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26.呪痕



「さて、ここで場面は切り替わり。フィリスとサブロ、ヨンカの竜討伐部隊の様子を見てみよう」


 なぜ俺の脳裏で、誰に語りかけているかも分からぬナレーションを流すのか。アストゥラル神よ……まあいいか。


「フィリス様! コッチの解体は済みマシタぜぇ へっへぇ〜〜ヨンカのヤツより早いデショう? 俺サマは何をサセテも 一流ダカラなぁ」

「チョットぉサブロ! 手ガ空いタなら コッチを手伝いナサイ! 油とコビを売っテるんジャないわヨ!」


 ノースフィール地方西部。タイラント山中腹。そこで俺たちは山の頂きに住まうドラゴンを討伐すべく、少人数にて乗り込む最中であった。


 ……今サブロとヨンカが行っているのは、鷲獅子グリフォンの解体である。雌雄二体で襲いかかってきた彼らは魔物の中でも上位に位置する強敵だが、一体は俺が切り伏せ、もう片方はサブロとヨンカが力を合わせて撃退した。ヨンカはぎゃんぎゃんとサブロに文句を言っているが、先程の戦いでは中々に息の合ったコンビネーションを見せていた。喧嘩するほど仲が良いというやつか。


「サブロ。仕事が早いのは良いことだが、何か一つ忘れてやしないか」 

「忘レ……おっとイケねぇ 悪いがヨンカ オマエを手伝ってる暇はネェんだ 急イデ準備をしなキャな」


 そう言ってサブロは自らが解体したグリフォンの元に急いでかけより、そうして集めた臓器の周りに呪文の陣を描きだす。


 それは『竜骸』を生み出すための儀式だ。サブロはもう慣れたもので、呪文を唱えた後に中央へ駆け寄りグリフォンの心臓と嘴を取り出す。


「ヨぉ〜シ、後はクチバシを右手に埋めテ 仕上げにシンゾウを……がブッ モグもぎゅ……ウウン、中々に美味イ」

「……イツ見テモ チョット 不気味ネ」

「なぁに言ってンダよ、ヨンカ グリフォンのシンゾウ 中々にウメェぜ? 余っタのを分けてヤルヨ」

「エンリョするわ アタシ肉ヨリも 穀物ヤ木の実の方ガ 好きだもの」

「ケッ、ロクスんとこのチビとおんなじコトいいやガル じゃあフィリス様! ゼヒ俺タチの狩ったグリフォンを 召し上ガッテ……」

「俺も今はあいにく腹が空いていなくてな。気持ちだけありがたく受け取るとしよう」


 脳裏にアストゥラル神の笑い声が響く。ええ、そうです神よ。俺に好きこんで魔物の臓物を生食する趣味はないもので、残りはハーピー達にさらえて貰うつもりです。

 魔物の血の臭いを嗅ぎつけ、周辺を張っていたのだろう翼亜人ハーピーの数体がこちらへと降り立つ。


「あらぁ、グリフォンじゃないの。アタシこいつの肉食べたことアルけど、硬くて食べ辛イのヨネ」

「ええ? アタシは好きよぉ。クセがあってイイじゃない。じゃアンタは羽の所を食べるとイイわ」

「ギャハハ! 羽なんて食ベタら共食イになっちゃうジャないのぉ。ねえウォルフさま。アタシたち肉を貰った後は、コレを村マデ運べばイイのね?」

「ああ、頼んだぞ。ハーピー達よ」


 彼女らに指示を出し、俺たちはグリフォン二体の亡骸を置いて場を後にする。

 ハーピーの何体かは魔物の出現地帯にあらかじめ派遣し、こうして魔物討伐の際に出た肉や内臓と引き換えに、解体で切り分けた希少部位を村に運ぶよう指示している。後は村に駐在しているコボルトが、ノーラントの城まで資源を運んでくれることだろう。


「フゥ〜〜……フィリス様、チョットそこでグリフォンの竜骸の試しウチをしてもイイですかい? 慣らシテおかネェと 実戦デ能力を発揮デキナイですカラねぇ」

「ああ、良いぞ。ヨンカはその間少し休むといい」

「! イエ、フィリスさま ヨンカはまだまだ元気デス 何か手伝エルこと ありマスか?」


 そう言ってヨンカはもじもじとした様子で、こちらに伺いを立てる。

 手伝うことか……今は特にないが、やる気があるなら少し「おさらい」をさせておこうか。


「ヨンカ、パウロルから教わった魔術道具の使い方は覚えているか?」

「モチロンデス フィリス様 さっきの討伐デハ 使いマセンでしたが 何度モ練習シマシタから」


 そういってヨンカは懐から、魔物の骨で出来た槌と杭を取り出す。

 『竜骸』と同様、古くから伝わる魔術……『呪痕』に用いる道具だ。これは通常の魔物退治では効率が悪く、滅多に使われることもないが、ドラゴンのような強敵相手となれば話は別だ。


「よし。では少し待っていてくれ」


 俺はちょうど見つけた獲物の元に、『飛竜』の左足でひとっ飛びに移動する。そうして一分ほど経った後、腕に抱えたそれをヨンカの目の前におろした。


「フィリス様、これは」

「サラマンダーの尾だ。あそこに縛り上げた本体がいるだろう。それを『呪痕』で仕留めてみろ」


 ヨンカの視線を促した先には、赤い表皮をもつ巨大なトカゲの姿。先程自身が捉えて岩に固定するよう縛り上げ、尻尾のみを持ち帰った魔物だ。


 未だにょろにょろと動く尾にヨンカは大きく顔を顰めるが、しかし数秒後には意を決して尾を自身の足で押さえ、片手に持った骨の杭の先端を押し当てる。


『汝に告げる 揺蕩う黒のマナ 闇の落し子よ 我が赤きオドと 我が手の内にある贄を依るべに 我らが敵に災いをもたらせ』


 古語による詠唱に伴い、ヨンカの持つ杭と骨製の槌に赤黒い魔力が渦巻く。そうして準備が整ったのを確認すると、ヨンカは槌を大きく振り下ろし、目下のそれに杭を強く打ちつけた。


 途端、遠方に見えるサラマンダーが大きく身を捩り、苦しみを訴えるようのたうちまわる。どくどくと杭を刺した場所から溢れるどす黒い血に、ヨンカは怯むことなく自らのオドを流しこみ続けた。


 呪痕。それは対象の肉体を急速に衰弱させ、死に至らしめる古い魔術の一種だ。対象の肉体の一部に魔物の骨で出来た杭を打ち込み、相手が絶命するまで自らの体内魔力を流し込む。

 

 この魔術の良いところは、どれだけ離れた場所からも対象を攻撃できることだ。同じ魔術師相手の場合呪詛返しをされる危険も伴うが、知性を持たない魔物相手ならその心配もない。


 やがて、サラマンダーが息絶えたのだろう。遠目に見える本体はぴくりとも動かなくなり、そうしてヨンカが足で押さえていた尾が瞬く間に黒ずみ、ぼろぼろと崩れ落ちた。これは『呪痕』により対象を呪殺した際に起こる現象だ。


 ヨンカは一つ大きく息を吐いた後、その場に音を立て腰を下ろした。


「デ 出来マシタ フィリスさま」

「ああ。パウロルから聞いていた通り、見事な腕前だった」

「エヘヘ」


 彼女はその小ぶりな作りの顔に照れくさそうな笑みを浮かべ、こちらを見上げる。その表情にはわずかな疲れの色が見えた。


「やはり『呪痕』は慣れないか」

「ソウデスネ コノ魔術を使ウト 胸がムカムカして ナンダカ落ち着カナイんデス でもドラゴンをタオスのに コレが一番なら頑張リマス」


「……フィリスぅ。あまり健気なコボルト達を虐めないでやってくれよ。竜の一匹や二匹、君一人で退治してくれば良いじゃないか」


 アストゥラル神がそう自身の脳裏に語りかけてくる。随分な言い草だ。まあ、彼の言いたいことも分からなくはないが。


「……ヨンカ。お前やサブロはコボルトの長として、俺が居なくとも強大な敵から仲間を守れるよう、強くならなければいけない。これは俺がお前達に与える試練なんだ。辛いとは思うが、頑張ってくれ」

「フィリスさま 居ナイ時デスか デモ、フィリスさまはワタシたちの王様 居ナクナルなんて 有り得ナイです」


 そう語るヨンカの目に、じわじわと涙が溜まっていく。

 ……ああ。彼らは本当に健気で、純真で。故にこんな俺なんかを本気で信じて慕ってくれているのだと改めて実感する。だからこそ。


「泣くなヨンカ。今のは言葉の綾だ……俺は永遠に、お前たち魔物らの王としてあり続ける事をここに誓おう。だが、そうは言ってもこの体は一つしかない。時には城を留守にすることや、国土の端々まで目の届かぬこともあるだろう。その時に、お前たち遠征部隊の六人は俺の手足となり、国を守る支えになって欲しいんだ」


 俺の言葉にヨンカはぱちぱちと目を瞬かせると、ようやくその瞳から涙を拭い、晴れやかな笑顔を取り戻す。


「ハイ! フィリスさま! ワタシたちは 王ノ手足として 立派に仕事ヲ成しトゲテみせ……」

「オぉーーいフィリスさまァ! オレの新たナ竜骸のチカラを見てクダサイよォ コレならドラゴンなんテ楽勝ラクショウ! へっへエ、ヨンカァ オマエの出番をオレサマが取っちマッテも恨ムナよぉ?」

「ナンデスッテぇ!? ワタシの助ケがなきゃ グリフォン一体モ倒セナイクセに 調子乗っテンじゃナイワヨ!」


 遠くから聞こえるサブロの挑発に、ヨンカは毛を逆立てながらも言い返し、ズンズンと肩を怒らせ彼の方へと向かっていく。

 

「……君は本当に性格が悪いなぁ。フィリス。あんなに純真なコボルトの娘さえも、口先一つで丸め込もうとするとは。良心というものは傷まないのかい?」


 おいおい。俺の心が痛んでいるのかどうか、神の力をもってすれば全て見通せることだろうに。全く、その性根の悪さは誰に似たのです神よ。


 

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