58.戦士の覚悟
ああ、最悪だ。どうして私だけがこんな目に。
「セシリア様……! ヒッ、こ、この症状、呪痕の魔術か!?」
「おい、誰かセシリア様に呪詛返しのやり方を!」
馬鹿が。こちらは舌を切られてるのだから、呪文など唱えられる筈もないだろう。ああ、体が燃えるように痛い。苦しい。
「セシリア……! ッ今すぐルミネスの縁者を呼んでこい! これより『大聖痕』の移植を始める!」
違うだろうドルガノ? 聖痕を失えば私は確実に死ぬ。そうなればお前はジニアス陛下から叱責を受けることに……ああ、クソッ、熱で頭が回らない。
「しっ、しかし、こんな劣悪な環境で聖痕を移植するなど聞いたことが……もし失敗すればどうなるか」
「愚か者! 今ここでルミネスの聖痕を失う以上に恐れることがあるのか!? ……セシリア、頼む。どうか持ち堪えてくれ。お前がここで力尽きたら、聖痕騎士団は大きな深手を負うことになる。どうかお前の、騎士団長としての意地を見せてくれ」
知るかそんなもの。私はそもそも、騎士なんて面倒なものにはなりたく無かったのだ。
徐々に、ドルガノや周りの騎士が何かを叫ぶ音も遠くなる。ああ、痛い、苦しい、嫌だ。結局私は最後まで一人だ。
騎士になったのは、そうならねば生き残れなかったからだ。自身より二十も上の男に媚を売り体を捧げ。そうしなければまた、私は聖痕の芯材に選ばれ無様な死を遂げていたことだろう。
「ッア、アアあ゛ア゛アッ」
不意に、呪痕による重く気怠い苦痛とは別に、身体中の感覚を呼び覚ますかの様な激痛が全身を迸る。
痛い! 痛い痛い痛い! それは、大聖痕を無理に体から引き剥がしているが故の痛みだと分かった。
おい、ふざけるなドルガノ! これ以上私を惨めで苦しい目に遭わせるぐらいなら、いっそ潔く殺せ!
私を、このセシリア・ルミネスを誰だと思っている! 女神の生まれ変わりと讃えられ、この世で最も美しく、そうして誰よりも大切に扱われる価値のある女。
ああ、騎士になんてなりたくなかった! 私は誰からも愛される、まるで物語に出てくるような幸せな姫君になりたかったのだ。強く美しく、若い王子様と結ばれて。汚いものなど何も知らないかのように笑って、愛する人の側でただ温かく穏やかな日常を過ごしたかった。
お前達のせいだ。聖痕騎士団。この汚らわしいクズの掃き溜めが。ドルガノ、お前だって公明正大な様を装っているが、まだうら若く汚れを知らない私がお前の上司の食い物にされる様を平気で見逃した。見て見ぬふりをした。この偽善者が。本当に反吐が出る。
お前も苦しめ。呪われろ。皆、皆死んでしまえ!
……そんな祈りが、いる筈もない神に届いたのだろうか。
私から聖痕を引き剥がしていたドルガノが、突如顔を苦痛に歪めうずくまる。それにより、左胸から起こっていた激痛が取り除かれ、私は呪痕の苦痛に苛まれる中でも束の間の安らぎを得た。
もう、お前でも良い。どうせ私が本当に求めているものは永遠に手に入らぬのだ。ならばせめて、お前だけでも私の道連れとなって共に死ね。ドルガノ・レミアス。
「オ、オルフィス様! 敵が城内に侵入しました!」
「クッ……パウロルよ! 魔術道具の備蓄は」
「まだ十分にあります、しかし人手が足りない……奴ら、まだ増援を呼ぶ気か」
ノースフィール最北、ノーラントの山頂において俺たちは山を登る騎士達を各所で食い止めつつ、山城に篭り防衛戦を行っていた。
……戦況は絶望的だ。想像以上に騎士の数が多く、奴らも諦めが悪い。城に備蓄していた魔術道具を用い、罠を張り、地形の利を生かしてもなお敵の何人かが戦線を突破してくる。
オルフィス様は儀式を伴う魔術により、遠距離から敵を攻撃して登りくる敵を仕留める。城に潜入してくる騎士達も、トエル家の家臣団である竜骸兵が都度対処しているが……とにかくキリがない。
「パウロル殿! 城門の結界は……」
「今から張り直す、お前はここに残、……ッ! おい、後ろ!」
魔力により練られた矢が、同胞の頭を貫き残りの矢がこちらに襲いくる。杖の先端に魔力を込めて弾き、それでも殺しきれなかった魔力の残滓が腕を刺す。
「オルフィス様! 逃げてくだ……」
崩れ落ちる同胞の後ろから、剣を持った騎士が勢いを付け飛び込んで来る。ああ、これはもう避けられない。せめてオルフィス様だけでも助かればと祈りつつ、自らの体を盾に剣を受けようとした時だった。
騎士の体が胴から真っ二つに両断され、剣の刃先は俺の革鎧の表面を撫でるにとどまった。その奥から現れる小柄な人影……その正体に気付き、俺は思わず声を上げた。
「イチロ! お前、今まで何処に」
「ノースフィール荒らす 騎士達殺し回っテた 進軍速度早かっタから 急いでコッチに来て 今着いたトコロ」
黒曜石の剣を振り抜き、血を払いながらそう彼は答えた。
そこにはイースタールの遠征以降、ずっと行方不明になってた名ありのコボルト筆頭。第一遠征部隊長イチロの姿があった。纏ってる衣類はボロボロに黒ずみ、その風貌は幾分荒んだものになりつつも、彼の目には未だ理知的な光が宿っていた。
「……スマない ノースフィールに騎士多く来たノ 俺のせいだ 道中で騎士達ガ言ってタ ドルガノは俺を殺しタガッてる 俺がフィリス様の元カ ノースフィールか どちらにイテモ殺せるヨウ アイツは」
「おいおいそんなことどうでも良いだろ! とにかく無事で、そして今来てくれて助かったイチロ。急ぎ城内を回って騎士を見つけ次第倒してくれ。見張りの報告では、少なくともあと一人城に侵入してる筈だ」
「……ッ、ああ、分かっタ!」
イチロが行った後、俺は吐いた息と共に思わず抜けそうになる気を引き締めるべく頬を張る。
駄目だ、騎士達の数も体力も決して無尽蔵ではない。いつか終わりは来る筈だ。そう信じて、俺はオルフィス様に声をかける。
「オルフィス様。結界を張り終え次第、すぐ此処に戻ってきます!」
「分かった。私も自分の身は一人で守れる……くれぐれも気を付けて行け」
彼の言葉に、俺は笑顔を繕った後に踵を返す。
そうだ、俺たちが倒れたらいよいよ後がない。城の広間には、ナフィアと姫様……フィリス様が命より大切にしている者達がいる。だから何としてもこの城だけは守り抜けと、そうオルフィス様は俺たちに告げた。
……結局、フィリス様が何を隠しているのか。あの広間に何があるのかを俺は知らない。だが、別にそれでも構わないと思っていた。
俺が魔術と道具作りを教えたコボルト達はとても気が良い奴らで、俺は彼らが可愛くて仕方がないのだ。ナフィアだってそうだ。だから、そんな彼らが大切にしているであろうこの城を、彼らの居場所を守りたい。それだけで、命を張って戦うには十分な理由になった。




