39.ニクスの旅(その3)
遠くで聞こえた爆発音に、俺はパッと目を輝かせイチロに問いかける。
「アレ俺達持ってキタ爆弾の音 ペトロス様が敵をやっつけタンダ! 流石ハ俺達の頼レル師匠……イチロ?」
「ペトロス様……」
イチロの声は、今まで聞いたことがない程に震えていた。
もう一度、彼の名を呼ぶ。イチロはハッとしたように肩を震わせた後、自らの頭を振った。
「トニカク 急いで村に向かオウ」
今俺とバルバラは、イチロが乗っていた馬に乗って街道を駆けている。イチロはすでに首飾りの変装を解き、竜骸を埋め込んだ両足の脚力により、馬と並走していた。
この後は近隣の村に向かい、駐在のコボルトらの支援を受けながら城まで戻る予定だ。
「ニクス オレは村に用事アルから お前はバルバラを連レテ すぐに城へ向カエ」
「エッ、バルバラは途中デ オルフィス様のトコロ 届ケルんじゃ」
「彼女の処遇ニツイテ ウォルフ様の判断を仰グ必要がアル 作戦は変更ダ」
「……」
バルバラは、先ほどからずっとオレの後ろで沈黙している。しかし暫くして、不意に大振りのペンダントを握る白い手が自身の横から突き出された。
「……? コレは?」
「ノースフィールに着いたら、フィリス様の竜骸の場所を教えると言ったでしょ。竜骸はこのペンダントの中にある。貴方達にあげるわ」
「エッ」
確かに、バルバラの手の中にあるそれは、竜骸が収まりそうな程に大きなロケットが付いている。しかし何故、今このタイミングで。
「私のことは、今から向かう村で降ろしてくれれば良いから」
「ダメダ! 村にはスグ、ドルガノの追手ガ来る バルバラ置イテいけない」
「イチロ? ソレってドウイウ」
「……やっぱり。このまま私が逃げ続けたら、沢山の人に迷惑が掛かるのね」
イチロとバルバラの言葉に、俺の脳裏には今まで考えないようにしてた、恐ろしい不安が浮かぶ。俺はてっきり皆で橋を越えるものだと思っていたが、ひょっとしてペトロス様は敵を足止めするため、最初から一人で関所に残り続けるつもりだったのではないか。するとさっきの爆発音はまさか。
「イチロ、答エテくれ ペトロス様カラ 何聞いテタ?」
「……お前ニモ教えておかないトナ ニクス ヘレノスの関所でオレは、敵の首切ってタ アレはペトロス様の命令ダったガ 理由がアるそうだ」
「理由?」
「従騎士ニ 死んで間モない死体を喋ラせて 情報を得る魔術使うヤツいる 運悪クそいつイルと困るカラ 口封じの時ハ 喉潰して喋れナクさせるラシイ 今回情報漏れタのがソイツのせいナラ 俺タチはココで生け捕りニされテモ ……無傷の死体を持ち帰られテモいけない」
「ア……」
ヘレノスの関所で、俺が使っていたのは黒曜石を用いた飛び道具だ。関所を去る前に生存者がいないかの確認はしたが、そんなことは知らなかった。まさか、そのせいで。
「オ、オレのせい」
「チガウ! ペトロス様に命令の理由聞かナカッタ 俺がワルイ お前は何モ悪くナイんだ ニクス」
「デモ、ウゥ ペトロス様ガ……」
「二人とも聞いて」
背後から聞こえるバルバラの凛とした声に、思わず俺たちは会話を止めた。
「私から提案がある」
「バルバラ……?」
「さっき関所で兵に連れられた女性は、私の侍女だった。あそこまでするんだもの、きっと騎士達は私を捕まえるまで諦めないわ。だから私は……彼らの所に行って話をする」
「ダ、ダメだバルバラ! ソンナことシタラ」
「あら、私は家出以外に悪いことなんてしてないもの。捕まったって平気よ。でも貴方達はそうじゃないでしょ?」
あえて明るい調子で、そうバルバラは告げる。
「もう手遅れだとしても、私のせいでこれ以上人が死ぬのは嫌なの」
「バルバラ……」
「ふふ、勿論人だけでなく貴方達魔物……コボルトもそうね」
「エッ、ナンデ知って」
「今まで一緒に居たんだから分かるわよ。イチロから貰った仮面にも、動物の毛がいっぱい付いてたし……」
そうだったのか。女性の勘というものは恐ろしい。
俺は馬を操りながらも、チラリとイチロを見て判断を仰ぐ。
……確かにバルバラの言う通り。彼女は悪い事をしてないのだから、騎士団に捕らえられた後はおそらく城に返されるのだろう。
国王と結婚したくないという彼女を城に返すのは忍びないが、それ以上に正直俺は、「もう仲間を失いたくない」という気持ちの方が強かった。
彼は少し考えた後、ポツリと言葉を紡いだ。
「ワカッタ」
その言葉に、俺もバルバラもホッと息を吐いた。しかし次に続く言葉に、自身の背筋が凍る。
「その代ワリ、俺モ付いてイク」
「ダメだイチロ!」
「大丈夫 バルバラの安全確認シタラ ノースフィール戻る 怪しまれナイよう 村娘に化ケるからサ」
「デ、デモ……」
「お前はバルバラのペンダント持っテ 真っ直ぐ城に戻レ 例え何ガあっても振り向カズ ウォルフ様の元に 竜骸を届ケルんだ」
「やっぱりダメダ もしイチロにナニカあったら」
「ニクス」
イチロが足を止める。それに合わせて俺も馬を止めて、後ろを見た。彼は自らの被っていた狼の面を外し、そうしてこちらに不器用な笑みを向け口を開く。
「お前のコト、頼りにシテル ……任せたゾ」
こちらに向けられた信頼の言葉に、俺はもう何も言うことが出来なくなった。喉が詰まり目頭が熱くなる。後ろに座るバルバラが、おずおずと口を開く。
「お、大げさねぇ〜……イチロもニクスも。ほら、早く行かないと皆まとめて捕まっちゃうわよ。ニクスは馬に乗っていきなさいな。私とイチロはきっと大丈夫だから」
そう言ってバルバラは馬から降りて、イチロの方……イースタールの関所がある方へと駆け出す。ふと途中で彼女が振り返り、こちらに目を合わせ微かに笑みを浮かべた。
「ニクス、短い間だったけどありがとう。貴方が私を守るって言ってくれた時、嬉しかったわ。フフ。私の勇者様はフィリス王子だけだけど、貴方も悪くなかった。またいつか会いましょう」
そう言って茶色の鬘を外し、短くなった黒髪を風になびかせ、バルバラがこちらに手を振る。
イチロは首飾りの姿で女の姿に変身し、そうしてこちらを見て一つ頷いた。
俺は小さく頷き、手を振った後、前に向き直り馬を進ませる。
……今はただ信じよう。イチロの信頼とバルバラの希望。彼らが抱くものを胸に、俺もただ自身が成すべきことをする。そう自らに言い聞かせ、俺は胸中に湧き上がる不安と不穏をただ必死に抑え込んだ。




