57.ヨンカの決意
俺は一足先に自陣へ戻り、皆に聞こえるよう大声で告げる。
「皆! あのコボルト達ハ 騎士団に家族ヲ人質ニ取られてル! なるべく怪我サセズ 無力化シテ欲しい!」
その言葉に、前へと進み出たのはフィリス様だった。
「良く知らせてくれた、ロクス。あのコボルト達は俺が一人で相手する……お前達! 先ほど伝えた作戦通り、これからドルガノ達の軍を追走する。聖痕の所持者共を決して逃すな!」
そう言ってフィリス様は馬に跨り、ちょうどメレノアが引きつけているコボルト兵達の方へと走り去る。
……彼らの数はおよそ三、四十ほど。しかしあの練度であればフィリス様の敵ではないだろう。その頼もしい背中を横目に、俺もサブロ達に混じり移動の準備に回る。
「サブロ! 作戦の内容ヲ」
「アァ、ハーピーの奴らと共に、ドルガノの軍ニ後方から突撃スル 『聖鎖』ノ足止めヲ食らっタラ、後ハぁメレアノの出番ダ 俺たちニハ秘密兵器ガ……」
「私がヤル」
耳に馴染むその声に、俺はサブロと共に声の方を振り返る。
そこには少しやつれた様子のヨンカの姿があった。しかしその目は爛々と輝き、昨夜とは打って変わり何か強い気迫のようなものを感じた。
「オイ、馬鹿かヨンカ、ドルガノ相手ニハ危険が伴うって フィリス様モ言ってたダロウ? メレノアに任しとキャ良いんだヨ」
「馬鹿はアンタよサブロ 元騎士団デ 仲間を裏切った メレノアは信用出来ないッテ 自分でソウ言っテたじゃナイの 仕損じたラ仲間が死ぬ大事な役割ヲ 私ガ譲る訳ナイでしょ」
「何言ってやガるヨンカ! テメェは一回頭を冷やセ!」
さっきから何の話をしてるんだ二人は。
言い争う彼らの間にどう入ろうか悩んでいる所、ゴロスが荷車を押しながら駆け付ける。
「ヨンカ 頼まれてタの持ってキタ」
「ありがとう、ゴロス」
「オいゴロスてめぇ! 命令違反ダロウが!!」
「サブロ、フィリス様前に言ってタ 上の命令だけガ全てジャないって オレは第五部隊の長としテ 皆を何度も死地に送り出しテきた ダカラ今回も準備万全」
そう言ってゴロスが取り出したのは、紐いっぱいにぎっしりと連ねた護符だ。確か以前、フィリス様が『呪痕』による敵方の攻撃に対抗すべく、付けていたものと同じ……。
「オイ まさカ」
次にヨンカがゴロスから受け取ったのは、彼女がドラゴンを討伐した際その素材で作ったという、未だ新品同然の魔術道具であった。竜の骨の先端を削り上げ、艶やかに表面を磨いた骨杭。そうして同じく竜の骨で出来た揃いの槌。先祖代々魔術道具の作成を得意分野としてきたという、パウロル様渾身の作品だ。
「コレはドルガノの腕、あとはコッチもヨンカが預かってくれ」
「分かっ……」
「バカ!!!!」
俺はそう大声でヨンカを怒鳴りつけ、ついでゴロスの頭を怒りのままに叩いた。ゴロスは呻きながら叩かれた箇所をさすり、ヨンカは俺に初めて暴言を吐かれ、やや驚いたのだろう。軽く目を見開いた後、笑顔を作った。
「随分言うようにナッタじゃない ロクス」
「ドルガノに『呪痕』の魔術ヲ使う気か!? アイツはフィリス様と同じく 呪詛返しヲ使えるカモしれないんダゾ!? 絶対に駄目ダ!」
「デモ誰かがヤラなきゃ ドルガノの『聖鎖』は突破出来ナイ」
ヨンカの言葉に、思わず喉が詰まる。
聖鎖。女神の右足を食らったレミアスの聖痕による秘術は、地面から魔力の鎖を無数に生み出し敵の動きを封じるというものだ。俺たち地を歩く生き物にとって、まさに天敵となり得る能力。
あれをマトモに使われたら、残す戦力はハーピーらのみとなる。彼女達は戦士として優秀だが、それでも陸の支援なく騎士達を相手にするのは骨が折れることだろう。ましてやドルガノ率いる騎士達は、他と比べ練度が高いとされている……つまり聖鎖を使われた時の勝算は、限りなく低い。
ゴロスがしばしの沈黙の後、口を開く。
「コレは以前イチロが俺たちに残した切り札デ ヨンカもズット俺たちの為ニ戦ってキタ 俺はヨンカのコト信じル ダッテ絶対ニ生きて帰っテくるんだろ?」
「エエ……ゴロス、信じてくれてアリガトウ ロクス、サブロ フィリス様は私達に気ヲ遣って 私の代ワリにメレノアに危険な役目を負わせタ デモ彼女は……フィリス様の実の妹ダわ ソレに魔術師同士ダカラ分かるノ メレノアには私ホド 『呪痕』の魔術の才能ハない だからドルガノは私がヤル」
「アアぁ……ヨンカ」
「それにロクス 貴方さっき言ってタわよね?」
頼む、やめてくれ。
しかし悲しきかな、この期に及んでどこか冷静な俺の頭は、ヨンカの決意と言い分に冷徹な合理を働かせている。意味をなさない静止の声以外に、彼女を説得する術が見出せない。
「アイツは……私達の同胞であるコボルトを捕まエ 家族ヲ人質に取り 望まナイ同族殺しをさせヨウとした」
ヨンカの目に宿る強い感情に、いよいよサブロも言葉を失い口を噤んだ。ああ……そうだ。この場において、俺たちはコボルトの命を預かる長としてきっと同じ感情を抱いている。
「絶対ニ生かしテなるモノか ドルガノ・レミアスは 第四遠征部隊長ヨンカの名においテ 必ず呪い殺ス」
……彼はもう、ヨンカが殺したくないと嘆いていた人々と違う。俺たちが排除すべき、決して相容れない『敵』になってしまったのだと。
「分かった」
あの後、コボルト達をフィリス様に任せて戻ってきたメレノアに、移動の最中俺たちは変更になった作戦の内容を説明する。
俺とヨンカ、そうしてメレノアは馬車に乗って移動していた。サブロが率いる騎兵部隊は、砦を迂回して南下するドルガノの部隊を目で捉えながら、俺達の前を走る。上空ではハーピー達が、俺たちの進軍速度に合わせ羽ばたいていた。
「ではこちらを一度私が引き受ける。ヨンカ」
「エぇ」
「フィリス様から役目を仰せつかったのは私だ。お前は私の腕に疑問を抱いているようだが、ならば今その目で確かめるといい。私が優れていると証明出来たら、ドルガノ・レミアスも引き続き私が討つ」
メレノアは、ヨンカから呪痕用の杭と槌を受け取りながら、そう言って口端を吊り上げる。
「ヨンカ、メレノアは中々強いゾ さっきコボルト達の相手任せタ時も 攻撃全部躱してタ アレ俺やフィリス様と同じ 目の魔術ヲ使ってル 俺よりモ上手い」
「あぁ、ラミシス王家の血を引く者は皆適性を持っているからな……さて、距離も近づいてきた。そろそろか」
俺は手振りで周りの連絡兵に伝え、前線のサブロ達に届いたことを確認する。
「アア……コレからドルガノ達に攻撃を仕掛けル マズは頼んだ メレノア」
俺の言葉に、メレノアは目の前に置かれた物体に杭を当て、呪文を唱える。
……今朝方もぎ取ったばかりの、女の右腕。おそらく異変に気付いた前軍の動きは鈍り、こちらの部隊が追いつく事となるだろう。そこから先が、文字通りの勝負となる。




