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27.弱者の戦い



 タイラント山の頂きに、そのドラゴンが舞い降りたのは二年前のことだ。


 体長八メートルを超える有角の怪物。竜の名を冠する魔物はみな巨大な爬虫類の見目を有しているが、その中でも『亜竜』でなく『竜』と称されるそれは、他の種より抜きん出た特質を持つ。


「ドラゴンの表皮は物理、魔術双方に強い耐性を持つ。並の攻撃では傷一つ負わせることも叶わない。サブロ、ヨンカ。今回の作戦内容を言ってみろ」

「ハイ! まず俺ガ、装甲ノ薄いドラゴンの尻尾ヲ切り落トス」

「ソノ尻尾をワタシが『呪痕』で攻撃 そしてドラゴンが弱っタところデ、フィリス様が敵ヲ華麗ニ打ち取ル! 完璧ナぷらんネ!」

「オイオイ ヨンカ ドラゴンは俺とフィリスさまノ華麗な連携攻撃で打ち取ルンダ 間違エテ貰っチャ困るゼ」

「ワタシとフィリスさまの華麗な連携のマチガイじゃなくっテ?」

「よしお前たち、三人で力を合わせて頑張ろう」


 そう二体のいさかいを流した後、軽く釘を刺しておく。


「ドラゴンは『勇者』と呼ばれた俺ですらも手を焼く強敵。手柄の取り合いなんぞにうつつを抜かしてたら、あっという間に高温のブレスで焼かれて仕舞いだ。今は良いが、本番では心してかかれよ」

「……ハ、ハイ」

「キモに命じマス フィリスさま」


 サブロとヨンカは平時でこそ喧嘩ばかりだが、戦いの場では意識の切り替えも早いタイプだ。あまり心配はしていないが……今回の戦いは兵力の増強、何より今後の『儀式』に欠かせないものだ。不安材料は少ないに越したことはないだろう。


 タイラント山の頂き。今回の標的が巣城としている場所である。一刻ほど待機した後、ばさばさと上空から翼をはためかせる生き物が、山頂に舞い降りた。

 

 巨大な体躯と大きな翼、炎の息吹を吐く赤い鱗持つ怪物。ずしんずしんと一歩地を踏み締めるたび轟く地響きに、サブロとヨンカが喉を鳴らし、全身の毛をぶわりと逆立てた。


 魔物の中でも最弱の犬亜人コボルトがドラゴンと戦うなど。本来ならあり得ない話である。だからこそ、俺は彼らをここに呼んだ。


「……サブロ、ヨンカ」

「ハイ」

「俺はお前たちを信じてる。今日までに多くのニンゲンから教えを受け、ここまで強くなったんだ……お前たちは必ずやこの試練を乗り越え、誇り高きコボルトの威信を世に示すこにとなるだろう」

 

 サブロとヨンカは目を見開いた後、二体共に言葉もなく静かに頷いた。


「……ヨンカ、作戦ドオリ俺が斬り込んで尾ヲ持ち帰る。出番までチカラを蓄えてオケ」

「ワカッタわ」

「よし、では各々配置につけ」


 俺の言葉に、ヨンカは素早く後ろに下がり、そうしてサブロは火竜の死角を狙いひっそりと離れた岩に移動した。


 十数秒後、手を挙げる。ドラゴンが巣穴に戻る瞬間、サブロの方に背を向けたタイミングの合図。こちらを注視していたサブロは、足に溜めた魔力を解放し一気に駆け出す。


 二角獣「バイコーン」の竜骸により強化した脚力は強烈で、猛スピードでドラゴンとの距離を詰めた。しかし寸での所で火竜の反応が早く、ぶおんと素早く振り上げた尾がサブロの身を押し潰そうとする。


「ナメルナ……」

「引け! サブロ」


 俺の言葉に、サブロは一瞬躊躇った後、ブレーキをかけ後ろに飛び退く。竜の尾の先端が彼の胴を掠め、纏っていた金属の鎧がひしゃげる。


「グゥッ! ゥ、う」

「ダメヨ サブロ! ニゲて!」

「イヤ、マダだぜヨンカぁ。ッ、ゲフ」


 竜骸で強化してない胴への攻撃は、掠っただけとはいえコボルトの身には相当厳しい筈。しかしサブロは苦しげに眉を寄せつつも果敢に笑い、足の竜骸に魔力を込め飛び上がる。


 狙うは地面に振り下ろされたドラゴンの尾。根本と先端のちょうど中間にある関節部分に狙いを定め、サブロは自重を乗せた剣撃を尾に向け打ち込んだ。


「ッギャア!」


 ドラゴンが激しく身を捩り、尾を振り上げる。サブロは咄嗟に竜の尾にしがみつき、千切れかけの部位に剣を幾度も突き立てていた。


「ッ、ウワあァっ!」


 不意にドラゴンの尾が半ばから千切れ、サブロはそれを抱えたまま宙に放り出される。


 ……まずい。このままでは山頂の足場から落下してしまう。俺は咄嗟に飛竜の竜骸に魔力を込め、高く飛び上がりサブロの身を回収した。同時に懐から取り出した杭を投擲し適当な岩陰に撃ち込む。


「ッ! フィリスさま! ドラゴンのヤツ」

「分かってる!」


 竜は怒り狂った様子で、こちらに向けて大きく口を開けていた。その喉奥には大気が揺らぐほどの息と熱が渦巻いている。

 その怒れる息吹がこちらに噴きかけられる寸前、右足の竜骸の魔術を発動させ、俺とサブロは安全な岩陰へと瞬間移動した。


「ハァ、ハァ。ゴホッ」

「……今の隙に、ヨンカの元へ尾を届けるんだ。出来るか?」

「モ、モチロンダぁ、フィリスさ……」


 ふとヨンカの方に目を向けると、彼女は両手を突き出し、ドラゴンに向けて火球の魔術を放った後であった。

 

 竜の鱗は、大半の攻撃に耐性を持つ。しかし攻撃に対し何も感じない訳ではなく、現にブレスを吐き終わったドラゴンは、ヨンカの魔術が放たれた方へと体を向けておもむろに突進を始めた。


「ヒッ」

「ヨンカ! 今助ケ……べふっ」


 サブロの後頭部を軽く叩いて止め、俺は飛竜の竜骸に魔力を込めながら脳内で軌道を計算する……よし、ここだ。


「タ、タスケテ」


 目に涙をたたえ、ヨンカは絶望の表情を浮かべる。迫り来るドラゴンを前に、彼女が死を覚悟し目を瞑った刹那。


「ッ! がアアァ! グルるゥ!」


 ドラゴンの背に剣を突き立て、振り落とされないよう踏ん張る。ついで上空に逃げられないよう、八足馬の骨杭を勢いよく振り下ろし竜の片翼の付け根を傷付けた。


 ヨンカはほんの一瞬その表情を安堵にゆるませ、しかし次の瞬間には顔を引き締め、サブロの方に駆け寄る。よし、それで良い。


「サブロ! ハヤク尻尾ヲこっちニ! コノママじゃ フィリスサマがアブナイ」

「アで イテテ……ウゥ、ドラゴンの尾よりもイテぇ ッアア、分かっタヨぉヨンカ! ソラァ受け取れ!」


 ……サブロとヨンカのやり取りを横目に、そろそろドラゴンの背にしがみつくのも限界になって来た。

 かつて『勇者』と呼ばれた時の竜骸が揃っていれば良かったのだが、今の自身の手数は少ない。ひとまず注意を惹きつけるべく、俺は剣を引き抜いた傷口に骨杭を撃ち込み、ドラゴンの正面へと飛んで降り立つ。


「こっちだ!」


 大声を張り上げ、ついで横に飛び退くタイミングで竜の顔目掛けて石を投擲する。目に当たれば上々であったが、ドラゴンは顔を震わせてそれを弾き、そうして怒りに満ちた目線をこちらに向ける。


 ドラゴンは通常の魔物と同様、知能が低い。だがそれでもあえて彼らの性格を言葉で例えるとするなら、『怒りっぽい』の一言に尽きるだろう。


 竜を挑発するのは容易だ。……最もそれは、怒った彼らを相手にする技量と実力があってこその話。誰かが否応がなく囮になる必要があったとして、その役割を担うのはヨンカでない。それは『弱者の戦い方』に反するものだ。



 犬亜人コボルト。彼らは闇より出でて、人類に害なす魔物達の中で最も弱い生き物である。

 故に彼らは生き抜くための力以上に、知恵を身に付け磨く必要がある。


『……汝に告げる 揺蕩う黒のマナ 闇の落し子よ』


 どれだけ強くなろうと、自身らの敵わぬ相手は世に幾らでもいる。故に知恵をもって創意工夫し、仲間と協力して今自分が『出来る』ことを見極め、積み重ね。不可能を可能にしていく術を彼らは学ばねばならない。


『我が赤きオドと 我が手の内にある贄を依るべに』


 ……俺たち知性持つ、弱き『ニンゲン』もそうして繁栄し、今世にまで血を繋いで来たのだから。


『我らが敵に 災いをもたらせ!』


 視界の端でヨンカが骨の槌を振り上げ、ドラゴンの尾の切り口に杭を勢いよく撃ち込むのが見えた。


 途端竜は大きく身を捩り苦しみ出す。タイラント山の頂きに、魔物の中でも最強の部類に位置する、その怪物の咆哮が辺り一面に響き渡った。



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