61.攻勢
「……! ッはぁ」
『呪痕』の魔術により、メレアノがオドを流し込んでいたセシリアの腕が不意に黒ずみ、崩れ落ちる。
「メレノア!」
「っ、ハハ。見ただろうヨンカ? 私は今、こうしてセシリアを呪殺してみせた。次はドルガノの腕を……」
「ダメよ 今ノデ魔力の殆どを消耗しタでしょう ドルガノを呪殺するノニ そのオドじゃ足りない 私がヤル」
……確かにヨンカが言うよう、メレアノの顔色は見るからに悪い。
俺たち魔物や魔力を持つ人間にとって、オドは生命力に結び付いている力だ。枯渇すれば体調に異常をきたし、場合によっては意識を失う。
「ロクス。今から馬に乗っテ、前衛に合流しテ。イクラ私がドルガノに術ヲかけるとシテも、サブロだけジャ心許ないデショ?」
「……アァ」
分かっている。ここで俺がヨンカの側にいようと、役立てる事は何もない。彼女の言う様、前を走る騎兵隊に加わり戦う方が余程皆の役に立つ。それは自身とてよく分かっていた……だからこそ。
「ヨンカ、『聖戦』ガ終わったラ 俺はまたヨンカに告白スル」
「エエ」
「約束は絶対ニ違えナイ 必ず生きて帰ル だからヨンカも……ドウカ生き残っテくれ」
俺の言葉に、爛々としたヨンカの目がふと細まり、その口元に笑みが浮かんだ。
「約束スル」
……その言葉が戦場においてどれほど儚く、細い糸の上を渡るかのよう頼り無いものなのか。俺もヨンカもよく理解していた。しかしそれでも、縋らずにはいられなかった。
俺たちは必ず生きて帰って、国を作るんだ。妻や子供たちが笑って暮らせる、明るく平和な国。例えその過程にどれほどの血が流れ、屍が積み上がろうと、俺たちの目指す場所はまだそこにある。だから今ここで倒れる訳には行かなかった。
セシリアを呪殺したことにより、前方を走るドルガノの軍の動きは確実に鈍った。
時間稼ぎのつもりだろう、軍の後方にいた部隊が馬を翻しこちらへと襲いかかる……自軍の後方では、今ヨンカがドルガノに『呪痕』の魔術をかけようとしている。そこへ攻め込まれたら終わりだ。
「……ハーピーの部隊ハ そのママ本軍ヲ追え! サブロ! 残りは俺達ガ片付ケる 竜骸部隊ハ中央から突破して先に行ケ」
「おいおいロクス お前ダケで何とかナんのかよぉ?」
「何とかスル」
「ッはは! 了解ダァ 第六遠征部隊長ドノ!」
俺たち前衛は中央に戦力を集中し、突破の構えを取る。……向こうもすぐさま陣形を変え、同じく中央の戦力を厚くしこちらを迎え討つ形をとった。
あくまで、こちらの足止めにかかるか。だが後方にドルガノの腕を持つ『呪痕』使いがいることがバレれば、すぐさま防御の薄い所を狙って自陣に入り込もうとするだろう。短期決戦で勝負を決めねば。
すぐさま両軍がぶつかる。サブロ率いる竜骸兵は分厚い装甲と常人離れした身体能力で、瞬く間に中央の兵達を蹂躙した。……しかしここからだ。突撃した兵らは横方から包囲され狙われる。俺は指示を出し、魔術を扱うコボルト兵らに、両翼に分断された騎兵達を攻撃させた。攻撃とは最大の防御である。俺は目の魔術をフル稼働させ、騎士達が攻勢に出る前に潰すよう指揮を取る。
……主力以外の守りを度外視した戦い。敵方の騎士達の無数の屍が積み上がり、しかしこちらにも相応の被害が出ている。こちらに飛んできた魔術の矢を躱し、しかしその瞬間、死角から斬り込むもう一人の騎士の刃が自身へと迫った。
俺は、こんな所で死ねない。ヨンカと、それにニクスとも約束したのだ……必ず生きて帰ると。だから。
「ッ! ガアァ!」
自身の喉元を守るべく、差し出した左手に剣が突き刺さる。痛い。でもまだ俺は生きてる、まだやれる事がある……!
俺は痛みを覚悟し、剣が突き刺さったまま敵の方へと身を乗り出し、右手に持った剣で敵の首を切り付ける。剣は引き抜かない。抜けばおそらく出血で意識を保てなくなるだろう。俺はまだ死ねない。そうして同時にこの死地から引く訳にも行かないのだ。
「第三遠征部隊! 中央突破しまシタ!」
「ヨシ! 皆陣形を切り替えロ! 敵の数も残り少ナイ、あと少しダ!」
痛みと、しかしそれを上回るほどの高揚に身を任せるまま、俺は大声で吠える。
「コイツらは 俺達の同胞ヲ辱めた敵ダ! 俺達コボルトの底力ヲ 憎き聖痕騎士達ニ見せつけテやれ!」
同時に、周りのコボルト達の咆哮が辺りに響き渡る。
……俺にはイチロやニクスの様飛び抜けた能力も、サブロやヨンカの様優れた武勇もない。だが、それでも俺は皆んなの、大切なコボルトの仲間達の長だ。だから敵は必ずここで食い止める。そうして必ず生きて帰る。きっとそれが今俺に出来る、なすべき事なのだろうから。
「ッたくよぉ、手間取らせヤガッテ……ようやく追い付いたゼぇ」
俺様率いるコボルトの精鋭、竜骸騎兵部隊。今自身らはいよいよ逃げるドルガノの本軍を目の当たりにし、口端を吊り上げた。
「おい鳥頭のハーピードモ! 作戦はちゃんト覚えてるダロうな?」
「ハァ〜〜? 地面をちょろちょろ走る事しか出来ないチビが、アタシ達をバカにしてんじゃないわよ!」
「騎士どもより先に、アンタ達を頭から食ってやろうか! この犬っころ!」
「ガハハハ!」
「サブロ隊長! アマリハーピー達怒らセル 良くない」
「怒らせとキャいいんだヨ、こっから先は失敗出来ネェ 変に怖気付クより張り合いのアッタ方が良いに決まっテる」
ハーピー達がいよいよ騎士達の頭上を飛ぶ。前方のドルガノの軍は、おそらく上空からの落下物を警戒し、各々防御魔術や盾で頭上を守っていた。流石にその程度は警戒しているか。しかしまだまだ甘いな。
「……お前達!」
「アア!」
合図に合わせ、皆が各々耳内に魔術具を詰める。これは特殊な魔術から身を守るため、ゴロスとロクスの部隊が発明したものだ。周りの音を遮断する効果があり、一見戦場では何も役に立たないように見えるが……。
俺は一つ大きく息を吸い。ハーピー達に決められた合図を送る。たった三文字の単純な命令。音が遮断され、自身の声が聞こえぬ中でも、これだけは正しく発語できるよう幾度も練習したそれを口に出した。
「『歌え』! ハーピーども!」




