63.終局
「ヨンカ! しっかりしろ!」
メレノアの声がひどく遠い。身体中の粘膜から出血する痛みと不快感、熱を感じながらも、しかし私はまだ自身が生きてることを自覚する。
「……ド、ルガノ ドウなって」
「ッああ、大丈夫だヨンカ。お前は随分長いこと、ドルガノの呪詛返しに抗っていた。きっとサブロ達も間に合った筈だ。お前は本当に良くやった。よく生きて帰った……だから、後少しの辛抱だ。そのまま意識を保っていてくれ。治療が終わればもう少し楽になる」
呪詛返し。そうだ、私はドルガノに『呪痕』の魔術を使い、暫くして今みたいに酷く体が痛く熱くなって……。
ドルガノからの呪詛返しを食らった時、ゴロスの持たせてくれた護符が一斉に壊れ、ついで凄まじい苦痛が全身を襲ったのを覚えてる。私は抗った。絶対にアイツを呪い殺す。そうしなければ仲間の命を守れないと、オドと気力を振り絞り……ロクスから貰った『妖精花の護符』が割れるのを最後に、意識を失った。
「ッがふ アイツは マダ生きて、ルの……?」
「……先ほど、サブロが煙信号にて合図を出していた。今頃はフィリス様がカタを付けている事だろう」
「デモ フィリス様は……」
「コボルト達 ミンナ保護した」
私は視線だけを向けて声の方を見る。
他のコボルト達よりも小柄な体躯。未だ怪我も治ってないのだろう、肩に巻いた包帯には未だ血と体液が滲んだまま、しかし片手のみで馬を駆りこちらを見るニクスの姿がそこにあった。
「ア、ナタ……目が覚めテ 良かっタ……」
「メレノアといったカ お前ハ引き続きヨンカの治療頼む 俺の部隊ガ お前タチ守る」
「それはどういう……ああ」
前方を見るメレノアの目で察する。しんがりを務めた騎士達の一部が、こちらの隊にまで入り込んでいるのだろう。ニクスが負傷した片手で震えながらも筒を構え、飛ばした黒曜石の破片が肉を裂く音と、人間の悲鳴が聞こえる。
「ニクス……アナタは 前に行って ロクスの支援ヲ」
「その必要ハない もうすぐ全部終わル フィリス様ガ 八足馬の竜骸使うところ見タ」
その言葉と同時、ニクスの方めがけ騎士の放つ秘術の矢が飛んでくる。ただれた様に焼ける喉から、必死に声を絞り出そうとした時だった。
不意に、光の矢がニクスの身にあたる前に霧散する。
残った魔力の残滓も、ニクスの鎧に仕込んだ護符が発動し、彼の身に傷一つ残すことはなかった。
聖痕の秘術は、所持者の聖痕が引き継がれる前に失われれば、その効力を無くすとフィリス様は言っていた。ああ、これはもしや。
「……フィリスさま」
「ヨンカ フィリスさまト俺たち セシリアとドルガノ討ち取っタ ようやく終わるンだ コノ長かった戦いが……」
目の縁から、不意に熱いものが溢れる。それが涙なのか、呪詛返しの後遺症から来る出血なのかもう分からない。だが、もうこれ以上私も皆も戦わなくて済む。その事実がただ胸の内に深く落ちて、ようやく心の底から得られる安堵を、私はただ享受した。
「何が一体どうなってる……?」
ノーラント山の戦況は滅茶苦茶だ。いくら撃退しても増援をよこす騎士達、一人一人と倒れていく仲間。回らない前線。しかしその全てをブチ壊すよう、突如現れた白銀のドラゴンが城下を飛び回り、圧倒的な力で騎士達を蹂躙している。
俺は城の結界を張り直した後、すぐさまオルフィス様の元に行き指示を仰いだ。彼は言葉を話すドラゴンの様子を見て、しばしの思案の後口を開いた。
「コボルトやハーピーらと同様神により知性を与えられたか、それとも古の魔術により竜に変じた魔術師か……いずれにせよ、大掛かりな儀式や準備もなしにそんなことを出来るのは、超常的な存在の力が働いてるからに他ならない。あのドラゴンを支援するよう、ノースフィールの同胞らに呼びかけよ。あれはおそらく神の使い。フィリス王子の傍らに在られるという神に近しき、我らの味方に違いなかろう」
それはあまりに楽観的な思考であったが、同時にそう信じ縋らざるを得ない状況なのも確かだ。俺はオルフィス様に異を唱えることなく、城下と城内を回り、彼が言った内容を周りへと伝えに回った。
その道中、城の広間に向かうと、扉の破壊されたその手前にイチロとナフィアが佇んでいるのが見えた。奥は暗くてよく見えない。俺は微かに眉をしかめ、彼らに向け言葉を発する。
「扉を破壊したのは……そこで息絶えてる騎士の仕業だな。イチロ、ナフィア、状況が変わった。どうやらお前達に知性を与えた神様とやらは、我らにドラゴンの加護を与えたもうたらしい。もしドラゴンがこの広間付近を飛んでいても、決して攻撃はするな。今、ここに扉の修繕が出来る者を連れてくる。それまでイチロは、ナフィアの護衛を頼む」
イチロとナフィアは、二人で顔を見合わせた後に無言で頷いた。……何やら含みのある表情だが、今追及している時間はない。
一通りの伝達が済んだ後、オルフィス様の元に戻る。気付けば戦況は随分とこちらに有利に傾いていた。騎士達の士気は異様に高いものだったが、流石に唐突なドラゴンの登場には面食らった様で、指揮系統が混乱している内に多くの死傷者が続出した。それでも残った騎士の何割かは、目下のドラゴンを排除すべく連携して聖痕の秘術を用い、そこをこちらの術や魔術具により妨害する。
そんな奇妙な攻防を繰り返す後、神は更に我らへの追い風と加護を与えた。
不意にドラゴンを攻撃していた騎士達の全員が、聖痕の秘術を用いなくなった……いや、使えなくなったという方が正しいだろう。
これは、敵方にとって致命的な事実に他ならなかった。基本的に聖痕騎士団は、秘術の威力頼りで戦闘に必要な補助物資の携帯をおろそかにする傾向がある。その身軽さによる機動力が彼らの強みでもあったが、それが正に裏目に出たという訳だ。
「ハッハハ! ざまあ無いな聖痕騎士団!」
……俺の父は、元々聖痕騎士団に隷属する従騎士の家系の出身だった。魔術具の中でも、特に歴史の浅い分野の製造に特化した『錬金』の魔術。父にはその才能があったが、権威主義のラミシス王宮では彼の価値を十二分には発揮できず、憤った父は俺を連れて出奔し、騎士団の追っ手を躱しながらノースフィールへと辿り着いた。
結果的に、父の判断は正解だったと思う。俺たちは魔物討伐の傍ら、王宮で出来なかった魔術道具の研究と開発に明け暮れ、そうしてその成果がこの戦い。そうしてフィリス様やコボルト達の戦いに生きている。
騎士達が、攻め手を失いやむなくノーラントの山から退却していく姿を見下ろし、俺の胸は清々しい爽快感で一杯だった。
「パウロルよ」
「あ、す、すみませんオルフィス様。つい年甲斐もなくはしゃいでしまい……」
「いや、良い。そなたはこの戦いで、本当に良く働き尽くしてくれた。同じノースフィールの領主として、深く感謝する。今は亡きそなたの父も、地の国にて息子の勇姿をさぞ誉高く思っていることだろう」
「……はい!」
オルフィス・トエル。新参者の俺たち親子のことを、懐深く受け入れてくれた命の恩人。彼に感謝され認めて貰えるのは、純粋に喜ばしいことだった。
……あの様子では、騎士達もしばらくは攻めてこないだろう。ようやく一息つけると、安堵した瞬間であった。
「君タチ チョット話がアルんだけど」
……一瞬、忘れていた。結局正体不明、目的不明の謎に満ちた銀ピカドラゴンの存在を。
バサバサと翼をはためかせ、城の窓の外に滞空するドラゴンの姿を前に、最初に口を開いたのはオルフィス様であった。
「……何処のどなたか存じませんが、我らの窮地を助けて頂きありがとうございます。話とは一体なんでしょう? 貴方は私達の命の恩人。我らに出来ることであれば、なんなりと申し付けください」
「オォ、人間の割には礼儀ヲ弁えてるじゃないカ。感心感心。じゃ単刀直入ニ言うけど、君タチ人間、今すぐ全員コノ城から出てって貰っテ良いカナ? 城ニハ、イチロとナフィアを残して……アア、後は村に避難させてル コボルト達を城ニ戻してくれ」




