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67.国王ジニアス



 私が主君たる前王ネメシスに反旗を翻したのは、単にそれが「実現可能な状況」だったからだ。


 女神の肉を喰らいしリラミス、ルミネス、レミアス。そうしてラミシス王家。聖痕騎士団の力を『盾』に権力に驕る王家が、我ら三家に対し優位に立てるのは『目』の力があったからに他ならない。


 女神の右目による聖痕は『未来視』、左目の聖痕は『遠視』の能力を持ち、彼らの力は我ら聖痕持ちの一族や領主らの動向を探るのに用いられた。聖痕の力は国内のどこに居ても効力を発揮し、謀反の芽は先回りして摘まれる。


 ……その前提が覆ったのが、およそ一年前のことだ。

 

 左目の聖痕が、ネメシスの祖父から第二王子フォロスに引き継がれた。未熟な彼が遠視の聖痕を上手く使い熟せぬ中、国王ネメシスは自らが聖痕の秘術で見た未来に酷く動揺し、その内容を当時私の貸し出していた愛妾セシリアに打ち明けた。


「近い将来フィリスが、息子が、私を殺しに来る。生きながらに手足をもぎ、目玉をくり抜き……あぁ、なんと惨たらしく悍ましい!」


 ……平静を失った彼は、私がセシリアを経由し吹き込んだ甘言を容易く信じた。


 9年に一度。表向きは女神降臨のため、その実ラミシス王家の聖痕を維持するため、彼らは『芯材』を天に捧げる。こたびの贄はネメシスの庶子メレノアが担う筈だったが、同時に彼女を逃すべくフィオナ王女が裏で動いているのを私は知っていた。


 故に、あえてメレノアを見逃しフィオナ王女が儀式の生贄に選ばれるよう仕向ける。そうして王女の身柄を餌に、フィリス王子に生贄の役を代わらせ、彼を処分してしまえば良いと。そう告げた内容をネメシスは言葉通りに実行した。


 予想に反しフィリス王子は素直に自らが贄になると申し出て、その身を女神に捧げた。当初の筋書きでは、激昂した王子が未来視の通り父王を惨殺し、そこを我々騎士団が討ち取るという図を描いていたのだが……結果的にはかわらぬ成果を得ることが出来た。


 唯一の誤算はフィオナ王女のことだ。王子達と違い彼女は『女』で、妾腹とはいえ高貴な身分で、何より歳を重ねたセシリアよりずっと若々しく美しかった。


 民衆を扇動しネメシスと第二王子フォロスを私刑に処した後、私は彼女に結婚を申し入れた。我が妻となるなら、怒れる民衆を宥めその身の安全を保障しようと。しかし彼女は澄んだ青色の瞳に強い怒りの炎を燃やし、私を睨め付けながらこう言い放った。


「フィリス兄様を陥れ、民衆に私の家族を害するよう吹き込んだのは貴方でしょう? ジニアス・リラミス騎士団長。貴方みたいな卑怯者のもとに嫁ぐぐらいなら、今ここで潔く死ぬ方がよほどマシだわ!」


 ……そういって短剣を取り出し、自ら命を絶とうとした彼女を捕え、私はその身を貶め辱めた。配下の騎士達に下げ渡し、民衆にも取り囲まれ。最終的に手足を切り落とされ、両の目玉をくり抜かれるその直前まで、彼女の目は強い怒りに燃えていた。


 馬鹿な女だ。彼女はヒトという生き物の上に立つ存在として、あまりに汚れを知らず無垢でありすぎた。セシリアのようにもう少し賢く生きていれば良かったものを。

 

 ヒトは先人の築き上げた社会のルールという惰性に流され、その知能を善悪の別に働かせることはない。ただ己が利を貪らんとする人間が上に立つ事を是とし、また自身もその座に登り詰めようと競い他を蹴落とす生き物なのだ。『正しさ』などと言うものは、その過程で振りかざす都合の良い大義名分に過ぎない。


 ヒトの本質は『悪』だ。故に虚飾の中でしか生きられない存在が、その庇護を失い淘汰されるのはある種の必然と言えるだろう。





「ジニアス陛下! どうぞこちらに……!」


 競争の中で淘汰されるのは、何も『善』なる存在のみではない。


 炎に包まれるラミシス王宮にて、私を王位から蹴落とそうとしているのは第一王子フィリス、そうして彼に率いられる領主達の軍と民衆だ。


 私が用いる聖痕の秘術……『聖盾』は、魔物を退ける絶対の防御壁としてこの王都全体を覆っている。

 故に魔物の軍を率いここまで侵攻してきたフィリスは、魔物達の大半を退却させ代わりにトゥーリの街を中心に集めてきた『ヒト』の軍勢をもって、このラミシスに攻め入った。


 致命的なのが、彼が実際『聖痕騎士団』の団長、副団長を討ち取る武勇を民衆達に示したこと。そうして私がこの国にて王権をふるう根拠は、「国の勇者」フィリスの仇討ちをした事と騎士団の武力と権威により成り立っていたということだ。


 ……もはや今の私にできるのは逃亡の一手のみ。この王都から脱出し、南下してリラミスの支配域に逃れる。現状、聖痕騎士団はその戦力の三分の二を失ったが、私の所持するリラミスの聖痕はまだ生きている。残された騎士達をかきあつめ、南部の領主達の協力を取り付ければ体勢を立て直すこともまだ可能だろう。


「フィリス王子の姿は、王宮の西部で目撃されたと」 

「ええ、ですのでこちらの抜け道がまだ使え……ヒッ」


 薄暗い王宮内。曲がり角の地面から、肉の両断される嫌な音と共に血飛沫が飛び散る。ついで素早く剣を構えた騎士の首が飛び、次の瞬間。自らの胸部に強い衝撃が走ったかと思うと、そのまま地面に転がされ、首の真横に血まみれの剣が突き刺さる。


「ガハッ……フィ、フィリス殿下……なぜ、ここに。西部にいると、部下から報告が」

「あちらに居るのは、『姿惑わし』で俺の姿に化けたメレノアだ。まさかこうも容易く罠にかかるとは」


 目の前に居るのは懐かしい金茶の髪と瞳。私が蹴落とし玉座から引き摺り下ろした、前王ネメシスに生き写しの風貌を持つ青年の姿だ。しかしその目の形だけは、あの日私を睨み据えたフィオナ王女の、強い怒りに燃え上がるそれとまるで瓜二つであった。


 フィリス・トエル・ラミシス第一王子。千の魔物を討ち倒しヒトの勇者。

 ドラゴンさえも斬り伏せる彼が人に対しその力を奮えば、それはまさしく一騎当千の働きに等しいものとなる。ましてや彼はこちらが南部から兵を集める前に、魔物の軍の大半を捨て、王都の兵数に勝るとも劣らぬ兵力を北部より集めこちらを急襲した。


 ……完敗だ。私は自らの運命を悟り、咄嗟に懐から取り出した短剣で自害を図る。しかし喉を突くより先、手に持ったそれは男の蹴りにより弾き飛ばされ、そうしてすぐさま自身の喉元を靴底で圧迫された。


「グウ、ッうう」

「楽に死ねると思うなジニアス。我が妹に手をかけたお前の死に様は、とうに決めてある。生きながらに体をちぎられ目玉をくり抜かれる苦痛を味合わせた後、その手足の一本一本を魔物に食わせる。ああ、まず第一にその汚らわしい陽物から切り落とそうか? お前達が妹にした仕打ちは、メレノアや市井の人間から聞いた……この世に生まれ落ちたことを、心の底から後悔させてやろう。卑劣な逆賊、ジニアス・リラミスよ」


 

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