29.竜殺し
「便利な魔術だよねぇ、これ」
アストゥラル神がこちらに声をかける。
「ええ、この魔術で乾燥させた素材は半永久的に保存できますからね」
「……ふと思いついたんだけど、魔術の素材でなく肉で同じことをしてみるのはどうだろうか。半永久的に保存出来る干し肉があれば、食料問題に悩まされることもないだろう」
「出来ますが、この魔術で作った干し肉はとても不味いですよ、アストゥラル様」
「不味いんだ」
「確かアストゥラル様が不在の時、試しに作ってコボルト達に食べさせましたが不評でした。第五遠征部隊のゴロスに至っては不味すぎて『肉が勿体無い』と咽び泣いていたほど……」
「私の知らないうちにそんな愉快な出来事が」
「……いや、だがあの時は適当な魔物の肉で試したのだったか。美味で知られる竜の肉であれば、ひょっとして食用に耐えうるものが出来るかも」
脳裏のアストゥラル神の「やめておけ」「私が悪かったから」という呼びかけを無視し、ドラゴンの肉のいくらかを陣の中に放り込み、干し肉を作る。
その後生肉の一部をハーピー達に分け、そうして俺とサブロ、ヨンカは上等な部位のドラゴン肉を火で炙り、三人で食した。
彼らは今回の戦いぶりに色々反省するところもあったのだろう。初めは固い表情であったが、肉に一口かぶりつくや否や満面の笑顔になり、この時ばかりはサブロとヨンカも喧嘩をすることなく朗らかに笑い合った。
「ハァーっハハ! コレで俺タチも栄誉アル『竜殺し』にナッタ訳ダ! フッフフ コレでイチロより俺サマが強イ事が証明サレタナ……オット悪イ 俺とヨンカがダナ」
「ヤメテよ アンタがワタシに気ヲ遣うナンテ 空カラ槍が降ってキソウ ……勝っタのはフィリス様のオカゲよ ソレに、アンタに護符を渡シタ ロッカちゃんモね」
「ロッカ?」
そういえばサブロが胸元に仕込んでいた護符……『氷鷲の護符』の模造品である『氷鼠の護符』は、俺が渡した覚えのないものだ。
「ロッカは確か、ロクスの妹じゃなかったっけ。サブロが以前彼を怪我させた詫びを兄妹に渡し、その際仲良くなったとか。第六部隊所属なら、護符作りも慣れたものだろう」
ああ、思い出した。俺が名前を与えたコボルトは六体のみだが、それ以外にも彼らの間で各々名前を付け合い、呼び名を持つコボルト達がいる。そのうちの一体がロクスの妹であったか。
「ヨンカぁ 護符壊しタことは、ロッカに内緒にシテくれヨぉ。何言ワレルか分カッタものじゃねぇ」
「アラ 正直に白状シテ 新しいノ作って貰いナサイよ マタ危険がアッタ時に 護符が壊レテたら困るデショ」
「……いや本来であれば、護符はこちらが用意してお前達に持たせるべきだった。ロクスの妹には俺からも感謝を伝えよう。お前達」
「……? ハイ!」
「何でショウ フィリスさま」
「今回の竜退治、改めて二人は素晴らしい働きを見せてくれた。その献身に報いるため、今回得た竜の牙や角で、サブロとヨンカのための武器と防具をあつらえようと思う。竜を打ち倒すほどの武勇と、その証たる武具を備えたお前達は、全てのコボルト達からの尊敬を集める存在になるだろう」
俺の言葉に二体、特にサブロの目がキラキラと輝き、感嘆の息をその口から零す。
「……有り難キ、幸せに存じマス フィリスさま 俺ハ必ずやフィリスさまイチの臣下としテ 自らノ剣と勝利ヲ貴方に捧げると 誓いマス」
「フフッ ……ではワタシは フィリスさまイチのお抱エ魔術師トシテ 貴方に変わらぬ忠誠と勝利ヲ捧ゲマス」
サブロとヨンカはそう言って、こちらに深く頭を下げる。
彼らは六人のコボルト達の中では、中堅の立ち位置にいる存在だった。その能力は並の同族達の中で群を抜いているが、彼らの部隊はいずれ『聖戦』の主戦力として重要な役割を担うことになる。今回のことはサブロ、ヨンカのスキルアップの意味もあるが、何より兵達の士気を上げるために必要なことだった。
戦場において、カリスマ性を持った将の存在は大きな影響力を持つ。『竜殺し』という箔が付くことで、『聖痕騎士団』に立ち向かうコボルト兵らの士気も高まることだろう。
「無邪気だねぇ、君の臣下達は。戦場に送り出すのが心苦しくなるよ」
……心中でアストゥラル神に同意しつつ、俺はふと、彼らに見せようと思っていたものを思い出す。
「ああ、そうだ。これは試作品なんだが、中々に上手く出来てな。共に竜退治をしたお前達にはぜひ先んじて食べて欲しい。受け取ってくれ」
そう言って懐から取り出したものを差し出すと、顔を上げたサブロとヨンカの動きがぴたりと止まる。そうして恐る恐ると、こちらに問いかけてきた。
「フィリスさま、コイツァまさか」
「ドラゴンの肉を魔術で乾燥させたものだ」
「ドラゴン肉ヲ!? ナ、ナンテ勿体ないコトを……」
「まあまあ。レッドサーペントの肉で試した時よりは、大分食える代物になったと思う。お前達も食べてみろ」
俺の言葉に、サブロとヨンカは疑わしいものを見るような視線をこちらに向ける。干し肉を各々に手渡し、俺が一口肉を齧ったのを見て、ようやく彼らはしぶしぶとそれを口に運んだ。
「どうだ」
「……マア前よりは生臭クないし、舌モ痺れない 食えナクもねぇです フィリスサマ」
「デモせっかくノご馳走をコンナ……イエ フィリスさま 肉のウマミが殆ンど消し飛ンデますけど ケシテ不味クはナイです」
「! なら良かった。せっかくのドラゴン肉をただ放置していくのも勿体ないと思ってな。ハーピー達が食べきれなかった分も、加工して持ち帰ろう」
普段、討伐で得た魔物の素材や肉はコボルト達を伴い、運び出せるよう手配している。しかし今回は標高の高いタイラント山の山頂かつ、ここは人里から離れている。ハーピー達の助けがあろうと、肉まですべて運び出すのは無理があるだろうと諦めていたのだが……いやあ良かった良かった。
サブロとヨンカは先ほどから、何か物言いたげな視線をこちらに向けている。先ほどまで浮かべていた感激の涙は、いまやすっかりと引っ込んでしまっていた。
「……君。世の中にはやって良いことと悪いことがあるのを知ってるか?」
「結果的に成功したから良いじゃないですか、アストゥラル神」
「『ギリ及第点以下』といわんばかりの臣下のコボルト達の表情が見えないのか? 私も聞き齧りでしかないが、『食』とは兵達の士気に密接に関わるものなのだろう……? せっかく竜退治を成したというのに、こんなつまらないことで台無しにしてどうする。食べ物で遊ぶのは今回限りにしておきなさい」
いや、別に遊んでいたつもりはないのだが……。
その後持ち帰ったドラゴンの干し肉はサブロとヨンカの提案で『謎肉』として、コボルト達に振る舞われることとなった。
彼らの評価は「不味くもないが美味くもない」「ほのかに紙の香りがする肉片」「空腹時でもギリ口に入れるのを躊躇う」「本当に何の肉だこれ」と燦々たるもので、結果この肉は保存期間が長いということもあり、いざという時の為その大半が食糧庫に貯蔵されることとなった。
何とも締まらない顛末だが、こうして俺達の竜退治は何事もなく無事に終わった。アストゥラル神は「メシマズ」「味音痴」などと脳裏で俺のことを好き勝手言っていたが、流石に心外である。俺の味覚は正常そのもの。ただ人より少し食えるものの範囲が広いだけだ。それにどんな食べ物も、獲れたての魔物の心臓を生齧りするよりはマシなのだから……。




