41.帰還
イースタールへの遠征からニクスが一人戻ってきた日。城にはペトロス様の訃報と、第一遠征部隊長イチロが消息不明となった知らせが瞬く間に広まった。
フィリス様の竜骸はニクスが持ち帰ってきたようだが……その報せを素直に喜べる雰囲気でなく、三日三晩城中の皆は悲しみに暮れ、ペトロス様の死を悼んだ。
「ペトロス様ァア、ウゥ……オ、俺、ドラゴン倒シタ。褒めテ貰いタカッタのに。ウオォーーーンッ」
普段発語の流暢なサブロも思わずカタコトになり、ぼろぼろ涙を零しながら男泣きならぬ遠吠えを繰り返していた。
気丈なヨンカもふとした拍子に嗚咽を漏らして啜り泣き、ナフィアもロッカもワンワン泣いて、空っぽの棺の埋められたペトロス様の墓に花を供えていた。ゴロスも泣きながら墓にフィリス様特製の謎肉を供え、ヨンカとロッカに怒られていた。
……食い意地の張ったゴロスが食べ物を供えること自体、凄いことではあると思うのだが。まあ彼女達が非難する気持ちもわからなくはない。供えるならせめて美味い物を供えてやれよゴロス。ペトロス様も困るだろ。
とまあこんな次第で……ペトロス様の死を知らされても、俺はただ一人泣くことはなかった。決して彼の死が悲しくない訳ではない。ただ様々な懸念が頭から離れず、純粋に心の底から悲しむ余裕が無かったのだ。
「(ペトロス様が死んだ。イチロも行方不明。ユニコーンをはじめ軍備もまだ万全には整ってない。フィリス様の竜骸こそ手に入れたが、今回の件でもし騎士団がノースフィールに攻めてきたらきっと俺たちは負ける。そうならない様、オルフィス様が火消しに動いているが……)」
ニクスの第二部隊について、不在の間パウロル様が兵を動かし情報収集をしていた。ハーピーの何体かもそこに加わり、故にフィリス様らニンゲンは俺たちより早くペトロス様の死や、そうしてバルバラ・ヘレノスという娘の件を把握していたらしい。
現在聖痕騎士団はフィリス様が生きていて、この北の地にて戦争の準備をしていることを知らない。ペトロス様は敵方にフィリス様の情報こそ漏らさなかったが、ノースフィールの領主である彼がバルバラと竜骸を巡って騎士団に楯突いた事実は、彼らに攻めいる口実を与えるものだ。ゆえに。
「……ニクス、いい加減しっかりシロ」
俺は城の裏庭の片隅にて、うずくまるニクスの隣に座りそう声をかける。
彼は城に帰ってきてからというもの、ずっとこの調子だ。
ペトロス様とイチロの件について、当然ニクスを責めるものは誰もいない。だがフィリス様への報告を終えた後、ニクスは皆が声をかけるより先に足早に姿を消し、人前に出てこなくなった。
ニクスを見つけたのはほんの偶然の産物だ。オルフィス様経由で、騎士団に便宜をはかるべく提供する物資の確認に向かう最中。たまたま目についた茂みの影に、コボルトの中でも一回り小柄なニクスの姿を見つけたのだ。故にこうして声をかけている次第である。
「……」
「イースタールの任務スゴく大変だった ニクス疲れてるノ分かる デモそろそろ立ち直っテくれないと オレ達やウォルフ様困ル ニクスは優秀ナ犬材ダ 『聖戦』イツ始まるカモ分からない ダカラ……」
「オレ 戦いたくナイ」
ニクスの言葉に、俺は少し驚いてしまった。彼はまだ子コボルトで、しかしその能力や分別は時に大人のそれを凌ぐ。そんな彼が、まるで子供のようなワガママを言う理由を俺は察する。
「…………分かっタ、ニクス戦わなくてイイ」
「っ、エ?」
「諜報のシゴトするノも辛いンダロ それならロッカと一緒に 裏方の支援ニ回ってくれ 皆には俺カラ言ってオク もうお前がイヤなコトはしなくてイイ」
俺の言葉に、ニクスがこちらを向く。その顔と目つきはすっかり憔悴しきっており、痛々しいほどであった。
深く傷付き心を痛めている子供に、無理強いなどさせられない。なぜならそれは、俺たちが築く「国」の理想、目的に真っ向から反するものだからだ。
「チガウ 俺ダケじゃ意味ナイ 仲間ミンナ戦って欲しくナイんだ ロクス達オレの家族 もう、モウ誰も……死なナイで欲しい」
……これをゴロスや、まずありえないがサブロが言ってたなら「甘えるな」と一喝していただろう。
誰も殺したくない。死なないで欲しい。そんなのはただの綺麗事だ。俺たちがしなければいけないのはただ綺麗事を吐くことでなく、それを少しでも実現に近づけるため自らの頭で考え、動き、積み上げていくことだ。イイ大人なんだから目を覚ませと、そう促していた筈。しかし。
「ソウだな 俺も同じ気持ちダ」
「……」
「じゃあニクス オレタチ二人でウォルフ様に 『聖戦』ヤメるよう直談判するカ」
「! ロ、ロクス……」
「俺とニクス それにウォルフ様はトモダチだ イヤな事ガあるなら ちゃんと話しヲしよう ……ナフィアならキットそうする」
……俺は、あえてそんな「綺麗事」を自らの口から吐いた。
『聖戦』は止められない。何故ならそれは、今の俺たちの在り方の全てを否定することに繋がるからだ。言い方は悪いが、ニクスのわがまま一つで覆ることじゃない。だがそれでも俺は……合理よりもニクスの心に寄り添うことを選んだ。
神が俺たちに知性だけでなく「感情」を与えたのは、決して無駄なことではないのだろう。コボルトの皆やナフィア達と城で過ごす時間はとても楽しくて幸せで、かけがえのないものだと。そう感じるのは今の俺たちに心があるからだ。
「デ、デモ ウォルフ様怒るカモ……」
「その時は一緒ニ怒らレてヤル ダカラ行コウ、ニクス」
そういって俺は立ち上がり、自らの手を差し出す。
ニクスは決心がつかないのだろう。膝をもじもじと擦り合わせながら視線を彷徨わせていたが。こちらが根気よく待っていると、やがて照れくさそうに目を伏せつつ、俺の手を握った。




