32.乙女と一角獣
「……ロクスさん、確かピクシーは日の高い時間にしか現れないと、パウロルさんは言ってたのですよね」
「アア ユニコーン居ナクなる 待っテルト 見えナクナルかも」
小妖精ピクシー。魔物の中でも特殊な存在で、彼らの住む『領域』内ではその姿を視認することが出来ない。
今自身が行ってる目の強化、また生まれつき体内魔力の見えるニンゲンであれば、魔力の痕跡を辿って位置を確認することも出来る。だがそれは、太陽が空の中心に至る一刻のみ。その後ピクシー達は夜を迎えるまでの間、自らが住まう花の中に潜り、姿を消してしまう。
パウロル様いわく、ピクシーは基本森の中の『妖精域』に住まうのだという。今回ここに小妖精が住まうと分かったのは、ナフィアが見つけた花畑の特徴が妖精域と一致していたからだ。
「アノ木が『妖精王』オベロン 泉ガ『大妖精』ティターニアの ヨリシロだ タトエ昼デモ 近ヅクト 呪イヲかけラレルぞ」
「そうなんですね……でもあのユニコーンさんは平気そうですよ?」
「アイツは 生マレツキ エーテルのヨロイ 付けテル ヨウセイの呪イ コワクナイ」
聖獣ユニコーンは、女神が降り立つ前より『聖なる力』エーテルを纏う稀有な存在の一つだ。
エーテルは大気のマナ、体内のオドより上位にある力で、魔力を持つ存在に対し攻守共に優れた威力を発揮する。妖精は魔物の一種のため、本能的にユニコーンを怒らせぬよう立ち回っているのだろう。
「……分かりました」
そう言ってナフィアはすくっと立ち上がりユニコーンの方を向いた。
「オイ ナフィア! 姿勢を低クシロ 見ツカルゾ」
「私、ユニコーンさんとお話ししてきます」
「ハア!?」
「彼には私たちと同じ、アストゥラル神から授かった知性があるのですよね。お話しすれば、きっと私たちがここに居ることを許してくれるはずです!」
そう言ってナフィアはバサバサと翼をはためかせ、ユニコーンの方へと飛んでいく。俺も駆け出そうとするが、少し考えて足を止める。
……確かユニコーンは、清純な乙女にしか懐かないという。ナフィアは確かに魔物だが、その心は誰よりも清らかだと言ってもいい。ひょっとしたら、交渉の望みはあるかも。
ナフィアの姿を視認したユニコーンは、一瞬身構え魔術を放つ準備をするが、彼女の呼びかけに止まる。
「ユニコーンさん! 私はナフィアといいます。突然おじゃましてごめんなさい。でも貴方に、どうしてもお願いしたいことがあるのです!」
ユニコーンは、ナフィアの言葉を受け、ゆっくりとその口から俺たちと同じニンゲンの言葉を発する。
『魔物ノ乙女よ その度胸に免ジテ 我と話シをするコトを許してヤロウ 願いとヤラを申してミヨ』
「! ありがとうございますユニコーンさん。実はこの聖域で、お花を摘むのとピクシーさんの何人かをお城に連れて行くよう、命令を受けていまして。その用事をこなしている間、どうか私を見逃して欲しいのです」
ナフィアの言葉に、ユニコーンはしばらく沈黙した後言葉を紡ぐ。
「城トイウのはニンゲンの住まいのコトだろう? ピクシー達を連れて行くコトは認メヌ」
「そ、そんなぁ……」
「ダガ花なら良いダロウ ナフィアよ、我の近クに寄れ」
ナフィアはその言葉に、困ったようにチラッとこちらを見る。先ほど自身が、ユニコーンの居る木と泉のそばに近寄るなと言ったのを覚えているのだろう。
「あの、そこは妖精王さまと大妖精さまの住まいだから、近づいてはいけないと友達から言われてまして……」
「案ズルな ヒトの呪いヲ受けし娘ヨ 妖精王と大妖精ハ我の友人ダ」
「友人……それなら、はい。分かりました」
ナフィアは花を踏まぬ様ゆっくりと地面に降り立ち、ユニコーンの方へと歩み寄る。
……万が一何かあれば、自身がナフィアを守らなければ。息を殺しつつ、腰に構えた毒針をいつでも引き抜けるようにしておく。ユニコーン相手に麻痺毒が効くのか定かでないが、いざという時はやるしかない。
ナフィアが、泉のほとりに来てユニコーンと向かい合う。今の所、彼女の身に異常は無さそうだ。ホッとしていると、やがてナフィアはユニコーンに促され、彼のそばに座る。
距離があって会話の内容は聞こえないが、どうやら彼らはなごやかに談笑を始めているようだった。
これはチャンスだ。先ほどの会話から、ユニコーンのいう通りにしていては、ピクシーを捕まえるというもう片方の目的は達成出来ない。それなら今ナフィアがユニコーンの気を引いてる内に、こっそり捕まえるしかないだろう。
俺は姿勢をかがめ、なるべく物音を立てないようゆっくりと移動する。幸いユニコーンはナフィアとのお喋りに夢中で、こちらに気付いた様子はない。
まずは最も重要な「花」の回収だ。ピクシー達が住まう花畑に生えているという特殊な花。これは今回軍糧を改良するに当たって重要な役割を果たす。
パウロル様から伝えられた情報をもとに、毒々しいピンクに黒のマダラが散った模様の花を必要量摘み取り、袋にしまう。これでよし。
次はピクシー達の回収。これはパウロル様に持たされた特殊な針を用いる。
懐から取り出した、黒色に光る針。俺は静かに花畑の中を移動し、ふよふよと浮かぶ赤黒い光を下から素早く針で突いた。
すると光は、力なく垂直に下へと落ち、その光が徐々に弱まっていった。光が見えなくなる前に、俺はそれを素早く掬い取り、花と違う袋の中に詰める。
それを幾度か繰り返し、袋の中が見えない物質でいっぱいになった所で、ちらりとナフィア達の方を見た……ありがたいことではあるのが、随分と話が長いな。アッ、あのユニコーン。ナフィアの膝に頭を乗せてやがる。なんて馴れ馴れしいやつ。
いや、あまり余所見をしている場合ではない。ここに来た目的はほぼ達成したものの、まだもう一つ私用が残っているのだ。
俺は花畑に目をこらし、いくらか目ぼしい花を摘み、形のしっかりした籠の中へと仕舞っていく。移動の最中に潰れてしまっては目も当てられないからだ。これは普段ナフィアが花を摘むのに使う物を使用している。まず間違いはないだろう。
籠半分に色とりどりの花が詰まったところで、俺はふと視線の先に、他の花より一等美しく咲く純白の花を見つける。あまり目利きのきかない俺でも、それがとても素晴らしいものだと理解ができた。
…………ヨンカにあげたら、彼女は喜んでくれるだろうか。
そんな事を考えながら、俺は手を伸ばしその白い花をぷつりと摘んだ。
途端、ぶわりと赤黒い光が花のそばからいくつも飛び出し、そうしてハッとユニコーンがこちらに気付いたかのよう素早く立ち上がった。
『……誰ダ! 妖精ノ花を盗ンダ不届キ者は 今すぐ出てコイ!』
「妖精の花を……? え、ロクスさん、なんでそこに……?」
「ッ、ナフィア! 逃ゲルゾ!」
そう言って俺は素早くユニコーンの胴目掛けて毒針を投擲し、撃ち込む。ナフィアはアッと驚いてユニコーンに駆け寄ろうとするが、再度の俺の呼びかけに、ぐっと何かを堪えるよう翼を広げこちらへと飛び立つ。
「ロクスさん! 捕まってください」
俺は咄嗟に軽量化の呪文を唱える。ナフィアは俺のフードを鉤爪で掴み引き上げるが、まだ呪文の途中だからか、俺の体重を支えきれずうめき声をあげる。
『我を騙しタのか!? 忌ワシい小娘と盗人メ 逃がサヌぞ!』
ユニコーンの猛々しい嘶きと共に、その角先に白い光が帯電するかのようバチバチと音を立て集う。あれはマズイ。俺はなるべく早口で、しかし舌を噛まぬよう細心の注意を払いながら呪文を詠唱する。
やがて最後の呪文を唱え終え、俺の体がふわりと軽やかに宙に浮いてすぐのこと、今しがた自身らの居た場所にビシャアンと大きな音を立て、白い稲妻が落ちてきて地面を焦がした。
ぞわりと背筋が怖気だち、思わず自らの身を縮こめる。ナフィアも容赦ないユニコーンの攻撃に驚いたようで、しかし次の瞬間にはぽつりと悲しい声色で言葉を零した。
「結果的に貴方を騙すことになってしまって、ごめんなさい……ユニコーンさん」
その言葉に、胸がズキリと痛む。
……自身のしたことを悔いるつもりはない。これも目的の為には、仕方の無いことだからだ。それでも、罪を犯した本人である俺より悲しみ、心を痛める純真な友人の姿に、俺の良心もまたひどく痛んだ。




