51.死線
「オラオラどけェーー!! 竜殺しサブロ様ノお通りだァーー!!」
そう言ってサブロは周りにいる騎士達を、巨大なグレイブ……磨きあげた竜の牙の穂先を付けた槍を振り回し、薙ぎ払っていく。
魔術で強化された刃先と、竜骸による腕力がもたらす攻撃は、騎士の分厚い鎧をも砕き肉を抉った。
サブロと周りの竜骸兵は、私やロクスらが運び込んだユニコーンに跨り砦中を駆ける。隊列を組む騎士達に対し、護符と一角獣の加護で武装したサブロ達が突撃し防御を崩す。その隙をついて身軽な歩兵部隊が複数がかりで騎士達に襲いかかり、トドメを刺すという戦法だ。
馬から引き摺り下ろされた騎士が、コボルトの剣により喉元を刺され絶命する。地面に倒れ伏した騎士の頭が、一角獣の前足に踏み潰されその中身を地面に撒いた。
……凄惨な光景にも、もう慣れた。私達の部隊は各々別行動を取りながら、聖痕の秘術を唱える騎士目掛け魔術攻撃を放つ。竜骸騎兵を狙っていた騎士の体が炎に包まれ、頭上に練り上げた魔力が霧散する。
敵を殲滅もしくは撤退させるまで、この戦いは終わらない。
最後まで気を抜くな。敵に隙を与えず攻撃し続けなければ、殺されるのは自分達だ。
「ミンナ固まらズ散っテ! セシリアの聖槍ニ狙い撃タレるワヨ!」
周囲の仲間に声を掛けながら、自身もまたユニコーンを駆る。竜の角で出来た大振りな杖と竜鱗の鎧は、敵と仲間双方の目を引くものなのだろう。
こちらに向けられた秘術の矢を躱し、別方向から打ち込まれた攻撃を魔術の炎で相殺する。それでも防ぎきれなかったエーテルの矢が、ユニコーンの加護を突破し竜鱗の鎧を焦がした。
すぐ側にある死の気配に、毛がぞわぞわと逆立つも表情を引き締める。騎士の攻撃をいなし反撃するこちらの姿に、仲間のコボルト兵達の目が希望の光をたたえ輝くのが見えたからだ。
……全身を防具で固めた私達より、歩兵の彼らの方が死ぬ危険性は格段に高い。それでも、今ここで皆を奮い立たせなければ勝てるものも勝てなくなる。死の恐怖に呑まれたら負けだ。心を強く持て。
「……! ヨンカ隊長、危ナイ!」
声の方を振り返ると、そこには今にもこちらへ放たれようとする魔術の矢。そうして憎しみに満ちた目で自身を睨み付ける、血まみれの騎士の姿があった。
この距離は避けられない。今詠唱してる魔術の発動も間に合わないだろう。せめて急所を守るべく腕で身を庇い、これから襲い来るであろう痛みを覚悟する。
ドラゴン討伐の際には、敵を前に立ちすくむ私をフィリス様が助けて下さった。しかし今、ここに彼は居ない……だから私一人でこの攻撃に耐えて、例えどんな姿になろうとも、生きて帰らなければ。
腕の隙間から、騎士が放つ矢の光を垣間見る。
……敵の体がぐらりと横に倒れ、軌道の逸れた矢を咄嗟に身を捩り躱わす。運良く後ろに仲間の姿はなく、壁に着弾する音を横に私はバッと上を見る。
塔の上、もくもくと上がる緑の煙信号。ニクスらの部隊が弓兵を討ち取った合図である。そうして塔のふちから顔を覗かせるのは、金属筒を構えるコボルト兵達。
……助かったという安堵より先、私は大声を張り上げ塔の上に呼びかける。
「貴方タチ 今スグそこから逃ゲテ! そのママじゃ的にサレ……」
「ヨンカ隊長! オレたちが援護スルから 一人でも多く敵倒しテ!」
その言葉に、私は唇を噛み締め、目の前の戦場を見据える。
……説得に時間を割く暇はない。これ以上は、彼らが助けてくれた命を無駄にする事に繋がりかねないからだ。
狙撃兵の存在に気付いたのだろう、騎士達の中の取りまとめ役が、号令をかけ仲間を建物の方へと下がらせる。
自身らの不利を悟って撤退するか。今がチャンスだ。
「投擲用意!」
私の号令に、追撃を仕掛けようとしたサブロが大声を張り上げ、一斉に竜骸騎兵達がこちら側へと身を引く。十分な距離を稼げたのを確認し、私達は再度の号令と同時、手に持った爆弾を騎士達の方へと放り投げる。
ゴロスとロクスが、パウロル様の教えを元に作成したガス爆弾だ。衝撃に強く、魔力を用いた命令にのみ反応し作動する。これ単体では、辺りにガスを撒き散らすだけで敵を仕留めることは出来ない。だが。
「……放テ!」
私の部隊が撃ち出した火の魔術が、騎士達へと迫る。そうして充満したガスに引火した途端、巻き起こる爆炎と轟音が辺りを包み、熱気が私達の肌を焼くかのよう噴きつけた。
……このぐらいの熱さ、なんでもない。
目の前に広がる地獄絵図と、生きながら人間が焼かれる音と匂い。
そうして爆発の裏。先程自身を助けてくれたコボルト兵達の居た塔が跡形もなく破壊され、崩れていくのが分かった。セシリアの聖槍に狙い撃たれたのだろう。焼き切れた金属筒の残骸が、上空から落ちてきて自身の足元に転がり落ちる。
「……ゴメンなさい。本当ニ、ゴメンなさい」
口から漏れるのが、最早誰に対しての謝罪の言葉なのか。自身でもよく分からなかった。
血と炎と煙でむせかえる死線の最中、冷える頭と心と裏腹に、鼻と喉の粘膜を焼くような熱がただ自身の中にわだかまっていた。
要塞の屋根やらひさしの上を飛び回る最中、先ほど弓兵達の……そうして自身の部下達の残った塔が、赤黒い槍の直撃を受け崩れ落ちる姿を目にした。
「ミ、皆ンな」
俺たちコボルトは皆、セシリアの聖槍の的にならぬよう、散り散りに行動しろと指示を受けていた。ゆえに自身は部下達が塔の上からサブロ、ヨンカの部隊を援護すると言い出した時、一も二もなく止めたのだ。だがそれでも彼らは聞かなかった。ここに留まる方が、一人でも多く仲間の命を救えるからと……。
「ウゥッ、クソぉ」
悲しみで胸が張り裂けそうになるのを堪え、俺はセシリアの聖槍が撃ち込まれた方角から、彼女が居るであろう場所へと移動を急ぐ。文字通り仲間の命を犠牲にして得た情報だ。悲しむより先、俺はその働きに報いなければいけない……決して彼らの死を無駄になどするものか。
やがて要塞の上部に設けられた露台の上。俺は目当ての人物の姿を目の当たりにする。
「……セシリアァ」
思わず俺は自身の歯を剥き出し、喉から唸り声を漏らす。俺の大事な仲間殺した。お前だけは決して許してなるものか。
フィリス様からは、彼女を生かしたまま捕えろと指示を受けている。麻痺毒を塗った針を手に持ち、セシリアから死角になる位置のひさしへと飛び移った。
彼女の後ろには、中年と壮年の境にある卑しい人相の男が佇んでいる。
そうして遠くから敵を観察している内、俺はあることに気がついた。
……これは賭けになるが、試す価値はあるだろう。砦の向こうにはハーピー達がこちらに向かっている様子が見える。決めるなら今だ。
俺は自身の服からもう一本信号灯を取り出す。一本目はハーピー達を突撃させる合図として、緑の煙を出すために用いた。俺はひさしの上で再びその煙を焚き、そうしてセシリア達に見えるよう風の魔術でそよがせた。




