33.無知と無垢
「おお、ご苦労だったな二人共……どうした気まずそうな顔して」
「イヤ、ソノ」
「な、何でもありません! それよりロクスさん、パウロルさんに早速例のモノを」
「アア……ワカッタ」
俺とナフィアはあの後城に戻り、パウロル様の元にて報告を行っていた。
まずは一つ目の袋を渡す。これは「酔花」という植物で、発酵させると特殊な酒の素になる酵母が取れるのだとか。パウロル様は袋の中身を改めて、一つ頷く。どうやら問題はなさそうだ。
「コレ ピクシー入っテる」
「助かっタヨ ロクス ピクシー見るタメの魔術 イチロとロクスしか 使えナイカラ」
「どれどれ……よし、必要数揃ってるな」
パウロル様は大きめの籠を用意し、そこに袋の中身をひっくり返して素早く蓋をする。籠の中には、小さな人型に翅を持った生き物達が、キャアキャアと声を上げて騒ぎながら籠の表面に張り付く。
妖精王や大妖精の領域から抜けたピクシーは、透明化の魔術が解けその実体を現す。
ふと籠の中にぐったりと底に伏し、動かないピクシーの姿を発見した。
「アレ、動イテない? ナンデ」
「……ロクスさん。妖精の花を摘むと、その花に宿るピクシーは命を落としてしまうのだそうです。ユニコーンさんが言ってました」
「エッ」
「ああ、たまたまそれに当たったってワケか。まあ数は十分に足りてる。問題ないさ」
そうサラッと告げるパウロルに対して、ナフィアの表情は暗い。俺も始終気まずい心持ちで、下を向いていた。
「ロクス、ナフィア。ご苦労だった。後はゴロスと協力して軍糧の研究に戻る。発酵の期間を短縮するために、とにかく人手が必要になるから。ロクスの隊からも何人か手伝いを……」
「あの、パウロルさん」
「どうした? ナフィア」
「そのピクシーさん達は、しばらく城で飼育をするのですよね」
「ああ、酵母が完成するまでの期間、必要になるからな」
「その後は、彼らをどうするのですか?」
ナフィアの言葉に、パウロルはしばし沈黙した後、こちらを見る。
「……ナフィアに話したのか? ロクス」
「イ、イエ」
「ユニコーンさんから聞いたんです。ピクシー達の生き血は、呪いを解く材料に最適なのだと……パウロルさん。もしそのピクシー達の血を、私のアザを治す為に使うのだとするなら、私はそれを望みません。どうか用事が済んだら、私の手でピクシー達を森に帰すことを許して貰えませんか?」
ナフィアの言葉に、俺もパウロル様もただ顔を見合わせ沈黙する他なかった。
酵母の作成にピクシーが必要だというのは、ナフィアや他の魔物達の目を誤魔化すための詭弁に過ぎない。
……彼女の顔のあざを治すべく、ピクシー集めを命じたのは他でもないフィリス様だ。彼がドラゴン討伐により得た竜の肝臓。これとピクシー達の生き血を使って解呪の薬を作ることは、俺たち一部の者しか知らない機密だ。
「今ここで返事をする訳にはいかない。少し待っていてくれないか?」
「……! どうして! 私は、私の為だけにピクシーさん達が傷付くことを望んでいない。なのに今やめると返事をできないのは何故? どうして、私に内緒で勝手にこんなことを……ひどい! みんなのことなんて、キ、キライです!」
そう大声で叫んだのち、ナフィアは身を翻してその場を去ってしまった。重苦しい沈黙の中、パウロルが口を開く。
「キライかぁ……あの温厚なナフィアが、あそこまで怒ってるのは初めて見たな」
「……オレ ナフィア 追いかけマス 謝らナイト」
「頼むヨ ロクス 落ちツイタラ オレタチも行く ナフィアに嫌わレタまま ツライからな」
うん、そうだよな。
……パウロル様やゴロスはともかく、俺は他にもナフィアを裏切り、傷つけることを沢山した。もう謝っても許してもらえないだろう。
だが、それでもせめて仲間達のことは許して貰えるよう、言葉を尽くさねばと思った。ナフィアに嫌いと言われてから、ずっと胸がズキズキと痛んで仕方ない。だがきっと一番辛いのはナフィアの方だ。俺はパウロルとゴロスに頭を下げた後、すぐさまにナフィアの行方を追った。
「……ヤッパリここにイタ」
「…………」
古城の広間の中心。フィリス様の姫君の眠る棺のそばに、ナフィアはいた。彼女は棺に持たれるよう顔を伏せ、こちらの声に反応することはない。
「ナフィア オマエに内緒デ ピクシー捕マエテ 酷イことシヨウとした 悪カッタよ」
「…………」
「デモ パウロルさまと ゴロスは 悪クないンダ ナフィアのアザ治す 命令サレテタ 許シテやってクレ」
「……誰に命令されてたのですか?」
「ソ ソレハ」
ナフィアは顔を上げてこちらを見つめる。黒目がちの瞳のふちは赤く腫れ、先ほどまで彼女が泣きはらしていたことが容易に見てとれた。
……意を決して、俺は口を開く。
「命令シタノハ俺ダ ……ナフィア 俺ハひどいヤツだ ユニコーンと話し合オウとした ナフィアの頑張リと勇気 裏切っタ 全部俺ガ悪イんだ ダカラ」
「ロクスさん……それは嘘ですね」
ナフィアの言葉に、俺の心臓がドキリと跳ねた。な、なぜバレたんだ。
「ロクスさんは、パウロル様にお願いはしても命令はしないでしょう。お願いします。本当のことを教えてください」
「ナフィア……」
「私……何も知らないままなのはイヤなんです。ユニコーンさんに教えて貰えなければ、私はきっと、何も知らずにたくさんのピクシー達の命を奪っていた。そんなことは望んでないのに……知らなければ選ぶこともできない」
ナフィアの言葉に、俺は少しためらった後に口を開く。
「ナフィアの心 キレイだ 誰もナフィアに傷つイテ欲しくナイ ダカラみんな隠シテる どうかワカッテくれ」
「ロクスさん、私達は友達です」
「エッ ア、アア……ソウ、ダナ?」
「ただ一方的に守って貰うのは、友達じゃありません。ロクスさん……あなたは私とその誰かを守るために、一人で悪者になろうとしてる。そんなの私は望んでません。私は、私のアザを治すよう命令した人の所に直接行って、止めるよう話をしたい。だからどうか、力を貸してください」
ナフィアの言葉はどこまでも真っ直ぐで、そうして力強いものだった。
「ナフィア強いノニ 俺信じてナカッタ 勝手ナコトして 本当ニ悪カッタ ……命令シタノハ ウォルフ様ダ でもウォルフ様 ナフィアのタメにヤッタ だからウォルフ様……フィリス様のコト キライにならないでホシイ」
「……分かりました、教えてくれてありがとうございます。ロクスさん。それと」
「ナンダ」
「さ、さっきは、キライなんてひどいことを言って、ごめんなさい。私ついカッとなって、本当はロクスさんのこと嫌いじゃないです。大好きです。だからどうか、ひどいことを言った私を、許してくれませんか……」
そうナフィアは顔を赤くして、モジモジしながらこちらを見上げている。
彼女の言葉に、重く沈んでいた俺の心は瞬く間に、羽が生えたように軽くなった。
う、うおお。まだナフィアに嫌われて無かった! 良かった……! そうウキウキと踊り出したくなる気持ちを堪え、俺は口を開いた。
「モチロンダ! 俺もナフィアのことダイスキ!」
「! よ、良かったです……! これで私たち……」
その時、バタンと扉の閉まる音にこの時俺たちは初めて気が付いた。
入り口の方を向くと、そこには花の入った籠を抱えニヤニヤとした笑みを浮かべる、麗しい雌コボルトの姿があった。
「ヨ、ヨンカ……」
「アラ 若いフタリのお邪魔ヲシテ 悪カッタわね ウォルフ様に頼マレタ用事ヲ済マセタラ お暇スルわ」
まずい。明らかに良くない方向の勘違いをされている。違うんだと口を開こうとするも、その前にナフィアがヨンカの方へと進みでる。
「ヨンカさん、ひょっとしてこのお花は姫様の為に? すみません……私の為に侍女の仕事を代わってくれたのですね。後は私がやりますから、ヨンカさんは休まれてください」
「ありがとうナフィア フフ お言葉に甘エサセテもらうワ あなたもロクスとドウゾごゆっくり」
「マ、待ってヨンカ 話ヲ……」
しかし無常にも花籠をナフィアに渡したヨンカは、さっと身を翻して広間から出て行ってしまう。再びバタンと扉の閉じる音の後、沈黙が流れる。
「ナフィア……」
「どうしました? ロクスさん」
「分かっテなさそうダカラ 対等ナ友達トシテ 今ハッキリ言う」
「……?」
「俺とナフィア 今ヨンカに恋人同士ダト 勘違イされてる」
恋人というその言葉に、目の前のナフィアの顔は一拍おいた後。赤くなったり青くなったりとめまぐるしく変わった。




