48.勇者の加護
俺たちはフィリス様を取り囲むよう陣形を組み、要塞へと前進する。
チェティリ要塞。外壁との間を掘で囲んだ建物は、唯一の通行手段となる跳ね橋も上げられ、侵入者を拒むよう佇んでいる。
本来、砦攻めの定石は辺りを兵で囲んでの兵糧攻めが主なのだという。しかし俺たちにそれを出来るだけの頭数や食料の余裕はない。
……故に、多少の危険を犯しても壁を乗り越え侵入し、短期決戦で砦を落とす。フィリス様の策を頭の中で反芻しつつ、手綱を握りしめた。
「キ、キマした! フィリスさま!」
……俺にも見えた。
要塞に聳える塔の上、こちらを見下ろす金髪の女。セシリア・ルミネスの頭上に膨大なマナとオド、エーテルにより構築された魔力の巨槍が浮かんでいる。
それはかつてウェスティンでも目にした破壊の光。騎士団長セシリアが操る『聖槍』の秘術だろう。
騎兵として馬……一角獣ユニコーンに跨る俺たちは、馬具と鎧に縫い付けた護符の効果で、騎士達の攻撃に対する耐性を持っている。しかしそれでも、あの規模の秘術を喰らえばひとたまりも無いだろう。
「フィリス様」
「……あとは作戦通り、頼んだぞ。ロクス」
そう言ってフィリス様は自らの左手に魔力を込め、巨大な魔力の盾を構築する。周りのコボルト達は、防御呪文を唱えてフィリス様の肉体や周辺を保護した。
やがて要塞の上に築かれていた魔力の槍が、こちら目掛けて一直線に飛んでくる。瞬きをする間もなく、視界いっぱいに広がる赤と黒、そうして白い閃光。耳をつんざくような轟音と共に、しかしその光はこちらの身を焼くことなく、余波が防御壁と護符の守護により弾かれる。
ゴゴオォと何かが崩れるような大きな音と、こちらまで聞こえてくる人間達の悲鳴。
隣にいるフィリス様はオドを使い切ったからだろう、満身創痍のていで馬の首にもたれていた。
……俺は唇を噛み締めたのち、周りにとどろかせるよう大きな声を張り上げた。
「今ダ! 突撃ーー!」
ユニコーンに鞭を入れ、俺たちは全速力で馬を走らせ要塞へと急接近する。
視界の先にある要塞は大きな土煙をあげ、その外壁の一部が破壊され内部が露出していた。
……イースタールにてニクスらが命懸けで持ち帰ってきた『氷狼』フェンリルの竜骸。
元々氷の名を冠する魔物は、防御魔術の素材として高い適性を誇り、彼ら自身も魔術を操る。その中でも最上位に位置するフェンリルの防壁には、魔力による攻撃を鏡のように『反射』する特性が備わっているのだという。
フィリス様が魔力を振り絞り生み出した氷狼の盾が、聖槍を跳ね返し砦に被弾させたのだ。……セシリアの居た塔は崩れているが、その下にいまだ彼女のオドが見えている。仕留めることは叶わなかったか。
「まだセシリア生きテル! ……ゴロス!」
「アア、分かってル」
ここから先、フィリス様を頼ることは出来ない。我らの王が切り拓いてくれたチャンスを、今こそものにするのだ。
俺たちの率いる騎兵部隊が、跳ね橋のある城門の前に集う。
本来、固まって動けば先ほどの様、セシリアの聖槍を打ち込まれ一掃される危険性がある……故にこれは賭けだ。
「ニクス!」
「アア! ……撃ち方ハジメ!」
ニクスの指揮する部隊が、やや後方から金属の長筒を構え、外壁目掛けて杭を打ち込む。ペトロス様直伝の魔術により強化した鋭い黒曜石の切っ先は、硬い壁面にも深く食い込み、壁に固定されている。
一番乗りで壁に飛びついたのは、第三遠征部隊長サブロだった。
竜の鱗で作られた鎧は遠目に見ても鈍く光り存在感を放つ。彼は握りやすいよう加工された杭を掴み、もう片手に持った短剣を壁に突き立てながら、壁をよじ登っていく。
「お前ラァ! 俺サマに続けぇーー!」
「おオォーー!」
サブロの配下……竜骸により身体能力を強化したコボルト達が、彼に続くよう壁に飛びつき登っていく。ニクスの部隊は筒を下ろし、代わりに魔術で下から追い風を吹き上げさせ、彼らが壁を登るのを支援する。
……俺は外壁の上に目を凝らし、ヨンカに指示を出す。
「ヨンカ! 今だ!」
その号令と同時、彼女の率いる魔術兵らが外壁に向け各々の攻撃魔術を放つ。
通常、魔術による攻撃の飛距離は、弓などの物理的な遠隔武器に比べて短い。しかし外壁を登るコボルト達目掛け、上から落下してくる障害物を取り除くには十分だ。
派手な爆発音と共に上空からの落下物が砕け飛ぶ。その破片による多少の負傷者は出たものの、吹き上げる風の援護もありサブロらは着実と壁を登り、そうしてとうとうサブロが一番乗りを果たした。
……間もなく、外壁の上から人間達の悲鳴がとどろき、そうして何人かの騎士達が上から投げ飛ばされ、堀の中へと落下していった。
「サブロ! 暴れるのはほどほどにシロ!」
「分かってるヨォ! へへ、しっかしコイツらは今うかつに俺タチに手が出せネェ お前……イヤ、貴方サマのおかげデス! 我らガ勇者フィリス様!」
こちらまで響くサブロの大声に、俺は小さく息を吐いて「ああ!」と言葉を返す。
……フィリス様は力を使い果たし、ゴロス達後方部隊のもとで看病を受けていることだろう。
だから今、この場に立っているのは彼ではない。フィリス様から借り受けた『姿惑わしの首飾り』により、彼の姿に変身している第六遠征部隊長ロクスだ。
この戦いにおいて、最も厄介なのは騎士団長セシリアの扱う『聖槍』の秘術である。彼女の攻撃はフィリス様の『氷狼』の竜骸でしか防げず、その回数も彼が衰弱している今、せいぜい先ほどの一度が限度だ。
……だが逆に防げさせすれば、聖槍の破壊力はそのまま敵陣に跳ね返り、相手に大打撃を与えることが出来る。それは先ほど、フィリス様が実際に攻撃を跳ね返したことで、敵方も十分にその脅威を認識した筈だ。
「サスガ私たちのフィリス様 ただ元気な姿でソコに居るダケで アノ女狐の聖槍をモ封じるナンテ」
「ハハ……ソレデモいずれはボロが出ル 要塞に侵入シテからハ 各々別行動ダ 必ず生きて帰るゾ ヨンカ」
「……エエ、ロクス」
しばらくして、サブロの部隊のおよそ半分が壁を登り切った頃。
巨大なチェティリ要塞の跳ね橋が降り、そうして軋むような音を響かせ門が開いた。
ここから先は、部隊毎に別行動を取ることになる。
ニクスは最優先で弓兵を討ち、ハーピー達を砦内に引き入れる。サブロとヨンカの部隊は騎士達の掃討、そうして俺は騎士達に紛れてセシリアを捜索し捕獲。フィリス様の元へと引っ立てる。
大丈夫、きっと俺たちなら何とか出来る筈。そう自身の胸に言い聞かせ、俺はヨンカとニクスらと共にチェティリ要塞の中へと足を踏み入れた。




