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28.勝利の後に



 魔力には、大気に漂う『マナ』と体内に宿る『オド』の二種がある。


 魔術はマナとオドを用いて行使されるが、一部の魔物が持つ生来の特質もまた、同様の原理が働いている。

 例えばドラゴンの持つ対物理、対魔術に秀でた肉体の保護。これは竜の身に宿る膨大なオドが身体中を巡り、常に防護の魔術を発動させているからだ。現に竜がブレスを吐く間、彼らのオドは口周りに集中し、表皮の耐久性は落ちる。自身が単身で討伐をこなす際は、よくその隙を狙って攻撃したものだが。


「オドの流れが乱れているな」


 魔術で強化した自身の目は、生物の体内の魔力の流れを見ることが出来る。のたうち回る竜の体内から急速にオドが体外へと流れ出て、その動きも流れもめちゃくちゃになっているのが分かった。表皮の保護はとうに剥がれていることだろう。


「よおし、やるなら今だフィリ……」

「サブロ! トドメはお前が刺すんだ」


 今まで空気を読んでいたのだろう。ずっと黙りこんでいた男神の声が元気よく脳裏に響くと同時、俺はサブロへと声をかける。


「ゲホッ、オ、俺でイインデスかい? フィリスさま」

「フィリスさまガ イケって言っテるんダカラ 早くイキナさい! コレ結構キツいんダカラ!」


 サブロの背に庇われているヨンカは、その顔に苦悶の表情を浮かべている。今回のヨンカの役割は、ドラゴンの呪殺でなくあくまで弱らせるのが目的だ。呪痕の魔術を維持するためには、体内のオドを杭に注ぎ込み続ける必要がある。彼女の体内魔力が保つまでの間に、ケリを付けなければいけない。


「っワカッタぜ! ゲホッ」


 サブロは口から血を吐きながら、駆け出すための体勢を取る。彼も最初に受けた尾の一撃のダメージを引き摺っている。……下手をすれば内臓を損傷しているかもしれない。


 時間の猶予もない状況。しかしサブロは、決して焦ることなく機を見計らっていた。今回は俺も合図を出すことなく、彼の様子を見守る。


「いやあ。サブロくんはこう、猪突猛進って感じだったけど成長したねぇ」

「強者との戦いでは、たった一瞬の一撃が容易に致命傷へと繋がる。慎重を期さねばならないと、彼も学んだのでしょう」


 サブロはじりじりと足を擦りながら位置を調整し、やがて足に仕込んだ二角獣の竜骸を発動すると、一気に斬り込んだ。

 暴れ回るドラゴンの首元。そこに一撃当てた後すぐさまサブロは身を引く。竜の爪や牙に捕まらぬよう慎重に見極め、浅く、しかし確実に鷲獅子の竜骸による剣撃を首の一箇所に叩き込み続けた。


 やがて、彼の剣が竜の首元に深く食い込み、赤い鮮血がその傷口から勢いよく迸る。


「ッごァアアあアアア!!」


 ドラゴンは断末魔の悲鳴を上げ、その身を激しく捩った。俺は右足の『八足馬』スレイプニルの竜骸を発動させ、瞬時に竜の背後に回りその首を一気に切断する。


 ……寸での所で、サブロの脇腹をとらえていた竜の牙の力が緩み、砕かれた鎧からは少量の血が溢れるのみとなった。肉体に溜まったダメージと、迫る死から解放された気の緩みもあったのだろう。サブロは白目を剥いて、バタリとその場に倒れ伏した。


「ヒュ〜〜……間一髪。いやあ見ててハラハラしたよ。流石はドラゴンだ。自らの死が避けられないと悟り、最後に捨て身で攻撃してくるとは。彼らには知性で説明できない強者の矜持が……」

「アストゥラル様。すみませんが今からサブロの治療をするので、静かにして頂けますか?」

「さっきまで十分静かにしていただろう私は! もう黙らな……ああ、見た目よりずいぶん酷いかもしれないのか。分かった分かった。終わったら呼んでくれ」


 倒れるサブロの胸は上下しておらず、おそらく呼吸が止まっている。……骨や筋肉はともかく、もし肺や心臓などを損傷していた場合、魔術での治療は難しくなる。どうか違っていてくれと祈りつつ、俺は鎧を外してサブロの胸を見た。


 鎧がひしゃげるほどの衝撃だ。胸が潰れていてもおかしくなかったが……サブロの胸は正常な形を保って膨らみ、胸元には砕けた防護の護符の破片が散らばっていた。

 思わず安堵の息が口から漏れる。俺は仰向けになったサブロの体を起こしてうつ伏せに抱え、そうして体勢を整え背中をどんと叩いた。


「ウッ……ゲホぉ! ガハッっ」


 案の定、サブロはその口から溜まった血や唾液を吐き出し蘇生を果たした。俺はサブロの喉元から胸上の辺りまでを中心に治療魔術をかけていく。どこから出血していたのか分からないが、彼の呼吸と容体は先ほどよりも安定していた。念の為腹の方も見てみるが、こちらは傷も浅い。あとはヨンカに任せても問題ないだろう。


「ヨンカ!」

「分かりマシタ サブロはワタシが診マス フィリスさまハ ドラゴンの解体ヲ」


 やはり彼女はコボルトの中でも特に聡明だ。話が早くて助かる。

 俺は荷から鉈を取り出し、ドラゴンの方へと歩み寄った。首からの出血も落ち着き、辺り一面竜の血で染まった大地を踏み締め、その巨体の前に立つ。


 『竜骸』の由来は、元々この魔術による身体強化に竜の素材のみを用いていたことから来ている。今は魔物でさえあればどんな生物も材料に出来ることが知られているが、やはり元来のそれが素材として高い適性を備えているのも事実だ。だが。


「アストゥラル様、もう宜しいですよ」

「ハァ〜〜……ま、みな無事で何よりだと言っておこう。今回は竜骸を作らないんだな」

「ええ、儀式では竜の心臓が丸々必要になる。今回は魔術で心臓を加工し、必要となるその時まで保管しておきます」


 ドラゴンの巨体に鉈を入れ、鱗の付いた表皮と骨、肉を切り分けるよう解体する。しばらくして、一通り解体を終えたら内臓の処理に移る。


「フィリスさま! ワタシも手伝イマス!」

「オレも手伝っ……おっととォ」

「アンタはマダ寝テなさい サブロ」


 手当が済んだようで、ヨンカはこちらに駆け寄り手伝いを申し出てくる。その厚意をありがたく受け取り、彼女には魔法陣の準備をお願いした。

 頭上にはいつのまにやら無数のハーピー達が、竜肉のおこぼれに預かろうと空を舞っている。まあ、素材の保存と仕分け作業さえ済めばあとは構わないだろう。


「デキマシタ!」

「ああ、ありがとう。すぐに行く」


 彼女の元に向かうと、そこには魔術用の墨を用い描かれた巨大な陣があった。陣の形状や呪文に間違いがないことを確認し、その中央に竜の心臓や肺、肝臓、腸の一部などを配置し呪文を唱える。


 陣が赤黒く発光し、そうして中央に置いた臓器がしゅうと音を立てて白い煙を噴く。しばらく陣にオドを流し込み続け、頃合いになった頃手を離す。


 しばらくして、白い煙が晴れた。中央にはカラカラに乾燥し、茶色くなった臓物類。どうやら無事成功したようであった。


 

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