70.目論見
「メレノア」
後ろから声をかけると、彼女は金茶の瞳をこちらに向けた後、隣に掛けるよう視線で促す。俺はメレノアの座る長椅子に腰掛け、持ってきた手土産をいくつか机に広げる。
「コレ、屋敷に戻る途中デ人に貰ったお菓子 メレノアにも分けヨウと思って……」
「捨てろ」
「エッ」
「毒が入ってる可能性もある。フィリス王子は人民を味方につけジニアス王と騎士団らを討ったが、まだ何処に反乱分子が潜んでいるかも分からん。他人から貰った物を不用意に口にするな」
「……俺、一個食べちゃっタ」
「……」
メレノアは何とも言えない視線をこちらに向けた後、ぽつりと言葉を紡いだ。
「左手の具合はどうだ」
「アア、少し麻痺残ったケド ゆっくりナラ動かせル 心配してくれテ ありがとう」
そう言って、メレノアの前でややぎこちなくも左手の指を動かす。
ドルガノ軍との戦いで剣が貫通する大怪我を負ったものの、今は何とか傷口も塞がり回復している。フィリス様が施した魔術のおかげだろうか。むしろ心なし、以前より体の調子が良いように感じる。
「そうか、それは良かった」
「……メレノアこそドウだ?」
「何がだ」
「前に『俺達と共に戦う理由が出来た』と言ってタ 目的はモウ果たせたノカ?」
俺の言葉に、メレノアは軽く目を見開いた後、フッと微笑む。
「いや……私とフィリス王子の目的は同じ。それが果たされるのは、これから先のことだ」
「フィリス様?」
「彼の目的は、妹のフィオナ姫の肉体を復活させること。神との契約で地上から聖痕が失われれば、フィリス王子がそうであったよう彼女の失われた部位も蘇るそうだ。今はまだジニアス王が辛うじて生きているから……」
「フィオナ姫? 蘇る? 一体、何の話ダ?」
俺の疑問に、一拍置いてメレノアの顔から文字通り血の気が引く。
ああ。きっと彼女は、フィリス様が俺達に秘匿していた情報を漏らしたことに今気付いたのだ。
「ロクス。今私が言ったことは忘れろ」
「それはデキない これからフィリス様に問いただス デモ……モシそうされるト メレノアが困るならシナイ」
「……」
「メレノアは俺の仲間ヲ 何度も助けテくれた 一緒ニ戦ってくれタ だから俺はメレノアのことも仲間ダト思ってル 困ることはしたくナイ」
メレノアは俺の言葉に金茶色の目を見開き、微かに歪な笑いを口元に浮かべた。その唇から息を吐いた後、言葉を紡ぐ。
「ハハ、そうか……ダメだな私は。結局はどこまでいっても、己の私欲と保身しか考えられていない。彼女に会う資格など……」
「メレノア?」
「……私を仲間だと言ってくれてありがとう、ロクス。先ほどの言葉は取り消すよ。フィリス様はお前たちに隠し事をしていたのだろう? 腹を割って話すと良い」
「本当に良いのカ?」
「ああ。私はフィオナ姫が救われさえすれば、それで良いんだ」
そう言って彼女は目を伏せ、俺が持ってきた菓子を手に取る。
「これを、一つ貰っても良いか?」
「ああ、ウン。メレノアと一緒に食べようト思って、持って来たカラ……」
「ふふ、それはまた別の機会にしよう。菓子は私が用意する。その時はフィリス様も誘って、皆で茶でも飲むとするか」
メレノアは焼き菓子を口に運び、そう悪戯げに笑ってこちらを見た。
フィリス様とメレノアは、母親の違う兄妹だとそう彼女は以前語っていた。つまりフィオナ様は彼らの妹で……そうしてノーラント山の城にて、ナフィアが世話をしている『姫君』の正体にほぼ間違いないだろう。
俺はフィオナ姫のことも、そうしてフィリス様のことも未だ良く知らない。本来なら戦いの前に知るべきことだったのかもしれないが、最早今悔いても仕方がない。
『聖戦』が終わった後も、俺たちのすべき事はまだ山のように積まれている。だから少しでも知る必要があるだろう。俺たちが今まで信じ、此処までついてきた王の真実について。
「フィリス様は 妹のフィオナ姫を蘇らセル為に『聖戦』を起こし 俺たちヲ導いたのですカ?」
「……それだけではないが、概ねその通りだ。ロクス」
聖都ラミシスにて、フィリス様や俺たちが留まっている王家の別邸。そこの執務室にて、俺は先ほどメレノアから聞いた内容を彼に問うていた。
「……フィリス様は 俺たちのコトが好キ」
「ん? あぁ、そうだな」
「フィリス様が、俺たちの為に国作ろうとしてるノは信じてる 昔はドウだったか分からないケド 大事なのは今ダ だからフィリス様にどんな目的ガあっても 俺は受け入れル 目指している先は同じダト 信じてるカラ」
「……」
「……本当のコトを 全て教えてくださイ フィリス王よ 今貴方が何を目指し 何を為そうとシテいるのカ オルフィス様たちヲ王都に呼ぶト 貴方は言ってイタ でもそれは王都ノ防衛ヲさせる為じゃない 別の目的ガある筈だ」
フィリス様はしばし無言になった後、静かに口を開いた。
「ロクス。お前一人にだけは、いずれ全てを打ち明けるつもりだ。だがそのタイミングは今じゃない」
「俺一人にダケ? それは一体どういウことですか? 何の理由ガあってそんな」
「全てが終わった後、お前に頼みたいことが山ほどあるからだ」
「待ってくだサイ 全てトいうのは何のコトです? それにドウシテ俺を……」
「お前は六人のコボルト達の中で最も視野が広く、物事を柔軟に対処する力がある。俺なんかよりよほど、彼らの上に立つ『王』の器を持っているからだ。ロクス、俺の次に魔物達の王となるのはお前だ。時期が来れば、ロクスには必要な事を全て話す……だから皆をノースフィールに返す際、お前だけは俺の元に残したんだ」
フィリス様の言葉に、思わず俺の頭の中が真っ白になる。一体、何を言ってるんだ。次の王? それに、その言い方はまるで……。
「……フィリス様 その時期というのハ もうすぐ訪れるモノなのですカ? 俺がノースフィールに帰ル前 フィリス様は『王』の役目ヲ 俺に譲り渡ス そうせざるを得なイことガ これから起こると」
「お前はやはり聡いな、ロクス。少し話しすぎてしまったか…… 仕方ない。これからお前を、この屋敷の奥に監禁する。あまり動き回られると、今後の事に支障が出るかもしれないからな。安心しろ、俺やメレノアも定期的に様子を見に行く。全てが終わったら、ちゃんと出してやるからな」




