64.信用
俺たち人間に城から出て行けと。そう告げるドラゴンを前に、俺は思わずオルフィス様の方を見る。普通に考えて、そんな提案が承諾できる筈がない。俺たちは同盟者として、フィリス様の根城を守護する役目がある。その役割を放棄するなど……。
「承知した」
「オ、オルフィス様……!?」
「その提案を飲まねば、貴方は強引にでも我らを城から退かそうとするのでしょう?」
「ウーん、ソウなるカナ 君たちもコンガリ丸焼きにされテ 私の夕飯の一品ニ加えられるノハご免だろう?」
「……パウロル、我らは騎士達との戦闘で大きく消耗している。話の通じる相手と、無理に事を構えることもないだろう」
「……」
「ただ、ドラゴン殿。我らからも二つ、貴方に約束して欲しいことがあります」
「なんダイ? オルフィス」
「まず一つ、私達がノーラント山の麓に拠点を構えるのを許して頂きたい。騎士達も一度退いたとはいえ、またいつここに攻めてくるか分かりませぬ。我々にはフィリス王子の城を守る使命があるゆえ、どうか許してもらえないでしょうか」
「ウーん……マア、イイだろう」
「ありがとうございます。それでは後一つ。この城の広間には、私の姪御のフィオナが眠っている。彼女は私やフィリス王子が……命よりも大事にしている宝です。私は貴方を信じて、この城と魔物達、フィオナ姫を貴方に託します。だからどうか、彼女には決して害を為さぬとここで約束して頂きたい」
「えっ」
フィオナ様が、城に居る。それは自身としても初耳の情報であった。オルフィス様の言葉に、ドラゴンは暫し沈黙した後その口を開いた。
「約束シヨウ」
「本当に宜しかったのですか?」
騎士達が撤退した後の山を降りながら、そう俺はオルフィス様に問いかける。
「責任は全て私が取る」
「あ、いえ……その、フィオナ様があの城にいらっしゃるというのが本当なら」
「私の姪がドラゴンに食い殺されはしないか、心配ではないのかと?」
その問いに俺が何も答えを返せぬまま沈黙していると、オルフィス様はついで静かに口を開いた。
「……かつてロミリスは、迫害から逃れこの地に流れ着いた魔術師達を受け入れた。それは言葉に表すよりずっと困難な道のりであった筈」
「え? はあ、それは」
「まさに今、そなたがあの余所者のドラゴンを警戒するよう、素性の知れぬ存在を『信じる』というのはそれほどに難しい事なのだ」
「……」
「パウロル。そなたの父は野心ある男だったが、同時に子のそなたを思う気持ちも本物だった。ペトロスは心に闇を抱えていたが、それ以上に彼自身の心もまた深く傷付き、そうして人の痛みを理解するだけの理性があった」
「……つまりあのドラゴンにも、信じるに足る根拠があると?」
「我々を害せず騎士達のみを攻撃し、また我らを城から退かす際、暴力でなく対話による解決を望んだ。こちらに対し敵意がない事を、彼は行動で示し続けていただろう?」
それはまあ、そうかもしれないが。
「フッ。それに、こちらへ有無も言わさぬ一方的な交渉のやり口。理性的なようでいて、その実豪胆で乱暴なあのやり方は、まるで彼を思い出す」
「彼とは」
「そなたも身をもって味わった筈だぞパウロル。私の時は、首根っこを掴まれ宙吊りにされたものだ。ハハハ」
「……ああ」
その情報も初耳だが、オルフィス様が笑いながらそう語る人物が誰を指しているのか、俺にも検討が付いた。
『信じる』か。確かにオルフィス様がいうよう、それは口で言うよりずっと難しい事なのだろう。
人も物事も、全てのことは単純でなく複雑な事象が絡み合い成り立つ。信頼は一瞬で築き上げるものでなく、一つ一つの積み重ねでようやく成り立つものなのだ。
故にその最初の『積み上げ』を許容すること、歩み寄ることが大事なのだと、きっとオルフィス様はそう言いたいのだろう。……その一歩を強引な手段で積み上げさせた、かの王子の顔を思い出し俺も一つ苦笑いを零した。
「なぜ人間の皆さんを城から追い出すのですか?」
「魔術師の連中ハ 信用が出来ナイからネ 私も妹ノ……いや、女神エーティエルの二の舞になる事は避けたい」
そう言いながら、神の使者を名乗る男ウォルフは俺たちの目の前で、ドラゴンから人間の姿にへと転身してみせた。窓枠に降りたつ男を、ナフィアが広間へと出迎える。
ノーラント山頂。山を降りるオルフィス達の姿を見送った後、俺とナフィアは城の広間にて再び男と対峙した。
長い白銀色の髪と瞳。浅黒い肌。その姿はフィリス様と同じヒトのそれだが、何処か根本的に我々と違う異質な気配を漂わせている。俺は無防備に男へ近寄ろうとするナフィアの服の裾を引き、彼に語りかけた。
「お前ニは 俺タチ助けてクレた恩がある デモ悪いが……まだお前のコト信用出来ない」
「うーん、まあ無理に信用してくれなくて良いけど。私はイチロ達の人柄を一定以上信頼している。だから取引をしよう」
「取引?」
「私は神の力によって、遠い場所からもフィリスと意思疎通が出来るんだ。肉体を得たことで、瞬時に意識をこちらへ戻すことも可能になったが……欠点もあってね。あちらに意識を飛ばしてる間、この肉体は無防備になる。だからその間、私の体を君たちに守って貰いたい」
「……代わりニ お前ハ何を差し出す」
「この城に危険が迫った時、再び君たちに力を貸そう。竜の内臓を取り込んだから、オドと引き換えに私はいつでもドラゴンの姿に転身出来る」
男の提案は、意外にも俺たちにとってほぼデメリットのないものであった。ナフィアはつんと俺の腕をつついて、耳元で囁く。
「彼が言ってることは、嘘じゃないと思います」
「どうしてソウ思う」
「だってウォルフさん、本当に困ってるように見えるから……私達も助けてもらいましたし、その、この機会に彼に恩返しをするというのはどうでしょう」
……俺から見れば、すかした笑みを浮かべているようにしか見えないが。ナフィアが言うのならきっとそうなのだろう。
「分かっタ その取引に応じル」
「いやあ助かるね。じゃあ早速、私はフィリスの様子を見てくるからさ。しばらくの間頼むよ」
そう言って、ウォルフはその場に腰を下ろして、目を閉じる。城壁に背をもたれさせたまま、眠りに就いたよう動かなくなった男を前に、俺は唖然とする。
「イ、今カラいきなり? 一体何ヲ考えて……」
「どうでしょう。ウォルフさんも、早くフィリス様達の状況を知りたいのかもしれません」
「ナフィア コイツの言うこと 全部信じる気カ? フィリス様ト意思疎通が出来るトカ」
「……フィリス様が広間でフィオナ姫とお話ししてる時、たまに姫様以外の方と話しているかのよう、振る舞われることがありました。今思えば、あれは遠くにいるウォルフさんとお話をしていたのかもしれません」
「……」
「もしそうなら、初対面の筈のウォルフさんが私やイチロさんの名前を知っていたのにも、説明が付きます」
なるほど、一応ナフィアなりの理があるということか。それなら。
「俺 コイツ信用しない」
「は、はい」
「でもナフィアの言うことは信じル ウォルフが起きタラ フィリス様がなんて言ってタカ聞こウ」
俺の言葉に、ナフィアは軽く目を見開いた後、どこか照れくさそうにはにかむ笑みを見せた。
……俺はもう、自分自身を信用出来ない。だがナフィアはこんな汚れた俺を信頼し、仲間だと言い切ってくれた。だから、いざという時の責任は俺が取る。代わりにある程度はナフィアの自由にさせてやろうと、そう俺は心に決めたのだった。




