59.受肉
ハァイどうも初めまして、お久しぶり。話数にして実に25話分ぶりの登場となる、皆大好きアストゥラル様だ。
あまりに話し相手が居ないものだから、私はもうすっかり寂しくて切なくて人恋しくて……こうして今誰も居ない壁に向け一人話しかけてる次第さ。我ながらヤバいやつだな。まあ誰にも見えてないのだし構わないだろう。という訳でしばし私の話に付き合ってくれ、親愛なる壁くん達。
私は今、ノーラント城の広間にてナフィアと妹姫と共に立て籠っている状態だ。そう、前話58話を見てる読しy……いやこの城の壁くん達はご存知だろうが、ここは今絶賛戦場のまっ只中。すでに騎士達の何人かが侵入を果たし、その度になんとかパウロルらが敵を撃退しているが。いやあ〜……キリがないったらありゃしない。何なら騎士の一人がたった今、この広間の存在に気付いて押し入ろうとしてるし、本来壁と話してる場合じゃないんだよね。いやあ、でも私何も出来ないしなぁ……どうしようかなぁ。
「大丈夫……私なら出来る。姫様を守るんだ」
ナフィアはがたがたと可哀そうなまでに震えながら、今まさに破壊されようとしてる扉を前に、横たわるフィオナを庇う様立っている。
その手には短剣の一つも握られてはいない。彼女は確か、ハーピーが得意とする魔術を扱うことが出来るが、それは時間稼ぎ程度の効果しかない筈だ。敵にとどめを刺すための武器が無ければ、話にならない。しかし彼女はそれを拒み、非武装のままここに居る。
いやぁ、正直見てらんないね!
つまり私がこうして壁と向き合っているのは、ある種の現実逃避にも似たものなのかもしれない。おいおいフィリス、君この城を出る前に、もうちょっと何か出来なかったのかい? 魔物の主戦力ぜーんぶ持って行って領地防衛は人間と神任せにして、どうするつもりなんだこの何ともなってない現状を。
……本当に困ったなぁ。こういう時私の妹ならどうしただろうと、エーティエルのことに想いを馳せる。はい、壁の皆様ご清聴。これより回想開始だ。
女神エーティエル。私の妹は霊魂領域エーティリスを司る「力」の神格だった。
この世界は物質界、霊魂界、精神界の三つから成り立ち、私達兄妹は物質界の生き物から支配領域を守るべく、神マティリアルが生み出した番人だ。
私は神の知性アストラル、エーティエルは神の力エーテルに満ちた領域を隔てる『門』を操り、マティリアルの求めに応じて門の開閉をする。
私達兄妹は、そのように作られた存在だった。自らの役割に疑問を抱くこともなく、長い年月が過ぎたある日の事。最初に『壊れた』のは妹エーティエルの方だった。
「彼らが持つ『祈り』の感情はとても心地が良いわ。私が自由に力を使えれば、もっと皆から頼られ祈って貰えるのに」
彼女の神としての人格が、魔術の代償として上位世界に奉じられたヒトのそれと結び付いたのだ。本来マティリアルに還元され、奇跡に変換される筈の卑小な存在が神の空虚な器を瞬く間に侵食し、彼女は変わった。
「エーティエル。ヒトに向け霊魂領域の門を開けるようマティリアルと取引をしたな。彼らの精神は、神の力を扱うにはまだ未熟だ。あくまで一時的な処置に……」
「分かってるわよアストゥラル。今私の依代になってくれてる子の寿命が尽きたら、この遊びも終わりにするわ」
それから数十年。
「あの子に頼まれたの、どうか私の子供と孫達を守ってやって欲しいって。だからね、彼女の孫が天寿を全うするまでは門を開けたままにするわ」
「……マティリアルに頼んで、物質界に自らの肉体を作って貰うそうだな」
「な、何よ。別にいいじゃない。だってお話し出来る人間が居なくなったら寂しいもの。それに、神の力は大いなることにしか使えない。でも物質界での肉体があれば、小さなことにも力を使えるようになるの。とても便利だと思わない?」
……元来、神に肉体は無い。三界に満ちる黒きマナ、魔力そのもの。それが神だ。我らはマティリアルという神から己を切り離す為、それぞれアストラルとエーテルに宿り自我を確立しているが、妹はその依代を神の肉マテリアルに移そうとしてる。
「自らの役目を忘れるなよ。肉の器に宿るということは、マティリアルの支配する物質界の法則に依存することになる。君のマナはオドとして卑小な肉体に閉じ込められ、その肉が朽ちるまで地上に縛られるんだ。これがどういう意味を持つか君は……」
「アストゥラル! ……私は、私の力を必要とし頼ってくれる人間達の期待に応えたいの。あの子の目から見た世界では、多くの人が魔物の脅威に晒され苦しんでいた。きっとあの子が死んで依代を失えば、私は物質界から切り離され今の自我を失う。あの子との約束を守れなくなってしまう……ほら、またほんの数十年のことだから、ねっ? 用が済んだら今度こそ私はエーティリスに戻って、きちんと神の役割を果たす。だから良いでしょう?」
それから更に数十年。
「いつまでも戻ってこない思ったら、人間の魔術により神の肉体と力を奪われたか」
「……」
「エーティエル。人間共は君の力を好き放題に用いて同族同士で殺し合っている。だから彼らにはまだ早いと言ったんだ。かつてマティリアルは『王』を除く魔物の全てから知性を奪った。個としての意識が強すぎる物質界の者達に、大いなる知はまだ早い。神が管理すべきだと考えたからだ。……魔物に対抗すべくマティリアルが生み出した君の力もまたそうだ」
「……」
「今から君の肉体を滅し、エーティリスに連れ帰る。もう門を閉ざすマナも残っていないだろうが、私がマティリアルと取り引きをしよう。君が居なくなると私も困るんだ。マティリアルが君の代わりを作るまで、私が君の分の仕事をせねばならなくなるからな。だから戻って……」
「アストゥラル、どうか私をこのままにしておいて。確かに私は人間達に裏切られた。それでもロミリスは私の不幸を心から悲しんで、そうして北の地にいるあの子の子孫らを私の代わりに守ると約束してくれた。それにラミシスの聖痕……かつての私の両目を通してみる世界には、まだ私の力を必要としてる人達がいる」
「……エーティエル、君は愚かだ」
「ええ」
「愚かな神などもう要らぬ。君の肉体もあと二、三百年もすれば朽ちる。だからそれまで好きにすると良い」
「ありがとう、兄さん」
回想終了。まずいぞ、何の役にも立ちそうにない……。
というか私の妹本当にアホ過ぎる。いや、まあアホ過ぎたおかげで反面教師にする所も多々あった訳だが。
結局妹の死後、霊魂領域を引き続ぎ私のリソースで人間向けに開いてたエーテルの門を閉じた後も、人間達は聖痕と女神の肉、オドを媒介に神の力を引き出し利用した。
この状況は神マティリアルとしても不味い訳で、故に私はうっかり地上から捧げられた人間と同調し自分が『壊れた』後も、知恵を働かせマティリアルと交渉をした。
「人間の不始末は人間に取らせることにしましょう! 今私の依代となっている男の頭を覗いた所、聖痕が継承されることなく失われば、人間はエーテルを引き出す術を失う。故に私はこの男を利用し、聖痕をこの地上から取り除きます。その為に、どうか私がこの男に力を貸すことをお許し頂き、また男の協力を仰ぐため貴方の力をお与えください。父にして母たるマティリアルよ!」
ようは大義名分を振りかざし、壊れた自我の欲求を満たす為に私が消費するであろうリソースの量を、最小限に抑えたのだ。
フィリスには隠しているが、マティリアルの権能による肉体の蘇生や諸々に、私の力が使われることはない。というかまともに取り引きしたら、彼と妹姫の全身を甦らせる前に私のマナが枯渇する。神が個に干渉するためのリソースは、それほどに膨大なもの……。
「アストゥラル様!」
うわびっくりした。長考という名の現実逃避の最中、突如自身を呼ぶ声に、私は存在しない筈の肩を跳ねさせる。い、今の声はナフィアか。
「フィリス様から聞きました、貴方はフィオナ様のおそばでいつも彼女を見守っておられると。だからお願いします! どうか私にこの状況を切り抜けるための知恵を授けてください!」
そう叫ぶナフィアの視線は、彼女から見て正面斜め上の、何もない場所に向けられている。おい、そこに私は居ないぞナフィア。こっちだこっち。
……当然、彼女が私の存在を知覚している筈もない。だからこれは、俗にいう神頼みという奴なのだろう。なんとまぁ、愚かなことを。
「願いを叶えて貰えるなら、何でもします! 命以外なら何でも差し出します……こ、この、ロクスさんから貰った大事な帽子もあげますから……」
何で私が帽子なんか欲しがると思っているんだ。大事な物なんだからちゃんと被ってなさい。
「アストゥラル様、貴方は私達ハーピーとコボルトに知性を授けました! そうしてユニコーンから知性を取り上げ、神の力を私たちに示して下さいました! 貴方は実在する、私たちの神様です。どうかお願いします」
あーあーもう、馬鹿だなナフィア。
私は別に君たち魔物の神様なんかじゃない。むしろ大昔に君たちの祖先から知性を取り上げた、どっちかというと敵サイドの存在だからね私?
そもそも魔物に知性を与える流れを作ったのは、私の人格のベースとなったフィリスの潜在意識だ。彼は人間なんかを救う為に魔物を殺戮した過去を後悔し、無意識に彼らにも、人間達への復讐の機会を与えるよう私の意識を誘導した。
……そう、つまり私もまたあの男の思考にすっかり毒されているのだ。妹のことを愚かだとさんざ馬鹿にしたが、正直今となっては同情する面も多い。あれは元になった人格に問題が……いや、むしろエーティエルに似てるからこそ惹きあったのか。
「私の声が聞こえているなら、どうか貴方が見守るフィオナ姫を救うため、知恵を私に授けてください……!」
妹エーティエルの依代となった少女も、きっと今自身の目の前にいるナフィアのような存在だったのだろう。人間の「祈り」は心地よいと妹は言っていた。
……実際に祈られてる今、正直その感覚は分からなかった。だから私は、男神アストゥラルは彼女の願いを叶えない。その代わりに。
扉が魔力によって破壊され、闇に閉ざされた広間に血だらけの騎士が押し入った。
男の血走った眼は、暗闇に目を凝らしたのち大きく見開かれる。
「だ、誰だお前は……!」
「ッ、わ、私はナフィア! 姫様の侍女をしている……」
「違う! お前の後ろにいる化け物のことを言ってるんだ! ヒッ、一体どうなって」
ナフィアが振り返るのと同時、私は今しがた出来たばかりの手をかざし、エーテル……妹から引き継いだ霊魂領域の力を引き出し、騎士の左胸を白き光の矢で貫く。
「ッガハ、ま、さか……なぜ女神の……」
大量の血を噴き出し崩れ落ちる騎士の体と、こちらを驚愕の表情で見つめるナフィアの姿。おっ、今左目も出来て両方揃ったな。流石マティリアル。仕事が早い。
「あ、貴方は、一体」
「土壇場になって頭だけ良くなろうと意味は無い。何故なら知恵とはこういった事態に備えるか、そもそもそうならぬよう避ける為に用いるものだからだ」
「あっ、え」
「今求めるべきは知恵ではない。では何が必要か分かるか? ナフィア」
「え、えっと……その、ものすごく強い、護符とか?」
「うーん、確かに守りも手段の一つではあるけど、もっと手っ取り早い方法がある」
頭の先からつま先まで出来上がり、自らの身が白い布に包まれてるのを確認する。うん良かった。流石に裸じゃ締まらないからなぁ。
私は目の前にいるナフィアと改めて目線を合わせ、そうしてフィリスが普段しているような笑顔を作った後、口を開いた。
「君たちの王様と、そうして私の妹が得意としてる暴『力』さ」




