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38.黒牙ペトロス



 俺は聖ラミシス王国南方、サウスフィールのリラミス家に抱えられる『従騎士』の家系の生まれだった。


 

 元々我ら人間は、大気に宿るマナと血肉に宿るオドを操り魔物の脅威に抗ってきた。魔術を使える人間は、同胞を守護する存在として崇められてきたが、しかし同時に大いなる力には代償が伴う。生贄を伴い、時に仲間の血肉をも犠牲にする魔術は人間達に頼りにされると同時、影で忌み嫌われるものでもあった。


 その決定打となったのが聖エーティエル歴元年。かつて大規模な魔物の侵攻に見舞われたラミシス王国にて、自ら進んで生贄となった少女の元に降りた女神。エーティエルが『無償』で聖なる力を人々に与えたが故、各地では徐々に生贄を伴う元来の『魔術師』達を不要なものと排斥する動きが出始めた。


 エーティエルを呼び出したラミシス王国は、魔術師が権力を握る一部の国から糾弾され、またそれ以外の国にも侮られることとなった。その力関係が覆されることになったのが聖歴81年。ラミシス王家とその臣下は女神を捕えてその力を取り込み、瞬く間に周辺諸国を飲み込み今世に続く一大国家を築き上げたのだ。


 俺の家系はかつて、南部に豊かな国土を持つ小国の主であった。領内に黒曜石を産出する山を有し、それを用いた魔術により数百年近くもの間王として国を統べ、民を守り続けた。


 だが女神の血肉を食らったラミシスの者どもの力は強大で、俺の祖先を含めかつての魔術師達の殆どは打ち負かされ、『従騎士』としてラミシス王国への隷属を誓わされた。



「まさか『黒牙』の生き残りがいたとはな」


 自身の視線の先にいるのは、女神の右足を喰らいし臣下の末裔。聖ラミシス王国の副騎士団長ドルガノ・レミアスだ。


 俺はイースタールとノースフィールの境界の関所にて、北へと渡ったイチロとニクス、バルバラを逃すべく関所の人間の半数を行動不能にした。……たったの半数である。その原因は。


「流石は世に名高き『聖鎖』か。参ったな、これじゃ何もできやしない」


 突如自身の足元から現れた無数の赤黒い鎖。それは俺だけでなく、連れてきた馬や町で雇ったゴロツキ二人の身も等しく拘束している。


『聖痕』の所持者は、その血筋代々に伝わる強力な秘術を扱うことが出来るのだという。レミアス家の『聖鎖』は対集団用に特化した術で、広範囲に渡り大量の鎖を地面から生み出し敵の身を拘束する。


 ……300年以上前、俺達の祖先をはじめ多くの国や軍隊を持つ有力者達が、この秘術の脅威を前になすすべもなく敗れた。実際に自らが経験してみて、改めて分かる。彼らが女神より簒奪した力、聖痕の秘術の恐ろしさを。

 

「私が今、お前の舌を縛らず自由にさせている訳が分かるか?」


 ドルガノが鳶色の瞳を細め、押し殺したように低い声色でこちらへと語りかける。

 

「俺たちがヘレノス城主の娘バルバラを攫い、ノースフィールの地に逃れようとした理由を知りたいんだろう」

「ああ……そうしてなにゆえお前達が、バルバラ嬢の姿を借りて私の部下達を皆殺しにしたのかもな」


 ドルガノの言葉に、俺は微かに眉をひそめる。確かにヘレノスの関所にてイチロは、人間達の注意を引く為、バルバラと背格好の似た黒髪の女に化けていた。


 イースタールの関所を見張る上で、最低限こちらの人数や外見的特徴は知られていると踏んでいたが、どうやら情報の精度が甘いらしい。少なくとも、イチロとニクスが討ち漏らした生存者がいたという線は薄くなるだろう。そうなると……。


「ヘレノス……そ、そうだ副騎士団長様! 俺はさっき逃げた小娘と仮面の小男が、『フィリス様の竜骸』を狙ってると話していたのを聞きやした!」


 不意に、ドルガノの聖鎖に縛られていた男の一人がそう声を張り上げる。


「ほう、他には何か」

「他……へっへへ! 何でも話しますから、まずはこの鎖を解いて貰えやしませんかね」

「いいだろう」

「あっ! 一人だけずりぃぞテメェ……ドルガノ様! コイツはバルバラとかいう女の手先ですよ、騙されちゃいけません。ね、副騎士団長殿。俺は本当のことを言いましたから、どうか助けてくだせぇ……」


 そう目の前で醜い保身の争いをはじめた男達を前に、ドルガノは小さなため息を吐いて一言「殺れ」と呟いた。


 途端、灰色のローブを纏った人物が飛び出し、狼の仮面を被せた男の左胸に長剣を突き立てる。


「ッガハ」


 剣を伝って男の血がどくどくと地面にこぼれ落ち、最初に声を上げた暗褐色の髪のゴロツキが思わず恐怖の悲鳴を上げた。


「ヒッ、たっ、たすけ……ッギャア」


 息絶えて鎖から解放された小男の体を引きずり、灰色のローブの人物はぶつぶつと呪文を唱えていた。そうしておもむろに暗褐色の髪の男の胸を剣で突き、途端男の胸から血と共に黒い瘴気が溢れ出て、小男の死体にかかる。


 ……数年以上前、未だ自身がリラミスに隷属していた時に聞いたことがある。俺たちと同じ『従騎士』の中には、新鮮な死体と生贄の命を組み合わせ、死者に秘密を吐かせる『操口』の魔術を扱える者がいるのだとか。


「死人よ、私の声が聞こえるか」


 灰色のローブの下から、低い女の声が響く。すると彼女に引き摺られていた小男の死体の口から、嗄れくぐもった声が飛び出た。


『アア』

「先ほどこの男がバルバラ嬢の手先で嘘を吐いていると申したが、それは誠か」

『イイヤ 俺はバルバラなんて女モ この男のコトもタイシテ知らナイ ただペトロスという男ニ 金を渡さサレ雇わレタだけダ』

「ペトロスとは誰だ」

『暗褐色の髪と目 長身の男 ソレしか知らナイ 頼まれた依頼ハ 橋を渡っテまた戻るダケ 金が貰えリャ 何でもヨカッタ』

「この男は、あまり大した情報を持っていないようです」

「そのようだ。さて、ペトロスとやら。『黒牙』出身の従騎士にそのような名の者がいたとは聞いたこともない。偽名であろう」

「……元の名は捨てた。今の俺はペトロス・ワーテル。ノースフィールで自らの土地を得て、領主となった」

 

 そう俺は正直に自らの素性を明かす。これはあらかじめフィリス様とも打ち合わせていた内容だ。……万が一にも敵方に捕まった時、フィリス様の情報が漏れぬよう俺が全ての罪を背負う。


「ドルガノ・レミアス。お前がノースフィールで飼い慣らしていた三匹の犬達を始末したのは俺だ」

「……忘れ去られた地で、何か良からぬたくらみでも企てていたか。オルフィスが領主共を集めて何かしていたのは、私も耳にしている」

「ああ、あの集会は新たなロミリスの名代を決める為のものだ。オルフィスには今跡継ぎとなる子が居ない。俺は次代の候補に名乗りを上げ、彼への忠誠をアピールすべく裏切り者を始末した。今回ヘレノス城のバルバラを攫ったのも、フィリス王子の竜骸を手に入れ、叔父であるオルフィスに捧げる為だ。全て、俺がノースフィールの新たな長となるためにやった」


 俺の言葉に、ドルガノは沈黙の後。静かに息を吐いた。


「……一応筋は通っている。私の部下を殺したのも、バルバラ嬢に罪をなすり付けようとしたのも、権力を持つ者達への恨みからか。しかしその話が誠なら、お前は愚かな男だ、ペトロスよ。謀反の疑いで『黒牙』の一族は逃げ延びたお前を除き根絶やしにされたというのに、まだ尚権力を求めるか」

「……」

「まあ良い。その話が事実かどうかはこれから確かめる。『操口』よ」

「はっ」


 従騎士としての家系に由来する二つ名を呼ばれ、灰色のローブの女が剣を構える。

 謀反か。生家が従騎士間の権力争いに敗れたのは事実だが、謀反そのものはただの濡れ衣だ。同時期に起きた魔術師絡みの不祥事を隠蔽する為、また様々な思惑が重なり俺達の一族はスケープゴートにされたに過ぎない。


 迫り来る剣を十分に引き付ける間、俺の脳には束の間の走馬灯が駆け巡る。


 勇者フィリス。追っ手から逃れるべく魔物の生息地を移動する最中、危険に見舞われた俺を助けてくれた命の恩人。


 怪我を治療し、俺の身の上話を親身に聞いてくれた彼は誰よりも強くて、優しくて。そうしてその金茶の目には強い怒りと憎しみの色があった。故に俺は、フィリス様を崇拝するのだ。



「(俺の全てを、貴方の殉ずる道に捧げる。だから、どうかお願いします。フィリス様)」


 

 どうかこの汚れ切った世界を貴方の怒りの赴くままに破壊し、この世の全ての苦しみから俺達を救ってください。


 服の下に巻きつけた、オドを通わせることにより発火する爆弾がすぐそばで起爆する衝撃。

 体を焼かれ引き裂かれる一瞬の苦痛の後、俺の意識は暗い闇の底に沈んだ。


 

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