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35.戦いの前に



「ヨ、ヨンカ」


 俺は逸る胸を抑えながら、目の前の想い人の名を呼ぶ。


 ノーラント山の中腹にある演習場の岩陰。そこに俺は彼女を呼び出し、いよいよ自らの想いを伝えんとすべく一人意気込んでいた。


 ヨンカは年の近い同族達の中でもしっかり者の雌コボルトだ。

 共にフィリス様の臣下として学び働き、来たる『聖戦』に向けて各々が持つ武器を磨いている。


 中でもヨンカはここの所、以前に増して精力的で、その実力と魅力に磨きをかけ続けていた。

 魔術特化のコボルト達の長として皆を纏め上げ、最近ではサブロやフィリス様と共にあのドラゴンを呪痕の魔術で退治してみせたという。


 現に自身の向かいにいるヨンカは、竜の鱗で出来た胸当てと腰鎧、磨き上げた竜の角で出来た杖を持って、威風堂々といった姿で佇んでいる。ま、眩しい。


 俺とて、自らの仕事や今までの働きに決して誇りがない訳ではない。だがそれはそれとして、輝かしい経歴と美貌を兼ね備える彼女を前に気後れするのも事実だ。


 ……いやだが、負けるなロクス。今回はナフィアと、そうして我らが王フィリス様の力添えがあるのだ。臆するな。男を見せろ。


「話ってナニ? ロクス」

「ソ、ソレハ……ウゥ」


 俺がどもっていると、ふと視界の遠くに羽ばたくナフィアの姿が見える。その首元には紐で看板が吊るしてあり、大きく歪な文字で「ガンバレ」と応援の言葉が書かれていた。


 パウロル様から字の書き方を習い、自らの鉤爪で頑張って描いたのだというそれ。

 ……なぜ知ってるかというと、その様子を見ていた妹のロッカが自身に話したからだ。彼女はゴロスと、そうして驚くことにサブロまでもを引き連れて岩陰にてこちらの様子を見守っている。


 正直言ってプレッシャーがすごい。実体を伴わぬはずの緊張に今にも押しつぶされそうだ。しかし同時に自身の胸奥に、やけくそじみた勇気のようなものが湧いてくるのも事実だ。こうなったらやるしか無いと、意を決して口を開く。


「ヨンカ! 好きダ! オレの番いにナッテクレ!」

「イヤよ」

「ガハァ……!」


 いっそ気持ちが良い方に清々しくフラれた。四肢の力が萎え、よろよろと地面に膝をつく俺にヨンカが言葉を継ぐ。


「アナタねぇ ナフィアがいるのに 私と浮気シヨウとスルなんて ホント最低ヨ 恥を知りナサイ」

「チガウ! アレはヨンカの勘違い! 俺とナフィアはタダのトモダチ!」

「ふぅん……マアどっちデモいいケド 私は『聖戦』ガ終ワルまで 誰ノ番いニモならないノ ダカラ貴方の告白ニハ応えられナイ」

「聖戦 終わるマデ?」


 それは意外な返答であった。どういう訳か聞くと、ヨンカはフンと鼻を鳴らした後言葉を紡ぐ。


「コボルトの雄が、戦いの前ニ子供ヲ作るのは合理的ダワ デモ私は雌だから 戦いナガラ子供を作っテ守るのはムリ だから番わナイ 私がそういうコトをするノハ 戦いが終ワッタ後」


 そのヨンカの言葉に、俺はガツンと頭を殴られかのような衝撃を覚えた。


 ……確かに雌は子供を孕み、そうしてある程度大きくなるまでの間行動の自由が制限される。ヨンカは第四遠征部隊の長として、万全の働きを期すためにどこまでも合理的に、そうして真摯にフィリス様の臣下として自らの使命を全うしようとしてるのだ。


「ヨンカ……」

「ロクス 貴方がもしナフィアと恋仲デないのナラ 私以外のイイ人を作っテ子を成しナサイ ……お互イ何ガあるカ分からないもの 私、ロクスのこと仲間としてスキだから せめて貴方の子供ハ コノ世界に残っテいてホシイ」


 ヨンカの言葉の一つ一つを噛み砕くたび、まるで自身の胸に棘が刺さり、引き裂かれるかのような心地だった。それは単に、彼女が自身に振り向かないからという単純な理由ではない。今の俺の心境を言葉で例えるとするなら、深い悲しみと、憤りと、そうして歯痒さ。それに尽きるだろう。


「イヤだ」

「……ドウシテ?」

「ヨンカ これオレからの贈り物 『妖精花の護符』ダ ナフィアとフィリス様 コレ作るの手伝ってクレタ コレあればヨンカ死なナイ ソレに俺もカナラズ生き残ル だからヨンカ 聖戦終わったラ 俺の番いにナッテくれ」


 そう言って俺は、つい勢い余って告白より後に出す事になった贈り物を、ヨンカへと渡す。


 彼女は手に持った護符をしばらく見つめた後、ぎゅっと握りしめ口を開いた。


「イヤよ」

「ワオ……ワオォン」

「フフ 私が好きナノはフィリス様ダモの でもソウネぇ 聖戦ガ終わっタ後に貴方が告白シテきたら マタ考えてあげてモいいわ」

「エ……」

「サテ……ちょっと待っテなさい ロクス」


 不意にヨンカはぶつぶつと呪文を唱え、そうしてバッと後ろを向き岩へと片手をかざす。

 ヨンカが腕を横に振り抜くと同時、岩陰に隠れていたロッカとゴロス、サブロが見えざる手により引っ張りだされ姿を表した。その様子に、驚いたナフィアが地面へと降り立つ。


「サッキからコソコソと 何ヤッテるのよ貴方達 私とロクスは 見世物ジャナイのよ」

「イッタタ……流石はヨンカ姐サンね バレてたかぁ」

「サブロ 賭けはオレの勝ちダな ブラッドサーペントの肉をコンド頼むよ」

「チェッ 分かってるヨぉゴロス ……ヨンカぁ! オメェはホントに可愛げのねぇ雌コボルトだな! ロクスが貰っテヤルって言ってんダカラ観念しやがれ コノ行き遅レが!」

「ハァ〜〜!? ウルッサイわねぇ! アンタなんてイチロに惚れた雌ヲ取られた負け犬じゃナイノヨ! マ ケ イ ヌ !! ヒトのコトとやかく言うヒマあんなら アンタみたいなバツイチ貰っテくレようとシテるロッカちゃんに チャント感謝しナサイ!」


 そうぎゃあぎゃあとけたたましく喧嘩するコボルト仲間に、俺は思わず大きな溜め息を吐く。


 ……見事にフラれはしたが、まだ望みが絶たれた訳じゃない。前向きに考えよう。うん。


「ロクスさん」

「アア ナフィア せっかく手伝ってクレタのに 悪カッタ」

「いえそんな! あの、イチロさんとサブロさんは昔に何かあったのですか? 私、ヨンカさんの言ってたことが気になって」

「アァー……」


 そういえば、ナフィアは知らないのか。あまり大っぴらに話すことでもないが、まあ彼女と皆の仲なら知ってても良いだろうと口を開く。

 

「イチロとサブロ 元々同じムレの出身 雌コボルトの奪い合イで サブロ負けてムレ離れタ だからサブロ イチロのこと嫌ってル」

「あっ、え!? そ、そうだったんですか」


 そう、イチロにはその経歴がある故、俺は彼が居ぬ間になんとしてもヨンカに告白せねばと焦っていた事情もあった。我ながらなんと浅ましく情けない……。


「チナミにサブロは新しいムレで 妻子作っタけど ソコも追い出サレタ あまり触れてヤラないでクレ ……イチロのコトもナ」

「わ、分かりました」


 ナフィアは神妙な顔つきで頷きつつも、その身はソワソワと落ち着きがなかった。まあ彼らの恋愛事情が気になるのは分かるが、これより先はあまり面白い話でも無い。なんとか気を逸らせないか……。


「ア、そうだゴロス イチロとニクス、ペトロスさま もうスグ帰ってクルって」

「ン? アァ ウォルフ様言っテタ 中継の街からの連絡 計算シタラもう着くって」


 第一、第二部隊のイチロとニクス。そうして俺達の指南役ペトロス様は、イースタール地方のヘレノス領にて『氷狼』の竜骸、かつてフィリス様の左手に埋まっていたそれを回収すべく遠征に赴いている。


 ノースフィールの地を出た時点で、彼らと連絡を取る手段は基本的に途絶える。イースタールの地は聖ラミシス王国の聖痕騎士団、そうして現騎士団長セシリアの生家ルミネスの支配領域だからだ。


 それでも比較的に北に近い街付近であれば、ハーピーを放ち辺りを巡回することも出来る。

 そこでイチロ達が特定の合図を上空に送り、自身達の現在位置をハーピーらに知らせるという訳だ。


「お二人とペトロスさんが帰ってくるということは……フフ、楽しみですね」


 裏でゴロスが進めていたとある準備。先んじて知らされたナフィアの提案で、それをイチロやニクスが帰ってきた時にサプライズで行うことになったのだ。


 俺たちフィリス様に選ばれた六体の遠征部隊長が揃い、残りの準備を終えればいよいよ『聖戦』は間近だ。

 

 ……我らが王の為、そうして将来築かれるであろう国の為、俺たちは戦いの中に身を投じる。薄々と覚悟はしているつもりだった。『聖戦』が終わった時、俺たち六体が無事に集う保障はない。だからこそ今、このタイミングで提案されたナフィアの案を、俺は受け入れた。


「アア、キット皆驚クだろウ」


 そう言って俺はナフィアと顔を見合わせ笑い合う。




 この時の俺たちはまだ、理解していなかった。

 まだ『聖戦』が始まらぬ今、俺たちの誰かが欠けることはまずないだろうという慢心。それが何処までも甘い見立てだったということを。


 ……イチロ達が帰ってくるはずの前々日の朝。フィリス様の様子が、仮面越しにも妙に緊迫したものだったのを覚えている。


 馬を操り、ノーラント山の麓から出発した筈の荷馬車。

 そこにイチロとペトロス様の姿は無く、そうして荷馬車の姿形すらも見当たらず。ただボロボロにやつれたニクス一人が、見覚えのない馬に乗って城へと帰り着いた。



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