34.偽善
「あの後、ゴロスとパウロルもナフィアに謝りに行き、無事皆は仲直り。ロクスの摘んだ花はサブロの手に渡り、今は彼の妹のロッカの手にあるだろう。ヨンカは……未だロクスとナフィアの仲を誤解しているようだが、ロクスも一人前の大人コボルトだ。自分で何とかするだろう」
頭の中に、男神の声が響き渡る。彼は時折城内を見て周り、そうして見聞きしたことを自身に報告してくる。それ自体はありがたいことではあるのだが……。
「さあーフィリス、後は君がケジメを付ける番だ」
目の前にはきりっと眉を上げこちらを見つめるナフィアの姿。
……ナフィアが以前、騎士団長セシリアのお抱え魔術師に痣の呪いをかけられた際。その治療法を自身はすでに知っていて、故に裏で材料を集めていた。
それが今回様々な不運が重なった結果、ナフィアにバレてしまったらしい。
「ウォルフ様。どうか私の痣を治すために、ピクシー達を犠牲にするのはやめてください」
……まあ、これは予想していた反応である。
ナフィアは心優しい娘だ。自らの呪いを解く為、罪なき魔物達の命が奪われると知れば、必ずしや痣の治療に反対することだろう。だから黙っていたのだが、こうなっては仕方ない。
「分かった。ただナフィアよ、俺からも一つ質問をしても良いか」
「はい」
「ナフィアは姫君の為に毎日花を摘んでいるだろう。摘まれた花は、やがて萎れて死んでしまうにも関わらずだ。花の命を奪うのは良くて、ピクシーの命を奪うのは良くないと、そう考えるのは何故だ?」
我ながら意地悪な問いかけだと思っている。脳裏に響く男神のブーイングを聞き流しつつ、彼女の答えを待つ。
ナフィアはしばらく沈黙した後、言葉を紡いだ。
「花の命を奪うのも、本当は良くないことです。ロクスさんが『妖精の花』を摘んで、その結果死んでしまったピクシーさんを見た時思いました。私は今まで何も知らず、お花さん達にひどいことをしてきたのだと」
「そうか、なら今後はもう花を摘むのは止めても良い」
「いいえ、止めません。だって私、姫様にはいつまでも綺麗な姿でいて欲しい。皆は私を良い子と褒めてくれますが、本当は自分勝手な悪い子なんです。それにウォルフ様……いえ、フィリス様」
ナフィアはおもむろに懐から白く美しい花を取り出し、こちらへと差し出した。ロクスが摘んだという「妖精の花」、ピクシーの命と共に摘み取られたそれが、窓から差し込む月明かりを受けて美しく輝く。
「綺麗なお花に飾られた姫様を見ている時、フィリス様はいつも優しい顔をしています。私は、私に名前を付けてくださって、姫様の侍女として側にいられるよう計らってくれた優しいフィリス様のことが好きです。だから……これで貴方の優しい心を守れるのなら、これからも私は姫様のために花を摘み続けます」
ナフィアの最後の言葉には、どこか意味深な響きがあった。
この娘は優しく清らかだが、同時に聡いところもある。彼女の友達である魔物達を使って、自身がこれから彼らに何をさせようとしているかも、薄々察してはいるのだろう。その上で、彼女はこうして自身に花を差し出している。
「このお花はロクスさんが私に譲ってくれたもの。貴方自身の手で、姫様の棺に入れてあげてください。その方がきっと、姫様も喜ばれると思います」
「……ありがとう、ナフィア。だが姫に花を捧げる役目は、やはりお前に任せたいと思う」
「で、でもその……愛する異性には、花を贈るのだとオルフィス様から聞きました。これは花束ではないですが、とても綺麗なので……」
ナフィアの言葉に、俺はようやく彼女の言いたいことを理解し、思わず噴き出してしまった。ああ、そうか。彼女らがそう誤解するのも無理はない。
「ッフフ」
「どうしたのですか?」
「ナフィアよ、俺の顔を良く見てみろ。お前の良く知っている誰かに似てると思わないか?」
俺は付けていた狼の面を外し、ナフィアの前に顔を晒す。
彼女は前々から、自身の名だけでなく顔も知っている魔物の一人だ。しかし間近で良く見たことは恐らく無かったはず。ナフィアはじっとこちらの顔を見つめた後、言葉を紡ぐ。
「……目の形が、姫様に似ています」
「ああ、ナフィアとも似てるな。俺とお前のそれは偶然だが、姫君は違う。彼女は俺の妹だ。だから顔形も似てくる」
「えっ!」
本当に知らなかったのだろう。ナフィアはその大きな目をさらに見開いて、はくはくと口を動かしていた。
「つ、つまりフィリス様の妹……フィオナ様は、姫様として生きていらしたのですね」
「フィオナの存在を知っていたか」
「はい、オルフィス様に教えて貰いました。私は姪のフィオナ様に良く似ていると、いつも知らないことを教えてくれたり、お菓子をくれたり私に親切にしてくださるのです」
叔父オルフィスはペトロスやパウロルほどではないが、この城に出入りし数々の援助をしてくれている。魔物達の何人かと親交もあるようだ。
「……ナフィア、オルフィスに姫君のことを話したか?」
「い、いえ。ただオルフィス様はとても物知りで、姫様が私に似てることも、彼女に手足がないことも言い当てておりました」
「そうか」
「あの、フィリス様……姫様に関することは極力周りに内緒にするよう言い付けられていますが、オルフィス様にだけは姫様がフィオナ様であることを教えても良いでしょうか? オルフィス様は、姪のフィオナ様と甥のフィリス様を今も大切に想っているのだそうです。きっと彼女が生きていると知ったら、とても喜ぶと思います」
「……ああ、構わない」
こちらの言葉に、ナフィアは顔を明るくし輝くような笑顔を見せた。この娘は、他人の幸せをまるで自分のことのように喜ぶことが出来る。
……その純真さに、俺もまた毒されたのだろう。
「ナフィア。その『妖精の花』だが、フィオナの棺に収めるのでなく、俺に預けてくれないか?」
「えっ?」
「その花は、呪いに対する強力な護符の材料になる。ロクスに渡して加工を頼もうと思うんだ」
「あっ、そ、そうなのですね。でも綺麗なお花なのに、護符にしてしまうのはちょっと勿体無い……」
「その綺麗な花が妹の側にあれば、俺はたしかに嬉しいさ。だがそれ以上に、戦いに赴く大切な仲間を守るために、今はこの花の命を使って欲しいんだ」
「……!」
「ナフィア……お前が痣の治療を拒んだように、俺も自らの心を慰めるためだけに、仲間の命を守ることが出来る貴重な花を消費することは望まない。俺はお前の希望を受け入れた。だからどうか俺の願いも聞き入れてはくれないか」
こちらの言葉に、ナフィアはその黒目がちな瞳をうるうると涙で潤ませながら、こくりと頷いた。
「偽善だな」
ふと脳裏に、男神の無味乾燥な声が響き渡る。
……全く俺たちは気が合うことだ。その言葉を否定する余地はない。どれだけ魔物達に肩入れし、心を傾けているかのように振る舞おうと、所詮根底にあるのは何処までも浅ましい私利私欲のみ。
嘘で塗り固めたこの心にて、ただ俺が望むのは妹の「救済」と「復讐」。その為に、例えこの先どれほどの犠牲が伴おうと、歩みを止めるつもりはないのだから。




