31.聖なる森
ーーー以前フィリス様にレッドサーペントの即席干し肉を振る舞われた時の思い出が脳裏をよぎる。
魔術というのは便利だが、同時にとても恐ろしいものなのだと、あの時俺たちは自らの身をもって実感した。
あの冷静なイチロが毛皮に覆われてもなお分かる程に顔を青ざめさせ、ニクスは露骨に顔を顰めて舌を出し、サブロは多量の唾と共に肉片を噴き出した。
ヨンカは口元を抑えて草陰に走り出し、あの温厚なゴロスが滂沱の涙を流しながら「これは肉となった尊き命に対する冒涜だ」とフィリス様を激しく詰っていた。
フィリス様は俺たちの反応が予想外だったのか、やや慌てた様子で「怒らせるつもりはなかった」「糧食の問題を解決する為の試み」と言い募り、最終的にはフィリス様自身も干し肉を齧って、微かに顔を顰めながらこう言った。
「俺も最初に味見はしていた。不味いが決して食えなくはないと思い、お前達の意見を聞こうとしただけなんだ。だがそれは間違いだったようだな……すまないことをした」
コレを味見した上で「イケる」と判断し、俺たちに勧めたのか……。
当時のフィリス様に悪気がなかったのは皆も疑わぬところである。だがあの一件で少なからず、俺たちコボルト六人衆には「得体の知れない肉」に対するある種のトラウマのようなものが植え付けられていた。
……いや、だが今回はフィリス様でなくゴロスのお墨付きなのだ。少なくとも食えない味では無いはず。
そう自身に言い聞かせながら、口の中に入れた肉を無心で噛み、そうして飲み込む。
……あれ、ん? ……オオオ! 本当に美味いぞ!?
やや硬くもじんわりと旨味が伝わる肉質に、遅れて複雑な苦味やコクの深い味と香りが口の中いっぱいに広がる。
俺は無心で手の中の肉を貪る。炙りたての脂滴る魔物肉の美味さとは種類が違うが、なるほどこれは言葉通り、いくら食べても飽きな……ん?
「ンン……? ア、アタマが フワフワする」
「ああ、ロクスも駄目か。ゴロスや一部のコボルトは平気だったんだがな」
「パウロルさま ゴロス フタリは本当に何ヲ……」
「軍糧ノ研究ダ ウォルフさま 持っテキタ肉 美味シク食ベル方法 パウロルさまが一緒ニ 考エテクレた」
ゴロスの言葉に、先ほど陣の上に置かれた干からびた物体の正体に検討が付く。あれはフィリス様、サブロとヨンカが、ドラゴン討伐の折に持ち帰った干し肉だったのか。たしかそのまま齧ってもスープに入れて戻しても味気が無さすぎて、仲間内から不評だった筈……。
「アレを魔術デ 美味シクしたのか? 確カニ美味イ デモこれ食ベすぎタラ 具合が悪くナル」
「この魔術は酒を使うんだが、それゆえお前たちコボルトには刺激が強すぎるようだな。ロクス、これを飲め。気分が良くなる」
パウロル様からもらった薬瓶を受け取り、躊躇いなく飲む。うおお苦い。しかし彼の言うとおり、しばらくして頭と胸のモヤモヤしたものが晴れていくのを感じた。流石はパウロル様の薬だ。
「オレ呼ンダの 研究の実験ニ コレ食べサセルためですか?」
「いや、今後の相談のためだ。この干し肉を軍糧とするため、できる範囲で実験した結果が今の通りだ。一応、この状態でもアルコールの毒性に強いコボルトのみに絞れば軍事転用は可能だろう。だがあと少し時間と資源を投入すれば、コボルト全員がこの糧食を口に出来るようになる」
「軍糧のコト コレ以上動クなら 第五部隊ノ俺ダケじゃなく ロクスの許可モ必要ニナル ロクスはドウ思ウ?」
なるほど。戦時の食料としてゴロスとパウロル様の開発していた試作品が、今自身の口にしたものということか。そうしてこれを実用化するには、おそらく俺たち第六部隊の許可や協力も必要になってくると。
第六部隊は基本、何でも屋だ。戦争の際には兵として第一から第五部隊の支援を行い、平時では戦闘訓練、物資の管理と補充、非戦闘員の統率など、やることは多岐に渡る。
俺のところの隊員は、普段の地味な仕事に多少の不満をこぼしつつも、みな真面目にやる事をこなしてくれている。そんな彼らの仕事を増やしてまで、この実験に協力する意義があるかというと……。
「ゼヒ俺ニも 協力サセテくれ 美味い肉食ベル 皆の士気アガる 絶対ニやり遂げヨウ」
「さすがロクス! オマエなら分カッテくれると 思ってタ」
「よし、じゃあ次の実験に必要なものを説明する。ナフィアも協力してくれるか?」
「ハァい〜〜なぁんでもわたしにぃ、おまかせくださぁい。ナフィアはぁ、みんなのお役に立てるいいこになりた……」
その言葉を最後に、ナフィアはバタンとその場に倒れ込みすやすやと寝てしまった。満面の笑みを浮かべるその横顔は真っ赤で、その側にはさきほどゴロスが手渡したのだろう肉が一欠片転がっていた。
「……」
「ロクス、ナフィアが目覚めた後、具合が悪そうならこれを飲ませてやってくれ。あと彼女に依頼したい内容を、今からお前に伝える。悪いが言伝を頼んだぞ」
「ハイ ワカリマシタ……」
翌日、俺はゴロスとパウロル様の打ち合わせ通り、ナフィアと共にノーラント山から東方に広がる森へと足を運んでいた。
「ロクスさんは本当に色々な魔術を使えるんですね! 持ち上げた時、まるでお花のように軽くて驚きました」
「ハハハ 上手くイッテ良かった こうイウ魔術ハ割と 得意ナ方ダ」
城から目的地まではそこそこに遠い。故に俺は『軽量化』の魔術を使い、ナフィアに自らの体を運んで貰い共に森へとやってきた次第だ。
ちなみにこの魔術はパウロル様から教わったものだ。彼は父親に連れられノースフィールの地へと流れ着いた来歴があり、それ以前は流浪の民に紛れて、各地を放浪していたのだとか。馬の扱いから鍵開け、小道具作りなど多岐に渡り豊富な知識を持っているのは、その時の経験からきているらしい。
パウロル様は、フィリス様ほどではないが凄い方だ。今回の任務で良いところを見せたい。頑張るぞ。
「ナフィア 花畑はモウスグか?」
「はい、あの背の高い樹林を抜けた先に……」
俺はその言葉を聞いて、呪文を唱え始める。フィリス様から教わった、目を強化する魔術だ。今回は動体視力でなく、見えない物を見るための術をかける。
木々の間を抜け、やがて俺とナフィアは森の中でも大きく開けた空間へと出る。
柔らかな緑の地面に、色とりどりの鮮やかな花が咲き乱れる。中心には清らかな湖とそのほとりに大きな木が生えており、なんとも幻想的で美しい風景だ。
「……スコシ タイミングが ワルカッタなぁ」
目をこらせば、花畑の周りには赤黒く発光した光がふよふよと浮いている。あれは今回の目当ての一つ、小妖精ピクシーだ。
だが、うかつに花畑へと近づく訳にはいかない。なぜなら花畑の中心、泉の近くには一頭の魔物……いや聖獣がいるからだ。
一本の巨大な角を額に持つ、白く美しい毛並みと体躯を持つ獣。
そこにあるのは清純な乙女にのみ懐き、それ以外の者共には自らの角を振るい果敢に追い払う、知性と誇り高き聖なる獣。一角獣ユニコーンの姿があった。




