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65.騎士ドルガノ



 聖痕騎士団。かつて女神の肉を食らった我らの祖が立ち上げし、人類を魔物の脅威から守る組織の名だ。


 その実態は爛れ腐り切っている。

 彼らは寄付金と栄誉の為、私利私欲で女神の力を振るう。かつて各地にいた魔術師達は、騎士と民らの迫害によりその数を減らし、魔物達への自衛の手段を持たぬ領主らは騎士団に多額の金を払い、領内の治安を維持する必要があった。


 ……民から力を奪い、独占し、そこから生じる利益を貪る。女神の右足食らいしレミアスの末裔。その末席に生まれ、自らの父が私を庇い『聖痕』の芯材に捧げられた時、決意したのだ。私は犠牲になった父に恥じぬよう、例えどんな手段を用いてもこの聖痕騎士団で成り上がり、この組織の在り方を変えてみせると。


 成長し、正騎士になってからは積極的に危険な任務にも赴き、功績を上げ続けた。時に幾つの不正を見逃してでも、上司の目に留まり彼らにとって利用価値の高い存在であり続けられるよう、己を律し周りを最大限に利用した。


 私は決して、清廉潔白な人間ではない。だがそれは、人の悪意と作為が渦巻く社会で、自らの正しさを貫く為の必要な処世術だった。権力者の娘と結婚し、彼女との間に子を成した。自身が押し上げた騎士団長ジニアスの口利きで、レミアスの当主に成り上がり『聖痕』を引き継いだ。


 そうして気が付けば、私の周りにはいつしか自身の『正しさ』に賛同する仲間達が付き従うようになっていた。少しでも多くの富を得るだとか、騎士団内での権威を高めるだとか。そんな利己的な理由でなく、自らの誇りのため職務に当たる騎士達が、若者を中心に出始めたのだ。


 私の一人娘もまたそうであった。愛のない政略結婚により生まれた子だが、無邪気に私を父と慕い、自身のような立派な騎士になりたいと話す娘の笑顔に気付けば絆されていた。私は決して清廉潔白ではないが、それでもこの時真に、自身はようやく父に誇れる人間になれたのかもしれないと、娘を抱きしめ涙した日のことを今でも覚えてる。



 あれから十年。私の正しさを肯定し、私を父として愛してくれた掛け替えのない娘はもうこの世に居ない。それでも私がこうして立っていられるのは、まだ叶えていない自身の野望を遂げ、そうして今なお私に付き従う真に『正しい』者達への期待に応える為だ。


 ……所詮私は『誇り高き騎士』などではない。地位と権力を得る為、時に汚いことにも手を染めてきた。だが、私の理想を信じついてきてくれた彼らは、そしてそんな彼らが作り上げるだろう未来は紛れもない本物だ。私の父と、そうして娘の殉じた道を決して無駄にはしない。だから私は、『聖痕騎士団』は此処で終わる訳にはいかないのだ。決して……。



「ドルガノ・レミアス」


 首元の太い血管を狙っての斬撃。致命傷だ。これはもう助からないと、未だ呪痕のダメージが残る体が崩れ落ちるのを自覚する。


 自身の側にいる、その男の声には聞き覚えがあった。

 勇者フィリス。彼とその妹であるフィオナ王女もまた、腐敗した王宮や騎士団の現状を変えるべく戦っていたのを知っている。知っていて、私は彼らと手を取り合うことなく見殺しにした。


「……全く残念なことだ。お前のことを、個人的にはそれなりに高く評価していた。今は敵対する立場だが、もし何かが違えば共に戦う道もあったのかもしれない」


 血相を変え切りかかる部下が、フィリス王子の剣の一太刀で絶命する光景が視界にうつる。ああ、やめてくれ。私にはお前達の大事な命をかけてまで、仇を討ってもらう価値はない。その命はどうか、弱き者達を守る為に……。


「だが悪いな。お前達騎士団が私の妹を切り捨てたよう、私もお前の命を切り捨てさせてもらう。ドルガノよ。お前の肉体はハーピー共に食わせる。地の国に行ったであろうお前の娘には、二度と会えぬものと思え」


 視界と意識が徐々に闇へと落ちる中。私は微かに口元を吊り上げ笑った。


 

 ああ、それは良い。

 志半ばで倒れ、ちょうど「どの面下げて娘に会えば良いのか」と頭の片隅で思い悩んでいた所だったのだ。


 安らかな世界に行くのは、娘や守るべき民達、そうして我が仲間達だけで良い。私と、そうしてフィリス王子。世界に対する己が復讐と野望のため、修羅の道に身を投じ周りを巻き込んだ我らに死後の安寧は必要ない。


 呪いあれ。フィリス・トエル・ラミシスよ。

 もし我らのような者に用意された行き先……地の獄があるというなら、そこでまた合間見えようではないか。





「サブロ……」


 呪痕、ハーピーの魔術、そうしてサブロに託した『八足馬』の骨杭による不意打ちの急襲。これらの作戦が功をなし、我らは騎士団長セシリアと副騎士団長ドルガノを討ち取った。これでほぼほぼ『詰み』だ。ここまでくれば逆賊ジニアスはどうにでもなる。勝ったのだ、我々は。決して少なくはない犠牲を支払い……。


 あの後俺はドルガノを失い激昂する騎士達を返り討ちにし、その多くを捕縛した。ドルガノ率いる騎士達は殆どがレミアスの聖痕に連なる者だったようで、聖痕所持者の死亡により秘術を扱えなくなった彼らを制圧するのは、そう難しいことではない。


 俺はサブロの亡骸を抱え、コボルト達の元に戻る。戦後の処理に奔走する彼らは、眠るように息絶えたサブロの姿を見て、大きく息を呑んだ後に嗚咽を漏らした。


「サ、サブロ……嘘ダ ロクスだけジャなく、ウ、ウゥ」

「……ニクス、ロクスは今どうなってる?」

「ウゥ、ロクス 戦い終わってスグ倒れた 血が少なくテ もう助からないカモって」


 ……想定外の被害だ。おそらく呪詛返しを食らっているであろうヨンカの事は覚悟していたが、まさかロクスまでとは。どうする、今コボルト達に残されている長はおそらくニクスとゴロスの二人。これで、果たしてこれからやっていけるのか。



『やーあ、フィリス。本当に久しぶりだねぇ。今ちょっといいかい? 君に聞きたいことと言いたい文句が山程……』

「(アストゥラル神よ)」

『ああ、待った。今状況を把握した。楽しいお喋りに興じている余裕は無いということだね?』


 心を読む神の能力というのは、本当に便利なものだ。しかし彼が此処に来たということは……あまり考えたくも無いが、ひょっとしてフィオナの身に何かが起きたのか。


『フィオナ姫は変わらず無事だよ。こっちの事情はおいおい説明するとして……ロクスはまだ生きてるんだね? 血が足りないというなら、私の知ってる古い魔術を君に教えよう。他者の血を、物理的に対象へと移譲する術だ。本来の用途とは違うが、これで血液の不足を補えると思う。今から集められるだけ、多くのコボルトを集めてくれ』


 ……ああ、神よ! 今この時ばかりは、貴方に心から感謝いたします。


 俺はアストゥラル神から聞いた魔術の手順を元に、急ぎニクスに指示を出しロクスの元へと向かう。頼む、どうか間に合ってくれ。


『はるか大昔の魔物達が用いていた魔術だ。身体を強化すべく、同族の血を吸い尽くして魔力を得る。『竜骸』の大元となった魔術の亜種だね。今回は血を吸う対象をなるべく分散させ、かつ途中で儀を止める。血液の補充の過程のみを行使するという訳さ』


 正直、神の言葉には色々気になる部分も多かったが、今は詮索している場合ではない。間もなく、ロクスの周りには多くのコボルト兵達が押し寄せてきた。皆ロクスを助けるべく、得体の知れぬ魔術の実験台になることを一切躊躇うことは無かった……また中には、ロクスが初めに助けるよう呼びかけた、ドルガノ軍の元捕虜であったコボルトの姿もあった。


「ロクス居なかっタラ 俺たち今頃生きてなかっタかもシレナイ ダカラ助ける」

「……ああ、協力に感謝する。では早速始めよう」


 俺はロクスの周りに、アストゥラル神から教わったとおりの呪文で陣を描く。そうして合図と共に、コボルト達が短剣で自らの指に傷をつけたのを確認し、呪文を唱えた。


 コボルト達の指先から、血が糸のように伸びて倒れ伏すロクスの体に吸い寄せられる。毛でふさふさとした肌に染み入るよう、それはロクスを取り巻くようその身に吸い込まれていく。


 ……彼らコボルトの顔というのは、毛に覆われていて顔色を伺うことは難しい。しかしある段階で、限りなく弱々しかった呼吸がふと正常なものへと変わり、微かにぶるぶると震えていた唇の動きが落ち着いたものへと変わるのが分かった。


 俺が魔術を中断した後、周りのコボルト達は心なし疲れた顔をしていたが、それ以上に目に見えて回復したロクスの状態に大層喜んで、皆飛び上がり抱き合った。勢いよくこちらに飛びつくコボルトの身を反射的に抱き止め、そうして顔をよく見ると、それはいつの間にか儀に参加していたニクスの姿であった。

 


「ワオォ〜〜〜ウゥ、オンオ〜〜〜ン!」


 もはや言葉にすらなっていない遠吠えと号泣。ふとかつて、商都ウェスティンでセシリアの『聖槍』から逃げ延びた後の事を思い返し、口元が緩む。



『……人間とは本当に可笑しなものだな。君は自らロクス達を死地に送り込み、彼らにさんざ喪失の痛みや苦しみを与えたというのに。君の胸の内には、まるで二つの心があるかのようだ。どちらが本当のフィリス・トエル・ラミシスなのか、時折神である私にすら測れぬ時があるよ』


 ……神にも分からぬことが、人間ごときの俺風情に分かるはずもあるまい。


 だが、今これだけはハッキリと断言することが出来る。神よ、今まで貴方のことを邪神だの何だの、好き放題言っていた事を改めて謝罪させて頂きたい。貴方は善き神だ。弱く正しい者達の味方。俺は今、貴方に心から敬意を表する。本当にありがとうございます、アストゥラル神よ。


『あーやめやめ、君が殊勝だとかえって気味が悪い……ハァ、不信心な君に対してぶつける罵詈雑言を山ほど考えてきたのに、興が削がれたよ。全く』


 

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