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54/81

54.信頼



 俺達コボルト隊長組は、要塞攻略の後の報告や始末をすませた後、とある天幕の一つに集っていた。


 そこにニクスの姿はない。彼はメレノアの治癒魔術により一命は取り留めたものの、負った傷が深く今は傷病人を集めた場所で休養している。


「まったくヨォ、俺達に『必ず生きテ戻る』なんテ約束させた当人ガ死にかけテちゃ 世話ねぇゼ」

「オイオイ ソンナ言い方しナクても」

「怪我ニ関してハ サブロも似たり寄ったり」

「俺様ノは名誉の負傷ダァ」


 サブロの体には、治癒魔術をかけてもなお残る傷跡がいくつも刻まれていた。

 彼は前線に出て暴れ回る役なのもあり、生傷が絶えない。特に今回の要塞攻略で、サブロは誰よりも多く騎士を殺したが、何度か手痛い反撃をくらいユニコーンも二頭ほど消耗した。


「ニクスこそ名誉ノ負傷だ 俺ヲ庇って怪我シタ」

「アァん? ……そりゃ意地デモ約束を守らせたかったんダろうな マ、セシリアも捕まっタし 結果オーライってコトで良いんジャねぇの」


 サブロは戻し済みの謎肉を齧りながら、ニクスの件についてそう結論付けた。彼の話に水を差したというのに、ずいぶんと追及の手が甘い。サブロなりの気遣いか、それとも気丈に振る舞っていながらも、実際は見た目以上に疲弊しているのか。


 ……今回の戦いは、戦果も大きいが同時にこちらの消耗も激しかった。戦続きなので無理もないのだろうが、それでもやはり、聖痕所持者との戦いは過酷だ。アレが後、二人分も残っているのか。考えれば考えるほど気が滅入る。


「……オイ、ヨンカァ お前イツまで塞ぎ込んデンだ ニクスの約束通り 俺達はチャアンと生きて戻っテきたんダゼ? 何ヲ落ち込むコトがある」

「ウルサイ」


 そう言葉少なに言い捨てて、ヨンカは膝に顔を埋める。


 肉体的な消耗はニクスやサブロが上だが、おそらく精神的に最も消耗しているのはヨンカだ。彼女は突撃隊長のサブロに代わり、前線の指揮を担っていた。きっと見たくないものを何度も直視せざるを得なかったのだろう。辛い選択をし続けたのだろう。ヨンカは気丈だが、同時に女性らしい優しさ故の繊細さもある。


「ヨンカ……疲れてるナラ無理シナくていい 戻って休め」

「いーやロクスぅ、余りヨンカを甘やかすナ 大体一人にシタとこで 同じようにウジウジ隅に蹲っテるだけダロ なら俺達と一緒にイタ方がまだマシだ」

「そうだソウダ 何より俺達一緒ナラ 肉モ大盤振る舞いダ ほらヨンカ、お前の肉モ取ってアル 一緒に食べよう」

「イラナイ 貴方にあげるわゴロス」

「なら遠慮ナク」

「ゴロス、お前は切り替えガ早すぎル……ホラ、一切れクレ」


 俺はゴロスから肉を一切れ貰うと、場所を移動しヨンカの隣に腰掛ける。彼女はちらりとこちらを一瞥したが、幸いにも拒絶されることは無かった。

 

「ヨンカ せめて一口ダケでも食べナイか お腹空いてタラ 気分も落ち込む フィリス様もソウ言ってタ」

「……フィリス様」

「ン?」

「フィリス様は何故 私達ニ人間を殺させルの? ドウシテ、セシリアを捕まえた後モ 私達は戦って騎士達ヲ殺さなきゃいけなかっタ? 必要で殺スのは分かる でもアノ殺戮は決して必要ジャない なのにドウシテ……」


 ヨンカの問いかけに、俺は返す言葉を見つけられなかった。

 

 俺は先ほど、慈悲を乞う騎士達を容赦なく裁いたフィリス様を見て、自分の中にある答えを見出した。「彼自身」が聖戦を行う目的。それはきっと、フィリス様から大切なものを奪い続けてきた全てに対する『復讐』なのだと……彼の怒りと憎しみに満ちた目を見て、俺はそう確信した。


 だが、それを今ヨンカに伝えてどうなる? その真実を知った時、きっと彼女は絶望して深く傷付き、戦う意義を見失うだろう。

 それに……フィリス様は自分の『復讐』のためだけに、俺たちを危険な目に遭わせるような人じゃない。殺戮に対して、何かしらの合理的な理由はあるのだろう。だがその理由が、未だ俺にも分かってはいなかった。



「なぜ殺戮が不要だと決めつける? フィリス様のされている事は極めて合理的だ。お前達コボルトの身を守る上でな」



 突如、天幕の入り口から聞こえてきた人間の声に、サブロとヨンカが素早く警戒体勢に入る。俺はその声と見知った姿に、手を制するように伸ばした後、口を開く。


「大丈夫ダみんな 彼女はメレノア セシリア裏切っテ 捕獲手伝っテくれた」

「メレノア……さっき言っタの どう言うコト」

「単純な話だ。聖痕の秘術を扱う騎士達は、お前ら魔物の敵。多く殺せば、その分次の戦いを有利に進めることが出来るからだ」


 メレノアは天幕の中に入り、問いを投げかけたヨンカの方を向く。


「逆に聞くが、もし騎士達を必要な数しか殺さず進んでいた場合。生き残った騎士がお前達に何をすると思う?」

「……」

「戦いの傷も時間が経てば癒える。態勢を整え、数が集まれば騎士達は再びお前達を敵として追い、殺しにかかることだろう」

「ソ、ソンナことない ダッテ戦うの怖い 皆もう怖いコトしたくないはず」

「それはあくまで民間人の話だ。彼ら騎士達は戦うことが仕事。フッ、まあその実態は随分粗末なものだが……彼らは上に命令されれば、必ず戦いに赴かねばならん。死ぬまでお前達の敵として立ち塞がる存在なのだ」

「……チガウ」

「何?」

「私が殺シタ騎士達の中にハ 死にたくナイと武器を投げ捨て 戦うコトをヤメタ人達もイタ 剣を持つ手ガ震えて 泣いテル人もイタ 彼らはアノ時……決して私達ノ敵では無かった 民間人トは違う? 嘘だ 彼らハ町や村の人間達ト 何も変わらナイ……」

「……なるほど。フィリス様が言っていたよう、これは重症だな」


 メレノアは立ち上がり、俺たちの姿を見渡して言った。


「次の戦いでは、ヨンカの替わりに私が出る。これはフィリス様の決定だ」

「エッ」

「ハァ!?」


 メレノアの言葉に、立ち上がり怒りの声をあげたのはサブロであった。


「仲間を裏切っタやつなんか、信用出来ねぇヨ! ったくよぉ、ヨンカ。くだらねぇコトで悩みヤガッテ 命乞いしてキタ奴らは皆 戦いノ使命から逃げた腰抜けなんダ! ブッ殺しゃイイんだそんなヤツら」

「サブロ……ヨンカと正反対 お前ハ図太すぎル」

「お前が警戒するのは最もなことだ。だが……サブロと言ったか? 信用して貰わねば私も皆も困る。不満があるなら直接フィリス様に言ってくれ」

「……アァ! そうしてヤルよ!」


 そう吐き捨て、サブロは大きな足音を立てながら天幕を出る。

 しばしの沈黙の後、ゴロスがおずおずとメレノアに肉を差し出した。


「アノ……メレノア、コレ食うか? サブロはああ言ったケド 俺はメレノア一緒に戦ってクレたら嬉しい 皆戦いニ疲れてボロボロなんだ 助けにナッテ欲しい」

「……ああ、勿論。私も、お前たちと共に戦う理由が出来たんだ。だから安心して、頼ってくれて構わない」


 そう言ってメレノアは小さく微笑み、ゴロスの手から肉を受け取る。

 俺の隣にいるヨンカは、しばらく彼女の姿を無言で眺めた後、ポツリと呟いた。


「あなた フィリス様に似てル」

「……母親は違うが、フィリス様は私の兄にあたる。似ているのは当然だ」

「ワタシ フィリス様のこと好きダッタ デモ今はわからナイ あなたのコトもそう」

「だろうな。だからお前は戦わなくて良い。迷いが晴れるその時まで、体と心を休めるんだ」


 そう告げるメレノアの声色には、紛れのない本物の優しさが込められていた。ああ、確かにヨンカが言うよう彼女は似ている。だから俺は、メレノアに一つの疑問を投げかけた。


「メレノア、さっきフィリス様は 俺達コボルトの身を守るタメ 騎士殺しヲさせてると言ったナ」

「ああ」

「本当にソレだけだと 断言出来るのカ?」


 俺の問いに、メレノアはしばし沈黙した。セシリアを前にした時、彼女が見せた憎悪と狂気を俺はハッキリと覚えている。でもきっと、先ほどヨンカにかけた労りの言葉と心もまた本物なのだろう。俺もまた、ヨンカと同じく何を信じるべきか迷いを抱いていた。だから。


「……その質問の意図は分からないが、断言出来るかといえば否だ。だがコボルトよ。もしフィリス様が腹に一物を抱えていようと、彼がお前達の益になることをしてきたのは事実だろう」

「アァ」

「なら、それで良いじゃないか。それとも清廉潔白でなければ、お前の為に尽くした仲間を信用できないとでも言うのか?」

「……」

「人間は誰しもが、単純な理屈や道理の中で生きてる訳ではない。物事を善か悪かの二択で判ずるのは知恵ある者の特権だが、その判断には常に間違いが伴う。だから私も……色々言ったが、自分の考えをお前達に押し付ける気はない。フィリス様を信じるか信じないか、それはお前達自身の頭でちゃんと考えてから決めろ」


 

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