60.神の御業
城の広間に向かうと、そこには血を流して倒れる騎士の死骸とナフィアの姿。そうして目にした事のない白銀の髪に黒い肌を持つ、長身の男の姿があった。
「あぁ、君はイチロか。ちょうど良い所に来た」
「……誰だオマエ」
「イチロさん……! 無事だったんですね!」
謎の男に問い掛けるのと同時、ナフィアがこちらへと駆け出し抱きつこうとするのを避ける。俺の体は血に塗れて汚い。彼女が触れるべきではないだろう。
心なしシュンとするナフィアに「久しぶりダ」と声を掛けるに留める。そうして彼女の前に立つよう位置どり、再度問いかけた。
「見た事ナイ顔、お前ガこの騎士を殺シタのか?」
「ああ、そうだ。それより君、ナフィアと姫君を私の代わりに見ていてくれないか? 今使ってみて分かったが、我が妹の力を引き出すのは随分と魔力効率が悪い……だからこの世界の理に従い、魔術を使う。以前、フィリスがナフィアの為に残した素材の中に、ちょうど良いものがあるんだ。少し準備をしてくる」
流れるような男の言葉に、思わず俺は面食らう。
そのまま横を通り過ぎるようとする男に、俺は「待て」と咄嗟に声をかけた。
「なんだい、イチロ?」
「聞きたいコトは山ほどアル。だがひとまずこれダケは答えてクレ。お前ハ俺たちノ味方カ? 名前は何トいうんダ?」
男はこちらの問いかけに一瞬沈黙した後、その口端を吊り上げ答えた。
「私はウォルフ。神の使者にして、君たち魔物の味方だ」
ナフィアは、俺が何度言っても姫の元を離れようとはしなかった。仕方なく俺は騎士の死体を外に出した後、広間の入り口に立ち外を監視しながら、彼女に問いかける。
「あの男ハ一体何なんダ? 『ウォルフ』の名ハ、フィリス様が身分ヲ隠す時 名乗ってイタ名ダ 訳ガ分からない」
「でも私と姫様を助けてくださいました。あの……少し怖い所もあったけど」
「ナフィア」
「あっ、ええと。あの人は私が男神アストゥラル様に祈った後、私の背後から突然現れたんです。だから神の使者だというのは、多分本当のことだと思います」
突然現れたか。フィリス様の右足『八足馬』の竜骸による瞬間移動魔術と似たような技を使えるのだろうか。いずれにせよ、高度な魔術や力を使う存在に変わりはない。本当に味方であれば良いのだが。
「あの、イチロさん。私も一つ聞きたいことが」
「ナンダ」
「……生きていたならどうして、城に戻らなかったのですか? 皆、イチロさんが帰ってきたらとても喜んだと思います。何か理由が……」
「俺はドルガノの娘をハジメ、多くノ騎士を殺して彼の恨みを買っタ。城に戻れバ、騎士達ガここまで俺ヲ探しに来たカモしれない。そしたら皆ニ迷惑ガ掛かる。ダカらあえて騎士達の前ニ何度か姿ヲ現して、逃げ回ってタ」
俺の言葉に、ナフィアが息を呑むのが分かった。やはり純真な彼女には、刺激が強過ぎただろうか。だがここまで言わなければ、ナフィアは俺に寄って来ようとしてくるだろう。嫌われるぐらいがちょうど良い。
しばらくして、ナフィアはおずおずとこちらに歩み寄り、そうしてこちらの手を鉤爪のついた手で握ろうとする。反射的に手を引くが、それを追ったナフィアが自らの指先を捕らえた。
「……ッ、離すんダ ナフィア」
「イチロさん、私達の為にずっと一人で戦ってくれてたのですね」
そのナフィアの思いがけない言葉に、俺は目を見開き「違ウ」と咄嗟に否定する。
「俺のハただノ自業自得ダ そのセイでフィリス様ヤ皆との『聖戦』着いて行けナかっタ」
「……イチロさんが沢山の命を奪ったのは、確かに良くないことだったと思います。私達には家族や友達がいて、彼らを大切に想う気持ちがある。大切な存在が居なくなったら悲しい。だからむやみに奪ってはいけないのだと、私はそう考えています」
……大切な存在、確かにナフィアの言う通りだ。俺は自分が大切だと思わない人間達の命を軽んじていた。躊躇いなく殺し、結果大切だったペトロス様を死なせ、フィリス様やコボルトの皆の側にいる権利を失った。
「でも、今この城やその下では、多くの大切な命が奪われてる。領主の皆さんも……さっき死んでしまった騎士さん達も。フィリス様は、私達が知性を持ち続ける為には『聖戦』を起こし、人間達と戦う必要があると話してました。私達は己の知性を守る為、他者の大切な命を奪い続ける選択肢を選んだ」
「……」
「命を奪うことは間違ってる。でも私達が知性を手放し、また何も知らない頃に戻るのも、正しい事だとは思えないんです。だって知性がなくても、私達が食べる為に命を奪うことは変わらない。戦いからは逃れられない……神様はきっとそのことを教える為、私達に『聖戦』の使命を与えたのだと思います」
「……ナフィア、それなら知性ナンテ 無イ方が良いと思わないカ? 戦いから逃れラレないなら……大切ナものを失う苦しミや辛さ、憎しみを味わうグライなら 最初から何モ感じず 考えナイ方がズットましダ!」
思わず、最後には強い苛立ち混じりの言葉が口をついて出た。ナフィアに当たっても仕方ない事ぐらい分かってる。それでも言わずにはいられなかった。
こちらを見るナフィアの目には、ただただ深い悲しみの色がある。ああ、どうしてそんな目で俺を見るんだ。
「イチロさん……あなたは今、フィリス様と同じ目をしています。イチロさんはとても優しくて、周りを思いやる心がある。それは神様が与えてくれた知性のおかげです。私達は家族や仲間を大切にし、楽しいことを共有して笑い合うために知性を得て、こうしてここに居る。イチロさんはずっと一人で戦って、ずっと苦しかったから、ただそのこと忘れてしまっているだけなんです」
彼女の優しい言葉の一つ一つが、自身の胸に短剣の如く突き刺さり血が流れる。ああ、違う。違うんだナフィア。
「俺に優しくスルな! ソンナ価値、もう俺ニはナイ……人間殺しテ、後悔シタ後も更に殺し続けタ ナフィア達とは違……」
「イチロさんは、私達を危険から守る為城に戻らなかった。それはあなたの知性が、優しい心が『大切なもの』を守ろうとしているから。そうして今は、私や城の皆と戦う為ここに戻ってきている」
「ソレは……」
「私は戦いから遠ざけられ、イチロさん達は戦いの使命を背負った。きっと、違いはそこにしかないんです……私は今、傷付いたあなたの心を少しでも慰めたい。あなたは私にとって掛け替えのない価値のある、大切な仲間だから」
そう語るナフィアの目には、眩しいまでの輝きと強さがあった。
……ああ、ダメだ。これはいくら言い聞かせても折れそうにないと、そう思った。
「ナフィア」
「はい」
「降参ダ 俺タチ仲間 再会のハグしよウ」
そう言って観念し両手を広げると、ナフィアは一拍遅れて満面の笑みを浮かべ、こちらへと抱きついた。
「お帰りなさい、イチロさん」
「……タダイマ」
随分一人で遠くまで行ってしまったが、それでも俺の帰るべき場所はここなのだと。今はただナフィアの言葉を信じ、己を奮い立たせよう。
「所でナフィア、俺はパウロル様から城の見回り言い渡されテル 侵入シタ騎士ハ多分 あのウォルフとか言う男ガ倒した デモ念の為 他に居ないカ見て回りタイ」
「あ、ハイ! ここは私が何とかしますから、イチロさんは行ってください」
「…………ナフィア、戦闘の心得ハあるノカ? 見た所、武器モ防具モ身に付けてないが」
「? いえ、私は戦えないので、騎士さんが来たら一生懸命お話しして戦いを止めて貰います。同じ知性を持つ者同士、話せば分かってもらえ……」
「バカッ!!」
俺の一喝にナフィアが飛び上がり、オロオロとしながら口を開く。
「で、でも……パウロル様の用事が」
「前言撤回ダ! 他に戦える味方ガ通りかかるマデ ココから離れなイ」
「あっ、なら私が急いで見回りとパウロル様に報告を……イチロさんになら、姫様をお任せできますから」
「それヲ考えてたガ、ヤッパリだめダ ナフィアにはマダ早すぎ……」
突如、外の方からパウロル様の悲鳴が聞こえた。いや、これは驚きと言った方が正しいか。俺とナフィアは顔を見合わせ、広間の窓の一つを開けて外の様子を見る。
声は城門の方向から聞こえた。そちらを見ると、まさしく城の前は阿鼻叫喚の様相を呈していた。取り乱し逃げ惑う騎士達の姿。唖然とした様に、パウロル様が見つめているだろうその先には、自身もまた目を疑うような光景があった。
「ハーハッハ! ヤハリ、ドラゴンは良いナ! 強くてカッコいい それに何ヨリ ロマンがアル! ハハハーッ騎士ドモめ このアストゥ……イヤ ウォルフさまの姿ニ 恐れをナセ! 神と魔物ノ怒りヲ思いシレ!」
そう叫んだかと思えば、それは口から強力なブレスを吐き騎士達を焼き払う。大きな翼をはためかせ、飛び上がるその表皮は、日の光を受けキラキラと白銀色にきらめいていた。
……人語を操る白いドラゴンが、城のそばに現れ騎士達相手に暴れ回っている。
「アイツ今ウォルフって言っタか?」
「はい、確かにそう言ってました……」
一体何がどうなってるんだ。
確かにあの男は去る直前、魔術がどうだとか言ってたが、まさかそれで竜に化けたとでも言うのか。そんな無茶、まかり通る筈が。
「……私の顔のアザを治す為に『竜の肝臓』が必要だと、以前ユニコーンさんから聞いたことがあるのですが」
「ン? アァ」
「私はその治療を拒んだので、フィリス様が処分していなれば竜の内臓はまだ城の中にあったはず。ひょっとしたら、それを使ってウォルフ様はドラゴンに」
……俺は、ペトロス様から教えを受けた魔術の知識を頭の中で総動員させ、そうして考えるのをやめた。
恐らく理論上は可能なのだろう。だがドラゴンに変身するなど、魔術師一人のオドでは到底実現不可能のはず。マナ濃度の高い場所に行くか、長い準備期間をかけ何人もの生贄を捧げねば成り立つはずもない。
だからもし、あの男が本当に一人でドラゴンに変身したのだとしたら、それは人間の所業でなく、正しく『神の御業』に違いない。
「ナフィア」
「は、はい」
「外は危ナイ 俺とナフィアと姫様、三人でココに籠っテよう」
「……そうですね」
俺たちは恐々と城下にいるドラゴンの姿を眺めた後、中へと戻り窓とカーテンを閉めた。




