今、ノーラントの城にて今しがた帰って来たニクスとヨンカ、ゴロス達の出迎えをしている所だ。ドラゴンに変身した姿で。
ちょっと驚かせてやろうと、ほんの悪戯心での行動だった。でもニクスとヨンカはすぐさま殺気を放ちながら武器を構え、あの温厚なゴロスですら肉切り用の短剣をへっぴり腰で構え、震えながらもこちらを睨みつけてきた。おいおい待ってくれほんの軽い冗談じゃないか? ほらこっちも翼を畳んだから、早くその物騒なものを仕舞って……。
「なんの騒ぎダ ウォルフ……ッ、お、お前たチ」
「イチロ! ああ、良かっタ オルフィス様から聞いたケド 本当にここへ帰って来てたのネ!」
「イ、イチロ……ウォオーーンッ!」
いの一番に、ニクスが武器を投げ捨てイチロに飛びつきしがみ付く。それをギョッとしながら受け止めつつ、イチロは辺りの状況を見回した後ヨンカに問いかけた。
「……『聖戦』ハ、どうなっタ 終わったノカ」
「分からなイわ でもフィリス様ガ、ジニアス王を倒すト言って 私たちヲ先に帰したノ」
「ああ、ナルホド サブロとロクスは フィリス様の側に着いてテるカラ、ココに居ないのか」
イチロの言葉に、ヨンカ達はしばし沈黙した後、彼にしがみついていたニクスがぽつりと言葉を零す。
「ロクスは フィリス様と残ったケド サブロは……ドルガノとの戦いデ死んで 俺たち一緒に連れて帰ってキタ」
ドルガノの単語にイチロは肩を震わせた後、ただ静かに「ソウカ」と呟いた。
「……皆、長旅で疲れタだろう 今支度ヲするから ゆっくり休んでクレ」
コボルト達のしんみりとしたやり取りを見守りつつ、私はひとまずそこらの地面に丸まり存在感を消す。空気の読める神だからね、私は。いや今は神でなく『神使ウォルフ』を名乗ってるのだったか。
「ウォルフさん! こちらにいらしたのですね」
おっ、この声はナフィアだな。後ろにいるのはロクスの妹ロッカだ。おそらくフィオナ姫に関することだろうと、私は竜の姿から転身し人の姿に戻る。
「アッ ウォルフ竜になるのやめちゃっタ? 折角背中に乗せて貰おうト思ってたのニ ツマンない」
「ハハ、それはまたの機会に……ナフィア、姫様のことで何かあったのかい?」
「はい、実は先ほど様子を見た際に、姫様の肌色が変わっていて……」
視界の端に、ヨンカとニクス、ゴロスが呆気に取られてる姿が映り込む。まあオルフィス達にも竜に変身した姿しか見せていないし、初見の反応としては当然のものだろう。
「イ、イチロ……なんなのアレ?」
「アレは神の使いヲ名乗ってル ウォルフとかいう怪しいヤツだ ナフィア助けてクレたから 今ハ城に置いてル」
端的な説明ありがとうイチロくん。そうかぁ、まだ怪しいかぁ。魔術のことに関して積極的にアドバイスしたり、コボルトの子供達と遊んだりして、自分では魔物達の中に馴染めて来た気もしてたけど。
「ところで君達、オルフィスらに王都へ向かうよう伝えたかい?」
「……!? な、ナンでその事を知っテ」
「ウォルフは フィリス様と距離が離れていテも 意思疎通が出来ルらしい ……しかし話半分ニ聞いてタガ 本当ニ当たってイルとは」
「心外だなぁ。神の使いである私が、君達に嘘を吐くわけないだろう」
まあ、敢えて伝えてないことも沢山あるけど。イチロの言葉に、ヨンカは疑わしげに顔をしかめ、ゴロスは困惑した表情を浮かべていた。そうして。
「ウォ、ウォルフは フィリス様とオ話出来るのカ?」
「ああ、そうだともニクス」
「じゃあ俺たちガ無事 ノースフィールに着いたコト 報告して欲しイ フィリス様やロクス達ノことモ 知りたい」
そう言ってニクスは、ジッとこちらの目を見て強請るような顔をする。
やはり子供というのは純粋な生き物だ。成人した者達に比べ、彼らは疑うより己の直感を信じ従う。それは美点でもあり欠点でもあるが……今この場においては望ましいものなのだろう。
私は自らの顔に、なるだけ親愛を込めた笑みを作り口を開いた。
「ああ、このアストゥ……いや、ウォルフ様に任せておきたまえ!」
「コイツ、たまに変ナ言い間違いをスルんだよナ」
「怪しいワネ」
「マ、マァ様子ヲ見よう ヨンカ 悪いヒトには見えなさソウだし」
「聞こえてるかい? フィリス」
「ええ、アストゥラル神」
城の広間から、私は王都にいるフィリスの元へと意識を飛ばす。
「今こちらにニクス達が到着し、次いでオルフィス達が王都に向かったよ」
「ありがとうございます。フィオナの様子はどうでしょう」
「今診たばかりだけど、経過は順調そうだね。あと数日もすれば『完成』するだろう」
「そうですか」
「じゃ、次はこっちの番かな。そちらの状況は……」
フィリスの言葉を聞く前、さらった思考から導き出される状況を把握し、私は思わず彼の脳内で大声を上げる。
「ロクスを監禁!? ちょ……何してんの君!?」
「……こちらの計画に勘付かれると困るので、大人しくして貰っています。何か問題が」
「大アリだよ! 今ニクスに、君とロクス達の様子を聞くよう頼まれてるんだって。ああ、一体なんと伝えれば」
「適当に誤魔化せば良いでしょう」
「ロクスが戻って来たらバレるかもしれないのに、適当な嘘なんか吐けるか! いいかいフィリス? 君と違って、私は彼らに対して不誠実な言動は取れないんだよ。ただでさえイチロやヨンカから警戒されて……おい何を笑ってるんだ! コラ!」
フィリスは顔を俯かせ、心の中でも表向きでも笑っていた。コ、コイツ……一体誰の不始末のせいで、私がここまで苦労してると思って。
「だいたい君は、適当な嘘を吐きすぎなんだよ! 『彼らに戦争を命じたのはアストゥラル神』『知性を取り上げる』だなんて嘘を周りに吹き込んだせいで、私はコボルト達に自らの正体を明かせなくなった!」
「フ、フフ。賢明な判断ですね。俺が貴方の立場でも、決して神と名乗ることはなかったでしょう。これから起こす事を考えれば尚更そうだ」
どの口がそれを……ああ、やめだ。怒っていても仕方ない。
「一体どうする気だい、フィリス。私がロクスの近況を皆に伝えれば、面倒なことになると思うが」
「簡単なことです、アストゥラル神。貴方は俺に『ロクスの奴は元気にしている』と嘘の情報を吹き込まれたことにすれば良い」
「……」
「貴方は、遠隔での意思疎通ができる事をコボルト達に公表しているが、俺の心を読み嘘を見通すことまでは話していないはず。万が一ロクスの事がバレた時も、貴方は俺に騙された被害者として振る舞えば良い」
「フィリス……君という人間は、本当に悪知恵が働くな」
「お褒めに預かり光栄です」
「褒めてない、貶してるんだよ。私の授けた知性を悪用する君の悪辣な人間性をね。はぁ、やはりヒトというのはロクでもない」
「俺も全く同じ考えです。だからこそ貴方は俺の計画に賛同し、協力してくださるのでしょう」
「……! ウォルフ、目覚ましタ! フィリス様は何て言ってタ? ロクスとメレノア、元気にしてるっテ?」
カーテンで閉め切られた広間の片隅、私の側にはニクスが控えていて、こちらの言葉を今かと待ち望んでいた。その後ろにはイチロの姿も見える。
「ああ……フィリスはジニアスを捕え、王都を占領した。しばらくはメレノア達と共にそちらに留まるそうだ」
「……! というコトは『聖戦』終わっタのか!?」
「いや、ジニアスがまだ生きてる。フィリスは、オルフィス達が王都に辿り着いてから決着を付けるそうだ」
「ジニアスをすぐに殺さナイのか? アイツ生きてる限り、リラミスの聖痕を持つ騎士達がジニアスを奪還しに来るハズ。早く処刑した方が……」
「イチロ、それはだね」
咄嗟に言い繕おうとした口を、私は閉じる。
……フィリスが遥か前から思い描いてた計画。それは過去の、そうして今の私にとっても都合の良いものだ。何より目の前のコボルト達の未来の為、必ずしや達成されなければならないものである。しかし。
「……これから私が話すことを、信じるか信じないかは君達次第だ」
「?」
全てを知っている私でさえ、考える度に憂鬱な気分になる『決定事項』。
ましてや何も知らぬまま、取り返しのつかない段階になって全てを知るコボルト達やナフィアの心境を考えたら、やはり黙ってはいられなかった。
例え齎される『結果』が同じであろうと、心ある生き物は『過程』というものを甚く大切にする。知識も、信頼も、愛着も。全ては積み上げて築くものだからだ。これからフィリスが成そうとしている事は、その積み上げて来たものの全てを一方的に突き崩す行為に他ならない。
『知』らなければ、選ぶことも出来ないのだ。
だから私は、彼らに自らの知る真実を打ち明ける。それが我々フィリスと自身の野望に付き合わされた、彼らに示せるせめてもの誠実さになるのだろうから。




