43.贄の乙女
ここ最近の私は全く以って運に見放されていた。
狙っていた勇者フィリスの竜骸、左足と左手は未だ自身の手元にはない。サヴァン・ヘレノスが所有していた城と領地は、死者の証言を元にこじ付けた娘の罪状を口実に、彼を陥れ我がルミネスの直轄領として接収することに成功したが……もう一つの獲物であったバルバラの身は未だ行方知れずだ。
ドルガノの報告によると、彼女は北東の境の騒動に乗じて逃げ出したらしい。国王ジニアスも妃として彼女を娶ることには興味を失っており、放置していても支障は無いのだが、やはり良い気はしなかった。
「(あの娘の顔を拝んだら、取り調べを名目に日頃の憂さを晴らしてやろうと思っていたのに……)」
なぜこうも、私の思惑通りに事が進まないのか。どいつもこいつも無能ばかり。全く嫌気が差す。
……ただ、今行われている催しは、そんな私の心の憂鬱をわずかながらに慰めるものではある。
「セシリア・ルミネス騎士団長。今期の聖痕の『芯材』となる者を、どうぞお選び下さい」
そう言って頭を下げる男の肩は、微かに震えている。確か候補の中には、彼の娘の姿もいたはず。その哀れな姿を鼻で笑い、改めて自らの前を向いた。
今自身の目の前には、ドレスと宝石で着飾った十代の娘達がずらりと向かい合わせに並んでいる。美しく化粧を施したその初々しくも麗しい顔は皆、白粉越しにも青ざめこわばっていた。
彼女達は皆、ルミネス家の血を引く聖痕の恩恵受けし一族の子女らだ。女神の『聖痕』は一子相伝で、所持者の命をもって選ばれた次代に儀を経て引き継がれる。先代であった大叔父は、私に聖痕を譲り渡した後命を落とした。
故に我ら女神の血肉を授かりし一族は、『聖痕』を守るため多くの子を残すのだ。そうして彼らの命は聖痕を引き継ぐためだけでなく、それを「維持」する為にも用いられる。
「ふむ……」
椅子から立ち上がり、左右に並ぶ娘達の顔をよく見るため歩む。そうして折り返して半ば、とある娘の前で自身は足を止めた。
「娘、名はなんという」
「……! フィ、フィエラと、申します」
「そうか。お前はこの娘達の中でも一等美しい。かの女神も、きっとそなたの様に麗しい見目をしていたのだろう」
娘はぶるぶるとその体を震わせた後、亜麻色の前髪から覗く青色の瞳に涙を浮かべ、こちらの姿を見上げた。
「い、いえ……わ、私なんぞより、セシリア様の方がずっと……」
「ああ、私も十八年前。かつてルミネス家の聖痕の『芯材』として選ばれたことがあった。女神に良く似た乙女を贄に捧げた方が、聖痕の力も増すだろうとな……当時の騎士団長、ジニアス陛下の慈悲によりその話は立ち消えとなったが」
「……」
「陛下はただ一言私にこうおっしゃったのだ。『美しいそなたを贄にするのは惜しい』と。お前もまた美しい娘だ。もし『芯材』に選ばれたとしても、陛下の慈悲を賜り生きのびるやもしれん。どうだ、試してみる気はあるか?」
「そ、そんな。滅相もない」
「そうか……フィエラ、今期の聖痕の『芯材』はお前に決めた」
自身の言葉に、目の前の美しい少女の顔が恐怖と絶望に歪む。それと同時に、周りから安堵の息と緊張の解ける気配が肌越しに伝わってくる。目の前の娘の様子とは、まるで正反対だ。
「あ、アァ……」
「お前は陛下の慈悲を望まぬのだろう? 贄としての役目を全う出来るよう、私が手助けをしてやる……来い『赤斑』。例の魔術をこの者に」
私の呼びかけに、古びた灰色のローブを纏う女が外套の裾を引き摺りこちらへと歩み来る。彼女は聖ラミシス王家の没落後、我が家に組み込まれた『従騎士』の一人だ。興味深い魔術を操るため、好んで側に置き使っている。
彼女はぶつぶつと呪文を唱え、ローブの懐から一本の小瓶を取り出す。それは対象の肌に醜い痣を残す『赤斑』の魔術だ。この呪いは並の魔術では解呪出来ず、またどんな白粉で肌を覆い隠そうと浮かび上がってくる。
美しい娘の顔が恐怖に歪み、後ずさる様はたまらなく自身の心を満たし慰めた。
ああ、そうだ。世界で最も優れた美による恩恵に預かるのは、このセシリア・ルミネスただ一人。若さを頼りに私の取り分を掠め取ったり、あまつさえ権力の座から追い落とそうとする小娘共は、皆等しく苦しみ抜いた末に死んでしまえば良いのだ。
娘の顔の上にて瓶を傾け、その液体がいまやと彼女の肌にかかろうとする直前。慌ただしく扉が叩かれる音に、場の者達の注意が入り口へと逸れる。
「……誰だ」
「レ、レミアス隊所属のラウェルです。セシリア騎士団長! 至急お耳に入れたいことが」
レミアス隊ということは西部で何か……いや、そうとも限らぬか。
現状、聖ラミシス王国は東に我がルミネス隊、西にレミアス隊、南部にリラミス隊が駐在し、国内の治安維持に努めている。
勿論状況に応じて他の隊が、管轄外の地域に留まることもある。特にレミアス隊は、以前ジニアス陛下の要請でヘレノス領や北東の境に騎士を動員しており、現在もドルガノの左腕を持ち去った賊を追うべく我がイースタールの地に留まっている。その件の報告だろうか。
「ハァ……興が削がれた。娘達は下がらせろ。私は職務に戻る」
「はは! 承知致しました」
私の命令に従い、男は娘達に声をかける。ぞろぞろと彼女らはその場を後にするが、聖痕の芯材に選ばれた娘フィエラのみは足取りもおぼつかず、しまいには男が強引に腕を掴み部屋から追いやった。
「……入れ、ラウェル」
「ははっ! 失礼致します」
「して何用だ」
こちらの不機嫌を感じ取ったのだろう。彼は深々と頭を下げたまま、言葉を紡ぐ。
「ノースフィールより挙兵した賊軍が、北西の境を越えてイェダンの街を占領しました」
「賊の規模は」
「四百……いや、五百。六百……」
「ふざけているのか?」
「い、いえ! ただ正確な数が測れずにおりまして……騎兵が百五十、馬にて輸送される歩兵が二百五十ほど。いずれも魔術を会得しています。そうして空からの兵が……こちらは計測不能です」
「……空からだと?」
先ほどからトチ狂ったことばかり言う男の言葉に、徐々に苛立ちが隠せなくなる頃合いだった。ラウェルと名乗る男は不意に顔を上げ、先ほどの娘と同じほどに蒼白な顔色で、その唇を震わせ言葉を紡いだ。
「魔物の軍隊です。コボルトとハーピーを主戦にした軍が恐らくこのチェティリ要塞、そうして背後にあるラミシス聖都めがけ進軍しています。セシリア騎士団長……」




