55.告解
メレノアの情報によると、副騎士団長率いるドルガノは今日、このチェティリ要塞に到着する予定だったのだという。
「チェティリ要塞が完全に陥落したことを知れば、ドルガノは一度砦を迂回し聖都ラミシスに向かうだろう。だが俺達としては、此処でドルガノの軍を破り彼の身柄を確保したい」
「ナルホド それでこの仕掛けガ必要ニ……」
俺達はチェティリ要塞内にて、火をつけて周り騎士の残党を炙り出し掃討した。それが終わった後、騎士達の屍は要塞内に放置し、代わりに要塞の壁上と外に陣を置きドルガノ達を待ち構えている。
……セシリア・ルミネスは今鎧と服を剥ぎ取られ、ボロ衣一枚を着せられた無様な姿で要塞の壁の上、棒に括り付けられ項垂れていた。しかし彼女は、本物のセシリアではない。姿惑わしの首飾りをかけ、彼女の姿に擬態したメレノアだ。
淡い金色の長髪を風にたなびかせ、白い肌と豊満な肉体は、遠目にもその存在感を放っている。
一方本物のセシリアは惨めなものだった。自慢の髪を短く男のように刈られ、その顔と体には黒と赤の斑らな醜いアザが散っている。舌と足の腱、両手の指を切り落とされ、彼女はもう聖痕の秘術を扱うことも剣を握ることも出来ない。ただ血走った緑の目で、砦の上にあるかつての自身の姿を睨み上げていた。
「この女はドルガノを誘き寄せる為のエサだ。聖痕の所有者が死ねば、それを依るべにしていた縁の者達は秘術を扱えなくなる。彼はセシリアを奪還すべく、この砦を攻めるしかない……ロクス」
「ハイ、フィリス様」
「昨日メレノアと、何故俺がお前達に騎士殺しを強いるか話し合っていたそうだな。サブロが怒鳴り込んできたよ。裏切り者のメレノアが、ヨンカの代わりにコボルト兵達を素直に従わせられる筈もない。だから考え直せと。サブロのいう事は最もだと思い、俺は部隊の編成を組み替えメレノアには別の役目を任せた……俺は、お前たちが思うほどに完璧な存在ではない。だから俺に間違いがあると思うなら、どうかそれを素直に打ち明けて欲しいんだ」
フィリス様の方を見る。彼の金茶色の瞳は、まるで鏡の様にこちらの姿を反射していた。
……俺は一拍置いて、自らの考えを口にする。
「フィリス様、貴方の言葉ハ 嘘と本当ガ入り混じってル メレノアと同じダ」
「なぜそう思うんだ」
「メレノアは俺が騎士シェドネに化けた時言ってタ フィリス様が騎士を殺すのハ何故なのカと メレノアは昨日最もラシイことを言ったケド アンナのは詭弁だ 彼女モ本当ハ 敵を情け容赦ナク虐殺するコトが オカシイコトだと分かっテル」
俺達と共にセシリアを裏切った騎士達が処刑される時、メレノアが俺に問いかけていた疑問はきっと本心だった。俺達のした事は間違っていて、愚かなことだ。しかしメレノアは次会った時、それを当然の事なのだとまるでフィリス様や俺達を擁護するかのように嘯いた。
「何でフィリス様ハ 俺達に間違ったコトをさせタ? 聖痕を持つ者ダケを殺せば良いノニ 俺達仲間の犠牲を払っテでも騎士達を大勢殺シテ ……それとも三人ダケ殺せば良いというガ 嘘なのか? 本当は騎士達ヲ全員殺サナキャ知性を取り上げるト そう神が言っテいたのか?」
「……」
「フィリス様さっき言ってタ 間違いガあると思うナラ 素直に打ち明けろト なら騎士達ヲ必要以上ニ殺すノを 止めて欲しい フィリス様のせいデ サブロは肉体に ヨンカは心に多くの傷を負った それにナカマの兵達が……ウゥ……無為に死んダんだ」
込み上げてくる熱で喉が詰まる。
聖戦。神から与えられた知性を永遠のものにすべく、自らの意思で戦いに身を投じた。覚悟はしていた筈だったが……それでも尚、俺はまだ甘かったのだ。
今更こんな訴えをした所で、もう遅いのは分かっている。いくら悔いようと俺達の奪った、そうして奪われた命が地の国から戻ってくることは無い。それでも言わずにはいられなかった。
フィリス様は、しばし沈黙した後に言葉を紡いだ。
「分かった、次の戦いでは彼らの被害を最小限に抑えよう」
「エ……」
そのあまりにあっさりとした回答に、俺は目を見開いてフィリス様を見る。そんなに簡単に止められるのなら、今までなぜ。そんな俺の疑問を読み取ったかのよう、彼が口を開く。
「ロクス。何故お前の提案を受け入れたかというと、聖戦もいよいよ大詰めだからだ。ドルガノさえ討ち取れば、後はお前達が出る必要もない。それは今朝の作戦会議でも話しただろう」
「……ハイ」
「騎士達の殆どを殺害したのは、メレノアが言うよう主要な残存戦力が敵将に吸収されるのを防ぐためだ。彼らを殺さない場合、捕虜として捕らえ食料を与える必要が出てくる。だがそれは俺たち遠征部隊にとって大きな負担となるだろう?」
「ハイ、だから行く先々デ 騎士は皆殺しにしタ デモ、セシリアとドルガノ死んだら 敵将居なくナル 騎士達の大半モ秘術ガ使え無くなる」
「そういうことだ。それでも反乱の危険を排除すべく騎士共は皆殺しにした方が良いと思うが……ロクス。心優しいお前達コボルトがそれに胸を痛め、双方の犠牲を厭うのであれば。多少のリスクに目を瞑っても、敵を殺さず生かす道を選ぶ方が良いと俺は判断した。どうだ、これで納得してくれたか?」
……なるほど。メレノアが言っていたことはあながち嘘でもなく、騎士達の殺戮はフィリス様なりの合理があってのことだったのか。
彼はやはり俺たちの事を気にかけてくださっている。最早その事実は疑いようもないのだろう。だから後は、胸の中にわだかまっていたもう一つの疑問を口にした。
「……フィリス様は騎士達ヲ 同じ人間ヲ殺すコトに 罪悪感ヲ覚えるコトはないのカ?」
「無い」
彼のその答えはあまりに端的で、冷淡なものであった。
「ロクス……これから俺が話すことは嘘偽りのない本音だ。コボルトの中でも特に理性的で、中庸な立場で物事を俯瞰し考えられるお前になら、話しておいても良いだろう」
「……ハイ」
「まず大前提として、俺達人間は救いようのないクズだ。だから彼らが何人死のうと、お前達が心を痛める必要はない」
それは、今までのフィリス様であれば決して俺たちの前で口にすることの無かったであろう。悪意と残虐に満ちた言葉であった。
俺はごくりと喉を鳴らし、無言で続きを促す。
「俺や騎士達の祖先は、かつて肉の犠牲を伴う魔術でもって魔物を殺し、社会での地位と名誉を得てきた。それはお前達魔物に不都合なだけでなく、時に彼らが守っていた民からも嫌われるものだった」
確かに、以前パウロル様やオルフィス様が話していた。魔術師は女神が降臨して以降、徐々に権威を失い迫害される立場に追われていったのだと。
「身勝手な話だと思わないか? 人間達が安全に暮らせていたのは魔術師のおかげなのに、女神が現れたら民達は手のひらを返し彼らを排除したんだ」
「ウン、ヒドイと思う」
「そうだ。人間はヒドイ生き物なんだ、ロクス。だがもっとヒドイのは俺と聖痕騎士団の祖先達だ。民には、女神が自らラミシス王夫妻と四人の臣下に己の身を差し出し加護を与えたと伝わっている。だが実際は、女神を脅威に感じた一部の魔術師らが画策し、善良な彼女を貶め強引にその力と肉体の大半を奪い取り貪った。……なあ、セシリアよ? きっと俺達の祖先は、お前のように愚かで身勝手で、他人の痛みなど微塵も想像出来ぬさぞ恥知らずな人間だったんだろうなぁ?」
フィリス様が、不意に横にいたセシリアを足蹴にし地面に転がす。言葉にならない怒声を発し、彼の足に噛みつこうとする彼女の頬をフィリス様は躊躇なく蹴り飛ばした。その目はまるで道端のゴミを見つめるかの様に冷たく、そうして戦いの中で幾度も垣間見た憎悪の炎が激っていた。
「フィ、フィリス様 もうやめ……」
「これで分かっただろうロクス。俺はどうしようもない人間達の中でも、特に穢れた血を継いでいる。だから同じクズを痛めつけ殺した所で心はちっとも痛まない。むしろ晴れ晴れするほどだ。人間共に祭り上げられ勇者として魔物を殺していた時より、今の方が余程気分が良い!」
その言葉に、俺は酷いショックを受けて膝から崩れ落ちそうになる。だが、それを寸での所で耐える。フィリス様はとても賢い。だから俺が傷付き失望することを承知で、それでも尚伝えたい事があるから、こうして俺達に隠していた……彼自身の悍ましい負の感情をここで曝け出しているのだろう。
「ロクス。今の俺の在り方は、間違っていると思うだろう」
「……」
「だが人間の社会では、これがある程度正しい事としてまかり通る。ありのままの人間の本性は、大抵が醜いものだ。だが俺達は己の内面が醜いことを是とし、嘘を吐き外側を繕う事で、あたかも自らが善の存在であるかのようなフリをして人を動かし社会を発展させてきた」
「フィリス様」
「俺は人間が嫌いだ。でも妹のフィオナのことや……お前達コボルトやナフィアの事は心の底から好ましく思ってる。だから、お前達の為になることをしてやりたいと思っているが……ハハ、俺はとことん性根の曲がりきった人間だからな。時にやり方を間違えることがある」
「フィリス様ハ きっと自分デ思うヨリも 悪い人間じゃナイ……悪いノハ フィリス様をこんな風に追い詰めタ 世界の方だ」
それは我ながらいい加減な言葉で、しかし心の内から出た紛う事なき本音であった。
彼は、セシリアとは違う。自分を悪だと認識出来るのは、その心に善良さが残っているからだ。そうしてフィリス様がそうであると分かった瞬間、俺はある種の失望を抱くのと同時、ひどく安堵した。
彼は俺達の王で、しかしそれ以前に俺たちと同じく正と負の感情、善悪の間で揺れ、苦しみを抱える存在なのだと分かったのだから。
俺の言葉に、フィリス様は今までに見たことのない。まるで泣き出す前の幼児のような顔をして、ぽつりと言葉を紡いだ。
「違うんだロクス……俺は、お前に間違いを受け入れて欲しい訳じゃない。人間は優しくする価値もないクズなのだと学んで欲しかっただけだ。お前達のその優しさは、人間に利用され己の身を滅ぼす。どうして分かってくれないんだ」




