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37.ニクスの旅(その2)



 イースタールとノースフィールの物流を繋ぐ大橋。橋の両側には関所が設けられており、出入りには町で購入した通行許可証、それとは別に通行税が必要となる。


「(……ノースフィール出る時ハ 税払うダケダッタのに)」


 今回隊を三つに分け、また通行許可証を余分に購入したことでかなりの資金を遣うことになった。しかし保険としては致し方ないことだろう。

 イチロは『姿惑わしの首飾り』でニンゲンの老人に変身し、先に橋を渡った。次は自分達の番だ。


「…………」


 荷馬車に乗るバルバラの顔はどこか浮かないものだった。無理もない。

 彼女の長く艶やかな黒髪はバッサリと短く切られ、代わりに町で購入した茶色のかつらを被せられている。念の為の変装だと、そうペトロスに言われバルバラは無言で自らの髪を短剣で切り落とした。


 道中あんなに賑やかだった彼女が今は唇を閉ざしたまま俯いてる。それがどうも落ち着かず、いよいよ自身の方から、初めてバルバラに声をかける。


「大丈夫ダ イザとなったら俺がオマエ 守るカラ」

「そんなに小さいのに?」


 前言撤回。やっぱコイツうるさくて嫌なヤツ。心配して損した。


「ふふ、冗談よ。貴方とイチロはとても強いんでしょ」


 バルバラはその唇にかすかな笑みを浮かべた後、再び口を開いた。


「聞いても良いかしら。ヘレノスの関所であんなことをしたのは何故? 貴方達が欲しがるフィリス様の竜骸は、そこまでして手に入れたいものなの? ……たとえ多くの人の命を奪ってまでも」


そう尋ねるバルバラの手は、自らの服を強く掴み白んでいた。

 ……きっと彼女は本気で憤り、そうして悲しんでいるのだろう。短い付き合いだが、バルバラの心根がナフィアのように優しく純真なものであることは、薄々感じていた。


「フィリス様の竜骸 絶対ニ手に入レル 例エ人間を何人殺シタとしてモ」

「…………私のせいだわ。私が、お父様のいいつけを破って逃げ出したから」


 バルバラはポツリとそうこぼして、自らの膝に顔を埋めた。


「なあ、嬢ちゃんと坊主はさっきから何の話をしてんだ?」

「オマエたち 余計な詮索シタラ 俺の主人ガ お前タチの口縫い付ける」

「オーオーおっかねぇ。まあ俺達は金さえ貰えりゃナンでも良いがよ」


 短く刈った暗褐色の髪の男が、そう肩をすくめながら馬の背を撫ぜる。

 彼と荷車に乗る狼の面を被った小男は、ペトロス達が町で雇ったしがない労働者の男達だ。今回俺とバルバラが関所を通る際、あえてペトロス様とイチロの代わりとして同伴するよう金を握らせている。これもペトロス様曰く保険なのだそうだ。


 荷馬車は進行速度を調整し、後ろで一人馬に跨るペトロス様と距離が離れ過ぎないよう、道を進む。


 湖ほどの広さを持つ川に阻まれた、イースタールとノースフィールの境界。そこに架けられた巨大な石橋の手前には門が聳え立ち、辺りに兵達の詰所も設けられている。


 関所はイースタールの支配者であるルミネス家が設けたもので、警備兵だけでなく『聖痕騎士団』の騎士が一、二名常駐している。


「ん? 今日はずいぶん人が多いな。何かあったのか?」


 馬を操る男が、前方に目を凝らしそう呟く。


 ……遠目から確認できる『白い外套』を纏った騎士らしき姿は一人のみ。しかしフィリス様の元で長らく諜報員として働き、そうして何度か騎士らを目にした自身には分かる。背筋にぞわぞわと嫌な悪寒が走った。


 背後に向けて、ペトロス様に分かるよう赤色の布を取り出し合図を出す。そうして自身もまた、荷馬車の中で準備を進めた。



 イースタール最北にある関所。イチロの時はすんなりと通れた様だが、俺とバルバラを乗せた荷馬車は止められ、そうして周りの兵らが集まり俺達を包囲する。


「に、荷物の検査ですかい? どうぞどうぞ」

「ああ……それと馬車に乗っている女。降りてこい」

「っ……はい」


 兵に呼び付けられたバルバラはびくりと肩を震わせた後、静かに荷馬車から降りる。


「男よ、この女の素性は?」

「はっ? えぇ……それは」

「彼女はオレの姉貴ダ イースタールに嫁いだガ 離縁サレたから オレと一緒にノースフィール戻ル」


 そう言って俺は荷馬車から降り立ち、バルバラの横に立つ。兵の男は微かに後ろに身を引いた後、背後を向きむいて声を張り上げる。


「……オイ、連れてこい!」


 しばらくして、俺たちの前に二人の兵に腕を引かれる若い娘の姿が現れた。彼女の服はみるからにボロボロで垢に塗れ、その顔もすっかりとやつれ果てていた。その口の端には気味の悪い赤みがかった黒い泡がこびりついている。

 

「この女の顔に見覚えがあるか?」

「あ、ウ……」


 女の虚な瞳が、ぼんやりとバルバラの姿を見つめる。

 バルバラはその青い目を見開き、ぎゅっと自らの唇を噛み締めていた。


 女の土気色の顔色が、一瞬明るくなりバルバラの目を見据える。彼女は乾いた唇を震わせ、そうして掠れた声色でその言葉を紡いだ。


「バルバラ様……にげて……」


 女がバルバラの名を出すと同時、俺はオドにて着火する爆弾と煙幕を彼らの足元に転がし、バルバラの身を抱え素早く飛び退く。


 爆炎と煙幕の中、俺は黒曜石の弾丸を詰めた太い筒を門の上に向け、呪文を詠唱し放った。

 筒内に圧縮された空気を操り、飾り石を撃ち出す魔術。これに関してはイチロよりも俺の方が得意な分野だ。


 分厚い木の扉板に、魔力で強化された黒曜石が深々と突き刺さる。黒曜石に括り付けた特製の縄は、ぶらりと垂れ下がり俺の筒へと繋がっていた。


「登るゾ! バルバラ」

「……え、ええ!」


 バルバラは爆発が起きた方向。おそらく彼女の知り合いであったのだろう女の方を見つめていたが、すぐさまこちらへと来て縄を掴む。


 先に登るバルバラの、時に踏み台になりつつ扉を登る。俺は他のコボルトより体こそ小さいが、体幹や筋力にはそこそこ自信がある。後ろを振り向けば、後方より突撃したペトロス様がこちらを攻撃しようとする兵達を魔術や武器で撃退していた。


 ……やはり彼らは『騎士』だったか。俺達の魔術が帯びる赤と黒の他、ほのかな白の光を帯びる魔力が空中に浮かび上がっては霧散する。こちらに放たれようとする聖痕の秘術を、上手くペトロス様が妨害してくれているようだ。


「バルバラ! ニクス! 掴まレ」

「イチロ!」


 黒曜石のある場所に辿り着くより前、老人の姿に化けたイチロが太い縄を垂らし、門の上からこちらを覗き込んでいた。彼はバルバラと俺が縄を掴んだのを確認し、不意に門の下から飛び降り自らの自重で俺たちを引き上げる。


「キャッ……ひ、イヤああ!」


 ぐんと門の上に引き上げられたバルバラの体が、そのまま勢いを付けて門の向こう側に放り出される。老人に扮したイチロがバルバラの体をキャッチしたのを確認し、俺も呪文を詠唱する。


『汝に告げる 揺蕩う黒のマナ 闇の落し子よ』


 自身が得意とする魔術は、風や空気を操る類のものだ。こちらとイチロの着地点に空気の流れを作り、着地の衝撃を和らげる。


 魔術は上手く発動し、俺達は門を越えた橋の上に無事降り立った。

 橋の先を見渡すと、城門が微かに開いたままになっている。


「見張りは ドウシタンダ」

「……麻痺毒デ 気絶させた 先を急グぞ」

「デモ ペトロス様が マダ向こうに」

「ニクス コッチのミハリに ノースフィールの間者がイタ 俺タチだけで 逃げた方がイイと」


 イチロは問答無用でこちらの手を引き、橋の向こうへと駆け出す。


「待ッテ! 何でソンナ……!」

「…………コノ関所は イマ副騎士団長ドルガノ・レミアスが張ってるソウダ 俺タチが騒ギ起こしたカラ追ってクル 早く遠くへ逃げなけれバ」


 副騎士団長ドルガノ。彼は騎士団が操るエーテルの魔術の源『聖痕』の所持者の一人であり、非常に強力な秘術を操るのだという。


 それが、どうしてこんな所に。それじゃあペトロス様は……。


「ゼンブ、俺のせいダ 済まないニクス ミンナ 本当ニ 申し訳ゴザイマセン ペトロス様」


 イチロはバルバラを抱えて走りながら、そう言って涙を流した。


 

 何だか現実感が湧かなくて、頭がフワフワとする心地を覚えた。ペトロス様はまだ死んでない。なのにどうしてイチロは泣いているのか。


 ……フィリス様だって、ウェスティンにて騎士団長の秘術を食らった後に生き延びたのだ。ペトロス様は強い。だから彼だってきっと大丈夫だ。


 そう自身に言い聞かせながら、俺は今にもフラつき絡れそうな足を、ただ懸命に動かした。


 

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