44.聖戦
『聖戦』。それはかつて、悠久の神殿に女神を閉じ込め力を得た聖ラミシス国王夫妻と四人の臣下が、周辺諸国に対して起こした侵略戦争を指す言葉なのだという。
当時の聖ラミシス王国は人口一、二万程度の小規模な都市国家の一つに過ぎなかった。しかし彼らは自身を『女神の眷属』と称し、この地上に女神の新たなる加護をもたらすことを大義名分に、他国の民衆や一部の領主らまでも味方に付け、今の国を作り上げた。
「コレは聖戦ダ 俺タチは神の試練乗り越えル 人間達ハ女神の復活信じテ チカラ合わせて騎士団と戦ウ」
「……」
「大義の為ノ 犠牲ハ仕方ナイ ニクス」
「……大丈夫、ロクス 俺、ウォルフ様とみんなノ為に戦うって決めタ」
ニクスは土に塗れた腕で顔を拭い、こちらを向く。
……彼は仲間達と共に、この戦いで命を落としたコボルトやハーピー、人間の兵達の遺体を穴に埋め土をかけている最中であった。
俺たちコボルト部隊がノースフィールを出て約二週間弱。馬による移動で現在イェダンの街とドゥーバの砦、次いでトゥーリの街を落とし、王国の首都目掛けて進軍している。
ほぼ強行軍に近い行程だが、幸いにも兵の消耗は最小限に済んでいる。それは相手方の軍備が整っていない状態での急襲によるアドバンテージもあるが、何よりすごいのはウォルフ様……フィリス様個人の並外れた武勇と機動力だ。
彼の持つ飛竜の竜骸があれば、並大抵の外壁は一、二飛びで乗り越えられた。
壁を乗り越え門を開け、彼が周りの兵らを蹴散らせばあとは軍備の差でゴリ押せる。ドゥーバの砦には騎士が駐在していたもののその数は二、三十と少なく、ほぼ被害もなく制圧できた。
「マ、アマリ気分のイイもんジャねえな」
ドゥーバの砦での出来事と、そうして今しがた遠くで行われている光景を指しているのだろう。こちらに歩みくるサブロが彼にしては珍しく、暗い調子で呟いた。
……トゥーリの街には、俺たちの軍勢が攻めてくることが伝わっていたのだろう。周辺の砦から集まったのであろう騎士達、援軍の兵が集い外壁の前に陣を張っていた。俺たちも陣形を組んで騎士達と戦い、犠牲を出しながらも勝利し、そして……。
鎧と白の外套、衣類までも剥ぎ取られた騎士達の死体が、街の外に積み上げられている。
彼らの亡骸は、俺たちと共に戦ったハーピー達の食料として啄まれていた。ギャアギャアとかつての知性無き魔物の鳴き声を上げながら、彼女達は騎士……人間達の肉を食らい腕や手足をちぎる。
これはフィリス様の命令で、俺たちがやったことだ。
此度の聖戦においては、民間人を殺さぬよう命じられている。兵も可能な限り命は奪わず、物資に余裕があれば怪我の治療さえする。だが騎士達だけは例外だった。
「ウえ……」
「ヨ、ヨンカ 大丈夫か」
「アリガトウ、ロクス ダメね……魔物ヲ殺すノハ平気ナノに どうにもナレないワ」
数日前のドゥーバの砦で、ヨンカは騎士の何人かを魔術による炎で焼き殺した。そこまでは何とか耐えていたようだが、泣きながら命乞いをする騎士達らを等しく殺し、服を剥ぎ。その死体がハーピー達に食われる様を目の当たりにし、彼女はその場でたまらず嘔吐した。その光景が未だ記憶に新しい。
……聖戦。その名の元に行われる全ては、神に命じられた正しき行いなのだと、そうフィリス様は言っていた。だがそれなら何故、俺たちの『心』はここまで重く苦々しい後味の悪さを感じているのか。
今ニクスが埋葬した一般兵も、俺たちが皆殺しにし遺体を辱められている騎士達も、元は同じ心を持った存在であった筈。もし彼らの間に違いがないとするなら、今俺たちのしていることは、ひどく悍ましく恐ろしいことなのではないか……。
「オオイ、みんな メシの時間ダぞ」
遠くから聞こえるその声に、ハッと俺は肩を震わせ音のした方を向く。
そこにはドタドタと肉塊を抱えながらこちらに来る太っちょのコボルト、第五遠征隊長ゴロスの姿があった。
「イマは肉食う気分じゃネェよゴロス……」
「そう言うト思って 干し肉ノ方モ 持っテきた 好きな方食エ」
ゴロスの言葉に、サブロは躊躇いながらも戻した方の肉を、ヨンカはあえて干し肉の方を選び口にする。
「……ニクスはドウスル」
「戻したホウ」
「分かっタ じゃあ俺もソレにしよう」
ゴロスが手渡した肉を、ニクスにも渡す。
……これは今回軍糧として持ってきた、フィリス様の謎肉の改良版だ。
謎肉は『酔花』の発酵液を用いた魔術によって戻すことで、本来の食味を取り戻す。元々は大層美味な肉だったのだろう。試食の際、ドラゴン討伐に赴いたサブロやヨンカも絶賛していた。
かぶりつくと、濃厚な旨味や歯応えと共に、ほのかな植物の良い香りが口の中に広がる。肉本来の滋養効果か、戦いの後に食べると活力が湧いて、体内のオドが再びみなぎっていく感覚を覚える。
「……美味イ」
こんな時でも美味いものは美味いのだな。そうぽつりと呟くと、ゴロスは「ロクスとナフィアのオカゲ」と笑って答えながら、自身も肉を齧った。
「ちゃんと食わなキャ 戦出来ナイ オレは前線で戦えナイから せめて皆を食わセル」
今回俺たちが率いる部隊で、ゴロスの兵達は唯一敵と戦うのでなく、後方支援に徹している。実際、食事や物資の管理、馬の世話などを彼らが引き受けてくれるお陰で俺たちは戦闘に専念出来る。
「ニクス 死者の弔イも俺たちガやる 休んでテ良かっタんだぞ」
「イイんだ オレがやりたくてヤッタ ……ヘレノスの関所デは タダ殺すシカしなかっタ 今度はセメテ弔いタイ」
ニクスはそう言って目を伏せながら、手元の肉をちまちまと齧る。
人間も魔物も、死んだ後は朽ちて土に還る。
中でも人間達は死後の肉体を土の下に埋めて弔うが、それは地下にあるという「死者の国」に魂を送る為なのだという。
ペトロス様は、死者の国に行けたのだろうか。たとえ遺体が無くとも俺たちの想いだけで、もしくは心優しい誰かが、彼の肉と骨を土に埋めて弔ってくれていればいい。
……そう思うことすら、もはや欺瞞なのかもしれない。
ハーピー達の食料として食われていく、かつて心あったもの達の末路を目にしながら、俺は手の中にある肉を無心で食らった。




