69.戦後
チェティリ要塞からノースフィールまでの道中。俺たちは捕縛した生き残りの騎士達を連れ、帰路へと着いていた。
騎士らの武装は解除している。その身柄はトゥーリの街に預け、後は俺たちだけで移動する手筈だ。
俺もヨンカもゴロスも、ドルガノとの戦いにて生き延びた敵の騎士達を、殺さずに生かす判断をした。俺たちは今までに何百人もの騎士達を皆殺しにしたが、もうその必要はないとフィリス様が宣言したからだ。しかし同時に……彼は俺たちにこう告げもした。
「お前達が第一に優先すべきは仲間のコボルトらの命だ。だからもし、物資が不足したり仲間に危険が及ぶことがあったなら、すぐさま彼らを切り捨てろ。俺はお前達がどんな決断をしようと咎めないが……これ以上、大切な仲間を失うのは堪え難い」
……そのフィリス様の言葉を胸に刻み、俺はコボルト達を指揮して捕虜への警戒を怠らぬよう伝える。未だ万全の調子でないヨンカは捕虜の列から離れ、それと対照的にゴロスは騎士達に関わり、食事や怪我の世話をしていた。
「コレ食ってミロ フィリス様ガ持ってキタ肉 美味いぞ」
移動の合間の休憩時間、ゴロスがそう言って負傷した騎士に肉を振る舞おうと、近付いた時だった。
……付近にいた騎士の一人が縄を抜け、肉を切り分けるべく所持していたゴロスの短剣を奪い取り、彼の腹部にその切先を突き刺したのだ。
「ゴロス!!」
幸いにも、俺の指示を受けていたコボルト兵達がすぐさま脱走した騎士を捕らえた。俺は慌ててゴロスの怪我を診て、思ったよりは傷が浅い事に内心ホッとしつつ、治癒魔術を使える兵を呼ぶ。
「へへっ 俺の脂肪ハ 鎧代わりにもナル 中々良いもんダロ? ニクス」
「冗談言ってル場合ジャナイ! とりあえず止血はシタ 後は喋らず安静ニ……」
「化け物共め」
コボルト兵達が取り押さえた騎士の言葉に、俺はゆっくりと振り向いて声の方を見る。
その騎士は、強い憎しみの色を帯びた目でこちらの姿を見上げていた。
「俺たちの仲間を……ドルガノ様を情け容赦なく殺したクセに、よくも善良なフリをして馴れ合いが出来るものだ。互いに殺し合った仲の俺達にもヘラヘラ笑いかけて……今更偽善者ぶるつもりか? 心底気味が悪い」
この時、俺は気付いた。憎しみの感情を俺たちに向けているのはコイツだけじゃない。その背後、未だ縄に縛られた丸腰の騎士達全員が、みな同じ様な目でこちらを見ていることを。
……ああ。俺たちだってサブロを、仲間を何人も亡くしたから分かる。憎いし、許せないよな。何なら今だって、危うくゴロスを殺しかけたお前たちの頭を漏れなく撃ち抜いて、心臓を滅多刺しにしてやりたい。今までお前たち騎士が俺の仲間にそうしてきたよう、そうして俺たちもまた、同じく手を汚してきたように。
俺の手が、剣の柄にかかる。しかしそれを鞘から引き抜くのを留めたのは、刺された本人であるゴロスの大きく温かな手であった。
「駄目だニクス 悪いのは、警戒シロって言ったニクスの言葉を守らなかっタ俺ダ ……俺はニクス達と違って 前線出なかっタ 俺たちヲ心底憎む人間達ノ気持ち 理解出来てなかっタ」
「ゴロス……」
「貴方達ニンゲン 運ガ良かっタわね もしココに居るのがサブロだっタラ その舌が回るヨリ前に、首が落ちテいたわよ」
背後から、幾分元気の戻った雌の成年コボルトの声が聞こえる。
「ヨンカ! ドウしてココに」
「騒ぎがアッタと、聞いたものだかラ ニクス、ゴロス、こいつらは皆ココに置いていきまショ 実際に怪我人ガ出た以上 行動ヲ共にするリスクは取れない……それに、最早こいつらニハ情けヲかける価値モないワ」
ヨンカはそう言って、冷たい目で騎士達の方を見回す。彼らもまた、情けなど不要と言わんばかりの顔をしていた。確かに彼女の意見は妥当だ。自身としても、こんな奴らが野垂れ死のうが最早どうでも良い。仲間の安全が第一だと思っている。しかし。
「トゥーリの街までアト一日、往復で二日……コイツら置いてく前に 水と食糧は十分に補給サセる 着いたら街ノ人に知らせて、コイツら迎えに行くカ、彼らに任せよウ」
「……エエ、そうね」
生物は、飲まず食わずで生きていけない。特に水の不足は深刻だ。片手の指に満たぬ日数、水を飲まねば大半の生き物は死ぬ。
俺たちの安全の都合上、彼らは手足を拘束した状態のまま置いていく……魔物や野盗に襲われるリスクは無論あるが、せめて餓死することのないよう最低限の配慮はすべきだろう。
『人間から奪うのは食糧や便利なモノだけで、その命までは奪うな。また彼らの生活が立ち行かなくなるまで奪ってもいけない。それは人を殺すのと同義だからな』
戦いが始まる前、フィリス様が人間の扱いについて、よくこのような事を言っていたのを思い出す。
『聖戦』は終わった。だからもう人間の命は奪わない。そうして彼らを生かす選択をする以上、その命はある程度の責任をもって扱うべきだろう。だから。
「……彼らには、コレから魔物の『干し肉』を食わせる フィリス様とヨンカ達とってキタ肉じゃなく 今ココで調達して魔術デ製造する」
俺の言葉に、ヨンカが一拍置いて顔を青くする。ゴロスは横になりながらも「やめてクレ」と、そう短く言葉を発した。
「アレは 食材にナッた命達への冒涜ダ 考え直してクレ ニクス」
「ジャア多数決で決めよウ 俺が賛成 ゴロスは反対 アトはヨンカの意見ヲ聞く」
「……この辺りの森デなラ、レッドサーペントが獲れる筈 今すぐ動けルものを 向かわせるワ」
「ヨ、ヨンカぁ……!」
「決まりだナ」
「お、おい。お前達? さっきから一体何の話を」
不穏な気配を感じ取ったのだろう。ゴロスを短剣で刺し、こちらに悪態を吐いた騎士の顔色がにわかに曇りだす。
……その後、完成したレッドサーペントの魔術製即席干し肉を食わせた彼らの反応は、正しく阿鼻叫喚と呼ぶに相応しいものだった。
「新手の拷問か!?」「飲み込めないぐらい不味い」「履きくさしの靴下の後味」
かつて俺たちも経験した苦痛を味わい、泣き叫ぶ騎士達を目の当たりにしてポツリと呟く。
「ニンゲンとコボルトの味覚 違うカラじゃなく やっぱフィリスさまガ おかしかっタんだ」
「ニクス……」
「……さアお前タチ! 最低でも二日は飢えるんダ 今食っておかナイと 体ガ保たないゾ!」
その呼びかけに、騎士達から「鬼! 悪魔!」という罵声を浴びせかけられる。
失敬な。俺たちはただのコボルトだ。
大鬼オーガや悪魔デーモンのような恐ろしい存在ではない。かつては、きっとそうであった筈。
だからこの戦いが終わった後も、未だ俺達の中にある変わらぬものを抱え、帰るんだ……ナフィアや皆が待つ、あのノースフィールの地に。




