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53.魔女メレノア



 チェティリ要塞での戦闘において、フィリス様率いる俺達の軍は犠牲を払いつつも、一定の戦果を上げることが出来た。


 ハーピー達が要塞内に侵入した頃。コボルトと騎士の戦いは前者が優勢な状況であったが、彼女ら翼亜人の援護が決定打となり、騎士らの軍隊は壊滅状態に陥った。


 セシリアの身柄は複数のハーピー達により運び出され、そうしてフィリス様の元に渡った後も、彼は砦中の騎士達の大半が死に絶えるまで軍を引かせることはしなかった。


 俺達の目的は聖痕の所有者であるセシリア・ルミネスの捕獲。そうして騎士達を……戦いの決着が付いた後であろうと、追い詰めて苦しみを与え、一人でも多くその命を奪う事にあった。


「シェドネ殿! あ、貴方について行けば……フィリス様に忠誠を違えば命だけは助かると、そう言ったじゃないか! なのに何故、貴方とメレノアだけがそこにいて私達は……い、嫌だ!! 来るな化け物共め!!」


 俺はシェドネの姿に化けたまま、今まさに処刑されようとする騎士達の姿をメレノアの隣で眺める。彼らは「セシリアを裏切りフィリス様に従う」という俺の言葉を信じ、砦の外へと逃げ延びてきたのだ。


 フィリス様に赦しを乞おうと、確かに俺はそう彼らの前で口にした。実行に移した結果がコレである。可哀想だとは思うが、それで心を痛めるにはあまりに……俺たちは多くを殺しすぎた。


「……シェドネ様」

「ナンだ」

「貴方は、シェドネ様の姿を借りた別人……フィリス様の部下なのでしょう。聞きたいことがあるのです」


 目の前で、騎士達の体が槍に貫かれ血が噴きこぼれる。


「フィリス様は何故、騎士の命を奪う事に拘るのでしょうか。聖痕の所持者を討ち取り、女神を呼び戻すという理屈であれば、聖痕を持たぬ存在をむやみに殺す理由はない筈」

「……俺も理由 よく分かっテなかった デモさっき一緒に命乞いシタ時 フィリス様の目ヲ見て ヨウヤク分かっタ」


 目の前の、理不尽に命を奪われる彼らの顔には絶望と憎しみの色が浮かんでいた。


「フィリス様はズーっと、怒ってタんだ 神様ニ言わレタ三人 殺スだけじゃ足りないグライ」

「彼が抱く怒りと憎しみは最ものこと。しかしこの騎士らは、直接フィリス様に害を為した訳ではない。何もしていないのに、怒りの矛先を彼らに向けるのですか」

「違う、何もしなかったカラ怒っタ」

「……」

「さっきフィリス様モ言っテた。『妹のフィオナを何故守らなかった』って。モシ……騎士の誰カが、勇気を出してフィオナ様ヲ助けてタラ フィリス様怒らナカッタと思う」

「……なるほど、確かに貴方の言う通りかもしれません」


 そう言って前を向くメレノアの目は、何処か遠くを見つめているかのようだ。灰色の外套のフードを外した横顔。顔の半分はナフィアと同じ痣に覆われてるものの、その金茶の髪と瞳は、俺達の知ってる人物に良く似たものであった。





「私を死刑にしてください、フィリス王子」

「死にたいのなら勝手にすれば良い。他人の手を煩わせようとするな、メレノア」


 戦場に設置した簡易な天幕の中、私は彼と二人……厳密には縛られ気を失ったままのセシリアを横に、言葉を交わしていた。


「そんな馬鹿げた願いの為に、ここへ来たのか。折角拾った命なのだから有意義に使えば良いものを」

「私の死は、フィリス王子の心の慰みになる。そもそも貴方が儀の生贄になったのは……逃げた私の代わりに、フィオナ様が贄の役割を引き受けた事がきっかけでしょう。貴方は私の事が、憎くてたまらないはずだ」


 私ことメレノアは、前王ネメシスと従騎士の母との間に産まれた私生児だ。フィリス様やフィオナ様とは腹違いの兄弟に当たる身の上で……そうして産まれながらにラミシス王家の聖痕の『芯材』となる事を定められていた。


 女神エーティエルの力が地上から失われて以降、『聖痕』が無限の力を我らにもたらすことは無くなった。大いなる力には代償が伴う。それは私達従騎士が知る魔術の大原則で、故にかつての『聖痕の秘術』を再現するため、王家と騎士達はこの80年以上悍ましい代償を支払い続けてきた。


 聖痕を依るべに死した女神の力を引き出す為、彼らは9年に一度「女神の肉を食らった者達の末裔」を『芯材』として生贄に捧げる。聖ラミシス王家ではこれを『女神降臨の儀』と兼ねて行っており、当然他の三家も、裏で同様の儀式を行っていた。


 ……これに強く反発したのが、フィリス様とフィオナ様だ。9年前ネメシス王の腹違いの妹、私たちの叔母が生贄に捧げられたのを見てフィオナ様は大層ショックを受けた。以降彼女は『聖痕』の力に頼らず、女神歴以前にあった魔術をもって国を守る術を模索しはじめたのだ。


「『聖痕』を軽んじ従騎士達の魔術を重んじるフィオナ様は、徐々に王宮内で疎まれるようになっていった。だからあの時、生贄の役目から逃げた私を追うより、フィオナ様を代わりの生贄に選ぶことを周りは選択した……あの時私が逃げなければ、貴方とフィオナ様が惨たらしい目に遭うことも無かったんだ」


 ここ最近、ずっと胸の内にわだかまっていた汚泥のような感情を吐露する。


「……フィオナ様は、私の母がフィリア様に痣の呪いをかけ死に至らしめた事を知ってなお、ずっと私に親切にしてくださった! なのに私はただ、自分の事しか考えられずフィオナ様を身代わりに……ウ、ウぅ……」

「……」

「あの時私が死ねば良かったのだと、今なお後悔せぬ日はありません。もう何もかも手遅れだとしても、フィリス様。今ここで妹の仇である私を殺してください。貴方にはその権利がある」


 涙で滲む視界の中、フィリス様が無言で自らの剣を引き抜くのが見えた。


 その剣をゆっくりと構え、そうして私の頭上に振り下ろす瞬間……頭の中にぶわりと今までの人生の記憶が走馬灯の如く巡る。


 

 私を抱きしめ、なぜ同じ妾の子なのにと泣いて暮らす母の姿。美しく愛らしいフィオナ王女に手を引かれ、王宮の庭を駆けた記憶。そうして母に頬を殴られた時の痛み。フィリア様との死別の後、すこしやつれた王女の横顔。部屋の窓際に置かれた、昔私が好きだとフィオナ様に話した花の可憐な色。最後に私を「姉」と呼んで背中を押した彼女の優しい声……。



 ……勢いよく振り下ろされたフィリス様の剣は私の頭上で止まり、数秒後。彼は自らの鞘に剣を仕舞って、静かに口を開いた。


「二度目になるが、死にたいのなら勝手に一人で死ね。お前が生贄の役目から逃げ出したのはフィオナの計らいで、結果自身が生贄に選ばれたことは……妹本人も納得していた」

「……!」

「妹が生贄に選ばれた後、俺に宛てた置き手紙にメレノアのことが書かれていたんだ。腹違いの姉を逃したのは自身だと。だから彼女の跡を追ったり復讐を考えることはしないようにと……ハハ、俺はフィオナから随分と信頼されているからな。釘を刺さねばやりかねないと思ったのだろう」

「フィ、フィオナ様……」


 私はそれ以外、何も言うことが出来なくなって俯いた。地面には相変わらず、縄で縛られたセシリアが、見るも無惨な姿で転がっている。彼女は私によって、そしてこれからフィリス様によって惨い罰を受けることになるのだろう……私もまたそうなる事を望んでいたのに、どうやらフィオナ様はそれを許してはくれないようだ。


「……お前の事は死のうが生きようが心底どうでも良いと思っていたが、気が変わった。メレノアよ」

「はい」

「俺の……そうしてお前の妹のフィオナはまだ生きている。俺が今回聖痕騎士団との戦争に踏み切ったのは復讐の意図もあるが、第一は妹の体を直すためだ。だからメレノア。もしお前が俺達に協力してくれるのなら、全てが終わった後に妹フィオナと会わせてやろう」

 


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